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豪雨の沼殺人事件⑥(ありがとう)

~のり子視点~


 謙護に話を聞き終わり、のり子とすみれは自分達の部屋に戻ってきた。『ただいま』とのり子は挨拶をしたが、都子からの返事がない。


「あれ、都子は?」

「トイレでも行ってるのかな、それかお風呂?」

「……探してみよう。私はトイレを探すから、すみれはお風呂を」


 古いホテルということもあり、部屋にトイレやお風呂はなく共用だ。談話室も含めて手分けして探したが、都子は見つからなかった。


「他のお客さんの部屋に一人で行ってるって可能性は?」

「それはないよ、すみれ。2人も人が殺されてるんだよ、誰が犯人か分からないのにあんなに怖がってた都子が一人で行くわけがない」

「だよねえ。あと、あるとすれば」

「……自動販売機」


 のり子とすみれは自動販売機のある場所に向かったが、そこにも都子はいなかった。すみれはため息を付き、頭を抱えた。


「ここも違うか。本当。どこ行っちゃったんだろう」

「……すみれ、見て」

「平台? あ……ジュースが3本」

「私とすみれと都子で3人、偶然にしては出来すぎじゃない?」

「つまり、都子が気を利かせて私達の分まで? でも、何でここに置いてあるんだろう」


 のり子は周囲を見渡し、窓があったのでそこから外を覗き込んだ。その瞬間……最悪の可能性が脳裏をよぎり、冷や汗が全身に流れ始めた。


「すみれ、外の倉庫に行くよ!!」

「え、どういうこと?」

「そこの窓から外を見ると、倉庫があるの。つまり、そこに行くために自動販売機の隣の平台に一旦ジュースを置いて倉庫に向かった可能性がある」

「なるほど、ジュース3本も持ってたら両手が塞がって傘が使えないもんね。あれ……でも何でジュースを部屋に置きに行かなかったんだろう?」


 すみれは走りながら、都子の行動に疑問を抱いた。そう……それこそが、のり子が最悪の可能性を考えた理由である。


「あり得るとすれば……それをしている暇がなかった。例えば、倉庫から妙な物音を聞いてそれを確認するために行ったとしたら? 倉庫を管理しているのは当然支配人の謙護さん。で、私とすみれは謙護さんに会いに行くって都子に伝えたでしょ?」

「そっか、だから私とのり子を手伝うために。そうでもなければ、あれだけ怖がっていた都子がわざわざ真っ暗な中、一人で外の倉庫に行こうとなんかしないもんね」

「そういうこと。でも、行けば私とすみれがいないことはすぐに分かる。そうすればすぐに部屋に戻ってくるはずなんだけど……一向に戻ってこない」

「ま……まさか」

「倉庫にいたのは犯人で、都子が何か犯人にとって都合の悪いモノを見つけてしまったとしたら……」


 すみれの顔がどんどん青ざめていき、顎をガチガチ鳴らして震えだした。のり子と同じことを想像しているのだろう。


「それじゃ、都子は犯人に襲われて……」

「とにかく急ごうすみれ、確かめないことは……始まらない」


 のり子とすみれは外の倉庫に急行し、扉を開けた。のり子がスマホの懐中電灯機能で照らした感じでは、誰もいない。


「都子、いないね」

「……すみれ、これ」

「これって……都子がいつも髪をとめてるバレッタ!?」

「これが床に落ちてるってことは、間違いなく都子はここに来た。そもそもバレッタは自然に外れるようなものじゃない、あり得るとすれば……頭を殴られた拍子に落ちた、か」

「そ、そんな。都子が……都子が……死んじゃうなんて!!」


 すみれは両膝を床について愕然とし、両手で顔を覆って泣きじゃくった。のり子はすみれの姿を見て、心が大いに痛んだ。しかし……下は向かなかった!!


「すみれ、そう決めつけるのは早いよ」

「え?」

「もし犯人がこの場で都子を撲殺したのなら、床に血痕があるはず。でも、見た感じ見当たらないし、この暗がりの中ですべて拭き取るのも難しい」

「た、確かに」

「そもそも、犯人は急がないといけない。都子が見当たらなければ、私とすみれが探すわけだし。つまり、手っ取り早く都子の命を奪うことが出来て、証拠も残らないやり方が良い。当然、ホテルの中に運び込むのはいつ目撃されるか分からないから危険。となると」


 そう、選択肢は一つしかない。この周辺でしか出来ない、特別なやり方。すみれも分かったのか、驚愕の表情を浮かべた。


「……底なし沼」

「そういうこと!! すみれ、ホテルに戻ってすぐに全員を呼んできて!!私は底なし沼に向かうから」

「ど、どうして? 一刻を争うんだよ、私も底なし沼に行った方が」

「忘れたの、すみれ。底なし沼は暴れなければ、せいぜい腰や胸くらいまでしか沈まない。それに、他の人が助け出す場合数人じゃ無理、大勢の人が必要なのよ!!」

「そ、そっか。分かった、行ってくる!!」


 すみれは納得し、ホテルへ急行した。のり子はそれを見届けると、全速力で底なし沼に向かった。お願い都子、無事でいて……


***


~都子視点~


「いや……助けて、誰か助けて!!!!」


 都子は完全にパニック状態になり、泣き叫びながら手足を必死に動かして暴れた。その度に体が沈み、更に恐怖心が増していく。完全に悪循環だ。


「やだよ……死にたくない……助けてえ」


 顔は涙でぐしゃぐしゃになり、声は段々と枯れていく。都子の心には、もはや絶望しかなかった。その時、都子の脳裏にある人物の顔が浮かんだ。


『一度深呼吸して落ち着いて、周りを見渡して考えてみて。そうしたら、分かることもある』


「……のり子」


 パニック状態で何も考えられない中、不思議とのり子の顔と台詞だけは思い出せた。


「一度深呼吸して落ち着いて、周りを見渡して考える……」


 都子は深呼吸をし、周りを見渡してみた。確かにここは底なし沼で絶望的な状況だが……そうだ、暴れなければ沈むのはせいぜい腰や胸くらいまで。暴れちゃ……ダメだ。


「ふぅ……えっと、その後は」


 都子はある程度落ち着きを取り戻した後、記憶をたどってみたが……脱出方法を思い出すことが出来なかった。ある程度は落ち着いたとはいえ、やはりまだ恐怖心の方が圧倒的に勝っている、とても思い出せる精神状態ではない。


「……助けて。のり子、助けてえ!!!!」


 都子は必死にのり子の名前を呼んだ。しかし、先程のようにパニックになって暴れてはいない。自力で脱出できないなら、暴れずに助けを呼ぶしかない、都子はそう結論付けた。


 その後、都子は助けを呼び続けるも、一向に助けが来る様子はなかった。沼の冷たさと相変わらず降り続く豪雨、晩秋の夜の寒さが都子から体力を奪っていく。体力的にも精神的にも、都子はもう限界だった。目にはもう、生気はほとんど感じられない。


「もう……ダメ、なのかな。死んじゃうの……私」

「……こ!!」

「え?」

「都子!! 都子!!」

「……のり、子?」


 視界が狭くなり、聴覚も上手く機能していない状態で都子の耳に聞こえてきた声……それは、死の恐怖に怯えている状態でも脳裏に浮かんだ、大切な友人の声だった。


「良かった……無事で」

「……本当に、のり子なの?」

「うん、私だよ!! 都子、まずは落ち着いて、絶対に暴れちゃダメ。暴れれば暴れるほど、沈んじゃうから。大丈夫、私が傍にいるから!!」

「……うん」


 都子の目に生気が戻り、恐怖で満たされた顔が少しずつ和らいでいく。一人ではない、その事実がどん底だった都子の心を救った。


「次は足をゆっくり動かして、足元に少しずつ空間を作るの。ゆっくりだよ、ゆっくり」

「う、うん」

「で、体を仰向けにして。体を水平にして表面積を増やして、泥に対する圧力を弱めるの」

「わ、分かった」

「あとは足を何とか泥の表面に出して、沼の外に這い出て。焦らないで、ゆっくりね」


 のり子の助言に従い、都子はゆっくりと体を動かし、底なし沼から抜け出すことが出来た。のり子は都子を抱きしめ、涙を流した。


「頑張ったね、都子」

「……私、助かったの?」

「うん、もう大丈夫」


 助かった……自分は生きている……都子の心から恐怖心が消え、全身から一気に力が抜け、目の前の命の恩人に小さな声で呟いた。


「……のり子」

「何?」

「……ありがと」


 そう言い終わると、都子の意識は闇へと落ちていった。


「都子!? しっかりして、都子!!」


***


~のり子視点~


「ん……」

「都子!? 良かった……気がついて」

「ここは?」

「私達の部屋だよ。都子、びしょ濡れで泥だらけだったから、のり子と私で協力してお風呂で洗ったの」


 ベッドの上で都子は目を覚まし、傍にいるのり子とすみれに自分の状況を尋ねた。のり子は涙を流して安心し、すみれも同様に涙を流しながら状況説明をした。


「そっか……私、誰かに殴られて気を失って。気が付いたら底なし沼にいて……のり子が、助けてくれて」

「私だけじゃないよ。すみれがホテルにいる人達全員を呼んできてくれて、色々協力してくれたの」

「そうだったんだ。すみれ……ありがとう」

「ううん。都子の命がかかってるんだもん、そりゃ必死になるよ」

「……私、幸せ者だね。私のために、こんなに頑張ってくれる友達がいて」


 都子は涙を流し、満面の笑みを浮かべた。普段は跳ねっ返り娘なだけに、こうもしおらしくなって素直に笑顔で感謝されると少しくすぐったいな。


 いつも着けてるバレッタが外れて髪はおろした状態になっており、その新鮮さや元々美少女なこともあり、今の都子はそれこそクラスのアイドル的な存在になってもおかしくないくらい可愛い。


「あはは、何だか照れちゃうな」

「……ねえ、のり子」

「何?」

「のり子は……何者なの?」

「……」

「まだ聞けてなかったよね? 今、凄く聞きたい気分なの」


 都子の顔は真剣だった。ここが……話す頃合いか。のり子は一度深呼吸し、静かに語りだした。


「私は……探偵なの」

「探偵……」

「ごっことかじゃなくて、本物のね。実際の事件にもたくさん関わってきて、自慢じゃないけど結構解決もしてきたの」

「そっか……だから殺人事件が起きてもあんなに落ち着いていて、推理力もあんなに凄かったんだ」

「うん。本当は話したかったんだけどね、探偵に関わるってことは危険とも関わるってことなの。だから大っぴらには言えなくて……それでも一人じゃ出来ることは限界があるから、特に親しい人には話して協力してもらっていたの」


 そう言うとのり子はすみれの方を向き、それに合わせて都子もすみれの方を向いた。すみれはそれに気づくと、軽く微笑みを浮かべた。


「ごめんね都子、なかなか話せなくて」

「ううん、気にしないで。のり子の言うことは分かる気がするし。詩乃とか萌希とか……織絵ちゃんやいりすちゃんも?」

「うん、知ってるよ」

「だよね……みんなのり子とあれだけ仲良いもの。私になかなか話せないのも当然で」


 都子はそう言い、少し寂しそうな顔をして布団で顔を半分ほど隠した。特別な関係への羨望、都子からそれを感じ取ったのり子は穏やかな笑みを浮かべながら言った。


「都子、私がこうして自分の正体を話してることがどういうことか分かる?」

「え?」

「都子だって……私にとっては親しい友人なの」

「……」


 事件の真相を話すために、のり子が事件の関係者に自分の正体を明かすことは今までもあった。でも、今回はそういう意味ではない。この旅行を通じて今まで知らなかった都子のことを知り、魅力的な子だと感じ……親しい友人だと思ったからこそだ。


「のり子……今まで本当にごめん。何かと突っかかって」

「全然気にしてないよ、じゃれ合いみたいなものだと思ってたし。都子が優しくて良い子だってことは、分かってたから」

「……もしかして、今年の春にうちの学園の生徒がたくさん殺された事件を解決したのも」

「ええ、のり子よ、織絵を助けてくれたのもね。次のターゲットが織絵だってことを見抜いて、私に教えてくれたの。のり子が教えてくれなかったら、織絵はきっと……」

「そっか……そりゃ織絵ちゃんも惚れるわけよね。のり子があれだけモテるのも当然か……私、何も知らないで自分勝手に嫉妬して」


 自分の今までの行いを恥じたのか、都子は俯いてしまった。そんな都子を見て、のり子は改めてこの子を守りたいと思い、思い切って伝えることにした。


「都子、私はね……今まで大切な命を救えなかったことがたくさんあったの」

「え?」

「さっき都子が言った事件では心美を救うことが出来なくて……夏休みに織絵ちゃんと旅行に行った時に巻き込まれた事件では、織絵ちゃんが『一生の友達になれる!』って言った子を守れなくて……私にとって頼れるお姉さんみたいな存在になってくれたかもしれない人も守れなくて」

「……」

「詩乃と京都に行った時に巻き込まれた事件では、太陽みたいに天真爛漫ですぐに仲良くなれた子を守れなくて……私って何て無力なんだって思った。色々な人に励まされて助けてもらって立ち直ったけど……今でも忘れることは出来ないの」


 心美に綾乃に亜麻に朋美……みんな心優しく魅力的で、この先長く付き合いを続けていきたいとのり子は心から思っていた。しかし、その未来を守ることが出来なかった……事件の謎を解くことは出来ても、人の命を救うことは出来ない。立ち直ることは出来ても、のり子は時に彼女たちのことを思い出し、苦しんでいた。


「だからね、都子がこうして生きていてくれて、凄く嬉しいの。本当に……ありがとう」

「な……何だか変な気分ね。感謝すべきなのは私のはずなのに、あべこべだなあって」

「ううん、気にしないで。本当に感謝してるし、嬉しいんだから」

「そ、そう?」

「うん。だからね……」


 顔を赤くし、指で頬をかいている都子を見つめながら、のり子は一度目を瞑った後……怒りに満ちた表情を浮かべた。


「都子をこんな目に遭わせた犯人を……私は絶対に許さない」

「のり子?」

「都子、何があったか詳しく教えて。事件を解決するために、必要なの」

「……分かった。のり子なら、何とかしてくれそうな気がする」


 都子はそう言い、満面の笑みを浮かべた。この子の笑顔を守るためにも、絶対にこの事件を解決してみせる。のり子は改めて誓ったのだった。

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