京都涙雨殺人事件⑩(人の心を持たぬ者)
「朋美ちゃんと卓巳君を殺したのは……あなたです、風桜夜美さん!!」
のり子が大きな声で夜美の名を叫び、夜美のいる方向を指差した。既に真相を知っている詩乃・涼葉・宮津刑事を除くこの場の全員も、同じ方向に振り向いた。
「や、夜美ちゃんが犯人!!??」
「夜美ちゃんが……朋美ちゃんと卓巳君を殺した、ですって!!??」
正忠と節奈はこれ以上ない程目を大きく見開き、驚愕していた。相当にショックだったのだろう、その気持ちはのり子にも痛い程分かった。
「や……夜美?」
「夜美様……ほんまに夜美様が、朋美様と卓巳様を?」
奏芽と莉愛は顔を真っ青にし、深い悲しみを感じさせる表情をしていた。体も声もガタガタ震えている……あまりに残酷な真実、2人の心が壊れてしまわないかのり子は心配だった。
「もう、何言うてるのよのり子ちゃん。こないな時に性質の悪い冗談はやめて頂戴、なんぼウチでも怒んで」
「夜美さん、そろそろ本性を現したらどうですか? あなたは『ぶっきらぼうだけど、何だかんだで妹想いの姉』、なんかじゃない。自分の利益の為なら妹すら平然と殺してしまう、そんな恐ろしい人間です」
夜美は最初こそ驚きの表情を浮かべたが、すぐに普段通りの態度に戻った。そう簡単には認めないか……なら、更に追求するまで!! のり子は改めて気を引き締めた。
「夜美さん……ほんまに自分が、朋美ちゃんを?」
「ちゃうわよ、涼葉ちゃん。のり子ちゃんの推理力を信じたい気持ちは分かるけど、のり子ちゃんはまだ高校生よ、間違える時かてあるわ」
「せやけど夜美さん……朋美ちゃんに一昨日、振袖を着るように勧めたやないすか」
「そらいつもそうやさかい、改めて確認しただけ。それに言うたやん、詩乃ちゃんが既に着とったさかい出かける時は浴衣がええて。なら家では振袖がええって考えのどこがけったいなん?」
「そ、そらそうやけど……」
既に真相を知っている涼葉も信じられない……いや、信じたくないという様子だ。良い友達と思っていた朋美の姉が犯人……当然の気持ちだろう。
「大体、どないしても朋美に振袖着てほしいなら振袖って直接言うんとちがう? ウチは着物とは言うたけど、振袖とは一言も言うてへんで」
「そりゃ、先に浴衣って言ってその後に着物って言えば振袖だって朋美ちゃんには伝わりますからね。そもそも浴衣も着物の一種っていうのは一般的にそれ程知られていませんし、あくまで厳密に言えばの話です。両方を言い表す際も『着物と浴衣』っていう風に基本は言いますし、下手に振袖って言ったら妙に強調していて不自然に思われる危険性があります」
「……やとしても、それでウチが犯人っちゅうのんはさすがに強引とちがう? ウチはあくまで、いつもの流れで勧めただけなんやさかい」
「まあ、それが証拠になるとは私も思っていませんよ。ちゃんとあるんですよ夜美さん、あなたが犯人だという証拠がね」
やはり弁は立つか……心理的証拠や状況証拠ではこの人を倒すことは出来ない。ならば……物的証拠を突きつけるまで!! のり子は詩乃の方に振り返った。
「詩乃、一昨日の夕食の時にサラダに使ったドレッシング、誰が何を使ったか教えてくれるかな?」
「う、うん。定番のを使ったのが正忠さんと節奈さんで、新商品を使ったのが奏芽さんと夜美さんと莉愛さんだね。一昨日も同じ」
「夜美さん、あなたが新商品のドレッシングを昨日も一昨日も使った風な言動をしていたのは私も確認しています、間違いないですね?」
「ええ、そうで。それがなんやって言うねん」
「宮津刑事、朋美ちゃんの手に何か付着していたものはありませんでしたか?」
「あったぞ……新商品のドレッシングがね」
夜美はそれを聞き、初めて動揺した様子を見せた。それが何を意味するのか、気付いたのだろう。
「そ、それがどないしたんやで。朋美がおとついの夕食で使うたんやろう?」
「仮にそうだとしても、死体発見時に付着していることはあり得ないんですよ。なぜなら……朋美ちゃんは食後に振袖に着替えたんですから」
「!!」
「奏芽さん、朋美ちゃんに着物の着付けを教えたのはあなたですよね? 当然、着る前に手を洗うことは教えたんじゃないですか? 昨日もあなたは食後に手を洗ってましたし」
「え、ええ、もちろん教えたわ。普段からそれを守って、こまめに洗うてました」
「僕、おとつい夕食開かはった(お開きになった)後にも朋美ちゃんが手ぇ洗うてるとこ見たな」
「ウチもやで……」
正忠と節奈が口を揃えて証言をした。その顔は悲しみに満ちていた……自分達が行っていることが夜美を追い詰めるということが分かっているのだろう。
「では、なぜ朋美ちゃんの手に新商品のドレッシングが付着していたのか。それは夜美さんが夕食後に朋美ちゃんに書かせる遺書のもととなる物語が書かれた紙をドレッシングが付着した手で触ったために、その紙にドレッシングが付着して朋美ちゃんがその紙を手にして遺書を書き、朋美ちゃんの手にドレッシングが付着したとしか考えられないんですよ」
「く……そやけど、おかんと莉愛はんかて新商品のドレッシングを使うたんやろう? ウチだけとちがう」
「言いましたよね夜美さん、着物を着る際はこまめに手を洗うんです。奏芽さんと莉愛さんは日常的に着物を着ていて、誰よりもそれに気を付けているんですよ」
「奏芽さんが昨日の夕食後に手を洗っていたのはのり子がさっき言ってましたし、莉愛さんはそもそも家政婦として食後に洗い物をしているんですから、ドレッシングの汚れが手に付いたままなわけがないんです」
「言っておきますけど夜美さん、以前朋美ちゃんが使ったことがあって、それがこの部屋のどこかに付着していてそれを触ったからなんて言い訳は通用しませんよ。なにせこのドレッシングは新商品ですから、そうですよね莉愛さん」
「はい……おとつい発売でその日に買うてきたさかい」
詩乃の助言と莉愛の証言に夜美は更に動揺し、顔に冷や汗がどんどん増えている。最後の悪あがきか……
「と、朋美が夕食の後にこっそりつまみ食いしたかもしれへんし。そうやん、莉愛はん」
「そらあらへんです。おとついは使うた人が多かったのもあって、その日に買うてきた新商品のドレッシングはその日のうちにのうなってまいましたさかい。昨日のはまた買うてきたんです、レシートもあるんや」
「そ、そうで。夕食の後にウチ、朋美に用があって会いに行ってん。その時に手ぇ繋ぐ機会があったさかい、きっとその時に」
「それは変ですね、なら朋美ちゃんの手にあなたの指紋がべったり付着しているはずです。宮津刑事、どうですか?」
「いや、そんなんなかったぞ。その後に手ぇ洗うたさかいっちゅうのもあらへんな、せやったら指紋と一緒にドレッシングも洗い流されてるはずや」
「ぐ……」
言い訳を次々と切り捨てられ、最初の冷静さは全く感じない。いよいよか……のり子は最後の一手を放った。
「まあ、食後にお手拭きを使っていれば、もしかしたらドレッシングは拭き取られたかもしれないですけどね。残念ながらあなたは使わなかった、結局あなたのズボラな性格が災いしたんですよ。朋美ちゃんの真面目な性格が証明してくれた、とも言えますけどね」
「……」
「さあ夜美さん、いい加減観念したらどうですか。あなたの牙城は完全に崩れたんです」
のり子が降伏勧告をすると、夜美をまとうオーラが段々変わっていくのをのり子は感じた。この感じ……間違いない。先月織絵ちゃんと旅行に行った時に巻き込まれた通り魔殺人事件の犯人……あの悪魔と同じだ!!
「ふ……ふふ……ふふふ」
「夜美、さん?」
「あっはっはっは!!!! いやー、参った参った。頭がキレる子だとは思っていたけど、まさかここまでやられちゃうとはね」
「……」
「こんなことになるなら、あんたも殺しておくべきだったわね……朋美と一緒に」
「やはり……それがあなたの本性ですか、夜美さん」
狼狽える涼葉を嘲笑うかのように、夜美は遂に本性を現した。それはのり子の予想通り……どこまでも冷酷で残忍な悪魔そのものだった。
「夜美……あなた」
「信じられないって? 残念だけど、これが素の私なのよね。バレちゃったのは残念だけど、もうこれで面倒な演技もしないで済むからねえ。そういう意味では感謝してるよ、のり子ちゃん」
演技……か、確かにここまで180度違うキャラを演じるのは重荷だっただろう。京都弁も無くなっている、これが本来の喋り方なのだろう。しかし……
「夜美様……どうして。朋美様は妹でありましょう、なのに」
「妹? 何言ってんの。あの子は養子よ、赤の他人。まあ、他人だろうが家族だろうが私にはどうでもいいけどね。私にとってあの子はただの邪魔者、排除すべき存在よ」
「じゃ、邪魔者って……」
莉愛も正忠も夜美の発言に唖然としていた。もはや驚きの範疇を超えている……人間がする発言とは思えない、そこに人間の心は感じられなかった。
「朋美ちゃんを殺した動機は……財産ですか?」
「そうよ、それ以外何があるっていうの? あの子がこの家に来たせいで、私の取り分が半分になっちゃったのよ。まったく、憎くて仕方がなかったわ」
「ほな、『おとんもおかんも、朋美ばっかり可愛がってる』っちゅうのんは」
「そんなの嘘に決まってるじゃない、【両親に可愛がられたい、いじらしい女の子】を演じておいた方が後々得だと思ったからねえ」
「そ、そないな……」
節奈はがっくりと項垂れた。ずっと可愛がってきた子に裏切られたショックは、計り知れないものがあるだろう。おそらくだが……節奈さんが奏芽さんの傷ついた心に付け込んで、朋美ちゃんと夜美さんにも優しくして、将来財産のおこぼれを貰おうとしているという噂も夜美さんが流したのだろう。莉愛さんが朋美ちゃんに厳しく敵意を感じる目を向ける時があるというのも、当然作り話ってことになる。
「卓巳君を殺した動機は?」
「あー、昨日の夕食後にあの子、私の部屋に来てねえ、『朋美ちゃんが自殺なんかするわけない、誰かに殺されたんだ!!』とか言い出したのよ。だから、姉である私に一緒に犯人を探してほしいって。ほっとくと面倒臭いことになると思ってねえ。だから、始末したのよ」
「た……たったそれだけのことで!!??」
「十分じゃない。私の邪魔をするものは排除する、それだけよ」
「……」
涼葉は夜美の非情な発言に、顔を真っ青にしていた。その傍らで、詩乃は黙って夜美をじっとみつめていた。
「滑稽だったわねえ、好きな女の子を殺した犯人だと知らずに相談してるんだから。で、理解を示したフリをして後ろに回って、首を絞めて殺したってわけ。私が朋美を殺したことを伝えたら、『絶対に許さない』って途切れ途切れに言いながら死んでいったわ。あはは、なかなか面白いショーだったわ」
「……貴様」
普段は飄々としている宮津刑事ですら、怒りの表情を露わにしている。それはのり子も同じだが……心は冷静さを保つよう注意し、口を開いた。
「奏芽さん。あなた……夜美さんの本性に気付いていたんじゃないですか?」
「!!」
「……何?」
のり子の発言に奏芽は驚きの表情を浮かべ、夜美は先程までの不敵な笑みが消えた。夜美もこれについては知らなかったのだろう。
「夜美さんが本性を現した時、あなたは思った程驚いていませんでした。本来であれば母という、一番驚くであろう立場なのに、です」
「……」
「莉愛さんが言っていたんですよ、あなたとご主人の不穏な会話を聞いてしまったって。最初に聞いた時には、場合によっては朋美ちゃんを排除する必要があるという内容に聞こえたんですが……実際にはこうだったんです」
―――
「奏芽、朋美はどうだ?」
「ええ、えらい明るおして前向きなええ子で、家にも馴染んできてるみたいです」
「そのこっちゃあらへん。例の……(夜美への影響の)こっちゃ」
「……正直、厳しいかと」
「そうか……やっぱし、(夜美を)排除するしかあらへんのやろうか」
「そないな!! 私達には(親としての)責任があるんや、なんぼ冷徹にならなあかん時もあるとはいえ」
「……あんたがそう言うならもう少し様子を見よう。ウチとて、出来たらしたないのやさかい……そやけど、いざとなったら、分かってるな?」
「……はい、覚悟は出来とります」
―――
「つまり、夜美さんの恐ろしい本性を2人とも知っていて、それを治すために天真爛漫な朋美ちゃんを養子に迎えたんです。それによって良い影響が出れば良かったのですが……残念ながらそれは叶わず、ご主人は周りへ危害が及ぶ可能性を考えて夜美さんを排除するしかないかもしれないと思った。ですが奏芽さん、あなたにはそれが出来なかった」
「……ほんまにおつむのええ子ね、のり子ちゃん」
「では、やはり」
「はい……ウチは、知っていました。夜美の……本性を」




