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京都涙雨殺人事件⑦(絶望の先に)

 夕方になり、のり子は茶の間で詩乃と涼葉が莉愛と一緒に夕食を作っているのを眺めていた。料理の支度というのは不思議なもので、見ていて飽きないし心が癒される。音だの匂いだの見た目だの、五感を刺激するからというのが理由だとのり子は思っているが、今回の場合はずっと落ち込んでいる涼葉の表情が少し明るくなっているというのも大きい。


 昨晩の夕食時に、明日は詩乃と莉愛と一緒に夕食を作るという約束を交わしていた涼葉だが、ちょっと前までは渋っていた。今はそんな気分じゃないし、美味しく作れる自信がないと。料理は心の鏡であり、心が乱れると料理も乱れる。それはかつて、心美を失った詩乃も経験したことだが、今回はその詩乃が涼葉にそれでも作ろうと後押ししたのだ。


「涼葉、そっちはどう?」

「うん、問題ない。そっちはどないな感じ?」

「あともうちょっと、待っている間にそれお願い」

「了解」


 最初はぎこちなかったものの、今はコンビネーションは抜群だ。落ち込んでいるとはいえそこは旅館の娘、傍で支えてくれる人がいれば涼葉の料理の腕は一流なので自然と体が動き、頭も回転するのである。それに、この2人の相性が良いのも影響しているのだろう。


「お二人とも凄おすなぁ。特に詩乃様……見とって圧倒される」

「ほんまやんな。ウチも一応旅館の娘やから負けたくないんやけど……正直、勝てる気がせぇへん」

「もう、大袈裟なんだから。涼葉も莉愛さんも凄い腕だし、それに……今の腕に戻れたのは涼葉のおかげでもあるんだよ」

「ウチの?」

「萌希から聞いてるかもしれないけど……5か月くらい前に私、親友を失ってさ。それで、料理を上手く作ることが出来なくなって」

「……うん、聞いとる」


 これに関しては、のり子も萌希から聞いていた。心美を失ったショックが影響し、料理を納得いく味に作ることが出来ないと。実際、その期間に詩乃に作ってもらった料理は決して舌が鋭敏ではないのり子でもはっきり分かるほど精彩を欠いていた。


「その時に萌希に涼葉の話をしてもらって。似たような境遇で、私の料理に興味を持ってくれてる人がいるなら、頑張らなきゃって思えたの。それで、スランプを抜けることが出来て」

「そっか……ウチ、役に立とったんや」

「だからさ、そのお礼にとびきり美味しい料理ご馳走したいなって。涼葉が一緒なら、より美味しく作れると思うし。食べる料理は美味しい方が良いでしょ?」

「あはは、そりゃせやんな(そうだよね)」

「……ええですなぁ、お二人の関係」


 莉愛の呟きに、のり子も同意した。直接会うのは昨日が初めてだった詩乃と涼葉だが、もう既に親友のような雰囲気を感じる。お互い大切な人を失った身なだけに(涼葉の場合、夕香梨は亡くなってはいないが)、新しい心の支えが出来たことにのり子は心の底から嬉しく思ったのだった。


***


「お……美味しい、ごっつ。これ、詩乃はんが作ったん?」

「はい、そうですけど」

「驚いたわ……上手やとは聞いてたけど、ここまでとは」

「ウチも料理の腕には自信があったんですけど……降参です。プロ級ですよ、こら」


 奏芽は詩乃の料理を食べて驚愕し、莉愛は白旗を挙げた。朋美を失って悲しみのどん底だった奏芽の顔に、ほんの少し笑顔が戻ったような気がのり子にはした。


「はぁ……あかんで、勝たれへん。ズルいよ詩乃ちゃん、ここまでレベルがちゃうなんて」

「いや、そう言われてもね」

「せやけど、目標が高い方が燃えるで。今度色々教えたってな、師匠!!」

「し、師匠!?」


 涼葉の発言に詩乃は目を丸くして驚いているが、正直気持ちは分かるとのり子は思った。涼葉の料理の腕はさすがは旅館の娘だけあって一流だが、熟練の莉愛には及ばない。だが、詩乃はそんな莉愛さえ凌駕するのだ。他の面々も、驚きを隠せないようで。


「うーん、こらそこら辺の料亭よりも美味いかもしれへんね」

「これ、お金取ったら何円になるんやろう……俺じゃ出せへんな、絶対」


 正忠さんの言う通りだと思うし、店で出したら確かに高校生の卓巳君では出せない値段が付くだろうな。日本料理の聖地である京都でこの評価、である。


「和風美人の大和撫子で、料理の腕も超一流……詩乃はんをお嫁さんに貰う人は幸せね」

「なあ……のり子ちゃんは普段、詩乃ちゃんの手料理を食べることあるん?」

「まあ、ちょくちょく。お弁当のおかず交換したり、調理部で作ったものの余りを貰ったりするんで」

「う、羨ましい……これだけ抜群にうまい料理を無料でって、ずっこ(ズルく)ない?」


 節奈さんの言う通り、詩乃を他の人に渡したくないなあと最近は思うし、夜美さんが羨ましがるのも当然だ。改めて、自分は恵まれているんだなと。


「もう、褒めすぎですよ皆さん。涼葉の料理も美味しいんで、ぜひ食べてください」

「ウチのなんて、そんな」

「いやいや、涼葉はんのもえらい美味いわぁ」

「同感。今日の夕食、豪華すぎとちがう?」


 涼葉は謙遜するが、正忠や卓巳の言う通り、涼葉の料理も十分美味だ。莉愛や詩乃が凄すぎて相対的に下に見えるだけで、要は相手が悪いのである。


「皆様、サラダに使うドレッシングはここに置いときます。昨日とおんなじで、定番のモノと新商品のモノの2種類をご用意しとります」

「おおきに、莉愛はん。ウチは新商品ので、わりかし好みかも」

「僕は定番のを使わしてもらおかな、やっぱしこれが合うで」

「……何言うのん(何と言いますか)、詩乃はんと涼葉ちゃんにお願いして良かったです」


 夜美と正忠がそれぞれの好みのドレッシングをかけてサラダを笑顔で食べている様子を見て、奏芽は穏やかな笑みを浮かべた。朋美の死により重苦しかった空気が、随分和らいだからだろう。美味しい料理とそれに込められた温かな心は、人を笑顔にさせる作用がある。改めてのり子はそう感じたのだった。


***


 和やかな雰囲気で夕食が終わり、それぞれ自分の部屋に戻っていった。のり子達は莉愛の夕食の後片付けの手伝いをしている。のり子はテーブルの後片付けをしており、今はお手拭きを回収している。使っている人、使っていない人、人それぞれだ。


「性格が出てる感じだなあ。卓巳君と節奈さんは使ってて、夜美さんと正忠さんは未使用か。奏芽さんと莉愛さんは……自分で回収したのかな?」

「申し訳おへんです(ございません)、なおし(片付け)まで手伝うてくれはって」

「いえいえ、あれだけ美味しい莉愛さんの料理を頂いたわけですし」

「褒めて頂けるのんはありがたいんですけど…ウチとしてはもっと精進せなあかんなと。いつか詩乃様に勝てるように」

「あはは……頑張ってください」


 のり子としては素直にお礼を言ったつもりだったのだが、莉愛は少し落ち込んでしまった。莉愛の腕も十分すぎるほど高いのだが……詩乃の腕はやはり別格なのである。


「莉愛はん、ちょい水道使わしてもらえへんかしら。手ぇ洗いとて(手を洗いたくて)」

「申し訳おへんです奥様、気ぃ利かんと」

「いいえ、ウチのわがままやで。ほな、お願いね」

「かしこまりました」


 奏芽はそう言い、自分の部屋に戻っていった。食事後に手を洗うのは普通だが、実際はしない人も多い。のり子も実は割とサボることがある。


「真面目な人ですね、奏芽さん。ちゃんと手を洗ってますし」

「確かに奥様は真面目ですけど、日常的に着物を着てるさかいちゅうのもあるんや」

「そうなんですか?」

「そうだよ、のり子。着物はデリケートだから、こまめに手を洗わないと痛む原因になるの」

「うんうん。ウチも旅館で仲居やる時に着るさかい、こまめに洗うてんで」


 大和撫子な詩乃と、普段から着物を着ている涼葉と莉愛さんに言われると説得力があるな。私も見習って、普段からちゃんと洗わないと。


 その後は談笑しながら夕食の後片付けを終え、莉愛に深々とお礼をされた後にのり子達は自分達の部屋に戻っていった。


「重苦しい雰囲気が和らいできて、安心したな。詩乃と涼葉のおかげだよ、ありがとう」

「どういたしまして。あとは事件の捜査か……どう、のり子?」

「……正直、まだ謎は解けない。関係者に話を聞いて、この家のことは少し分かったけど」


 詩乃に捜査の進捗を尋ねられ、のり子は首を捻った。分かったことは確かにある、だが肝心の密室トリックは解けない上に遺書の謎も解けない。これらが解けないことには警察は自殺と判断するだろうし、それに……


「……これ以上、何も起きないと良いんだけど」

「のり子ちゃん?」

「ううん、何でもない」


 涼葉の心配にのり子は平静を装ったが……正直なところ、心配だった。本当にこれでこの事件は終わりなのだろうか……続きがあるのではないかと。


***


 翌朝、部屋のドアが何度も叩かれる音に気付き、のり子は目を覚ました。ドアを開けると、青い顔をした莉愛が息を切らせていた。


「どうしたんですか莉愛さん、そんなに血相を変えて」

「朝早うからほんまに申し訳おへんです。ですけど、緊急事態なんです」

「緊急……事態?」


 そのワードにのり子の背筋が冷たくなり、冷や汗が流れた。まさか……


「卓巳様が……部屋で亡くなっているんです!!」

「……卓巳君が!!??」


 のり子はすぐに詩乃と涼葉を起こし、卓巳の部屋に向かった。部屋に入ると……のり子は目を疑った。天井から下ろされたロープで、卓巳が首を吊っていたのだ。


「卓巳君……」

「朝、卓巳様にモーニングサービスを届けに行ったんですけど、ノックをしても声をかけても返事がなかったさかい、気になってドアを開けたら……」


 足元には踏み台があり、特に不自然な点は見当たらない。動機も……心当たりはある。しかし……のり子は確信した。これは……殺人だと。


***


 警察が到着し、現場検証が終わり宮津刑事が説明を始めた。こんな時にこんなことを気にするのはあれだとのり子は分かってはいたが……やはり来た時に草餅を食べていた。昨晩の夕食で和らいだ雰囲気は一変、再び重苦しいものになっていた。そういう意味ではリラックス出来たと言える……のだろうか?


「亡くなった八甲卓巳はんの死亡推定時刻は、昨晩23:00~24:00のあいさ。死因は首を吊ったことによる窒息死ですなぁ」

「……卓巳君はやっぱし、自殺でっしゃろか?」

「おそらくは。遺書はあらしまへんが、踏み台はあるんやし、動機も十分ですさかいね」

「……朋美が死んださかい、なんかいな」


 大粒の涙を流した奏芽の質問に宮津刑事が答え、夜美が俯いて呟いた。家族ではないとはいえ、朋美ちゃんと仲が良く交流の深かった近所の男の子……もしかしたら息子や弟のように思っていたかもしれないと考えると、奏芽さんと夜美さんの辛さは計り知れないだろう。


「……何てことだ、朋美ちゃんの自殺がこないな結果を生んでまうなんて」

「こんなん、朋美ちゃんも望んでへんかったやろうに……やりきれへんわな」


 正忠は頭を抱えて落ち込んでおり、節奈は俯いてため息をついていた。莉愛は隅の方で静かに佇んでいたが、悲しみに押し潰されそうな顔で呟いた。


「なんで……こないなことになってもうたのでっしゃろか。朋美様の優しさと明るさが悲劇を生んでまうやら……なんで世の中ちゅうのんはこないにも」


***


 警察の事情聴取が終わり、解散となった。のり子達は自分達の部屋に戻ったが、会話はほとんどなかった。朋美の死による重苦しい空気がやっと和らいてきたところに、彼女のことを好いていた卓巳の死……人の心を折るには希望を与え、それを奪えば良いというが、まさにそのような状況である。涼葉は俯き頭を抱え、静かに呟いた。


「何で……平和じゃダメなんやろ。朋美ちゃんがわろとって、一緒に楽しく遊んで、卓巳君は素直やないけどその輪に加わって……そんなささやかな幸せでええのに。なんでそないなことすら叶えへんのやろ……」

「……世の中のせいにしても、何も変わらない」


 俯き、ずっと考え事をしていたのり子が立ち上がり、部屋を出ていくのを見て涼葉は思わず声をかけた。


「の、のり子ちゃん!?」

「辛いならここにいても良いよ。だけど、私は行く。世の中納得いかないことだらけだけど……それに無抵抗で流されるのは、私は嫌。カッコ悪くても、徒労でも……足掻きまくってやる」


 前を向いて進んでいくのり子を呆然と見つめる涼葉の肩を、詩乃が優しく叩いた。


「涼葉……行こう」

「詩乃ちゃん……」

「のり子はああいう子だよ。どれだけ傷つこうが、絶望しようが、自ら辛い道を歩んでいける。諦めて楽な道を選ぶ方が無難だし、誰も批判したりはしないんだけどね」

「……ごっついな(凄いね)、のり子ちゃんって」

「本当、そう思うよ。だからこそ多くの人に慕われてるし……支える人が必要なんだと思う」


 そう呟く詩乃の顔は、優しさに溢れていた。そういうのり子を傍で見続け、時に支えてきたからこそ出来る顔……涼葉は立ち上がり、前を向いた。


「行こ、詩乃ちゃん」

「うん」

「……おおきに」


 詩乃と涼葉は早足で歩き、のり子に追いついた。隣に二人の姿を確認すると、のり子は優しく微笑んだ。向かう先は朋美の部屋……やはり鍵を握るのはあの部屋だ。


「あれ……宮津刑事?」

「なんや、君達か」


 朋美の部屋に着くと、宮津刑事がいた。もしかしてと思ったが……やはり草餅を食べていた。さすがに気になり、のり子は彼に尋ねた。


「あの……草餅、お好きなんですか?」

「もちろんだ。和菓子多し言えど、こないなうまい物は他にあらへん!! 糖分補給はほっこりした(疲れた)時に重要やしな」

「そ、そうですか、あははは……」


 力説する宮津刑事に圧倒され、のり子は笑うしかなかった。そんなのり子をじっと彼は見つめ、真剣な目をして呟いた。


「……これがあらへんと、耐えられへんさかいな」

「え?」

「警察ちゅうのんは無力なもんや。なんかが起きた後にノコノコやってきて、偉そうにあれこれ語っときながら誰一人救えへんことも少のうない」

「……」

「事件を解決したって、死んだ人が生き返るわけとちがう。犯人に十分言える程の罰を与えること出来ひんことも多い。じゃ、我々は何出来んねんて……常々思うで」


 のり子は正直、驚いた。のり子自身が探偵として常々思うことと同じこと……飄々としていながら、この人は誰よりも警察として真剣に物事に向き合っているのかもしれない。


「河澄のり子君、やったか。あんたは少なくとも、ただの女子高生ではなさそうや。もし君が良かったら、捜査に協力してくれへんか?」

「……はい」

「そうか、助かんで。ところで、あんたもどうかね?」

「え?」

「草餅は美味いだけとちがうぞ!! 食物繊維豊富で、鉄分もビタミンB1もビタミンEも含まれてて健康にもええ。小さおしてベタつかへんさかい、携帯食としても優秀でやな」


 ……単に好きだから食べているんじゃないのか、という疑問はさておき、のり子は宮津刑事に気になることを聞いた。


「宮津刑事、今回の事件……朋美ちゃんも卓巳君も、自殺だと思いますか?」

「……いや、他殺やろうな。第一の事件起こった時は、自殺や思たんやけど」

「なぜですか?」

「あまりに出来すぎてる。幸せそうな女の子が実は深い悩みを抱えとって、明日の観光の約束を控えてる中で突然自殺し、彼女のこと好いてる男の子もそのショックで自殺……わざとらしいにも程がある」

「私も……同感です」

「そやさかい、ここに再調査に来たんやわ。証拠があらへん以上、さっきはああ言うしかなかったけど」


 そう、これは他殺だ。犯人は上手く事を運んだつもりだろうが……そうはさせない!!


「朋美ちゃん……卓巳君……2人の無念は、私が晴らす!!」

読んでくださり、ありがとうございました。


いつもなら第8話から解答編に入りますが、今回は全12話なので解答編は第9話からです。


なので、次回はまだ解答編ではありません、ご承知ください。

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