残響
即興なのでツッコミいっぱい。色々ごめんなさい。
車がギリギリ二台通れるかどうかという狭い道幅の石畳の坂道、ゆっくりとしたペースで二人は下っていた。
夏祭りのお囃子が、少し離れたこの道でも、石畳に反響してか、風下故か、とてもよく聞こえた。
重要文化財にでも指定されそうな歴史を感じる家が立ち並ぶなか、その音色と夕闇独特の色とが相まって、幻想的な舞台を創りあげている。
坂の上から聞こえる子供達のはしゃぐ声もまた、その舞台に華を添えていた。
夏祭りへ向かう途中なのだろう、皆一様に楽しそうだ。
暫く歩いていると、子供達の声も聞こえなくなった。
一瞬訪れた静寂の中、何気なく見上げた先には、一軒の駄菓子屋があった。
蛍光灯が点された店内には、人はいない。
店先は夕暮れ時の為か、薄暗い。
その店先から目線を上に這わせると、屋根には昭和の匂いがする看板が鎮座していた。
看板の文字は、辺りが暗くて読む事が出来なかった。
光と闇がない交ぜになったその店は、まるでそこだけ時間に置いて行かれた様な異質な空間に思えて、酷く私を落ち着かなくさせた。
思わず、両腕を抱きしめ目をつむる。
そこに、優しい声が降る。
声の主は、隣を歩く私の恋人だった。
いや、だった人。
「お前、変わってるな?信じるのか?俺の言った話」
少し前に話していた内容の続きだ。
「そうだね。目の前だったからかな?」
その時の事を思い出す。
3年も前の話だ。
今日と同じこの道を二人で歩いている時に突然、彼が目の前で消えた。
別の方向を向いていた、とかではなくお互い顔を向き合って話をしている最中に、である。
あっという間の出来事だった。
突然、彼の姿が凹凸レンズを通したかの様な姿になり、一瞬にして彼は消えたのだ。
消えた先に垣間見えたのは、闇。
その中にあって、巨大な星や太陽を思わせる光輝く星が、圧倒的な質量をもって目の前に迫ってきた。
呑み込まれると思い、思わず目をつむり、開いた時には、すでにそこには何もなく、私一人だけが立っていた。
私はどうする事もできず、ただただその場に立ち尽くすだけ。
あの光景は3年経った今でも忘れられない。
また暫く二人は無言で歩いた。
気づいたら、あの時の店の前にいた。
「懐かしいな入ろう、依子」
促されて、私が先に中に入る。
「いらっしゃい、依子ちゃん出歩いて大丈夫なのかい?」
心配そうな顔をして、店のオーナーが問う。
「はい、今日は付き添いがいますから」
驚きと不審がない交ぜの顔をしながら、オーナーはつぶやく。
「後から来るのかな?」
それを聞きハッとした依子は、後ろを振り返る。
もうすでに幕は降りていた。
あの時の様に突然に。
でも最後に彼に会えた最高の幕で、こういうのも悪くないなと依子は思えた。
近くの席に座る。
暫くすると異様な眠気に襲われた。
「なんだろう?眠いなあ」
その眠気に抗えず、依子はそっと目を閉じた。
心地よい暗闇が依子を包む。
まるで3年前に見たあの時の暗闇の様だと依子は思った。
その後やって来た救急車によって、依子は運ばれていった。
その坂道の舞台は、赤と黒の光によって、幕が閉じた。
夏の祭りの残響を残して。
〜アンコール〜
綺麗な女のアップ。
何処か心配気に覗き込む。金髪が眩しい。
そして驚いたような顔に変わり、こちらの方が逆に驚く。
「おまっ…」
右側の男、ひどく焦っている
「泣いているのか?」
左の男も、目を見開いている。
ようやく泣いている事実に気付く。
「いや、何でもない。何でもないよ」
皆に見られる恥ずかしさから、顔を背ける。
一面の雪景色が、目に入り、現状を再認識する。
あぁ、これが自分の今いる世界。
もう二度と、あの懐かしい場所に戻る事はないのだ。記憶の中の彼女が、胸を焦がす。
しかし、それもこの雪が心を凍らせ溶かしさるのだろうか。
先程までいた、夏祭りのお囃子の残響と共に。