一日目。紙束とペン軸
大学の過酷な終了過程を終えてから半月ほど経ち、わたしは6年間の住み慣れた学生寮を離れて故郷のテラ・マリアナの実家に戻ってきた。
両親とは三年前に死別していて、木造りの実家の門をくぐるのは葬式以来だ。
朽ちて潰れかけていた古い家には、父母と仲の良かった精霊ももう居なくなっており、ドアノブを回して開けた玄関のあがり框には分厚い木くずのようなホコリが降り積もっていて、玄関右手の食堂の引き戸のレールも錆びついて開けるのにひと苦労だった。
枯れた樫やシイノキに頼んでなんとか一階部分を住める状態に戻してはみたものの、父母がいた頃からまともに使われていなかった二階や三階はもっと恐ろしいことになっているだろう。
どうやらなにかが住み着いているようで、時折寝息のような、または海鳥の嘴から出る細い鳴き声のような音が響いてくる。
いちおう、誰かにこの家を譲った覚えはないのだし、家主の権限として、後日上層階の住人を問い詰めるとして。
一階部分の掃除と、当座の生活に必要な精霊を呼び込むのに疲れて、食堂のテーブルに突っ伏していたおり、玄関のチャイムが鳴って、実家に戻ってはじめての届け物を受け取った。
送り主は教授で、いつもの神経質な筆跡で
「先日、リーフラントの西部の雑貨屋で、九十九年分の研究成果を収納できる魔法の紙束を手に入れた。
田舎暮らしで得た知見があったら書き留めておき、定期的にこちらに手紙をよこすように。
きみが研究室に忘れていったクロームのボールペンも同封する。
紛失に気をつけるように」
とのこと。
相変わらず押し付けがましく面倒くさいひとだが、お気に入りのボールペンを見つけて送ってくれたことには感謝しきりだ。
回転繰り出し式のペン軸をひねったところ、インクの精霊であるところのアクロが顔を出した。
「おひさしぶり、何やら暗い箱に閉じ込められて長い道のりを歩いてきたような気分だよ」
たぶんそれは船酔いと車酔いなんだけど、嬉しいことに戻ってきてくれたかれを握り、退屈な実家ぐらしの手慰みのため、最初の日記を書き出すことにした。