豪雨の沼殺人事件⑤(都子の危機)
土久の部屋に事件関係者全員が集められ、警察による説明と聞き込みが始まった。まさかこうも立て続けに殺人が起こるとは思わなかったのだろう、双葉刑事の顔も疲れ気味だ。
「犠牲者の大沼土久さんの死亡推定時刻は、本日の11:00~12:00の間。死因は撲殺で、凶器は前回と同じく部屋に設置してある灰皿でしょう。凶器自体は見つかっておらず犯人が持ち去ったのでしょうが、傷跡とも一致しますし」
「はぁ……まさか大沼様まで。私には何が何だか」
「平沼さん、今回も第一発見者はあなたですが、その時の状況を教えていただけますか?」
「昼御飯の支度が出来ましたので、大沼様の部屋に伝えに行ったら大沼様が頭から血を流して倒れておりまして。指定の時間に持って来いと言われていたんですよ」
「部屋の鍵は?」
「かかっておりませんでした」
となると、誰もが彼の部屋に侵入可能だったということか。のり子は部屋全体を見渡したが、中身がこぼれたウィスキーグラスが床に落ちて割れていること以外は特にこれといったモノは見当たらなかった。おそらく犯人ともみ合った衝撃で落下したのだろうが。
その後、全員のアリバイ検証が行われたが、ずっと3人一緒だったのり子・すみれ・都子以外はアリバイがある者はいなかった。そうなるとのり子達3人以外は誰もが犯行が可能ということになる、アリバイで犯人を割り出すのは不可能ということだ。
「げんとも(しかし)、さすがに今回は犯人は底なし沼に運ばなかったな。まあ、真昼間からそれは目立ちすぎるか」
「ここは2階ですし、窓から出ることは難しいがんね(ですからね)」
「そんだがら(だから)今回は灰皿で数回殴って止めを刺した、か。現場に特に変わった点はないし、こうなると動機から攻めるしかないか」
「双葉刑事、それこそ難しいですよ」
「はぁ……あのね、おめ(君)が頭がキレるのは分かったが、さすがにこれ以上探偵ごっこは」
双葉刑事は頭を抱え、語気を強めてのり子に警告した。気持ちは分かるし仕方がないことだが、こんな短時間で2人も人が死んでいるのだ、のんびりなどしていられない。
「土久さんは死んだ若那さんと同じ人種です。要は、裏社会の人間でして」
「……まあ、何となくそういう筋と関係がある雰囲気はあったが、本当なのか?」
「はい、皆さんに聞けば分かるかと」
双葉刑事は関係者全員に尋ねたが、揃って大なり小なり被害を受けたことがあると答えた。あの2人の親しさを考えると、おそらく共謀して悪事を働いたことも少なくないのだろう。
「なるほど、確かに誰もが彼を殺す動機があったというわけか」
「そういうことです」
「うーむ、げんとも(しかし)そうなると犯人を絞り込む方法がないな。ダイイングメッセージのようなものも見当たらなかったし」
双葉刑事の発言を受けてのり子も改めて犠牲者を示す跡の周辺を見渡したが、確かにそのようなものは見つからなかった。最も、数回殴って止めを刺しただけにそういうものを残したとしても犯人に消されてしまうだろうが……?
「どうしたの、のり子」
「いや……何だろう、どこか違和感を感じるというか」
すみれがのり子が首を捻っているのが気になり、尋ねた。のり子としてもその正体を言葉にすることは出来なかったが……部屋の入口と窓、テーブル、床に落ちた犠牲者の血痕、一つ一つを頭に入れて考えながら、のり子は警察からの質問に応じた。
***
警察からの説明と聞き込みがひと段落して解散になった後、のり子達は第一の事件の現場である底なし沼へ向かった。外は相変わらずの豪雨で合羽を着ていても雨に濡れるのは避けられないが、やむを得ないだろう。
「相変わらず柵で厳重に囲まれているね、看板もかなり大きいし」
「そりゃ落ちたら命に係わるわけだからね」
「うう……沼は好きだけど、底なし沼はさすがにワクワクしないよ」
湿地好きの都子でも、やはり底なし沼は恐怖の対象でしかないようだ。のり子は周辺を見渡してみたが、近くに大きな木が立っているくらいで、これといったモノは見つからない。
「都子は小柄だし、この木なら登れそうだよね」
「絶対に嫌よ!! 底なし沼の上にある木に登るなんて」
「あはは、冗談だって。むしろやるっていったら絶対に止めるし」
すみれと都子が他愛もない話でじゃれあっているのを見て、のり子も少し笑顔になった。確かに都子なら登れるだろうけど、さすがにあの枝に乗ったら折れてしまうだろう。
「底なし沼か……あの男もそんな感じだったよね」
「土久さんのこと?」
「うん……正直怖かった。どんな人であれ人の死を喜ぶなんて最低だって分かっているけど……ほんのちょっとだけホッとしている自分がいるのも確かなのよね」
俯いて話す都子を見て、のり子は自分を脅そうとし、そのために都子をダシにしようとした土久のことを思いだした。確かにあの男は最低な人間だ、恨まれても文句は言えないが……それでも一つの命に変わりはない。
「そんなのは私だって同じだよ。身に振る火の粉がなくなったら、少しホッとするくらいは許されると思う」
「のり子……強いね、本当に。殺人事件が立て続けに起きて、私はもうどうしたらいいのか」
「それが普通だよ、気にしないで。一度深呼吸して落ち着いて、周りを見渡して考えてみて。そうしたら分かることもあるだろうし、分からなかったら聞けばいい」
「……ありがと」
都子は少し安心したのか、軽い微笑みを浮かべた。探偵であるのり子にとっては慣れたものである殺人現場であっても、そういうことに縁がない都子にとってはあまりに辛い場所なのだ。早く事件を解決し、都子を安全な場所に避難させなければ。
***
その後も捜査を続けたがこれといった成果を上げることは出来ず、あっという間に辺りは真っ暗になった。11月で尚且つ豪雨は一向に降りやむ気配はない、暗くなるのが早いのは当然だ。夕食を取って一度部屋に戻り少し休んだ後、のり子は再び腰を上げた。
「どこにいくの、のり子」
「謙護さんのところ、ちょっと聞きたいことがあって」
「じゃ私も行くよ、都子は?」
「……ごめん、私はパス。正直、限界」
「気にしないで。それじゃ、ゆっくり休んでね」
都子を部屋に残し、のり子とすみれは謙護のもとへ向かった。都子がいないのは少し寂しいけど、さすがに色々なことが起きすぎたし、仕方がないだろう。
「河澄様に絵波様、どういたしました?」
「ちょっと聞きたいことがありまして」
「何でしょう?」
「謙護さんは……若那さんと土久さんの被害に遭ったことがありますか?」
のり子の質問に謙護は一瞬息を飲み、驚きの表情を浮かべた。のり子達を除いた宿泊客全員にあの2人を殺す動機があるのは分かったが、謙護に関してはまだ明らかになっていないのだ。謙護は一つため息を付き、語り始めた。
「私には娘がいたのですが、事故で亡くなりまして。その事故が起きる直前に娘が絶望したような顔で家に帰ってきたことがあって、事情を聞いたのですが多くは語ってくれなかったんです。ただ、『騙された』と」
「騙された……」
「当時、娘は素敵な彼氏が出来たと喜んでいたんです。そんだがら(ですから)、娘の事故死もそれと無関係とは思えなくて、色々調べたんです」
「まさか、その彼氏というのが」
「大沼土久……といってもあくまで疑惑レベルであって、明確な証拠はねがった(ありませんでした)。それもあって、お客様として向こうが来るのを断ることは出来なかったんです」
のり子は謙護からの回答を聞くと、手を思いきり握った。爪が肉に食い込み、少し血が流れた。犠牲者とはいえ、もはや土久のことを憎むなという方が無理な話である。
「失礼ですが、奥様は?」
「病気で亡くなりました。元々病弱な方でしたが、娘が亡くなってから病気が悪化しまして。無関係とは……言えないかと」
「……本当に娘さんは事故だったんですか?」
「分かりません、あくまで状況から警察が判断した結果だがら(ですから)」
すみれも気になり謙護に話を聞いたが、回答を聞くとのり子同様怒りを隠せない様子だった。もし……事故ではなく、事故に見せかけたのだとしたら? それを昨日今日で謙護さんが知ってしまったとしたら? 謙護さんはどちらの事件でも第一発見者……のり子は謙護に疑いの目を向けざるを得なかった。
***
~都子視点~
都子は部屋のベッドに横たわり、考え事をしていた。のり子とすみれは事件解決のために奔走しているのに、自分は何をやっているのかと。分かってはいるが……一歩が踏み出せない。
「何だか……カッコ悪いな、私。普段、あれだけのり子に突っかかってるのに」
都子は最近やたらモテるのり子に事あるごとに嫉妬の炎を燃やしていたが、そののり子がこんな極限状況でも立派に解決のために行動をしているのを見て、自分の行動を恥じるようになっていた。
もちろん都子とて本気でのり子のことを憎んでいるわけではなく、むしろ良い友達だと思っている。だが根っからの可愛い子好きな性格が災いしてのり子への嫉妬心を抑えることが出来ず、結果としてあのような態度になってしまっていたのだ。
「変えないと……いけないかも。もう……認めるしか、ないじゃない」
何も出来ないどころか足を引っ張ってばかりの自分を優しく包み込み、勇気づけて助けてくれる。多くの人から頼りにされるのも当然だろう。
「帰ってきたら……謝ろう」
都子は立ち上がり、部屋を出た。喉が渇いたので、自動販売機に飲み物を買いに行くためだ。せっかくだし、のり子とすみれの分も買ってあげよう。
「よし、じゃあ部屋に戻って……?」
自動販売機で飲み物を買い終え、部屋に戻ろうとした時に都子は妙な物音を聞いた気がした。何かをあさっているような音……聞いた感じでは、外だろうか。丁度窓があったのでそこから覗き込むと、そこには倉庫があった。
「謙護さんが整理でもしてるのかな? そういえば、のり子が謙護さんのところに行くって言っていたけど」
都子はのり子の言葉を思い出し、傘をさして外に出て倉庫に向かった。のり子とすみれが謙護さんに頼んで倉庫を調べさせてもらっているのかもしれない、なら手伝おう。
「うーん、さすがに暗いなあ。えっと、のり子達は……」
都子はスマホの懐中電灯機能を頼りにのり子達を探したが、見当たらなかった。倉庫の中にいるのかと思い、扉に手をかけた。鍵はかかっておらず、問題なく開いた。
「いないなあ、もう帰っちゃったのかな? 私じゃ何も分からないし、帰るしか……ってあれ? これは……」
都子が何かを見つけた瞬間、後頭部に強い痛みが走った。
「うっ!!??」
都子はその場に倒れ、意識を失った。
***
「ん……ここは?」
意識を取り戻した都子は、体の異変を感じた。暗闇で視界が乏しく、大きな雨音と強い水の矢が身体に突き刺さるような感触。屋外なのは間違いない。
「っ!! 頭が痛い。確か倉庫に行ったら急に後頭部に痛みが走って、それで」
都子は意識を失う前のことを思い出したが……更に異常な体の感触を感じ、情報の整理を始めた。
「腰から下が何かに埋まってるみたいな感覚……冷たくてドロドロした嫌な感触……」
その結果、都子は恐ろしい結論に達した。体から冷や汗が流れ、顔は真っ青になり、想像を絶する恐怖で体がガタガタと震えてきた。
「ここは……底なし沼?」




