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京都涙雨殺人事件⑫(無限の優しさ)

「……さくら」


 のり子が探していた人物が……目の前にいた。のり子の宿敵であり、今回の事件の黒幕である恐るべき凶悪殺人犯……星嶋さくら。


「あはは、久しぶりのり子。前にテレビ電話で話はしたけど、直接会うのは何カ月ぶりかな」

「!!」


 のり子はすぐに気を引き締め、さくらと距離を取り、対峙した。さくらはそれを見て、苦笑した。


「もう、そんなに過剰反応することないのに。息抜きは大事だよ」

「あなた……一体何しに来たのよ」

「そりゃ……頑固なのり子に現実を教えに来たに決まってるじゃない」

「現実?」


 さくらは穏やかで温和な女の子の仮面を脱ぎ捨て、本性の凍てつくような極寒の雰囲気と暗黒の笑みを露わにし、語り始めた。


「のり子さ、私のこと例外だと思ってない? 異常者だって」

「……当たり前でしょ。殺人を楽しむ様な人間がそうじゃなかったら、何だっていうのよ!!」

「ふふ……果たしてそうかな?」

「何ですって!?」


 のり子が少々狼狽える一方で、さくらは余裕の表情を全く崩さない。まるで予想通りの展開、といった感じに。


「先月のり子が巻き込まれた通り魔殺人事件、覚えているよね?」

「当然でしょ。まさか……あの事件もあなたが裏で糸を引いていたとか言うんじゃないでしょうね!!」

「あはは、そんなわけないでしょ、あの事件はノータッチだよ。むしろ……そうだからこそ、意味があるわけで」

「……どういうことよ」


 さくらが何を考えているのか、のり子には分からなかった。急に先月のあの悪夢のような事件のことを持ち出し始めて……


「あの事件の犯人……どんな奴だったか覚えているでしょ? 自身の快楽のために、何の罪もない若い女の子を次々と惨殺していった恐るべき悪魔。つまり……のり子的に言えば、こいつも例外で異常者よね?」

「そりゃ……1人だけとは限らないでしょ、そういう存在は」

「そうだね。で、今回の事件の犯人はどうだった? 自身の欲望のために、血が繋がっていないとはいえ妹を平気で殺し、愛情を注いでくれた母親を嘲笑うとんでもない悪魔。こいつも……例外で異常者?」

「そ、それは……」

「随分都合のいい言葉だねえ、【例外】って。多すぎない?」


 そういう……ことか。のり子はようやく、自分がさくらの術中にハマっていることに気付いた。相変わらず抜け目がない、これは……まずい。


「のり子も薄々気づいているんじゃないの? 私は……例外でも異常者でもない。人間誰しも、私のようになる可能性を秘めている。自分の心の闇を受け入れるか否か、違いはそれだけだよ」

「そんな……そんなことは」

「のり子だって同じ。いや、むしろ……私以上の犯罪者になる素質を、のり子は秘めていると私は思うけどね」

「!!?? ふざけないで……あなた以上の犯罪者になる素質が私にあるですって、侮辱にも程がある!!」


 のり子は激しい怒りをさくらにぶつけたが、さくらはまるで動じない。完全にペースを握られている……のり子はそう感じた。


「のり子……あなたはその類まれなる推理力でたくさんの事件を解決してきたわよね。で、それを支えてきたのは溢れる正義感と素敵な周囲の人達。だけどね……もしその二つに少しでも疑いを持ったら……どうなるかな?」

「!!」

「たくさんの事件を解決してきたということは、誰よりも多く人の心の闇を見てきたということ。だからこそ……転がり堕ち始めたら、誰よりも深くまで堕ちていくんじゃない?」

「……私、が?」


 否定したかった……だが、出来なかった。先月の事件に今回の事件、人の心を持たない悪魔のような犯人を見てきたせいで、のり子の中にほんの少しだけ……人の心に対する不信感が芽生えていたからだ。


「ねえ、のり子……楽になっちゃいなよ。自分の心の闇を……受け入れちゃお?」


 青い顔をして項垂れているのり子にさくらが笑顔ですっと右手を差し出し、のり子はハッとしてさくらの顔を見返した。


「一緒に行こう、のり子。のり子と一緒なら、もっともっと楽しいことが出来る」

「……」

「私はのり子だけは絶対に殺さない。のり子を一番幸せにできるのは私だよ、のり子のことを一番知っているのは……私なんだから」


 そう言うさくらの顔は真剣だった。恐らくさくらは嘘を言ってない……私を決して殺しはしないだろうし、大切にもしてくれるだろう。だけど……


「……誰が、誰があなたと同じ道なんか歩むものですか!!」

「……」

「私は捨てない!! 人としての心を、人としての……誇りを!!」


 そう言い切ったのり子をさくらは少し残念そうに見つめるとため息を一つつき、再び余裕の表情を浮かべた。


「まったく……本当に頑固なんだから、のり子は。まあ、別に急いでいるわけじゃないし、ゆっくり考えておいて」

「待ちなさい、さくら!!」

「……のり子」


 振り返って立ち去ろうとするさくらを、のり子は呼び止めた。するとさくらは、最初からそのつもりだったかのように再びのり子の方を向き、笑顔で告げた。


「私はいつでも待ってるよ。いつか分かる時が来る……あなたがたどり着くべき場所は、ここだよ」

「!!??」

「また会おうねのり子、生贄の血の匂いがする場所で」


 呆然とするのり子を尻目に、さくらは去っていった。のり子はよろめき、再びベンチに腰を掛けた。改めてさくらの言っていたことを思い出し、青い顔になった。


「私の中に……さくら以上の犯罪者になる素質が?」


 そんなわけがない、と思いたくても今ののり子にはそれが出来なかった。さくらの主張を真っ向から否定することが出来なかったという現実……もはや自分自身をどう信じればいいのか、のり子は分からなくなっていた。


「このままじゃ、いつか周りの人達を……」

「のり子!!」

「……詩乃?」


 頭を抱えて絶望しているのり子を見つけ、詩乃が心配そうに駆け寄ってきた。いきなり飛び出していったので探しに来てくれたのだろうか。


「のり子、どうしたの、そんな青い顔して。何か……あったの?」

「……さくらに会った」

「さくらに? 詳しく……話してくれない?」


 のり子は事の顛末を詩乃に話した。先月の事件と今回の事件で露わになった人の心の闇のこと、のり子にさくら以上の犯罪者になる素質があるだろうということを。


「そんな……のり子にそんなものあるわけがないじゃない!!」

「でも私、まともに否定することが出来なかった……さくらの言っていることに」

「……」

「私……自分が怖い。本当にさくらの言う通りになっちゃったら……そうなる前に」

「ダメだよ!!」


 のり子の言葉を遮り、詩乃が芯の通った声で一喝した。のり子は唖然とし、詩乃の顔を見つめた。


「そうなる前にみんなの前から姿を消そう、そんな風に思ってるんでしょ?」

「そ、それは……」

「のり子は今まで、たくさんの人達を救ってきたじゃない。私だって、のり子に救われて……そんなのり子にさくらが言っていたような素質なんてあるわけないし、万が一あったとしてもそれに打ち勝てる強さがのり子にはあるでしょ!!」

「……私、そんなに強くないよ。先月の事件だって織絵ちゃんに励まされなければ挫けていただろうし、今回だってこうして詩乃に弱音を吐いてて。もし……そんな素敵な人達を傷つけちゃったらと思うと……耐えられないよ」


 周囲の人達は事あるごとにのり子をしっかりしてるだの頼れるだの言うが、のり子は自分はそんな立派な人間ではないと思っている。むしろ自分の方こそ、周囲の人達に頼っていると。そんな素敵な人達を信じられなくなるかもしれないのが……何より怖いのだ。


「……迷惑かけて、良いんだよ」

「え?」

「のり子が仮に私を信じられなくなったって、私はのり子のことを信じるよ。私だけじゃない、のり子の大切な人達はみんなそうだと思う」

「……」

「それだけの信頼をのり子は今まで積み上げてきたんだよ。だから……自分の道を歩むことを恐れないで。道を間違えたら、私が……みんなが正しく導いてあげるから」

「詩乃……」


 自分を信じていい……間違いを犯してもいい……これ程心が軽くなる言葉はなかった。詩乃の無限の優しさが身体を包み込み、暗黒の呪いを解いてくれたようにのり子は感じた。


「ありがとう……ありがとう、詩乃!!」

「の、のり子!?」

「私……詩乃が友達で良かった!! 詩乃を友達に持てたこと、凄く誇りに思う」

「もう、大袈裟だなあ、のり子は。でも……今は甘えていいよ」

「うん!!」

「……誇りに思ってるのは、私の方だよ」


 子供のように泣きじゃくり、抱きついて甘えてくるのり子を詩乃は優しく抱きしめた。こんな温かい時間がずっと続けばいい……のり子は詩乃の膝枕の上でそう思ったのだった。


***


~さくら視点~


「うーん、一筋縄じゃいかないねえ。ま、焦ることはないか」


 公園ののり子と詩乃の死角になる場所で、さくらは2人を観察していた。


「それにしても……思った以上に手強いなあ、詩乃は。心が強いことは分かっていたけど、さすがに心美を殺されたら潰れちゃうと思ってたんだけどね」

「詩乃の支えがある限り、のり子をこちらに引き込むのは簡単じゃないなあ。それどころか、のり子を取られちゃう危険性も」


 さくらはちょっと面白くなさそうな顔をした後、再び暗黒の笑みを浮かべて呟いた。


「場合によっては……排除することも考えなきゃいけないかもね」

「ま、それは最終手段か。今は休息の時だから……一時的に譲るよ、詩乃」


***


~のり子視点~


 その後、のり子は詩乃と一緒に風桜家に戻った。夜美は既に警察に連行された後のようで、警察関係者は宮津刑事だけが残っていた。待っていて……くれたのだろうか。のり子は事の顛末を、彼にも話した。


「そうか……今回の事件にはあの星嶋さくらが絡んどったのか」

「はい。残念ながら、逃げられてしまいましたが」

「気にすることはあらへん、そら警察の仕事や。それに……一番辛いのんは君やろうしな」

「……探偵として、私情を挟むことは出来ません」


 宮津刑事には、自分がさくらと旧知の仲だということをのり子は話した。いずれ分かることだろうし、今回これだけ協力してくれた彼に話さないのはどうかと思ったのだ。


「君がそんなんに関してはしっかり守る子やちゅうのんは分かってんで。今回の事件での活躍を見たら、な」

「本当に……ありがとうございます」

「お礼を言うのんはウチの方や。君がいーひんかったら、今回の事件は自殺としてなおされた(片付けられた)やろうし……君のような人材に出会えたことは、えらいおっきな収穫や思てる」

「宮津刑事……」

「君にも話したけど……刑事として無力感を感じることは少のうない、今後の警察の未来への不安もな。そやけど、君のような人材がおるちゅう事実は、少し未来を明るしてくれたような気ぃすんで。京都府警を代表して、感謝する」


 宮津刑事は深々と頭を下げた。本当に優秀で、刑事としての誇りを持っている人なのだとのり子は感じた。この人の存在こそ、今後の警察の未来の光なんじゃないかとも。


「あまりにささやかなお礼やけど、受け取って欲しい。推理を披露し、黒幕と対峙し、君も疲弊してるやろ。戦士に休息は……必要や」

「……受け取らせていただきます」


 のり子は宮津刑事から初めて草餅を受け取り、軽くかじった。程よい甘みが疲れを癒してくれる……のり子は宮津刑事に軽く会釈をし、詩乃と涼葉と一緒に事件の関係者の人達にも挨拶をし、風桜家をあとにしたのだった。


「せやかて……やっぱり奏芽さんのご主人が朋美ちゃんを虐待しとったっちゅうのは、夜美さんの嘘やったんやな」

「節奈さんが奏芽さんの傷ついた心に付け込んで将来財産のおこぼれを貰おうとしてるっていう噂も夜美さんが流したデタラメで、莉愛さんが朋美ちゃんに厳しく敵意を感じる目を向ける時があるというのも夜美さんの嘘、か」

「……」


 京都駅へ向かう途中で、涼葉と詩乃は先程宮津刑事が話していたことについて呟いていた。元々のり子が宮津刑事に夜美に尋ねるよう依頼しておいたのだが、夜美がすべて白状したらしい。


「結局、夜美さん以外はみんなええ人で……朋美ちゃんを愛しとったんやな」

「たった一人の底知れぬ悪意が、あんな悲劇を生んでしまうなんて……やりきれないな」

「世の中そんなもの、と言えばそうなのかもしれない、とはいってもね」


 のり子が今まで見てきた事件も、ほんの一部の心ない人の悪意が発端となっているケースが多かった。分かっているとはいえ……辛さがなくなるわけではない。


「朋美ちゃんは……幸せやったのかな。信じとったお姉さんに裏切られて、生涯を終えて」

「幸せかどうかは本人しか分からないだろうけど……私は、幸せだったと思う」

「私も詩乃に同感かな。辛いことはたくさんあったけど……一方で愛してくれる人もたくさんいたから」


 産みの親を2人とも亡くし、親戚に冷たくされ、信じていた姉に裏切られはした。だが、奏芽やその夫、莉愛、正忠、卓巳、節奈……多くの愛してくれる人達に囲まれた風桜家での生活が不幸せだったとは、のり子には思えなかった。朋美のあの屈託のない笑顔が紛い物には、とても見えなかったから。


「風桜家、どうなっちゃうんやろ。歴史あるおっきな家やけど、跡取りがいなくなっちゃったんじゃあ」

「私は……何だかんだで続くような気がする。歴史が持つ重みは、伊達じゃないから」

「うん、そこに心がある限りは、きっと……」


 いつの間にか涙雨は止み、晴れていた。もし涙雨が朋美ちゃんの雨だったとしたら……ほんの少しだけでも朋美ちゃんの心を救えたのだろうか。


「朋美ちゃん……」


***


~莉愛視点~


「奥様、いけますか(大丈夫ですか)?」

「ええ、平気やで。おおきに、莉愛はん」


 のり子達だけでなく、正忠と節奈も帰った後、莉愛は奏芽を気遣っていた。夜美から受けた精神的ダメージは計り知れない、幸い奏芽はある程度落ち着いたようだ。


「寂しなってまいましたなぁ……この家も」

「えらい……広う感じるわ」


 奏芽の夫が朋美を虐待していたということ、節奈が奏芽の傷ついた心に付け込んで将来財産のおこぼれを貰おうとしてるという噂、これらがすべて夜美による嘘だということは宮津刑事から奏芽と莉愛にも伝えられ、2人とも安心した。だが……失ったものはあまりに大きすぎた。


「なんで……こんなんなってもうたのやろう。理不尽にも……程があるんや」

「……」


 風桜家に光を振りまいていた朋美は信じていた姉に裏切られて殺され、純粋に朋美を好きなだけだった卓巳は朋美の為に動いた結果殺され、逆境に挫けずに娘に愛情を注ぎ続けた奏芽はその娘にすべてを否定され……この世に神も仏もいーひんのとちがうか、と莉愛は思わざるを得なかった。


「風桜家に一体何の罪があるのでっしゃろか……こないな形で、終わってまうやら」

「莉愛はん……そのことなんやけど」

「あ、はい」

「風桜家の、財産は……」


 どっかに寄付、ちゅう形になるんやろう。朋美様が亡くなり、夜美様が逮捕された以上、それしかあらへん。


「莉愛はん、すべてあなたに相続しよう思うねん」

「……はい!!?? 今、何と」

「莉愛はんに、風桜家の財産のすべてを継いでほしいねん。ほんで……養子として迎えたい」

「ウ、ウチが奥様の……養子に!!??」


 あまりに驚きすぎて、莉愛の目は限界以上に大きく見開いたように見えた。ウチが風桜家の養子になって財産を相続する……そんなん、1ミリも考えたことはなかった。


「な、なんでウチなんですか!? ウチはあくまで家政婦であって、他人で」

「莉愛はんはウチにとって、家族同然やで。それに、他人であっても家族になれるのんは朋美が証明してくれたやん?」

「……」


 思たら、そうや。旦那様を失うても風桜家がやっていけたのは、朋美様の天真爛漫さがあってこそ。その朋美様は……元々は他人やねん。


「この10年間、莉愛はんはほんまに尽くしてくれたわ。主人を失うても風桜家がやっていけたのは朋美の明るさだけとちがう、莉愛はんのおかげでもあんねん。そやさかい……お願いできるんやろか」

「……かしこまりました。この話、謹んでお受けいたします、奥様」


 他人、と言いながらも莉愛は心の底では奏芽を母親のような存在だと思っていた。早いうちに両親を病気で亡くし、頼れる親戚もいないので莉愛は10年前に風桜家に住み込みで家政婦として働くことになったのだ。


 病気がちな両親の代わりに家事をよくやっていた上に気遣い上手だったからゆえの選択であり、風桜家の人達はとてもよくしてくれたので不満など全くなかった。だが……一方で自分も家族が欲しい、という想いが消えなかったのも確かだったのだ。


「奥様、やなんて。もうウチらは家族なんよ、莉愛はん。いや……莉愛」

「はい……おかん!!」


 莉愛は奏芽に抱きつき、嬉し涙を流した。温かい……遥か昔に味おうた心地ええ感覚。今までずっと尽くしてきたけど……これからはちょいだけ、わがままを言うてええのかもしれへんな。


***


~のり子視点~


 京都旅行を終えて週が明け、日常に戻りのり子は学園に向かっていた。莉愛が奏芽の養子になった、という話はすぐにのり子達にも伝えられ、全員安堵した。悲しいことばかりの事件だったけど、一方で光も確かにあったと思う。


 涼葉の精神状態が心配だったけど、どうやら大丈夫のようで何よりだ。涼葉自身が強くなったのもあるし、詩乃と親友のような仲になれたのも大きいのだろう。これからも連絡を取り合い、良い関係を続けていきたいものだ。


「おはよう!!」


 のり子が元気よく教室のドアを開けると……なぜかそこには頬を膨らませた織絵が仁王立ちしていた。


「遅いですよ、のり子さん!!」

「いや、別に遅刻はしてないし。てか、どうしたの織絵ちゃん」

「どうしたもこうしたもないです!! 週末、詩乃さんと旅行に行きましたよね?」

「うん、行ったけど。伝えたじゃん、行く前に」

「それは別にいいんですよ……本当は良くないですけど」

「いや、言っておくけど二人っきりじゃなくて涼葉もいたからね?」


 恋する織絵のエネルギーの凄さはのり子は十分過ぎる程分かっているが……嫉妬心も告白前より増幅しているんじゃないかとのり子は感じた。そもそも、付き合っているわけではないのだが……


「そういう問題じゃないんです!! さっきここに来て詩乃さんに挨拶したんですけど……何ですか、あの様子は!!」

「何って……どういうこと?」


 詩乃は真面目で早起きなので、登校する時刻も結構早めなのだが……見たところ別に普通だけど。


「『早くのり子、来ないかな~』とか言ってましたよ、随分乙女な表情で」

「そ、そうなの? 詩乃」

「織絵ちゃん、違う違う。私はのり子のこと、そういう目では見てないから」

「そ、そうなんですか?」

「……だけど」


 織絵がどこか腑に落ちない表情を浮かべていると、詩乃は少し俯き【かなり乙女な】表情で呟いた。


「一生付き合っていきたい……とは思ってるけどね」


 その表情は、教室にいる全員を魅了するに十分な程魅力的だった。のり子もさすがに、詩乃に変化があったことは分かった。織絵は驚愕し、頬をさらに大きく膨らませた。


「むうううう!!!!」

「ちょっと織絵、落ち着きなさい」

「お姉ちゃん、今日帰ったら料理教えて!! 得意でしょ」

「あのね織絵、確かに私は料理の腕には自信あるけど……詩乃は別格だから。絶対に勝てないから」

「ううう……じゃあどうすれば良いの? お嫁さん力、全く太刀打ちできないよ」


 すみれもお手上げの状況に、織絵は頭を抱えて悩んでいる。織絵ちゃんも確かそれなりに料理は出来たはずだし、他の家事も出来ないわけではないはずだが……相手が詩乃では無理もないか。


「のり子~、もちろん殴って良いよね?」

「いつ許可した!?」

「のり子ちゃん……程々にね」

「私が悪いの!?」


 都子の嫉妬の炎と萌希の呆れ顔に、のり子は頭を抱えた。そんなのり子を、詩乃はクスクス笑いながら見つめていた。


「大変だね、のり子も」

「いや、元はと言えば詩乃が原因でしょ」

「そうかもね。でも……一生付き合っていきたい、っていうのは本当だよ」

「……そっか」


 人の心には確かに闇というものがある、それに打ちのめされそうになることもあるだろう。心ない人も確かにいる。だけど……そんな人ばかりではない。温かい心を持つ人も、確かにたくさんいる。


 のり子の心の中にほんの少しだけ芽生えていた、人の心に対する不信感……それは今はもう見当たらないが、いつかまた芽生えることもあるかもしれない。それでも……自分は大丈夫だろうとのり子は思った。自分を信じ、道を間違えた時に導いてくれる人達がいる限り……詩乃の眩しい笑顔に、のり子は会心の笑みを返したのだった。


~『京都涙雨殺人事件』 完~

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

これにて『京都涙雨殺人事件』は完結です。


今回は12話構成という大掛かりなモノでしたが、それは今までの話の総決算的な意味も

あったためです。区切りとしては、これで第1部終了ということになります。


といっても、第2部はすぐに始まります。いつも通りショートエピソードを挟み

次の事件に移ります。


今後ののり子の活躍も見守ってくださると幸いです。

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