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豪雨の沼殺人事件④(裏社会の脅し)

 謙護が警察に連絡し、程なくして福島県警が到着した。豪雨による土砂崩れの影響でパトカーでは来れないため、ヘリを使って来たようだ。


「福島県警の双葉(ふたば)です。あなたが通報してくださった方ですか?」

「はい、このホテルの支配人をしております平沼謙護と申します」


 底なし沼に沈んでいる若那の死体を警察が引き上げ、現場検証を行った。その後談話室に関係者全員が集められ、双葉刑事によって説明と聞き込みが始まった。


「小沼若那さんの死亡推定時刻は昨日の22:00~23:00の間で、死因は溺死です。平沼さん、このホテルの施錠体制は?」

「昨日は河澄様・絵波様・今越様が最後のお客様で、お三方がいらっしゃってから玄関と裏口はすぐに施錠いたしました。部屋は満員でしたし、これだけ辺鄙な立地で豪雨もありましたから、これ以上の来客はねえで(ないと)思いまして」

「なるほど。それ以外の場所の施錠は?」

「それぞれの部屋には窓がついていて自由に開け閉めできますし、小さいホテルで2階までしかないですから、外部の者が侵入すっぺで(しようと)思えば出来ないことはないかと」

「ふむ、ちなみに防犯カメラは?」

「玄関と裏口にはありますが、他にはございません。何せ古いホテルですから」


 となると、外部犯の可能性もあるわけか。最もそれはないだろうとのり子は思っているが、双葉刑事の発言に対し草真が疑問を投げかけた。


「ちょっと待ってください刑事さん。何だか殺人みたいな流れですけど、これは事故じゃないんですか? もしくは自殺とか」

「まあ、底なし沼で溺死という状況だけを聞けばそう思うのも無理はねえげんとも(ないですが)……頭部に殴られた跡があったんですよ」

「な、殴られた跡!?」

「ええ、傷跡を調べたらこのホテルの客室に共通しておいてある灰皿と一致しました。実際犠牲者の部屋を調べたら灰皿が無くなっていましたし、周囲に血痕もあった。となると、犯人は小沼さんを灰皿で殴って底なし沼に沈めた、つまり殺人ということになるんですよ」


 双葉刑事は草真にそう説明し、彼も納得したようだ。そう、殺人であることは間違いない。あとは……


「双葉刑事、犯人は内部の者ですよ」

「ちょ、のり子!?」

「何だと!? もちろんその可能性も考えているが、なして(どうして)断定できる? おめ(君)は見たところ高校生くらいだろう、素人が口を挟むのは」


 のり子の発言に都子が驚き、双葉刑事が不愉快そうな表情と口調で反論してきた。これはもう仕方がない、のり子も正直慣れっこだ。


「そもそもここは山奥の辺鄙な場所にあって、バスも本数が少ないんです。加えて昨日から続いている豪雨で起きた土砂崩れの影響で、夕方以降は公共交通機関はおろか自家用車で来ることも不可能だったんです。そんな場所に誰かがたまたま侵入すること自体が考えにくいですし、豪雨の日を選ぶ理由もありません」

「……河澄様のおっしゃる通りです。この通り古いホテルですので高価なモノがあるわけではないですし、むしろ底なし沼があるということで避ける人も珍しくないですから」

「む、むう」

「加えて、外部犯が底なし沼にわざわざ若那さんを運ぶ理由もないんです。若那さんは小柄ですが人間ですから運ぶのは一苦労ですし、犯行時刻が夜である以上下手をすれば自分も底なし沼に落ちる危険性がある。それでも運ばないといけない理由があるとしたら……証拠隠滅くらいしかないんですよ」

「ぐ……確かにその通りだ。げんとも(しかし)動機はどうなるんだ、たまたま一緒に泊まった客にあるとは思えんが」


 双葉刑事はそう言い、謙護をちらっと見た。まあ事情を知らない人からすれば、動機があると考えられるのは支配人の謙護さんくらいだから無理もないが。


「それがあるんですよ。草真さんと水羽さんが言うには、若那さんは悪質なやり方で人を騙し金を毟り取ることで有名らしいんです。被害者も多くて、実際昨日ここに若那さんが来た時は全員驚いてすぐに部屋を出ていきましたし、多分草真さんと水羽さん以外の人達も若那さんの被害に遭ってるんじゃないですか?」

「……のり子ちゃんの言う通りだ。恥ずかしながら、私も彼女に騙されて金を出してしまったことがあってね」

「えっと……私もです。私ってこんな性格ですから、しっかり話せる若那さんと一緒にいるのは刺激になって。それが罠だって気づいた時は遅かったですが」


 のり子の指摘に、泥一郎と希濡も正直に若那の被害に遭ったことを話してくれた。土久は何も語らなかったが、若那と知り合いなのは誰の目から見ても明らかだった。


「凶器があらかじめ用意したものではなかったことを考えても、おそらく突発的な犯行でしょう。幸い若那さんの部屋は一階です、部屋の窓から誰にも気づかれずに外に出るのは容易ですから証拠隠滅のために底なし沼に捨てに行ったんでしょうね」

「……さすが」

「……」


 事情を知っているすみれが改めてのり子を称賛する一方で、都子は呆然と立ち尽くしていた。まさか女子高生が現役の刑事を弁論で圧倒するとは思わなかったのだろう。


「……確かにおめ(君)の言う通り内部犯の線が濃厚の様だ。となると、死亡推定時刻である昨日の22:00~23:00のみなさんのアリバイを調べる必要がありますな」

「双葉刑事、私とこちらにいるすみれと都子はその時間、3人でこの談話室にいました」

「はい、間違いないです」

「は、はい。のり子の言う通りです」

「なるほど、となると君達3人はアリバイ成立か」


 双葉刑事はそう言ったものの、どこか不機嫌な様子だった。これも仕方がない、受け入れてくれるだけありがたいだろう。


「それじゃ次は……中原草真さん、お願いします」

「俺もその時間はここでのり子ちゃん達と話していたよ。水羽さんも同じだ」

「ええ、そうね。一度トイレで抜けたけどものの10分くらいだったし、それじゃ犯行は無理でしょ?」

「まあ、そうですね。となると、あなた達2人もアリバイ成立ですか」


 双葉刑事は2人の説明に納得したようだが……正直、のり子はしっくりこないところがあった。また双葉刑事に煙たがれるだろうが、言わないわけにはいかないだろう。


「双葉刑事、そうは言い切れないですよ」

「またおめ(君)か。今度は何だ?」

「若那さんの死因が溺死なら、草真さんと水羽さんのアリバイが成立するとは限らないということです」

「どういうことだ?」

「例えばです、22:00以前に若那さんを灰皿で殴って気絶させ、底なし沼に運んでおいて頭が水に浸からない程度に沈めておき、22:00以降に再び底なし沼に行って頭を押さえて溺死させる、なんてことも出来るってことです」


 そう、あくまで死亡した時刻が22:00~23:00の間なだけであって、灰皿で殴ったり底なし沼に運んだりしたのがいつなのかは分からないのだ。


「げんとも(しかし)、頭が水に浸からない程度に沈めておくなんて可能なのか? 底なし沼だろ」

「刑事さん、底なし沼と言っても底はありますし、比重は泥の方が重いだけに何もしねっか(しなければ)沈むのは腰や胸くらいまでなんですよ。更に沈むことがあるのは、暴れることによって泥が柔らかくなるからなんです」


 謙護がのり子達にしてくれたように、双葉刑事を始め他の人達に底なし沼の説明をしてくれた。のり子も謙護に説明されるまでは知らなかっただけに、心の中で感謝していた。


「な、なるほど、それなら確かに短時間で犯行は可能だな。それこそ、10分間でも」

「ちょ、ちょっと、それって可能ってだけで私が犯人って証拠には」

「その通りです、水羽さん」

「え?」

「確かに私が指摘したやり方なら、10分あれば犯行は可能です、底なし沼はホテルから思ったより近いですからね。ただ……昨晩はずっと豪雨でしたので、傘を差そうが合羽を着ようがびしょ濡れになることは避けられなかった。犯行は可能でも、10分ではその痕跡を消すことまでは無理だったんです」


 のり子もこの問題があるだけに、先程の仮説を自信を持って推すことが出来なかったのである。水羽はのり子の話を聞き、少し安心したようだ。


「うーむ……待てよ、そもそもわざわざ頭を押さえて殺しに行く必要はねえんでねえが(ないんじゃないか)? 暴れれば暴れるほど沈んでいくんだろ、それこそ放置しておけば自然と溺死するだろうし」

「いや、それはないな」


 双葉刑事が名案を思い付いたという感じで主張したが、それを意外なことにずっと沈黙していた土久が否定した。


「若那は小柄だが肝の据わった女だ。加えて湿地好きで底なし沼にも詳しかったから、パニック起こして自爆なんてことは考えづらい」

「それに放置するだけじゃ、助けを呼ばれる危険性があります。万が一若那さんが助かってしまった場合、証言で誰が犯人かは一発でバレます。確実に殺さないといけないわけですよ」

「……ほう」


 土久が更に指摘を加えたのり子を、興味深そうな目で見つめていた。のり子も談話室での話から若那が湿地に詳しいことは感じていたが……土久の目は正直気持ちの良いモノではなかった。【毒】の土久か……


「となると、やはり22:00~23:00にアリバイの無い人物が犯人と考えるべきか。本宮泥一郎さん、あなたはどうだが(どうですか)?」

「私は……自分の部屋にずっといましたよ」

「それを証明できる人は?」

「残念ながら」

「ふむ……福田希濡さん、あなたは?」

「えっと……私もずっと一人で自分の部屋にいました。証明できる人は……いません」


 泥一郎はため息をつき、希濡は涙目で体を震わせていた。二人ともアリバイは無し……残りは2人か。


「なるほど。平沼謙護さんはどうですか?」

「私はここで河澄様達の話に加わっていましたが、仕事がありましたので席を外した時間もございます。時間で言いますと、20分以上」

「……それなら、犯行後に体を乾かすこともできますな」

「おっしゃる通りで」


 謙護は冷静さを崩さずに、自分がアリバイがないことを告げた。ホテルの支配人である以上、忙しくあれこれ動くことになるのだから、それは全く不自然ではないのだが……犯行が可能であることは事実だ。


「では、最後に……大沼土久さん、お願いします」

「俺もずっと自分の部屋にいたよ。証明できる奴はいねえ、ホテルなんだから何も不自然じゃねえだろ?」

「ええ、そうですね。犯行が可能、という事実は消えねえが(消えませんが)」

「へっ、俺だけじゃないがな」


 双葉刑事も彼がどういう属性の人間なのか感じ取っていたのか、気迫負けしないように強気の姿勢で話しているように見える。それに引かない土久は、やはり喰えない男の様で……その後も聞き込みは続き、終了後解散となり全員それぞれの部屋に戻っていった。


***


「お疲れ様、のり子。はい、コーヒー」

「ありがと、すみれ。ふぅ……」


 すみれが自動販売機で買った缶コーヒーをのり子に渡し、のり子はそれを一気に飲んで一息ついた。都子も含めて3人とも同じ部屋に泊まっているわけだが……都子がどこか動揺を隠せない顔で、のり子に尋ねてきた。


「ねえ、のり子……本当にあなたって何者なの? さっきの推理、とても女子高生が出来ることじゃないよ」

「……ごめん都子、それについてはいつか話すから」

「すみれは……知ってるよね? 全然動揺してないみたいだし」

「まあね、だからのり子の気持ちもわかるの。都子、仲間外れみたいで悪いけど今は、ね」

「う、うん」


 都子はどこかそう言って俯いてしまった。本当は今すぐにでも伝えたい、自分が探偵だということを。殺人事件が起きて不安であろう都子の気持ちを、少しでも安心させてあげたい。だけど……


「おいおい、仲間外れは良くないな。ついでに俺にも……教えてくれないかな?」

「だ、誰!?」


 都子が急に部屋のドアが開かれたことと、どこか不気味な印象の声に驚き、思わず声をあげた。そこには……土久が立っていた。のり子の近くまで来て、軽く笑った。


「女子高生の部屋にノックも無しに侵入ですか、あまり良い趣味ではないですよ」

「ほう、肝も据わっているか。さっきの推理は見事だったぜ、正直驚いた。あの刑事なんかより、よっぽど事件を解決してくれる可能性が高そうだ」

「事件を解決するのは警察の仕事です。私は早く事件が終わって欲しいだけです、私達は修学旅行で来ているんですから」

「それはご愁傷さまで。だけどな……俺としてはあまり早く帰られるのも困るわけよ」

「……どういうことですか?」


 あくまで冷静に受け答えするのり子に業を煮やしたのか、土久は少し威圧感を強めた感じで再び話し始めた。


「若那と俺がどういう人種なのか……もう分かっているんだろう?」

「随分と有名みたいですからね、知っているのは私だけではないです」

「その通りだ。でもな……知っているのと理解しているのは違う。他の奴らは無理でも、お前は……深くまで切り込んでいけるだけの才能を持っていそうだ」

「生憎、私は推理が好きなだけのか弱い女子高生なんで」

「はっはっは、か弱い女子高生か、確かに随分と可愛い顔をしていてモテそうだ。だけどな……だからこそ油断できないっていうのもあるんだよ、そういう意味では若那と似てる」


 土久の発言に、温厚なのり子もさすがにムッとした。あんな人と似ていると言われるのは心外だ。だけど、ここで心を乱してはいけない。要は裏社会の人間として、それを暴く可能性のある私を警戒しているんだろう。のり子は一度深呼吸をし、心を落ち着けた。


「のり子を脅迫ですか? あまりお勧めできないですよ、この子に恩がある人はたくさんいますからね」

「ほう、そこのべっぴんさんもなかなかに度胸がありそうだ。頼もしい仲間ってところだが……そこの小柄な子はどうかな?」

「!?」


 すみれがのり子を守ろうと土久を牽制すると、土久が都子の方を見て不敵に笑った。都子は体をびくっとさせ、涙目ですみれの後ろに隠れた。都子は社交的だが、それと度胸があるかどうかは別だ。


「その可愛い顔が歪んだり傷ついたりするのは、それこそお勧めできないねえ」

「……都子にそんなことをしたら、私は絶対にあなたを許さない。あなたには……屈しない!!」

「へっ……本当に面白い嬢ちゃんだ。その度胸に免じてここは引くよ、警察がいるところで派手な動きをするのも賢明じゃないしな」


 土久はそう言い、のり子達の部屋から出て行った。念のためにドアの外をのり子は確認したが、帰ったふりをして立ち聞きしているとかはなさそうだ。


「こ……怖かった」

「もう大丈夫だよ都子、のり子が追っ払ってくれたから」

「のり子……本当にありがとう。どれだけ感謝したらいいのか」

「気にしないで、友達を守るのは当然でしょ」


 すみれが都子に優しく声をかけ、都子は涙目でのり子に頭を下げてお礼を言った。のり子としても、都子を守れたことにホッとしていた。


「ねえ、のり子。私に本当のことをさっき言えなかったのって」

「うん……誰かいる気配を感じたから、もしかしてって思って。あいつに知られると、危険なのよね」

「そっか……」

「こんなことなら推理なんかしなければ良かったかな……結果、あいつに目を付けられちゃって」

「何言ってるのよ、のり子は何一つ悪いことしてないじゃない、悪いのは全部あいつ」

「……ありがと、すみれ」


 『刑事や探偵に関わるということは、危険とも関わるということだ』。今井刑事の言葉を改めて思い出していたのり子だったが、今回もすみれが優しい言葉をくれた。本当にすみれにはどれだけ感謝しても足りないな、のり子はそう思い優しく微笑んだ。


***


 土久が去った後、のり子はすみれと都子と一緒に事件の情報の整理をした。現状では情報も少なく、大きな進展はなかった。ちなみに、今日も合流するのは難しいことは警察による説明と聞き込みが始まる前に詩乃に連絡済みだ。


―――


「そっか……じゃあ明日かな」

「うん、ごめんね詩乃。一緒に会津若松、楽しみたかったんだけど」

「気にしないで、まだ土砂崩れが何とかならないなら仕方がないよ」

「また明日、宮城で会おうね」


―――


 のり子としても、何とかして今日中に解決し、明日から詩乃達と修学旅行を楽しみたいだけに気合は十分だ。昼御飯の時間がもうすぐなので、しっかり食べて気を取り直そうと思った矢先、のり子達の部屋に謙護が慌てた様子で飛び込んできた。


「河澄様、大変です!!」

「どうしたんですか謙護さん、そんなに血相変えて」

「大沼様が……部屋で死んでいるんです!!」


 その瞬間、のり子は驚愕の表情を浮かべた。ゆっくりエネルギーをチャージしている余裕は……なさそうだ。

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