豪雨の沼殺人事件①(跳ねっ返り娘と修学旅行)
「のり子、お弁当のり子の分も作ってきたんだけど、食べる?」
「もちろん、というか断る理由がない」
秋も深まり、気温も段々と冬寄りになってきた11月のある日の昼休み、のり子は詩乃にお昼ご飯に誘われた。詩乃から手料理を貰うことは過去にもあったが、あくまでそれはお弁当のおかずを分けてもらう程度であり、あとは調理部で作ったもののお裾分けくらいだ。
だが、最近はこうして自分用とのり子用の二つを作ってくることが珍しくなくなった。もちろん毎日というわけではないが、週に1,2回は見かけるようになり、明らかに詩乃の中でのり子に対する気持ちに変化があったことが伺える。
「どう、美味しい?」
「うん、美味しい、というか超美味しい」
「ふう、良かった。作ってる側としては、口に合うか心配なのよね」
「いやいや、詩乃の料理が美味しくないなんてこと、過去になかったし」
「そ、そう?」
詩乃の料理の腕は天下一品であり、満場一致で調理部の部長に選ばれたほどである。親友の心美を亡くした時はさすがに心に深い傷を負った影響でスランプに陥ったが、今は立ち直り、むしろ以前より腕を上げたのではと周囲からは評判だ。そもそもスランプと言っても詩乃の場合元の次元が違うのだ、調子が悪くても世間一般的には美味しいレベルなのである。
では、なぜ詩乃の中でのり子への気持ちに変化が生じたのか、それは先日の京都への旅行が発端だ。その旅行でのり子は朋美というとても魅力的な子と仲良くなったが、出会ったその日に朋美は殺された。しかも犯人は朋美と親しいと思われていた人物であり、人の心を持たない悪魔そのものだった。
「……詩乃、改めてだけどありがとう。詩乃がいなかったら私、ここにいなかったかも」
「もう……寂しいこと言わないで。言ったでしょ、迷惑かけていいって」
「……本当、優しすぎるよ詩乃は」
夏休みに織絵と旅行に行った際ものり子は似たような経験をしており、心の中にほんの少し人の心に対する不信感が芽生えた。そこを事件の黒幕だったさくらに突かれ、のり子は大切な人達を傷つけまいと、どこか遠くへ行った方が良いんじゃないかとまで考えた。そんな追い詰められたのり子を救ったのが、詩乃だった。
例えのり子が大切な人達を信じられなくなっても自分は信じるし、道を間違えても正しく導いてあげる。それは自分だけじゃなく他の大切な人達も同じであり、それだけのものをのり子は今まで積み上げてきたんだと。その言葉にのり子は救われ、立ち直った。この出来事でのり子と詩乃の絆は深まり、今に至るというわけである。
「ほら、あまりのんびりしていると昼休み終わっちゃうよ。それも自信あるからさ」
「確かに、これも美味しそう。それじゃ、早速……!?」
のり子が詩乃お勧めのおかずを口にしようとした瞬間、背筋に悪寒を感じた。いくら11月とはいえさすがに寒すぎるようなと思い、振り返ると……そこは頬を膨らませて怒っている織絵がいた。
「の~り~子~さん!!??」
「ど、どうしたの織絵ちゃん?」
「どうしたもこうしたもないです!! ちょっと最近、詩乃さんと仲良すぎないですか?」
「そうかな?」
「そうです!! 新婚さんとか熟年夫婦とか、噂になってますよ」
「……マジで?」
のり子は心底驚いた顔をしているが、これに関しては織絵の言うとおりであり、それだけ傍目から見れば最近ののり子と詩乃は仲が良いのである。元々のり子のことを慕っており、更に二度も命を助けられたことでのり子に恋心を抱くようになった織絵からすれば当然面白くないわけで(ちなみに、のり子と織絵は付き合っているわけではない)。
「織絵ちゃん、前にも言ったけど私はのり子のことをそういう風には見てないから」
「いやいや、とてもそういう風には見えませんから!! そもそも……『一生付き合っていきたい』とは思っているんですよね?」
「そりゃまあ、そうだけど」
「その時点で同じようなモノです!! せっかく私ものり子さんにお弁当作ってきたのに」
「じゃあ、3人一緒に食べようよ、せっかくだしさ」
「ううう……何だか勝者の余裕っぽい気が」
詩乃からの提案に、織絵は項垂れながらも渋々了承した。のり子からすれば織絵も詩乃にはさすがに敵わないとはいえ料理はそれなりに出来るし、とびっきり可愛く誰にも負けないスター性を持っているのにどうしてそこまで落ち込むのか疑問なのだが……要は戦いのレベルが高すぎるのである。
「いやー、モテモテで羨ましい限りだね、のり子」
「あのねえ、あんたがそれ言う?」
「あ、都子、どうしたの?」
「学園屈指の美人で、モテの代表格であるあんたが言うなって話」
「あはは、最近ののり子には敵わないって」
遠目からのり子を観察していたすみれは笑って都子の話を受け流したが、都子の言っていることも的外れではない。すみれはのり子のクラスだけでなく学園全体でも屈指の美人であり、学園では高嶺の花のような存在である。外を歩けば世の中の男性の注目の的であり、かといって高飛車なところは全くなくむしろ礼儀正しく優しい子だ。
「本当、すみれは分かるけど、どうして最近ののり子はあんなにモテるのかねえ?」
「のり子は優しいし、頼りになるから別に不思議じゃないけどな。本人は否定するけど、世の中的にはかなりの美人だし」
「いや、それは否定しないよ。だけどねえ……【学園のマスコット】の織絵ちゃんに【大和撫子な理想のお嫁さん】の詩乃、それに【癒しの化身】のいりすちゃんとも随分仲が良いでしょ。ハーレムにも程がない?」
「何よ、その二つ名……というか、相変わらず可愛い子好きねえ、都子」
「もちろん!! 可愛い子は世界の財産よ、世界平和は可愛い子によって作られるの!!」
都子は目を輝かせて力説し、すみれはいつものことかと苦笑いを浮かべている。都子は大の可愛い子好きであり、のり子に事あるごとに嫉妬しているのは最近ののり子が可愛い子にやたらとモテるからなのは誰の目から見ても明らかである。
「だったらのり子ともっと仲良くすればいいのに、のり子も十分に可愛いでしょ?」
「それは認める、ていうか超可愛い。だけど可愛い子を独り占めする敵でもあるんだから、しょうがないじゃん」
「はぁ……困ったものね。そういうところさえなければ、都子もモテると思うんだけどなあ」
「何言ってんのよ、私がモテるなんて、ないない」
「そういうところは、のり子と似ているのよねえ」
都子自身は否定するが、世間一般的に見ても都子はなかなか可愛い部類に入る。セミロングの明るい茶色の髪を長いバレッタでアップにしており、スタイルも良い。ファッションセンスにも優れているのもあり、街を歩いていても都子のことを見て振り返る男性は決して少なくない。
可愛い子が大好きな都子だが、決して女の子にしか興味がないわけではなく、雑誌でイケメンの男性を見て友達と盛り上がったりもする。男女分け隔てなく仲良く出来る社交性も持っているので、すみれの言う通りモテる素質は十分に備えているのだが……こればっかりは仕方のないことである。
***
ホームルームの時間になり、担任の教師が黒板に内容を書き出した。【修学旅行の班分けについて】である。
「みなさんも知っての通り、数週間後に修学旅行があります。全体で動く時もありますが、基本は班で動くことになりますんで、今日はその班分けをしたいと思います。3人一組で班を作ってください」
「修学旅行か……いよいよだな」
高校生活の一大イベントである修学旅行、遂にその時期がやってきたという感じである。どちらかといえば世間の行事に疎いのり子も、さすがに修学旅行は意識しており楽しみにしていた。班分けと聞くと、いよいよその時期が迫ってきたんだなあとのり子もワクワクを抑えられない様子である。
「のり子、一緒の班になろう」
「うん、良いよ。3人だから、あと一人だけど……あと一人かあ」
「……もしかして、地味に悩まない?」
「かもしれない」
真っ先に声をかけてきたすみれに、のり子はOKを出した。最近詩乃との仲が深まっているとはいえ、のり子にとってすみれは親友であり、断る理由はない。ここまでは良いのだが……のり子もすみれも、班が3人一組というのが意外と難しいことに気付いた。
「詩乃を誘うと萌希が漏れちゃうし、逆もしかりだなあ」
「4人一組だったら、両方誘ってそれで終わりなんだけどね」
「うーん……となると、詩乃と萌希でコンビを組んでもらって、お互い残り一人誰かを誘うって形しかないかな」
「詩乃と一緒の班になれなくて、寂しい?」
「もう、茶化さないの」
最近詩乃と仲が良いことをすみれにからかわれ、のり子は頬を膨らませた。もちろん、親しい間柄ゆえのじゃれ合いのようなものであり、本当に怒っているわけではないのだが……こうなると詩乃と萌希以外の子を誘わざるを得なくなり、のり子もすみれも考え込んでしまった。と、そこに手を挙げて大声で立候補する人物がいた。
「はいはーい。私、立候補するわ」
「都子? まあ、特に問題ないけど」
「え……良いの?」
「いや、特に断る理由ないし」
「……うん、じゃあお邪魔させてもらう」
急に態度が大人しくなり、のり子はどこか調子が狂ってしまう感じがした。都子は了承してもらったのが意外だったようだが、のり子からすると都子がどうしてそんな風に思うのか分からなかった。
都子は事あるごとにのり子に突っかかるが、それはあくまでのり子が可愛い子にやたらモテるがゆえに嫉妬しているだけであり、二人の仲は決して悪くない。むしろのり子からすれば親しい友人の一人であり、都子と一緒の班になれて嬉しいと思っている程である。
「あ、のり子は班のメンバー決まったんだ」
「うん。ごめんね詩乃、さすがに萌希だけ漏れちゃうのは」
「気にしない気にしない。じゃあ私は萌希と組んで、あと一人は……」
「千穂ちゃんはどう?」
「そうだね。じゃ千穂を誘ってくるから、またねのり子」
萌希の提案で千穂を誘うことになり、詩乃は萌希と一緒に千穂のもとに向かった。のり子は担任の教師から班分けのプリントを受け取り、メンバーの名前を記入し始めた。
「えっと、河澄のり子に絵波すみれ。それと……」
「どうしたの?」
「ねえ都子……苗字、何だっけ?」
「今越よ、今越!!」
「あはは、ごめんごめん。えっと、今越都子と」
「まったくもう……」
都子は両腕を組み、頬を膨らませて拗ねてしまった。のり子としては普段から都子都子と名前で呼ぶのが慣れてしまったせいで、苗字をど忘れしてしまったわけだが……こういう歯に衣着せないやり取りができるのも、二人が仲が良い証拠である。
「そういえば、行き先って福島と宮城よね。何があるんだっけ?」
「どちらも自然が豊かで歴史のある名所も多くて、食べ物もおいしいよ」
「歴史はよく分からないけど、自然豊かなのとグルメが充実してるのは良いわね」
都子の質問に何げなく答えたのり子だったが、返ってきた答えが意外だったので、思わず目を丸くした。
「え……都子って自然とか興味あるの? グルメに興味あるのは分かるけど」
「何よ、悪い? 良いじゃない、綺麗で雄大な自然」
「別に悪くないけどさ、ちょっとイメージと違うっていうか」
「いや、あんたの中で私ってどんなイメージよ」
「自然をじっと観察したり肌で感じるよりも、アトラクションを楽しみたいみたいな」
「両方好きよ!! 今回はせっかくの旅行なんだから、前者を優先したいの」
最もな解答だなと、のり子は思った。思えば、都子と旅行に行ったりとか休日に二人で出かけたりしたことってないな……今回は都子のことを知る良い機会なのかもしれない。
「ふふ、楽しい旅行になりそうね。ちなみに都子、ちょっと」
「何?」
「どうして私とのり子と一緒の班になろうと思ったの?」
「そんなの決まってるじゃない……のり子が最近、やたらモテる理由を探るためよ!!」
「や、やっぱり……まあ、いっか」
都子のあまりに予想通りの答えに、すみれは頭を抱えた。何だか二人で盛り上がっているようだが、様子から察するにいつもの都子ムーブだろうとのり子は特に気にしなかった。
「3泊4日で、一日目と二日目が福島、三日目と四日目が宮城だっけ?」
「そうね。私も東北はあまり行ったことがないから、楽しみだわ」
「この旅行で秘密を暴いてみせるから、覚悟しなさいのり子」
都子が小声で怪しいことを言っているのがのり子は少し気になったが……すみれと同じく東北に行った経験が浅いだけに、数週間後の修学旅行への期待に胸が高まるのであった。
読んでくださりありがとうございました、新シリーズスタートです。第2部最初の事件ですね。
今越都子、今回は彼女が中心の話となります。名前だけだった彼女がフルネームを得て、遂にメインの話が作られることに……出世しましたね。
今回の舞台は、福島と宮城。厳密に言うと事件が起こる場所は福島なので、ストーリーの8割~9割は福島です。東北、自然豊かで歴史もあり、食べ物も美味しくて良い場所ですよね。
それでは、今回も精一杯書かせていただきますので、よろしくお願いします。




