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京都涙雨殺人事件⑨(遺書と密室の突破口)

 朋美の部屋に今回の事件の関係者が全員集まっていた。のり子は心の準備は出来ていたが、心のどこかに不安があった。先月の通り魔殺人事件の犯人である悪魔に通じる部分を感じる今回の犯人……これ以上の悲劇は起きてほしくない、のり子はそう思わざるを得なかった。


「刑事はん、急に皆はんを集めて、どないしたんですか?」

「実はですなぁ、分かったんです。今回の事件の……真相が」

「真相って……朋美も卓巳君も自殺したんじゃ」


 奏芽が宮津刑事に事情を尋ね、宮津刑事の説明に夜美が驚きの顔を浮かべた。当然だろう、もう実質的に自殺ということで解決していた事件なのだから。


「それが違うたんです、こら殺人事件です。お二人は……殺されたんです」

「朋美様も卓巳様も……殺された!!??」

「ええ。詳しいことに関しては、こちらの河澄のり子はんが説明してくれます」


 質問をした莉愛だけでなく、宮津刑事・詩乃・涼葉を除くこの場にいる者すべてが目を丸くした。


「あの刑事はん、そらどないなことすか? 確かにのり子ちゃんは鋭い子や思うけど、さすがに探偵ごっこみたいなことさせるのんは」

「ごっこ……とちがうんです、正忠はん。彼女はほんまもんの探偵なんです。4カ月くらい前に奈良の旅館で起こった殺人事件、ご存じですか?」

「ええ、結構ニュースでも話題になりましたし」

「あの事件を解決したのんが、彼女なんです。その旅館の一人娘はんがこの子、涼葉はんでして」

「あれはほんまに悲しい事件でしたけど……のり子ちゃんのおかげでウチ、救われたんや。やからみなさん、のり子ちゃんの話を聞いとっただけまへんか?」


 涼葉が真剣な瞳で話し、深々と頭を下げた。事件の真相が分かった後、涼葉の旅館で起きた殺人事件のことを宮津刑事に話した。隣の県で起きた事件であり、何より当事者である涼葉の証言だというのが大きい。のり子の推理力を既に認めてくれていたこともあり、宮津刑事は推理の場を設けてくれた。本当にありがたい話だ……景気づけの草餅は遠慮したが。


「……分かりました。話しとって聡明な子や思たし、何言うのん(何と言いますか)……何とかしてくれそうな頼もしさがのり子ちゃんにはあるんやさかい」

「……のり子ちゃん、お願いできるんやろか? もし自殺でないとしたら、このままでは朋美が可哀想すぎるわ」


 節奈さんが温かい目で任せてくれた上に、実質的な風桜家の当主である奏芽さんの了承が得れたのなら問題ないだろう。のり子は一度深呼吸をしてから静かに真相を語り始めた。


「今回の事件は自殺ではなく殺人、と言ってもまだピンと来ない人の方が多いと思うんで、まずは朋美ちゃん直筆の遺書について話します」

「のり子ちゃん、姉のウチから言わしてもらうけど……あの字は間違いなく朋美の字やで。まして警察の筆跡鑑定でもそうなわけやし。そやさかいウチだって、自殺やと認めるしかのうて」

「ええ、その通りです、夜美さん。この遺書は朋美ちゃんが書いたものです、だから朋美ちゃんの筆跡と警察が判断したのは当然なんですよ」

「え……そやけどのり子ちゃん、朋美は自殺とちがうって」

「はい、そうです。遺書を書いたのは確かに朋美ちゃんですが、これは自分の遺書として書いたものではないんです」


 のり子の説明に、多くの者が首を捻った。のり子は遺書の写真をタブレットで見せ、説明を始めた。


「これを見て、何かおかしいと思いませんか?」

「おかしいと申されましても……辛い内容やけど、特におかしい点は」

「内容ではありません、喋り方です。朋美ちゃんは……京都弁で普段喋りますよね?」

「あっ!!」

「それがなぜか、遺書は標準語で書いてあるんです。文章っていうのは、どうしても普段の癖が出てしまうものなのに」


 莉愛は目を丸くし、口を手で押さえて驚いた。のり子も普段関東に住んでいてこれが普通だからなのか、気付かなかった。指摘してくれた涼葉には感謝しかない。


「そやけどのり子ちゃん、遺書っちゅう特殊な状況やさかい丁寧に書こうとして結果、標準語になってもうた可能性もあるんとちがうかな。朋美ちゃんは真面目やったし」

「まあ、その可能性もないわけじゃないですか……もう一つあるんですよ、おかしな点が」

「おかしな点?」

「ええ。最後の文章を見てください、『お母さんとお姉さん』って書いてありますよね?」

「……確かに変ね。その前の文章では『母と姉』ってどちらも説明口調で言うて、最後の文章では『お母さんとお姉さん』って。前者は親しげやけど、後者は妙に他人行儀ちゅうか」

「そういうことです。普段の朋美ちゃんの夜美さんへの懐きっぷりを考えると、ここは『おねえ』とか『お姉ちゃん』って書くのが自然なんです」


 そう、文章はもちろん呼称というのは自然と出てしまうものだ。まして奏芽さんと夜美さんは『私に優しくしてくれた人達』で括らずにわざわざ個人名を出している程特別扱いしているのだ、正忠も節奈もさすがに不自然に感じたようだ。


「ほなのり子ちゃん、この遺書は……一体何なんです?」

「推測になってしまいますが……おそらく犯人が何かの物語を朋美ちゃんに見せて、今度演劇でオリジナルシーンをやることになって遺書を読むシーンがあるから、その内容を考えてくれないか、とでも言ったんでしょう」

「なるほど、その物語を朋美はんの過去の出来事に似た状況のモノをチョイス、もしくは自分で物語を作ってもええ。そうしたら朋美はん直筆の遺書の出来上がりちゅうことか」

「ええ。ですが登場人物の喋り方や呼称までは気が回らなかったんでしょうね、結果としてこんな不自然な遺書が出来上がってしまった」


 奏芽の質問にのり子が答え、宮津刑事が付け加えをしてくれた。確かに結果として見破ることは出来たが、逆に言えばそのミスさえしなければのり子とて偽物の遺書だと見破ることが出来なかっただろうということだ。改めて今回の犯人の手強さをのり子は感じた。


「何てこわいこと考えんねん……朋美を殺した犯人は」

「本当にそうですよ、夜美さん。朋美ちゃんも何の疑いもなく書いたでしょうしね」

「のり子様、となりますと卓巳様も殺されたと?」

「はい。最も、彼の場合突発的な犯行でしょう。だから朋美ちゃんの時と比べると、自殺に見せかける偽装が淡白だった。密室トリックといい遺書といい、朋美ちゃんの時のそれが見破れない以上、警察としても卓巳君も自殺と判断せざるを得ないですからね」

「突発的……なんか犯人にとって都合の悪いことを卓巳様はしてもうたちゅうことでっしゃろか?」

「ええ。まあ、恐らくは朋美ちゃんは自殺ではないという証拠を見つけてしまった、辺りでしょうけど」


 莉愛は顔を青くして驚いていた。卓巳を殺した動機の具体的な内容に関しては、のり子も最後まで分からなかった、犯人に聞くしかないだろう。


「のり子ちゃん、確かに朋美ちゃんの遺書がぱちもんだっちゅうのんは分かったけど、密室の件はどないなるんや? あんたが言うには、トリックのようだが」

「トリック自体はシンプルですよ。入口のドアの下は鍵一本通るくらいの隙間があるんで、鍵に紐を通して輪っか状にして、部屋の中のどこかに引っ掛けて片方を引っ張れば、紐を通して部屋の中に鍵を入れることが出来ます。あとは紐の片方を切って、紐を回収すればいいわけで」

「そやけど、肝心の紐を引っ掛ける場所が見たとこ見当たらへん思うんやけど。そもそも引っ掛けることが出来ても紐を引きずった跡が残るやろうし、仮に入れること出来ても鍵は朋美ちゃんが握っとったんやさかい、そこに都合よう入れることが出来るとは思えへんが」

「見当たらないのは当然ですよ、犯人はこの部屋で唯一事件当時と変わった部分に紐を引っ掛けてトリックを実行したんですから」

「唯一事件当時と変わった部分……そらなんや?」

「……朋美ちゃんの死体ですよ」


 のり子の発言に、正忠だけではなく宮津刑事・詩乃・涼葉を除くこの場にいる者すべてがポカンとした表情を浮かべた。さすがに衝撃だったのだろう。


「と、朋美ちゃんの死体ですって!? 確かに警察の方々が運んでいったけど、それにどないして紐を」

「正確に言うならば、朋美ちゃんが着ていた振袖ですね。もっと細かく言うと、振袖の帯の帯締めです」

「帯締め……確かにあそこになら、紐を引っ掛けることは可能ですが」

「はい。しかも鍵が入っていた朋美ちゃんの右手の掌は帯の上にあったわけですから、紐を引っ掛けた帯締めの上に朋美ちゃんのそれを配置して、部屋の外から紐を引っ張れば鍵は帯締めにぶつかって止まります。それは感触で分かりますから、後は紐の片方を切って紐を回収すれば鍵は朋美ちゃんの右手の掌の中で、密室の完成というわけです」

「そういうたら……鍵は朋美の右手の掌の中におましたけど、決してギュッと握っとったわけやなかった。あらトリックの都合上、そうするしかなかったちゅうわけですか」


 節奈が驚き、のり子の説明に対し奏芽が納得の意を示した。そこはさすがに普段着物を着ていて、朋美ちゃんに着付けを教えた人、理解が早い。


「しかもですね、これなら紐を引きずった跡という問題も解決できるわけです。何せ帯締めは普段から締めるために摩擦が発生するわけで、跡が残るのは当然なんですから」

「な、なるほど……」

「しかも死体は当然警察が回収するわけで、後で現場検証しても分からないってわけです」


 詩乃がのり子の推理に付け加えをし、夜美も驚いている。やはり和風なことに関しては詩乃は頼りになる、事前に話していたとはいえのり子は頼もしく思ったのだった。


「朋美様は着物がお好きでしたけど、それを利用される形になるとは……あまりに悲しい話です」

「本当にそうです……私と詩乃と涼葉が泊まりに来た時に犯行を実行したのも、このトリックには朋美ちゃんが着物を着ている必要があったからです。朋美ちゃんはお客さんが来る時は着物を着るようにしているみたいですからね」

「犯行時刻は夜遅うで、3人部屋やった君達3人以外はアリバイがなかったさかい、こうなると君達3人を除く誰もが犯行可能やったちゅうわけか……何てこっちゃ」

「……そうでもないんですよ、正忠さん」

「何?」


 のり子の発言に、正忠は目を丸くした。いよいよこの時が来た……のり子は気を引き締め、犯人の名前を告げる準備をした。


「確かに朋美ちゃんはお客さんが来る時は着物を着るようにしているみたいですけど、いつもそうというわけじゃない。そうだよね、涼葉」

「う、うん。前にウチが泊まりに来た時も着てへなんだし(着てなかったし)、急に泊まることが決まったからっちゅうのもあるんだと思うけど」

「それに仮に着るにしても振袖じゃなく、浴衣にする可能性もある。浴衣も着物の一種だし、改まった席では難しいにしてもあくまで友達を迎えるくらいだから問題ないし、季節柄その可能性は十分にあるわけで」

「確かにそうやけど、それの何が問題なん?」

「問題大有りなんですよ、節奈さん。なぜなら……浴衣は基本、帯締めを付けないですからね」

「あっ!!」

「まあ最近は付けることもあるみたいですけど、まだ付けないことの方が多いですから」


 節奈の疑問に、詩乃がしっかり答えてくれた。のり子はそれを確認し、続けた。


「もし朋美ちゃんが一昨日着物を着なかったら……着たとしても浴衣だったら、トリックを実行できなくなる危険性があったんです。つまり犯人は、朋美ちゃんが振袖を着るように誘導する必要があった」

「そら裏を返したら……誘導した人物こそが犯人やちゅうことになる」

「はい、宮津刑事。その人物……朋美ちゃんと卓巳君を殺したのは……あなたです!!」

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