豪雨の沼殺人事件⑩(一番の乙女)
豪雨が止み、土砂崩れで通行止めになっていた道路が開通したことで、朝になってから宿泊客は帰っていった。水羽に泥一郎、希濡、みなのり子にお礼を言って帰っていった。
「……」
都子は彼らの後姿を寂しそうに見つめていた。こんな事件さえ起こらなければ、同好の士としてもっと色々な話をして中を深めることが出来たかもしれない……都子の辛い気持ちはのり子にも痛い程分かった。
「また……会えたら良いね、都子」
「……うん」
都子は涙で濡れた目を拭い、笑顔を見せた。もちろん強がりもあるだろうけど、社交的な都子のことだ、今は色々な交流の仕方があるだけに自分で道を見つけて歩いていけるだろう。
「河澄様」
「謙護さん。この度は色々とお世話になりました」
「いいえ、それはこちらの台詞ですよ。お若いのに本当に立派なお方です、私は支配人なのに何も出来ず……おしょうしい(お恥ずかしい)限りです」
謙護は自身を恥じたが、その必要はないとのり子は思った。人それぞれ得手不得手があり、役割がある。のり子が謙護の代わりにホテルの支配人をやれと言われても出来ないように、謙護には謙護の役割がある。のり子にとって謙護は、立派なホテルの支配人だ。
「娘さんは……やはり」
「殺された、のかもしれません。警察に再捜査を依頼しようと思っています」
「それが良いかと」
状況が似ているからと言って、草真の弟と同じとは限らない。それなりに時間が経っているだけに、立証も困難かもしれない。何より、憎むべき相手はもうこの世にいない……それでも、真実が明らかになって欲しいとのり子は切に願った。
「もし本当に殺されたのだとして、それを中原様より先に私が知っていたら……殺人犯として逮捕されていたのは、私だったのかもしれないと思うと」
「草真さんの言葉ではないですが……歴史にイフはありません。警察も、あなたをイフで逮捕することはありません。ですから……ご自身を大事にしてこれからも生きてください」
「……分かりました。私はこれからも、このホテルを守っていきます。湿地を愛する人たちが集う、このホテルを」
のり子の言葉に気持ちが楽になったのか、謙護は晴れ晴れとした顔で答えた。とはいえ今回の事件の状況からして、逆風がないとは言えないのも事実だ。
「謙護さんのせいではないにせよ、底なし沼によって死者が出たのは事実です。心ない世間の声もあると思いますが……」
「水は便利げんとも(ですが)、使い方を誤れば人の命を奪えます。電気も、火も、ガスも……それそのものに罪があるわけではないのです。沼も同じです、使い方を間違えなければ動植物に豊かな恵みをもたらしてくれます」
「謙護さんは……本当に沼がお好きなんですね。ホテルの名前がああなのも納得です」
「む?」
「アムン……ローマ字にするとamunで、逆から読むと沼、ですよね?」
「……さすがでございます」
謙護は温かな笑顔を浮かべ、のり子達を見送ってくれた。この人がいる限り、湿地を愛する人たちの場所は安泰だろう。またいつか会えたら良いな……
***
のり子達がホテルを出ると、双葉刑事が待っていた。ため息をつき、少し不機嫌な表情で頭を掻いている。
「乗りな、駅まで連れて行ってやるよ」
「良いんですか?」
「本来は修学旅行中なんだろ? 今回の……お礼だよ」
公共の交通機関が動くようになったとはいえ、山奥でバスの本数も少ない場所だ。のり子達は彼の厚意に甘えることにし、パトカーに乗りこんだ。
「今回はありがとうございました、色々と我儘を聞いてくださって」
「……お礼を言うのはこっちだよ」
運転しながら、双葉刑事はのり子に感謝の意を述べた。どこか素直じゃない様子なのは相変わらずだが……悪い人ではないのだろう。
「おめ(君)がいなければ事件を解決できたかどうか……正直分からない。一人の若い命を救うことが出来たかどうかも、な」
「……」
双葉刑事はそう言い、都子の方をチラッと見た。都子もそれに気づいたのか、柔らかな笑顔を浮かべてのり子の方を見た。正直、くすぐったい気分だ。
「福島県警を代表して、お礼を言わせてもらう。事件で2日間も潰してしまったが、残りの修学旅行、存分に楽しんでくれ」
「はい……ありがとうございます。また会えた時は、よろしくお願いします」
「……その時は、おめ(君)の力を借りなくても事件を解決できるようにしておくよ」
そう言った双葉刑事の顔は、立派な刑事の顔だった。パトカーは郡山駅に着き、のり子達は彼に別れを告げた。また、いつか……
***
のり子達は無事学園側と合流し、教師に状況を報告した。いずれ分かることだから、隠さずに素直に報告することにしたのだ。さすがにのり子が事件を解決したことや、都子が命を落としかけたことは隠しておいたが。
詩乃と萌希には、隠さずにすべてを報告した。2人とも都子の身体を心配していたが、問題なく元気にしている都子を見て安心したようだ。新幹線で宮城県の仙台駅に向かい、そこから班別の自由行動になった。福島の時と同じく、翌日は全体行動である。
「いやー、宮城県も美味しいモノがたくさんね。牛タンにずんだにはらこ飯、牡蠣もフカヒレもホルモンも欠かせないわ!!」
「あはは、何だか普段の都子が戻ってきたって感じね」
仙台駅の飲食店で、都子は宮城グルメを目を輝かせて堪能していた。色気より食い気という感じで、まさに平常運転である。のり子はホッとし、思わず笑い声が出た。
「何よ、悪い?」
「ううん、むしろ落ち着くっていうか。都子はそうでなくちゃって感じ」
「褒められてるんだか、貶されてるんだか」
「気にしない、気にしない」
「全く、もう。……ねえ、のり子」
平常運転だった都子の表情が変わり、しおらしい感じになった。のり子もそれに気づき、思わず目を丸くした。
「こうして生きてて、修学旅行を楽しめてるのは……のり子のおかげだよ。本当に……ありがとう」
「う……うん」
「じゃ、じゃあ私、あの店に名物お菓子買いに行ってくるから!!」
のり子にお礼を言った後、どこか慌てた様子で都子は買い物に行ってしまった。その様子を見ていたすみれがのり子の傍に寄り、呟いた。
「ねえ、思ったんだけどさ」
「?」
「私達の仲間内で一番乙女なのって……都子なんじゃない?」
「……かもね」
駆けていく都子の頬がほんのり赤く染まっているのを見て、のり子は思わずクスリと笑ってしまった。この旅行で一番の収穫は……都子という女の子の可愛い所を十二分に知ることが出来たことかもしれない。
***
修学旅行が終わり、のり子達は普段の学園生活に戻った。のり子は今日も今日とて、昼休みは織絵と詩乃と手作り弁当を一緒に食べている。そして、いつも通り都子がやってきた。
「のり子~、殴って良いかな?」
「元通り!?」
「相変わらず羨ましい限りねえ」
「都子も丸くなったと思ったのに……」
「それはそれ、これはこれよ」
あまりに普段通り過ぎる都子に、のり子も呆れるしかなかったが……一方で安心もしていた。心の傷も大丈夫そうである。
「……ねえ、のり子」
「?」
「可愛い子に囲まれて妬ましいっていうのもあるけどさ……私以外に優しくしすぎないでほしいなっていうのも……あるんだよ」
しおらしくなり、頬を赤らめて呟いた都子は正直……かなり可愛かった。ちょっと動揺してしまったのり子は都子を見て、あることに気付いた。
「あれ、都子。そのバレッタって……落として一部が破損したモノだよね?」
「うん、そうだけど」
「買い換えないの?」
「新しいのは買ったよ。だけど……これも捨てたくないんだよね。のり子が私の命を救ってくれた証って言うか」
「そ、そうなんだ」
そう言うと、都子は恥ずかしくなったのか、更に顔を赤くして逃げるように駆けて行ってしまった。一部始終を見ていた織絵と詩乃は目を丸くした後、背後から炎が見えるがごとく迫力がある表情を浮かべた。
「詩乃さん、これ……新しいライバル出現しちゃったんじゃないですか?」
「かもね、知らない間にスルッと持ってかれちゃう危険性があるよ」
2人が都子を警戒する姿勢を示している中、すみれがどこか面白がっているような表情でやってきた。
「織絵、これは益々頑張らないといけないね」
「もうお姉ちゃんったら、他人事だと思って」
「都子も……大切な友達だからさ」
すみれと織絵と詩乃が談笑しているのを、のり子は柔らかな笑顔で見つめていた。大切な友達……元々のり子にとって都子はそういう存在だった。しかし、先日の修学旅行を経て更にその想いは深まった。
のり子に嫉妬している時に見せる目が笑っていない笑顔も、無邪気に騒ぐ時に見せる明るい笑顔も、しおらしくなった時に見せる乙女な笑顔も、すべて都子という魅力的な女の子の笑顔だ。都子が駆けていった方向を見つめつつ、のり子は呟いた。
「あの笑顔を守っていくのが……私の使命、かな」
~『豪雨の沼殺人事件』 完~
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
これにて『豪雨の沼殺人事件』は完結です。この後はショートエピソードを挟み、次の事件に移ります。
今後ののり子の活躍も見守ってくださると幸いです。




