外の世界
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次の日、私が寝ているとアルが起こしに来た。
「今何時……」
外を見るとまだ少し暗く、空が青くなり始めていた。
「本当に何時だ……」
そもそもこの世界に時計なんてあるのだろうか?
そんなことを考えていると、アルはついてくるように私を見ていた。アルと一緒に別の部屋に行くと、そこには簡単な朝食があった。
焼いたベーコンの香りが部屋をほんのり包み、その上に被さるように目玉焼き。隣にはパンがあった。軟禁されていた時は朝にパンしか貰えなかった。それを考えると、随分と自分への扱いが違うのがわかる。
「いただきます!」
久しぶりのまともな朝食を楽しんだ後、アルは私に文字を教える事を始めた。
方法は物を指さし、アルが紙に書いた文字を読み、私が続いて発する。それの繰り返しだ。アルと出会った最初の頃は魔法や魔道具でコミュニケーションを取ろうとしていたが、今は地道に勉強だ。そんな感じに数日も経つと小屋に簡単に教えてもらえそうな物が無くなった。
「今日はどこに行くの?」
アルは私を連れて外に出た。この数日、小屋の周りに出て洗濯や鶏の世話などしていたが、今日は城の外に出るみたいだ。この世界に来て正真正銘の外の世界だ。
訪れたのは市場だった。異世界の市場はとても賑わい活気があった。
「イメージ通りだ……」
私が圧巻されていると、アルは私の袖を引き、「はぐれないように」というような表情で市場の中を進んだ。
「あれ何売ってるんだろう?」
やはり異世界。元の世界では見たことのない良くわからない物が所々目立つ。そして、アルの足が止まった。そこは教会だった。教会の前で立っていると、シスターが小走りで来て、アルと親しそうに何やら話している。
アルは小さな麻袋をシスターに渡すと、シスターはとてもアルに感謝している様子だった。その後、いくつかアルと買い物を済ませ、小屋に戻った後、市場で買った物で言語の勉強を始めた。
そんな生活を続けて2ヶ月もすると、ある程度簡単な単語でのコミュニケーションは取れるようになった。ただ、会話の文法が掴めない。
「この勉強法だと単語しか身につけられない……」
そんな私を見て、アルはお金を渡してきた。銅貨2枚だ。
「リンゴ・3・ニンジン・4・タマネギ・3・カッテ」と紙にメモを書いて私に渡してきた。
「え……?マジですか……?」
私、佐藤美咲は25歳にして初めてのおつかいをすることになった。不安でしかないが、私は一人で市場に向かった。
城の門番は私一人でいることを不思議がって声をかけてきた。
「ダメだ、何言ってるのか聞き取れない⁉」
門番は私のネックレスを見てすぐに引き下がった。ネックレスは小屋を出る前にアルから渡されたものだ。
「これってなんかすごい物なのでは」
私の鼓動は更に加速した。
何とか市場にたどり着いた。
「えっと、野菜売りの商人ってどこだったかなぁ」
ここは王国の城下町。それだけ商人の行き来が激しい。でもアルはいつも同じ商人からしか物を買わない。
「だからあの商人だけど、どこだぁ」
そんな感じにオロオロと彷徨っていると、声をかけられた。どこかで見たことのあるシスターだった。言語が通じない私を見て不思議そうにしていたシスターだったが、ネックレスを見て、私がアルの知り合いであることを察知したのだろう。えらく話しかけてきて頭を下げてきた。
「いや⁉困ります!な、なんですか⁉」
シスターは私が言葉が通じないことを理解して、簡単な単語だけで会話してくれた。
「アル・オカネ・クレル・タスカル・コドモ」
どうやらアルはこの教会に寄付をしているらしい。
「アルってあんな見た目なのに滅茶苦茶大人じゃん……」
この人は多分孤児を面倒見るシスターなのだろう。
「アル・タノミ・モノ・カウ・キタ」
私は簡単な単語のつなぎ合わせでシスターに言ってメモを見せた。シスターは理解したようで、市場を案内してくれた。
何軒かの野菜売りの商人を見て、ようやく見覚えのある商人を見つけた。商人は私を見て何か言っているが、わからない。シスターが商人に説明してくれて、商人は私のネックレスを見た後に何やら納得した様子だった。
「???・ナニ・カウ?・???」
所々何を言っているかわからなかったけど、商人も私に合わせようとしてくれた。私はメモを渡し、欲しい物を簡単な単語で伝えた。商人は笑顔でメモを受け取り、買いたかったものを渡してくれた。お金もちょうどだったのか、お釣りもなかった。
そのあともシスターとは歩きながら、私に合わせた言葉で会話してくれた。なんやかんやあったが、はじめてのおつかいは何とか達成した。
アルは驚いた顔をして迎えてくれた。
「これ、絶対失敗すると思ってたな」
私の初めての外出も、知り合いを作りなんとか無事に終えた。