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京都涙雨殺人事件⑥(朋美を愛する人達)

 事件の関係者に話を聞いて回っているのり子達は、次の部屋に着いた。歴史ある大きな家だけあって色々なしがらみがある……のり子は改めてそれを感じていた。


「すいません正忠さん、ちょっと良いですか?」

「ああ、構わへんで」


 正忠は相変わらず誠実そうな態度で部屋に招き入れてくれた。といっても正忠は客人なので、自室ではなく客室である。私物として置いてあるのは、おそらく授業用の書類や筆記用具が入っているであろう鞄くらいだ。


 和風な客室のちゃぶ台には、缶のお酒が数本空いた状態で置いてある。昨晩の夕食を見る限り、さほど飲むようには見えないが……飲まざるを得ない精神状態、ということなのだろうか。


「今日はお帰りにならないんですか?」

「週末やし、元々泊まる予定やったしね。それに……帰ったところで心の整理がつくわけとちがう。ここなら相談できるさかいさ」

「朋美ちゃんの……ことですか?」

「……一介の家庭教師がなんで、思うかもしれへんけどな」


 のり子が尋ねると、正忠は俯き悲しそうな顔をした。世の中的に見れば確かにそうだ、家庭教師と教え子というあくまでビジネスな関係。だが、彼にとってはそうではないということか……


「知っての通り、僕は奏芽はんに頼まれて朋美ちゃんの家庭教師になったんやけど、勉強以外のことも依頼されたんや」

「勉強以外のこと、ですか?」

「朋美ちゃんは、養子やろ? あの子は気遣い上手やさかい態度には出さへんけど、両親を亡くして親戚にも冷とうされて……傷ついてへんわけがあらへんのや。もちろん新しい家族や莉愛はんが癒してくれてるわけやけど、話しやすい立場の家族以外の存在も必要なんとちがうかと奏芽はんが言うとったんや」

「確かに……家族だからこそ、言えないこともありますもんね」


 尋ねた詩乃がそっと目を瞑り、理解を示した。立場というのは難しい、近ければ近い程何でもいいというわけじゃない。時には一定の距離があるからこそ分かること、出来ることがある。長く探偵をやっているのり子は、改めてそのことを感じた。


「朋美ちゃんが風桜家に来てもう5年くらいか、そこからずっと彼女の家庭教師をやっとって色々なこと聞いたわ。最初のうちは話してくれへんかったことも、話してくれるようになった。そやけど……一番深刻なこと話してくれるまでには信頼されてへんかったわけか」

「家族にだってなかなか言われへんもんですわ、そういうことは。色々話してくれるようになっただけで、正忠さんは朋美ちゃんから信頼されとったんだと思いまっせ」


 涼葉の言葉に、正忠は救われたような笑みを浮かべた。それだけ悩んでいた、ということなのだろう。責任感が強い人なのかもしれない。


「……おおきに。朋美ちゃんはええ友達を持ったな、それも朋美ちゃんがあれだけええ子やったさかいなんやろうけど」

「ほんまに……そうです」

「そやさかいこそ、幸せになって欲しかってんけどなぁ……ただのビジネスな関係とは、もう見れへんくなっとったで」


 家族でもない、彼女の身の回りの世話をしているわけでもない。だけど、適度な距離だからこそ成立していた関係……彼の存在は他の人達とは違ったベクトルで朋美ちゃんを支えていたのかもしれない。優しい微笑みを浮かべた後、のり子は正忠に尋ねた。


「正忠さん、お聞きしたいことがあるのですが……昨晩この家にいた人達で、何か気になることがある人はいますか?」

「……卓巳君やな」

「卓巳君!? ですが、彼は朋美ちゃんのことを」

「ああ、好意を抱いてるのんは間違いあらへんやろう。そやけど、そやさかいこそ起こるトラブルちゅうのもある。痴情のもつれ、ちゅうのんは高校生とて例外とちがう」

「……それは、そうかもしれませんが」

「心の傷を抱えてる朋美ちゃんに、不器用な卓巳君……なんも起こらへん保証はあらへん」


***


 正忠に挨拶をして部屋を出て、のり子達は次の部屋に向かっていた。詩乃は考え込みながら、のり子に尋ねてきた。


「ねえのり子、さっきの話なんだけど」

「……可能性はゼロじゃない」

「男女関係っていうのはいつの世も難しいし、時に大きな騒動のもとになるからね」

「探偵として長く事件に携わっていると、余計それは感じるよ……」


 愛情は人間にとって最も美しい感情だが……だからこそ、暴発すれば大きなトラブルになりやすい。愛も憎しみも激情という意味では同じだ、それを考えつつのり子は歩き、次の部屋に着いた。


「卓巳君、ちょっと良いかな?」

「……ええよ」


 卓巳は相変わらずぶっきらぼうな態度で部屋に招き入れてくれたが、昨晩のような不貞腐れたような感じではない。元気がないというか、気力を感じないのだ。気持ちの強さを感じた昨晩と違い、そもそも気持ちを感じない……有り体に言えば空虚なのである。


「元気、ないね」

「……俺は元々こないなんやわ。分かるやろ、昨日話したわけやし」

「違うよ、昨日の卓巳君はエネルギーがあったもの。今はそれがない」

「……鋭いな、おねえ」

「朋美ちゃんのこと……好きだったんでしょ?」


 卓巳はハッとなり、のり子の顔を見つめた。だが、すぐに無気力な表情に戻った。思ったより驚いてはいない……もしかしたら見抜かれているかもしれない、という自覚が彼にもあったのかもしれない。


「……そないに分かりやすかったかいなあ?」

「そりゃもう、バレバレだよ」

「はぁ……まあ、そないな気はしとったけどな」

「ぶっきらぼうだったのも、遊びに来る友達が男の子だったら朋美ちゃんを取られちゃうかもしれないって思ってたからでしょ?」

「……降参やわ。えらい(とても)俺が敵う相手とちがう、おねえは」


 頭を掻き、呆れた表情で卓巳はのり子に白旗を挙げた。認めるモノはちゃんと認める、決してこの子は頭の悪い子ではないのだろう。卓巳は過去を懐かしむ様な顔で、語り始めた。


「朋美ちゃんに初めて会うたのは、あの子引っ越してきてすぐやったで。可愛い子やな、って思た。明るくて真っすぐで愛嬌があって、誰からも愛されて……俺とは正反対やった」

「……」

「俺はこないなんやさかい近所に友達も少のうて、当然女の子の友達なんていーひんかった。そやけど、朋美ちゃんはそないな俺にも優しゅうしてくれて……同情やったらいらんって言うたら、朋美ちゃん怒りだして。『ウチは卓巳君と一緒におって楽しいさかい、一緒におんねん!! そないな風に思てるんやったら……悲しいわ』って」


 朋美ちゃんらしいな……朋美ちゃんはそういう子だ、飾らず同じ目線で接してくれるからこそ、心に響く。卓巳は初めて見る、優しい微笑みを浮かべた。


「正直、すげえ嬉しかった。そんなん言うてくれる子、今までいーひんかったさかい。それから今まで以上に一緒に遊ぶようになって、それが楽しくて温かくて……認めるしかなかったで、朋美ちゃんのこと好きやって」

「卓巳君……」

「そやけど、朋美ちゃんは人気者で、男友達も多くて。俺なんかその中の一人でしかあらへんとちがうかって……そう思うと告白なんて出来んと、いつのあいさにかぶっきらぼうな態度ばっかり取るようになって。諦めよう、って思ても諦められへんさかい、あほなことしとった」

「……」

「そやけど……たとえ断られたかて、告白しといたらよかった。もう告白できひんねんさかい……もう話せへんし、笑顔も見れへんし、一緒に遊べへん。朋美ちゃんはもう……この世にいーひんのやさかい」


 卓巳は体を震わせ、俯いて大粒の涙を流しながらそう言った。不器用ではあるけど、彼の朋美ちゃんを想う心は本物だったのだろう。のり子がそう感じていると、詩乃が卓巳にそっと呟いた。


「朋美ちゃんが卓巳君のことを異性としてどう思っていたかは分からないけどさ……少なくとも『その他大勢』みたいな存在ではなかったと思うよ」

「え?」

「卓巳君に真剣に怒ってくれたんでしょ、楽しいから一緒にいたいんだって。どうでもいい相手に、そんなことは言わないと思うな」

「おねえ……」


 卓巳が目を丸くしていると、涼葉も優しい微笑みを浮かべて卓巳に告げた。


「今まで素直になれへんかったのなら、これから素直になったらええやん。もう朋美ちゃんと話すことは出来ひんけど……大切に想い続けることは出来るんやさかい」

「……かんにんえ、今まで辛う当たって。おねえ達、えらいええ人なんやな」

「ふふ、卓巳君も、ね」


 不器用で自信が持てないゆえに届けることが出来なかった、彼の恋心。それが実ることはもうないが……これからもその真っすぐな心が揺らぐことはないだろう。もちろん、正忠の言うこともあるだけに全面的に肯定するわけにはいかないが……そう信じたい。そして一度深呼吸をし、のり子は卓巳に尋ねた。


「卓巳君、聞きたいことがあるんだけど……昨晩この家にいた人達で、何か気になることがある人はいる?」

「……あの家庭教師の男やわ」

「正忠さん!? もしかして、恋敵だから?」

「当然やろ。イケメンでスタイル抜群で、おつむもええ。朋美ちゃんのこと、気に入ってるみたいやし、なんかあっても変とちがう」

「だけど、そもそも奏芽さんが正忠さんに家庭教師を依頼したらしいし、何かあったならそれこそ変更も出来るわけで」

「あいつは口上手いさかい、そこらへんを上手う取り繕うのんはお手の物やろ。こないな言い方はなんやけど、朋美ちゃんのおかんだって女性なわけやし」


***


 卓巳に挨拶をして部屋を出て、のり子達は次の部屋に向かっていた。涼葉は頭を抱えながら、のり子に尋ねてきた。


「ねえ、のり子ちゃん。さっきの話……どないやろ?」

「……まあ、ないことはないね」

「誠実そうに見えるけど、確かにモテそうやし」

「卓巳君の嫉妬と言えば、そうなのかもしれないけどね」


 家庭教師というポジションは、見方によっては美味しいポジションだ。それを悪用する人間は確かに世の中に存在する。正忠さんはそういう風には見えないのだが……頭を捻って考えつつのり子は歩き、最後の部屋に着いた。


「すいません節奈さん、ちょっと良いですか?」

「ええ、構しまへんよ」


 節奈は相変わらず温和そうな態度で部屋に招き入れてくれた。節奈もやはり客人なので、自室ではなく客室である。ちゃぶ台には湯飲みと急須が置いてあり、湯飲みからは湯気が出ていた。温かいお茶は心を落ち着けてくれる、だからこそ飲んでいるというのは邪推だろうか。


「節奈さんも、お帰りになっていないんですね」

「そら、奏芽はんのあないな顔を見てもうてはね……心配でほおってはおけへんわ」

「奏芽さんとは、長い付き合いなんですよね?」

「そうで(そうよ)、この家に嫁いで来てからずっと。奏芽はんは立場上色々あったし、主人も亡くして、ウチも出来るだけ相談に乗るようにしとったんやけど……まさか朋美ちゃんも失うてまうなんて。ほんま、世の中っちゅうのんは気まぐれちゅうか、理不尽ちゅうか」


 のり子の言葉に、節奈はため息をついた。人生経験豊富な節奈だからこそ重みのある言葉……探偵として多くの悲劇を見てきたのり子も、節奈程ではないにせよ分かるような気がしていた。


「節奈さんは、朋美ちゃんと仲は良かったんですか?」

「そらね、ウチにとっても可愛い孫みたいな存在やったし、夜美ちゃんもおんなじやで。歴史あるおっきな家の奥様だのお嬢様だの、そないな感じではいっこものうて(全然なくて)。気兼ねのう話せる人達よ、風桜家の人達は」

「……人はどうしても色眼鏡で見がちですから、節奈さんみたいな存在はありがたいと思いますよ」

「おおきに。その歳でそないな考えが出来るなんて……芯の強い子ね、あんたは。見た目や雰囲気だけちゃうくて、心も大和撫子やと感じるわ」

「ありがとうございます」


 節奈はお茶を一口飲み、詩乃を称えた。詩乃の本質をしっかり見抜いているというか……やはり人生の大先輩は伊達じゃない。


「……芯強いちゅう意味では、朋美ちゃんもおんなじやったわ。無邪気やけど、辛いことあっても折れんと、むしろ周りに心配かけまいと明るう振舞える強さがあった。そら立派なことだけど……同時に危険もはらんでるちゅうことに、なんでウチは気付けへんかったんやろうな」

「節奈さん……」

「周りに心配かけまいとする、ちゅうことはつまり周囲の人達に辛さが伝わらへんで全て自分で溜め込んでまうちゅうこと。辛さを感じひん人なんていーひんし、誰かて心の強度には限界がある。いつか壊れてまうのなら……心配かけてほしい思うのんが親なんよ」

「……」

「あれこれ偉そうなこと言うて、結局ウチはなんも出来へんかった。朋美ちゃんにとって、ウチはなんやったのかしらね……知識や経験をひけらかすだけなら、いーひんでも」


 色々なことを経験し、知っているからこそ感じる苦悩……のり子は分かるような気がした。必要なモノは持っているのに、何も出来ない……その悔しさは計り知れない。俯いている節奈に、涼葉が優しく呟いた。


「傍におるだけでも支えになるってことも、あると思います」

「え?」

「はっきりとせぇへんから、分かりにくいやけどね。明確に役に立ったって証があれば安心できるんやけど、そういうのって案外多ないし。せやさかい、ウチも悩むことありまんねん」

「……」

「少なくともウチは、節奈さんと話していて安心できます。心の傷を朋美ちゃんが負っとったなら、節奈さんの存在は癒しになったと思うねん。やから、ご自分を責めんとって下さい」

「……おおきに、少し心が楽になった気するわ。立派な子達ね、あんた達は。朋美ちゃんも、もっと早うあんた達に出会うとったら……」


 節奈は再び、温和な笑みを浮かべた。奏芽さんの言っていたこともあるだけに、すべてをそのまま受け入れるわけにはいかないが……この人の風桜家への温かな気持ちはどうか本物であってほしい。気持ちを切り替え、のり子は節奈に尋ねた。


「節奈さん、お聞きしたいことがあるのですが……昨晩この家にいた人達で、何か気になることがある人はいますか?」

「……あまり言いとうはあらへんけど、夜美ちゃんかねえ」

「夜美さん!? ですが、彼女は朋美ちゃんの姉ですよ」

「たとえ姉妹であっても、時に不満は抱くものやで。前に本人言うてるのを偶然聞いてもうたことあんねん、『おとんもおかんも、朋美ばっかり可愛がってる』って」

「夜美さんが……?」

「大雑把に見えるけど、そら人前だけかもしれへんしね。誰かて思うものよ、愛されたいって。自分は実の子で、朋美ちゃんが養子やったら、猶更ね」


***


 節奈に挨拶をして部屋を出て、のり子達は自分達の部屋に戻っていた。詩乃は神妙な面持ちで、のり子に尋ねてきた。


「ねえのり子、さっきの話なんだけど」

「……可能性はあるね」

「きょうだいでそういう話は決して珍しくないからなあ」

「それが悲劇に繋がるっていう話もね……」


 親からすれば依怙贔屓などせずに等しく愛しているつもりでも、子供がどう受け取るかは子供の感情次第だ。一見良好そうに見えた朋美ちゃんと夜美さんの仲だけど……そこに光しかないという考えは危険かもしれない。

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