豪雨の沼殺人事件⑧(豪雨に隠された真実)
警察からの指示で、土久の部屋に事件関係者全員が集まっていた。のり子は都子の容態が気になり確認したが、特に問題なさそうだ。傍にはすみれがいるし、大丈夫だろう。
「刑事さん、急になじょ(どう)したんですか?」
「実は……今回の事件の真相が明らかになりましてね。その説明のためにお集まりいただいたのです」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。そしてその真相は……こちらの河澄のり子さんが明らかにしてくれます」
謙護が双葉刑事に集められた理由を聞き、双葉刑事が答えた。そして、それを明らかにするのがのり子だということに部屋中がざわつき始めた。
「ど、どういうことだ!? 確かにのり子ちゃんは高校生にしては随分鋭いけど」
「彼女は実は本物の探偵でして、先日京都の風桜家で起きた連続殺人事件を解決したのも彼女なんだとか」
驚いている草真に、双葉刑事が説明をしてくれた。どこか面白くなさそうな表情だが、何だかんだで話を信じ、推理を披露する場を設けてくれたのだ。のり子は心の中で彼に感謝した。
「あ、あのニュースで話題になった事件をのり子ちゃんが!? 本当なの?」
「はい、水羽さん。信じられない方もいるかもしれませんけど、ここは私の話を聞いてくださいませんか?」
「……分かった。私もこれ以上恐怖に怯えるのは嫌だしね」
「えっと……事情聴取の時の立ち振る舞いもご立派でしたし、信頼できるかと」
泥一郎と希濡も認めてくれているようだ。のり子は一つ息を吐き、背筋を正してゆっくりと語り始めた。
「では、まず土久さん殺害について説明します。見ての通り血痕は大きく分けて部屋の左下と中央のテーブル付近に集中していて3回殴られた跡があるので、前者の位置で2回殴って後者の位置で止めを刺したという感じでしょうけど、これって実は不自然なんです」
「どういうことですか?」
「襲われたら、逃げるために出入り口に向かうはずでしょう? ですが、実際に向かったのは中央のテーブル付近。つまりは、2回殴られた時点で致命傷を負って、自分はもう殺されると悟って犯人が誰かを示す痕跡を残そうとした、ということになるんです」
のり子の理路整然とした推理に、謙護も驚いていた。のり子はそれを確認し、続けた。
「つまり、中央のテーブル付近に土久さんが残したダイイングメッセージがあるわけです」
「でものり子、見たところ床に落ちて割れたっぽいウイスキーグラスと零れたウイスキーがあるくらいだけど……まさか、床が濡れているのがそうなの!?」
「濡れる……まさか希濡さんが!?」
すみれの言葉に泥一郎が反応し、全員が希濡に目を向けた。希濡は体を震わせ、涙目で答えた。
「ご、誤解です……私じゃ、ないです」
「いや、しかし状況的に……待てよ、水分という意味では水羽さんとも考えられるんじゃないか?」
草真の見解を聞き、全員が今度は水羽に目を向けた。水羽は目を丸くし、動揺しながら答えた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!! いくらなんでも、それで私が犯人って」
「その通りです。希濡さんも水羽さんも犯人ではないですよ」
「のり子ちゃん……」
「もしお二人のうちのどちらかが犯人なら、土久さんはテーブルの上のウイスキーの瓶かプラスチックのコップを落としているはずなんです。どちらもたっぷり入っていますし、一方でウイスキーグラスから零れたウイスキーは僅かです。つまり……土久さんがダイイングメッセージとして残そうとしたのは、ウイスキーグラスの方なんです」
のり子の推理を聞き、全員が床に落ちて割れたウイスキーグラスに目を向けた。首を捻った都子が、のり子に尋ねた。
「でものり子、見たところ普通のウイスキーグラスにしか見えないけど」
「確かに、ウイスキーグラスとして見ているうちはね」
「どういうこと?」
「双葉刑事、土久さんの趣味は園芸なんですよね?」
「ああ、正直想像できないが」
のり子と双葉刑事の発言に、全員が目を丸くした。考えることはみんな同じということだろうが……いよいよ核心か。
「グラスという言葉は見ての通り飲み物を入れる食器のことを指すけど、園芸だと違う意味で使われることもあるの」
「違う意味?」
「……イネ科の植物のこと。広義には、草全般のことよ」
「え……草? ま、まさか」
のり子の推理を聞き、都子の顔が青く染まった。都子の心中を察し胸が痛みつつも、のり子は声高に犯人の名を告げた。
「そう、犯人は……中原草真さん、あなたです!!」
のり子の指摘を受け、全員が草真に目を向けた。誰もが驚愕の表情を浮かべ、立ちつくしていた。
「そ、草真君が……犯人!?」
「う、嘘……」
水羽と都子は人一倍ショックを受けているようだった。同じ湿地を愛する者同士、特に話が弾んだ仲。だからこそ、受け入れたくないのだろう。
「のり子ちゃん、いくらなんでもそれだけで犯人はないんじゃないかな。あの男がどんな男か知ってるだろ、それこそ俺をハメるための罠ってことも」
「そうでしょうか? ああいう人だからこそ、自分に害を及ぼそうとする人間には容赦しないと思いますけどね」
「!? どちらにせよ証拠にはならないだろうし、それに忘れたのか? 小沼若那の死亡推定時刻の22:00~23:00、俺はずっと君達3人と一緒に談話室で話していたんだ」
「前にも言いましたけど、それはあくまで死亡推定時刻です。事前に若那さんを灰皿で殴って気絶させ、底なし沼に運んでおいて頭が水に浸からない程度に沈めておくことは可能なんですよ。22:00~23:00のアリバイはありますが、22:00以前のアリバイはないんですから」
「仮にそうだとしても、殺しに行けないんだから同じだろ。あの女は肝が据わっていて、自爆するような奴じゃないというのは君も聞いているだろ?」
草真は少々動揺しているものの、まだ追い詰められた感じではない。やはり、若那さん殺しのアリバイという切り札があるからか……ならば、その牙城を崩すまで!!
「草真さん、申し訳ないですがそのアリバイも既に崩れているんですよ」
「な……何だと!?」
「今からそれを説明します。私がまず疑問に思ったのが、若那さんが目と口にガムテープを貼られていたことです」
「助けを呼ばれないようにとか、パニック状態にさせるためとかじゃないんですか?」
「だったら手足を縛る方がよっぽど効果的なんです、ガムテープは剥がせるんですから。なのに、どうしてそんな中途半端なことをしたのか……それは、22:00~23:00の間に確実に死ぬようにコントロールするためです」
泥一郎に対するのり子の返答に、全員が首をかしげていた。まあ、これはピンと来なくても仕方がないだろう。
「えっと……どういうことですか?」
「手足を縛ってしまえば、いくら肝が据わっている若那さんとはいえ、豪雨の夜の底なし沼の恐怖に耐えられるわけもなくすぐに死んでしまう。かといって、何もしなくては底なし沼について詳しい若那さんなら自力で脱出してしまうかもしれないし、助けを呼ばれる危険性がある。つまり、目と口にガムテープを貼るくらいが丁度いい時間稼ぎなんですよ」
「た、確かに……私もあの時は絶望的だったけど、目と口が自由だったから何とかなったんだと思うし」
希濡に対するのり子の返答に、都子が納得の意を示した。実際に底なし沼に落ちて絶望を味わっただけに、都子の言うことには説得力があった。
「では、どうしてそこまで22:00~23:00に若那さんが死ぬことにこだわる必要があるのか。それは自分にアリバイがある時間帯に死んでくれないと困るから、逆説的に言えばその時間帯にアリバイがある人物こそ犯人ということになるんですよ。それは草真さん、あなただけなんです」
「そんなのどうとでも解釈できるだろ。そもそもさっきも言ったけど、殺しに行くことが出来ない以上、いくら理屈を並べても」
「殺しに行く必要はないんですよ、あなたはただ待っていればいい、若那さんが22:00~23:00の間に自動的に死ぬのをね」
「じ、自動的!?」
「今からそのトリックを説明しますよ、草真さん」
のり子はタブレットを取り出し、底なし沼とその周辺の写真を表示して全員に見えるようにした。
「このように、底なし沼に隣接する形で大木が立っていて、その枝の部分は二つに分かれていて、底なし沼で若那さんが沈んでいた位置の丁度真上に当たるんです。そして、その部分は破損して折れている。そこから導き出されることは……二つに分かれた枝の部分に何か重いモノを置き、枝が折れてそれが若那さんの頭に落下するようにしたということです」
「何を言うかと思えば……そんなモノを枝に置いたらすぐに折れて落下してしまうじゃないか。時限装置としては成り立たない」
「……最初から重ければね」
「な、何!?」
「あなたはこれを使ったんですよ」
反論する草真にのり子がそう宣言すると、警察官が部屋の外からあるモノを持ってきた。
「これは……倉庫にあるタライ!?」
「はい、しかも結構大きめのね。倉庫には脚立もあったんで、それで上に登ってタライを長い棒か何かで大木の二つに分かれている枝の部分に置いたんでしょう」
「確かに、水が入っていない状態のタライは軽いから載せても枝は折れないでしょうが……でも、それじゃ落下しない……あ!!」
「そう、雨です。この辺りは雨が多くて、一度降り出すと長時間豪雨になりやすい。つまり、セットした時点ではタライは軽いですが、豪雨により段々と水が溜まっていき重みを増していく。そして、枝が重みに耐えられなくなり折れて、タライは若那さんの頭に直撃するというわけです」
「それは……おっかねえ(恐ろしい)話ですね。たかがタライと思いがちですが、頭を直撃すると実は結構危険なんです。ましてこらほど(これだけ)の大きさで水が溜まった状態であの木の高さから落下となると、相当に危険です」
謙護はのり子の推理に頷き、水が溜まったタライの恐ろしさについて説明を加えてくれた。のり子は続けた。
「いくら肝が据わった若那さんといえど、目と口をガムテープで塞がれた上に水が溜まったタライが頭部を直撃すれば、気絶して溺死するか意識が朦朧とした状態でそのまま溺死するでしょう」
「ということは、頭部の2回目の殴られた跡は」
「ええ、タライが直撃した跡です。この状況では抵抗する若那さんを鎮めるために殴ったと誰もが考えるでしょうから、凶器が何かとかは警察も深くは考えないでしょうしね」
「う、うーむ……確かにそうだった」
双葉刑事はバツが悪そうな顔でのり子の指摘を認めた。まあ、こればっかりは仕方がないことだろう。
「若那さん殺しの流れはこうです。22:00より前に草真さんは若那さんの部屋に行き、そこで恐らく口論になり灰皿で殴って気絶させた。この時点では若那さんはまだ生きていましたが、元々若那さんに恨みがある草真さんは若那さん殺害を決意し、自分が犯人だということを隠すために何か使えるものがないかと倉庫に行き、今回のトリックを思いついた」
「……」
「倉庫から必要な道具を底なし沼付近に運んだ後、気絶している若那さんを底なし沼に運んで例の大木の枝の真下に腰や胸辺りまで沈めた。そして大木の枝にタライをセットし、急いで自分の部屋に戻って着替えて髪や体を拭いた後、談話室に向かった。水羽さんと一緒に来たところを見ると、アリバイ証人として誘ったんでしょう。頼みがあると言えば支配人の謙護さんもまず来るでしょうしね」
「……その通りよ、草真君に小沼若那と大沼土久のことで相談があるって言われて。私も他人ごとではないんで、了承したの」
草真は黙ってのり子の推理を聞き、水羽は草真に相談を持ち掛けられたことを認めた。
「あとは談話室で談笑していれば、タライに水が溜まって重みで枝が折れてタライが若那さんの頭部に落下して直撃し、そのまま若那さんは溺死してアリバイ成立というわけです。タライは夜中のうちに回収して洗い、倉庫に戻したのでしょう」
「じゃあ、都子が倉庫で見つけたモノって」
「ええ、タライよ。おそらく草真さんはタライに痕跡が残っていないか気になって倉庫に確認しに行ったんでしょうけど、その途中で都子が来て咄嗟に隠れた。だけど慌てていたんでタライを所定の位置に戻すことが出来ず、不自然に床に転がっている形になってしまってそれを都子が見つけてしまったのよ。それで思わず都子を殴って気絶させ、底なし沼に沈めて殺そうとした」
「そ、草真さん……本当なんですか?」
すみれの質問にのり子が答え、都子は青い顔で草真に尋ねた。
「違う!! のり子ちゃん、よく出来た話だけど、すべて君の想像だろ。証拠がない」
「証拠ですか……では見せてあげましょう。草真さん、あなたが犯人という……証拠をね」
あくまで罪を認めない草真に、のり子は言い放った。これが……とどめだ!!




