のり子達の日常:社長令嬢のお礼の形
「お礼……お礼かあ」
牧野亜璃栖は自室で頭を抱え、悩んでいた。セミロングのストレートの黒髪がサラサラと流れ、トレードマークの少し大きめの花の髪留めが彼女の可愛さを更なる次元へ高めている。ジュニアアイドルとしても十分に通用する程の美少女であり、彼女が通う中学校では彼女に告白する男子が後を絶たない。最も、すべて撃沈しているのだが……
そんな彼女には牧野絵璃奈と牧野瑠璃香という2人の姉がおり、どちらも亜璃栖に負けない程の美人である。そして、彼女達の家である牧野家は日本でもそれなりに有名なお金持ちの家であり、3人とも社長令嬢である。そんなすべてに恵まれているように見える亜璃栖だが、実際のところ最近は辛いことの連続だった。
「いりすさんが喜んでくれるものって、何だろう?」
父の会社との兼ね合いのためとはいえ、いけすかない連中の相手をしなくてはならず、それで絵璃奈と瑠璃香が苦しんでいるのに心を痛めたり……その連中の中の諸悪の根源と言える人物達(彼ら以外は、実はまともである)が牧野家の別荘で殺害され、その犯人として疑われたり……瑠璃香がその犯人に襲われ、殺されかけたり……
まだ中学生である亜璃栖にはあまりに辛い出来事の連続……そんな亜璃栖を傍で支え続けてくれたのが、いりすだった。いりすとは以前、コンビニで起きた盗難未遂事件で知り合い、実はその事件の犯人が亜璃栖だったのだが……未遂であり情状酌量の余地が十分あるということで、事件を解いたいりすに助けてもらう形になった(実際に解いたのはのり子だが)。
「連絡取りあうようになったけど……案外いりすさんのこと知らないんだな、私って」
コンビニでの事件も牧野家の別荘での事件も解いたのはのり子であり、当然のり子のことも亜璃栖は慕っているのだが、傍で支え続けてくれたいりすにはより懐いており、今では3人目のお姉ちゃんのような存在である。
連絡を取り合うようにもなり、非常にいい関係を築いている中で亜璃栖は思った、改めてお礼をしたいと。しかし……何をすればいいか、何を渡せばいいかと考えるとこれが意外と難しい。お金持ちの令嬢として少々世間知らずなところも、拍車をかけているのだろう。
「……お父さんとお母さんに相談してみよう」
そう思い、亜璃栖は父の書斎に向かった。父は多忙な身だが、今日は幸いにも家にいる。母との仲も良好であり、母も今日は書斎にいると亜璃栖は聞いている。
「失礼します」
「お、亜璃栖。どうしたんだ?」
「実はですね、ちょっと相談したいことがありまして」
「ほう?」
亜璃栖の父は作業の手を止め、話を聞く体勢になった。隣にいる母も柔和な表情で亜璃栖を見つめている。父は大企業の社長だが、かといって偉ぶったりとっつきにくい感じはせず非常に娘想いだ。当然亜璃栖との仲もよく、亜璃栖は父のことを尊敬している、こうしてすぐに相談に行こうと思えるのもその賜物である。
「いりすさんって、知っていますよね?」
「ああ、以前話してくれた、亜璃栖を何度も助けてくれた子だね」
「はい。最近は連絡を取り合うようにもなって、私としても改めて感謝を形として示したいんですが……具体的にどうすればいいか分からなくて」
「ふむ、なるほど。高校一年生の子だと聞いているから、あまり身構えてしまうモノは避けたいところだな」
「そうですね、現金や振り込みはちょっと引いてしまいそうです」
「なら、全国の百貨店で使える商品券とかはどうだ? 実用性もあるし、家族や友達と一緒に使っても良い」
さすがだと亜璃栖は思った。やっぱり人生経験豊かで社会的に成功している人だ、のり子さんと一緒に使ってくれたりすると余計嬉しいし、相談して良かった。
「良いと思います。手配は時間がかかりますか?」
「いや、そんなことはない。今やってるから、数日中には準備できると思うよ」
亜璃栖は具体的に何円分なのかが気になり、父が操作しているPCの画面を横からひょっこりと覗き込んだのだが……
「……あの、お父さん?」
「何だ?」
「私の見間違いでしょうか……信じがたい金額が書いてあるように見えるんですが」
「何円に見える?」
「……言うのが怖いんで、教えてもらえます?」
「1000万円だ」
「1000万!!??」
亜璃栖は驚きの余り、声が裏返ってしまった。いやいや、いりすさんは高校一年生だってお父さん認識してたよね!? そんな金額見たら、卒倒しちゃうから!!
「ちょ、いくらなんでもその金額はないよ、お父さん!!」
「亜璃栖の言う通りよ、あなた。それはさすがに」
「む、考えてみれば確かに」
亜璃栖の母が口添えしてくれた。父が考え直してくれそうで、亜璃栖はホッとした。まったく、お父さんは金銭感覚が麻痺しているというかなんというか。
「亜璃栖を何度も助けてくれた恩人よ、その金額では失礼だわ」
「まさにその通りだな。よし、倍の2000万円にしよう」
「逆!! 逆!! 多すぎるから!!」
ダメだ……お母さんも同じだ。亜璃栖はちょっと考えてみると両親に告げ、部屋を出た。頭を抱えながら、亜璃栖は次の相談者へのもとに向かった。
***
「次は……大丈夫だよね?」
目的の人物の部屋に着き、亜璃栖はノックをして扉を開けた。その人物は恭しく頭を下げ、亜璃栖を迎えてくれた。
「わざわざお越しくださってありがとうございます、亜璃栖お嬢様」
「いえ、相談したいことがあったんで」
二ノ瀬璃人、以前のり子といりすがお世話になった牧野家の別荘、通称青空別荘の管理人である。基本は青空別荘にいるが、時に管理を他の人に任せて亜璃栖の家に来ることもある。
「相談でございますか? それでしたら、旦那様や奥様が適切かと思われますが」
「お父さんとお母さんじゃ分からないことなんで」
「私でよろしければ、何なりと」
「実は……かくかくしかじかで」
「なるほど……お礼でございますか」
「お父さんとお母さんの感覚だと、スケールが大きすぎるというか」
璃人はしばし考え、何か思いついたような表情を浮かべた。璃人は礼儀正しい常識人だ、亜璃栖も今度は大丈夫だろうと思った……多分。
「それでは、旅行などはいかがでしょうか?」
「旅行、ですか。良いですね、明確な金額が記載されるわけでもないですし」
「はい。では、こういうプランはどうでしょう?」
「……あの、璃人さん?」
旅行というアイデアは良いと思う、さすがは璃人さんだけど……亜璃栖は提示されたプランを見て、再び目を疑った。
「何でございましょう?」
「ちなみに……どこに行くの?」
「世界一周旅行でございます」
「世界一周!!?? き……金額は?」
「クルーズで回る予定ですが、あまり高すぎるのも気が引けるでしょうから800万円辺りのプランが良いかと」
「やっぱりそのレベルの相場!!??」
亜璃栖はやはり驚きの余り、妙な叫び声をあげてしまった。いや、確かにさっきより金額は下がっているけど……元の次元が違いすぎるだけに、問題が解決していないというか。
「亜璃栖お嬢様を何度も助けて下さったお方なだけに、本当はもっと高いプランにしたいのですが」
「は、はあ……」
ダメだ……お父さんとお母さんと違うベクトルで璃人さんもヤバい。亜璃栖は大きなため息を付き、項垂れるしかなかった。
***
亜璃栖は璃人の部屋を出て、とぼとぼと歩いていた。想像以上にお礼を何にするかは難しいと感じ(というか、周りの人達の金銭感覚がおかしい)、正直手詰まり状態である。
「亜璃栖」
「あ……絵璃奈お姉ちゃん」
「どうしたの、何か元気ないけど」
「瑠璃香お姉ちゃん。実は……」
亜璃栖は姉である絵璃奈と瑠璃香に事情を話した。2人とも軽くため息を付き、笑っていた。もう慣れっこ、というような反応だ。
「なるほどねえ。お父さんとお母さん、相変わらずだね瑠璃香姉さん」
「そうねえ、璃人さんも。私達のことを考えてくれること自体は嬉しいんだけど」
「それでも、限度があるよ……」
「あはは、そうね。だけど、いりすちゃんへのお礼か……金額的にびっくりしない範囲で、のり子ちゃんの分も用意したいわね」
「あとは……亜璃栖らしさが伝わるものが良いかな」
「私らしさ?」
瑠璃香の提案に、亜璃栖は目を丸くした。そういえば、金額とかどういうモノかばかり考えて、そういうことは考えてなかったなあ。
「大切なのはありがとうって気持ちが伝わることだよ、亜璃栖の素直な気持ちがね」
「……確かにそうかも」
「亜璃栖らしさ……そうだ、あれが良いかも」
絵璃奈と瑠璃香の提案に、亜璃栖は納得し頷いた。やはり持つべきものは優しくて頼りになる姉だと、亜璃栖は思ったのだった。
「いりすさん、喜んでくれると良いなあ」
***
「へえ、亜璃栖ちゃんからプレゼントが」
「うん、色々助けてくれたお礼だって。のり子先輩の分もあるよ」
「律儀な子だねえ、亜璃栖ちゃんって」
「本当に、良い子だよ。それにしても、綺麗な花だなあ」
いりすは亜璃栖から送られてきたプレゼントの花の写真を、織絵と一緒に改めて見ていた。さすがに学園に持ってくるわけにはいかないので、スマホで写真を撮っておいたのだ。
「プリザーブドフラワーだっけ? かなり長い間、綺麗なまま保存できるって聞いたけど」
「そうだね。花が好きな亜璃栖ちゃんらしいチョイスだと思うよ」
「ちなみに……それって何円くらいするの?」
「作るのに手間がかかるから、それなりに高級だってネットには書いてあったけど。まあ、パッと見だと5000円~10000円くらいのが通販でも多いから、多分これも……!!??」
詳細を調べてみた結果……いりすと織絵は固まった。目が点になり、現実味の無い数字に唖然とするしかなかった。
「20万円……」
「最高級……」
いりすと織絵はしばらく沈黙し……やがて織絵が頭を抱えながら、呟いた。
「ねえ……いりす」
「何?」
「もしかしてあなたって……別の世界に住む子を妹に持っちゃったんじゃない?」
「……そうかも」
両親や璃人程ではないにしても、亜璃栖もその姉の絵璃奈・瑠璃香も一般人から見れば十分異質な金銭感覚なのであった。
~『のり子達の日常:社長令嬢のお礼の形』 完~
読んでくださりありがとうございました。
のり子やいりすがもし牧野家から報酬を貰ったらどうなるんだろうかと思い、書いてみました。
これに加え、『京都涙雨殺人事件』の登場人物の名前の秘密について今回は語っていきます。
①風桜朋美、八甲卓巳
朋美の旧姓は幸府、卓巳は八甲。
前者を並び替えると『ふこう=不幸』、後者は読み方を変えると『はっこう=薄幸』
朋美と卓巳の儚い命を表現しています。
②風桜夜美
やみ=闇、そのままですね。
③風桜奏芽、鍋島莉愛、鴨井正忠、八甲卓巳、福知節奈
5人の語尾を合わせると、『なみだあめ(涙雨)』になります。
みなさん、どのくらいお分かりになりましたか?




