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豪雨の沼殺人事件③(底なし沼の恐怖)

 のり子達は部屋に荷物を置いた後、大浴場に向かった。豪雨に打たれながら夜の山道を歩いたこともあり、開放感のある大きな風呂は格別だった。特に精神的に辛かったであろう都子の表情はとても明るくなっており、のり子としても一安心である。


「ふう、気持ち良かった。少し古めだったけど、ちゃんと掃除も整理も行き届いていて快適だったわね、すみれ」

「そうね、このホテル全体に言えることだけど。支配人の人柄が出ているって感じがするわ」

「……」


 入浴後、部屋に歩いて戻りながらのり子とすみれがこのホテルを称賛している一方で、都子は2人のことをやけにジロジロ見ていた。


「どうしたの都子、あまり見られると気になるんだけど」

「分かってはいたけどさ……すみれって胸大きいわよね」

「ちょ、どこ見てんのよ!?」

「のり子もそれなりにあるわよね……」

「いや、私は普通だと思うけど」

「それはある人の台詞よ!!」


 都子の目は本気だった、何だか萌希と似ているような気がするが……。何はともあれ、こういう会話ができるのは都子の調子が戻ってきたことの証だ。のり子は軽く微笑みながら、都子と談笑したのだった(ちなみに、都子の胸の大きさは萌希未満である)。


***


 部屋で少し休んだ後、のり子達は食堂に向かった。到着すると、隣接している談話室に先客がいた。


「やあ、こりゃまた随分可愛らしい子達が泊まりに来たね」

「こんばんは。えっと、同じ宿泊客ですか?」

「そうだね。俺は中原草真(なかはら そうま)、営業職をしてるんだ、よろしくな」


 気さくな人だ、とのり子は思った。30代くらいだろうか、社交的で人付き合いも上手そうに見える。確かに営業職に向いているだろう。


「それにしても、こんな若い子達が泊まりに来るのは珍しいね」

「そうなんですか?」

「何せこんな辺鄙なところだからね、何か事情でも?」

「実は私達、修学旅行生なんですが……この大雨で土砂崩れが起きて、交通機関がストップしてしまったんです」


 草真はすみれの返答を聞き、納得といった感じの表情を浮かべた。隣にいる男性も一つため息をついた後、口を開いた。


「それはお気の毒に。この辺りは雨が多い上に、一度降り出すと豪雨になりやすくてそれが長時間続く傾向にあるからね」

「詳しいですね、地元の人ですか?」

「いや、私も君達と同じ旅行客だよ。この辺りの綺麗な湿地帯目当てで来ているんだ」

「なるほど、それならここは拠点にしやすいですからね。えっと」

「私は本宮泥一郎(もとみやでいいちろう)、役所に勤めている。よろしく」


 そう言い、泥一郎はのり子に軽く会釈をした。40代くらいだろうか、落ち着いた感じで歳が離れてはいるが話しやすそうな雰囲気がある。


「自己紹介が遅れてすいません、私は河澄のり子です」

「絵波すみれです、よろしくお願いします」

「今越都子です。そう言えば、湿地帯目当てとおっしゃっていましたけど、中原さんも同じですか?」

「草真でいいよ、都子ちゃん。そうだね、俺だけじゃなくて、今日泊まっている他の客も同じだと思うよ。ほら、向こうにいる2人もきっとね」


 草真が示す先には、女性が2人いた。年齢的には20代後半くらいだろうか、自分達のことを話していることに気付き、のり子達の方に体を向けた。


「まあ、そういうこと。日中の湿地も夜の湿地も違う良さがあるからね、じっくり楽しむにはここは最適なのよ」

「確かに、同じ景色でも時間帯によって良さが違ってきますよね。天気や季節でも」

「へえ、あなた分かってるじゃない。今時の若い子でそういう話で盛り上がれる子ってあまりいないし、貴重かも」

「あはは、綺麗な景色が好きな気持ちに年代は関係ないですよ。えっと」

「私は金城水羽(きんじょう みう)、旅行代理店に勤めてるの。よろしく」


 ハキハキしていて、気持ちいい感じの女性だ。頼れるお姉さんと言ったところだろうか。それにしても……10歳以上年上の人と初見でこれだけ気さくに話せる都子の社交性はさすがだ。改めてのり子は都子の凄さを実感した、見習いたいくらいだと。


「お隣の方はお友達ですか?」

「ううん、今日初めて会うわ。湿地帯好きの掲示板で知り合ってね、今日はオフ会みたいな感じなの」

「えっと……福田希濡(ふくだ きぬ)です、小売系の会社で庶務をしています。よろしくお願いします」


 すみれの質問に水羽が答え、少々恥ずかしそうに希濡は答えた。水羽さんとは対照的に気弱で大人しい印象の女性だ、都子と水羽さん相手だとちょっと気後れしてしまうかもしれない。


「ここは立地もあってお客様は正直少ねえんだげんとも(少ないんですけど)、湿地帯を愛する人達が集まる貴重な場でしてね。私としても、色々な話を聞けるのは楽しいんですよ」

「謙護さんも湿地帯が好きなんですか?」

「ええ、そんだがら(ですから)ここにホテルを建てたんです。さあ、夕食の準備が出来ましたので」


 支配人の謙護が話に加わり、このホテルのコンセプトやルーツを説明してくれた。夕食前に新しい出会いと興味深い話を聞くことが出来、のり子は食事が進みそうだと感じた。


***


 夕食後、のり子達は先程知り合った湿地帯愛好家の人達と談話室で話していた。夕食は福島名物を中心にしたものでとても美味しく、その後だけあって会話も弾んだ。特に自然が好きな都子は持ち前の社交性も手伝って、非常に楽しそうにのり子には映った。


「世の中的には湖の方が華やかな分人気がありますけど、私は沼も同じくらい好きなんですよ。自然と一体化していると言いますか、共生している感じが」

「分かる、分かるわ都子ちゃん!! 湿地ってどうしてもジメジメしているとかそういうマイナスな見方がされやすいんだけど、そういう落ち着きの中にしかない良さってあると思うのよ」

「えっと……水とお友達になれている感じが好きです」


 都子の主張に水羽と希濡が同意し、都子はそれが嬉しいのか更に話を続けた。ここに来る前の都子の落ち込み様を考えると、本当に良かった。


「都子、すっかり人気者ね、のり子」

「そうね、普段の都子が戻ってきたというか。安心した」

「ここに来る前に、何かあったのかい?」

「最初はこの湿地に来る予定はなかったんですけど、都子が地図を見て行きたいって言いだしたんです。それで急遽行くことになって、乗るバスを一個遅らせることになって、結果としてそれが豪雨と土砂崩れに巻き込まれることになってしまったので」

「なるほど、それで責任を感じているわけか。でも、それは結果論であって天気ばかりはどうしようもないことだろ?」

「ええ、でも都子はそういう子なので」


 草真の質問に、のり子は温かな表情で答えた。どこか軽い印象を受けるけど、本当はとても優しく責任感の強い子……ある程度は私も分かっていたけど、この旅行で更にそれを知ることが出来た気がする。


「うむ、同じ湿地帯好きにこんな若くて性格も良い子が加わるのは嬉しい限りだな。この旅行が終わった後も、何かしらの形で関われたら幸いだ」

「はい、ぜひお願いします。都子も喜ぶと思いますので」


 泥一郎は温和な笑みを浮かべながら、落ち着いた声で都子との今後の交流を望んでいた。すみれがそれをお願いし、非常に穏やかな時間が流れていた時……談話室の扉が開かれ、1組の男女が入ってきた。


「へえ、結構盛り上がってるじゃない」

「お、随分若い子もいるねえ。華があって何よりだ」


 見たところ2人とも20代後半くらいで、コミュ力も高そうな感じだが……急に場の空気が変わったのをのり子は見逃さなかった。見ると、のり子達3人以外は入ってきた2人を見て目を丸くして驚いている。知り合いなのか?


「ねえ、そこの髪をバレッタでとめた子、何の話をしているの?」

「わ、私ですか? 沼の話ですけど」

「へえ……沼、好きなの?」

「は、はい。綺麗で、自然と一体化している感じが」

「なるほど、確かにそういうところが沼の魅力よね。けど、それはまだ一面的な見方に過ぎないわ」


 何だろう……綺麗な人で話し方も上品な感じがするのだが……どこか妙な迫力があるというか、魔性な部分が見受けられるというか。都子もそれを感じ取っているのか、気圧されているようにのり子には見えた。


「そういう美しくて風情のある仮面を被りながら……底なし沼という悪魔的な側面も持っている、そういう二面性こそ沼の魅力よ」

「そ、底なし沼……」

「ははは、若那(わかな)らしいな。抵抗すればするほどいつの間にか沈んでいくところとかな」

「もう土久(つちひさ)さんったら、女性への誉め言葉じゃないわよ、それ」

「ま、一般的にはな。でも、お前にとっては……違うんじゃないのか?」

「ふふ……さすが、分かっているわね」


 底なし沼……人を飲み込み、命を奪う恐ろしい自然現象で、普通に考えれば恐怖の対象でしかないが、この2人はむしろ歓迎しているように見える。一体何者なんだ?


小沼(こぬま)様、大沼(おおぬま)様、今談話室は人数的に満員なのげんとも(なのですが)」

「いや……俺はもう部屋に戻るから、使って良いですよ」

「私も……都子ちゃん、ごめんね急に」

「は、はい」


 先程まで都子と楽しそうに話していた草真と水羽が急に席を立ち、そのすぐ後に泥一郎と希濡も部屋に戻っていった。


「あらら、ちょっと顔見せに来ただけなのに、そんなに気を遣わなくても良いんだけどね」

「だな。若くて可愛い子3人と談笑するのも楽しそうだが、若那の気を損ねるわけにもいかんし、これで失礼させてもらうよ」

「分かってるじゃない、土久さん。それじゃ」

「あ、あのすいません。お二人は」

「あ、そういえば自己紹介してなかったわね、ごめんなさい。私は小沼若那(こぬま わかな)、いわゆる夜のお店で働いてるの、よろしくね」

「俺は大沼土久(おおぬま つちひさ)だ、同じく夜の店で働いてる。ま、よろしく」


 のり子が呼び止めると、若那と土久はそう言い残し、去っていった。その場にはのり子達3人と謙護だけが残され、微妙な空気がその場に流れた。


「な、何だったんだろう。あの2人が来たら、みんな急にいなくなって」

「顔見知りって感じだったけど……少なくとも好意的な仲ではなさそう」

「すみれの言う通りね。断定はできないけど……何かネガティブなことがありそう」


 先程までの明るい雰囲気を一変させてしまう、どこか闇のようなモノが見え隠れするあの2人……気にしつつ、のり子達3人も部屋に戻っていった。


***


「おや、河澄様に絵波様に今越様」

「すいません謙護さん、また来てしまって」

「いえ、ご自由に使って結構ですよ」


 数時間後、のり子達は再び談話室に来ていた。誰かと談笑したいというか、のり子が謙護に用があったという感じだ。


「実は……お聞きしたいことがありまして」

「何でしょう?」

「もしかして……近くに底なし沼ってありますか?」

「……はい、ございます」


 謙護の返答を聞き、驚いた一方で予想通りとものり子は思った。先程の若那と土久の発言、まるでこの辺りに底なし沼があるような言い方だったので、のり子としても気になっていたのだ。事実だとすれば命に係わる問題、ほおっておくわけにはいかない。


「もちろん周囲を厳重に柵で囲って、立ち入り禁止の看板を立ててありますげんともね(けどね)」

「それを聞いて少し安心しました」

「まあ、皮肉なことにそれ目的で来るお客様もいらっしゃるので、害ばかりではねえのげんとも(ないのですが)」


 確かに、名前はよく聞くが実物を見たことがある人は少ないだろう。怖いもの見たさというのは人間のよくある心理だし、恐ろしい存在だが一つの名所になっているのは分からなくもない。


「実際のところ、底なし沼ってどういうものなんですか? もがけばもがくほど沈んでいくとかよく聞きますけど」

「まあ、その通りですね。暴れれば暴れるほど泥が柔らかくなって沈んでしまいますから。一番大切なのは焦らないことです、ハマっても何もしねっか(しなければ)沼の方が比重が重いので沈むのは腰や胸くらいまでだがら(ですから)」

「焦るなですか……難しそうですね。恐怖で思わずジタバタしてしまいそうです」


 すみれの言うことも分かる、死ぬかもしれない状態で果たして冷静でいられるか。そういう意味では、夏休みの旅行で織絵ちゃんが犯人に襲われて、あれだけしっかりした立ち回りが出来たのは凄いことだったんだなあ。


「お気持ちは分かりますが、まず深呼吸して落ち着いてくんちぇ(ください)。それから足をゆっくり動かして、足元に少しずつ空間を作ります。ゆっくりですよ、早くやると逆に沈みますから」

「は、はい」

「次は体を仰向けにします。要は体を水平にして表面積を増やすことで、泥に対する圧力を弱めるんです。あとは足を何とか泥の表面に出して、沼の外に這い出るんです」

「む、難しいですね……正直、出来る気がしません」


 都子もすみれ同様、実践は難しいと思っているようだ。とはいえ、理屈が分かっただけでも随分違うとは思うが。


「先程も言いましたが、とにかく落ち着くことが最重要です。ちなみに他者が助ける場合、ロープで引っ張るのはまず無理です。その人を巻き込む危険性がありますし、肩を脱臼する恐れがあっから(あるので)」

「うーん、となりますと傍にいて安心させて、先程の方法を教えるみたいな感じですかね」

「そうですね、一人で落ち着くというのはやはり簡単ではねえだがら(ないですから)。助けるにしても少人数では無理ですから、多くの人を呼ぶ必要があります」


 大人数を揃えることが出来ない場合は結局脱出は自力でしないといけないようだが、やはり傍に支えとなる存在がいるのは大きい。頭の片隅に入れておこう。


「ありがとうございました。あと、もう一つ聞いても良いですか?」

「はい、何でしょう?

「先程の2人は……何者なんですか?」

「罠と……毒さ」


 のり子が声がした方向に振り向くと、草真と水羽がいた。2人とも深刻な顔をしているようだが……罠と毒?


「あの、それはどういう」

「2人とも悪質なやり方で人を騙し、金を毟り取ることで有名なんだ」

「小沼若那は【わかな】だから罠、大沼土久は【土久】だから毒ってわけ」

「正直……笑えないですね」


 草真の話を水羽が分かりやすく説明してくれた。確かに上手いこと言っているような感じだが……すみれの言う通り本当に笑えない。


「2人ともやり方が上手いから騙される人も結構いるし、ズル賢いから証拠も残さない。だから被害者は増える一方でね」

「草真さんも……被害を?」

「俺が、というより友人がな。破産させられたと聞いてる、写真を見せられたことがあるから気付いたってわけ」

「水羽さんは……」

「私の幼馴染の男の子がね……随分酷い目に遭わされたって、相談を受けたことがあるの」


 事情を聞いたのり子は、頭を抱えた。そうか……だから草真さんと水羽さんはあんな反応を。となると、泥一郎さんと希濡さんも似たような経験をしている可能性が高いか。


「まったく、せっかく同好の士で話が盛り上がっていたのに、あいつらにこんなところで会っちまうとはな」

「本当ね、ツイてないというか」

「あの……私達でよければ、相談に乗りますよ」

「都子ちゃん……そうだな、都子ちゃんと話せば暗い気持ちも吹き飛ぶかもしれない」

「あ、それ名案かも。もうこの話題は忘れて、さっきみたいに盛り上がりましょ」

「はい!!」


 その後、都子を中心にのり子達は草真と水羽と他愛もない話で盛り上がった。都子の明るさと社交性はこんなにも人の心を癒すことが出来るのだと、のり子は改めて実感したのだった。


***


「草真さんと水羽さん、元気になってよかったわね」

「そうね。それにしても例の2人、本当に酷い……明日会ったら文句言ってやらないと」

「気持ちはわかるけど、やめた方が良いわよ都子。そんな危険な輩には関わらない方が良い」

「うーん、そうかもしれないけど……何だかもどかしいなあ」

「……」


 のり子達は部屋に戻り、布団に潜りながら今日の出来事について話していた。当然あの若那と土久のことも話題に上るわけだが……


「どうしたの、のり子。何だかさっきからずっと黙ってるけど」

「え? ううん、何でもない。今日一日色々あったから、ちょっと疲れちゃって」

「……その件は本当にごめん。何とかなったから良いようなものの」

「もう、別に責めてるわけじゃないよ。都子も同じ趣味を持つ仲間が出来たわけだし、そういう意味では良かったんじゃない?」

「のり子……ありがと」


 都子の笑顔を見て少し心が落ち着いたのり子だったが……それでも心が完全に落ち着くことはなかった。罠と毒と呼ばれるあの若那と土久、そしてその2人に何かしらのネガティブな関係があるだろう人達……未だに止むことのない豪雨の音も不安を増す材料となっていた。何も起きないと良いのだが……


***


 翌朝、早めに目が覚めたのでのり子はホテル内を散歩していた。外は相変わらずの豪雨だ。これじゃ土砂崩れが解決することはなさそうだし、今日も詩乃達と合流するのは難しいかな。そんな風にのり子が思っていた時に、何やら慌ただしい様子の謙護を見つけた。


「おはようございます、謙護さん。どうしたんですか、何かあったり?」

「あ、河澄様。実は……小沼様が見当たらないのです」

「若那さんが?」

「はい、モーニングサービスを頼まれていたので部屋に行ったのですが、不在でして。しばらく待っても帰ってこないのでホテル内をあちこち探してみたのげんとも(ですが)、やはり」

「分かりました、私も探してみます」

「助かります」


 のり子は謙護と手分けしてホテル内を探したが、若那は見当たらなかった。元々それ程広いホテルでもないし、隠れることが出来る場所は限られている。それでも見つからないのだ。


「謙護さん、このホテルの周辺にお店とかは?」

「いえ、ございません。少なくとも、歩いていける距離には」

「ましてこの豪雨ですから、わざわざ外に出る理由がないですもんね」

「まさにその通りでして。本当にどごさ(どこに)行ってしまったんでしょう?」

「……若那さんの部屋に行ってみましょう」


 そう提案し、のり子は謙護と一緒に若那の部屋に向かった。考えてみれば謙護さんが訪ねても不在だったって言っていたから、探してなかったな。何か……手がかりがあるかもしれない。そう思っている間に若那の部屋に到着し、のり子は辺りを見渡した。


「やはりいませんね。他に探していない場所は」

「……謙護さん、これ」

「テーブルの上ですか? 何か赤い染みみたいのがありますが」

「……血ですよ、これ」

「な、何ですって!?」


 もしどの部屋も似たような造りだとすれば……確かテーブルの上には灰皿が置かれていたはずだ。そして、周辺に血痕。つまり……若那さんは灰皿で殴られた!?


「……外です、謙護さん!!」

「え? お、お待ちくんちぇ(ください)、河澄様」


 のり子は傘をさし、豪雨の中外に飛び出した。謙護ものり子を追いかけて外に出て、わけがわからないという様子でのり子に尋ねた。


「河澄様、どういうことなのですか?」

「テーブルの上の血痕、そしてそこには灰皿が置かれていたはず。つまり……若那さんは灰皿で殴られて、どこか別の場所に運ばれた可能性が高いんです」

「な!? げんとも(しかし)、別の場所と言ってもどうして外なのです?」

「ホテル内は現在使用中の客室以外はくまなく探しましたし、まさか使用中の客室に運び込むわけがない。まして自分の部屋に運んだら、自分が犯人だと言っているようなものですし。となると、後は外しかないわけですよ」

「な、なるほど。げんとも(しかし)、どうしてわざわざ外に? こんな豪雨ですし、メリットがないように思えるのですが」

「あるじゃないですか、一か所だけ。隠すのに最適で、痕跡も消してくれる場所が」


 のり子の言葉を聞き、謙護は顔を青くして驚いた。もはやのり子と同じことを思っているのは明白だった。


「まさか……底なし沼!?」

「その通りです。謙護さん、案内してください!!」

「は、はい」


 謙護の案内で底なし沼に向かうと、そこは柵で厳重に囲まれ、大きな立ち入り禁止の看板が立っていた。のり子は外から慎重に様子を伺った。すると……


「……女性の頭?」

「河澄様、場所を代わっていただけますか?」


 謙護はそう言い、周辺に落ちていた長い棒を持ってのり子がいた位置に立ち、底なし沼に沈んでいるその頭をゆっくりと上げた。その瞬間、のり子と謙護は大きく目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。


「若那さん……」

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