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京都涙雨殺人事件⑤(風桜家の内部事情)

 のり子達は再び朋美の部屋に向かい、現場を調べ始めた。のり子は今回の事件は殺人だと確信しているが、立証するには密室の謎を解かないといけない。のり子は改めて、状況を整理し始めた。


「朋美ちゃんの死体が発見された時、この部屋は入口と窓すべてに鍵がかかっていた。他に出入りする場所はないし、入口の鍵は1本だけでそれは朋美ちゃんの右手の掌の中にあった、か……」

「その鍵も複製不可能だから、合鍵を作ったというのはあり得ないし。一応入口のドアの下は鍵一本通るくらいの隙間はあるけど、ギリギリ通るくらいだから遠くに投げ入れるのは無理だと思う」


 詩乃の言う通り、ドアの隙間から鍵を室内に投げ入れることは出来てもせいぜい十センチ先くらいだろう。間にある襖は開いていたので邪魔にはならないだろうけど……入口から鍵が置いてあった場所までは5メートルくらいはある、まず無理だ。


「外から紐をつこて、鍵をかけるとかは出来ひんの?」

「無理だろうね。元々客人を招くために作られていた部屋なだけに、鍵も結構しっかりしたのを使っていて、紐でどうにかなるような構造じゃない」


 涼葉の質問にのり子が答えた。基本的な手法は通じないか……まてよ、紐か。のり子は部屋の中を改めてチェックし直した。


「どうしたの、のり子」

「いや……紐をひっかけられるところはないかなって。例えば、鍵に紐を通して輪っか状にして、部屋の中のどこかに引っ掛けて片方を引っ張れば、紐を通して部屋の中に鍵を入れることが出来るんじゃないかって。あとは紐の片方を切って、紐を回収すればいいし」

「た、確かに。せやったら部屋の奥にも鍵を送れるで! さすがのり子ちゃん」


 涼葉がナイスアイデアという感じで、手を叩いた。だが、のり子は調べ終わり、ため息をついて頭を抱えた。


「残念だけど涼葉、それは無理っぽい」

「え……な、なんで?」

「紐をひっかけるところがないのよ。仮にあったとしても、そのトリックを使えばそこに紐を引きずった跡が残る。まあ、凧糸とかを使えば跡は小さく出来るけど、少しは残るしね」

「ここが和室っていうのも曲者なのよねえ。和室って全体の調和のもとに成り立っているから、手入れされていれば綺麗だけど、どこか一か所でも乱れていると目立つのよ。障子なんかもちょっと穴が空いているだけでも全体が目立つから、障子に穴をあけて木の枠組みに紐を通すなんてことをしたらすぐに分かるしね。まして木製だから、跡が残りやすい」


 のり子の説明に、詩乃が付け加えをしてくれた。さすがは大和撫子な詩乃、和に関することは頼りになる。


「そもそも、鍵は朋美ちゃんの右手の掌の中にあったんだから、どうやってどこに上手く入れるんだって問題もあるし」

「うーん……それに加えて遺書の問題もあるしねえ」


 せっかく光が見えたのに、という感じで涼葉はがっくり肩を落とした。そもそも、警察もこのくらいは調べただろう。草餅は気になるが、宮津刑事は優秀な刑事だ、その上で自殺という判断をしたのだろう。草餅か……


「ねえ詩乃、草餅持ってない?」

「……え?」


***


 残念ながら詩乃は草餅を持っていなかったが、気を取り直してのり子達は奏芽の部屋に向かった。トリックが解けないなら、動機の面から攻めていくしかない。そもそも、この家の事情について知らなすぎる、一番知っているのは奏芽さんだろう。


「すいません奏芽さん、ちょっと良いですか?」

「のり子はん、どないしたんですか?」

「ちょっとお聞きしたいことがありまして。すいません、あんなことがあった後に」

「いえ……逆に話してはる方が、気まぎれるさかい」


 奏芽の瞳はやはり涙の跡が色濃く残っていた。娘が亡くなったのだ、当然だろう。


「朋美ちゃんのことはその、何と言えば良いのか……」

「心遣い、おおきに。正直、辛おして辛おして……今でも一人でおると涙止まらしまへん。心の中は朋美のことばっかりで……あの子の存在がほんまに大きかったんやなあと」

「ちょっと失礼な言い方になりますけど、養子であっても本当に大切になさっていたんですね、朋美ちゃんのこと」


 詩乃が言い方に気を遣いつつ、のり子も気になっていたことを聞いた。いくら親友の娘とはいえ、どうして奏芽さんの旦那さんは朋美ちゃんを迎え入れる気になったのか。


「……お話ししたけど、ウチも主人も当時は実の娘である夜美以外の親族には全員先立たれまして。このままだと将来夜美一人に風桜家を背負わすことになってまう、そらなんぼなんでも負担大きすぎる思たんです」

「これだけ大きくて歴史のある家ですものね」

「はい。そこに主人の親友が病気で危ないて聞きまして、彼主人に娘を委ねたい言うてるちゅう話来たんです。渡りに船や思た、これなら夜美一人にすべてを背負わす必要がのうなったと」


 優しいお母さんだ。まだ若い夜美さん一人には、風桜家という看板は重過ぎる……それを想っての行動か。


「結果として、以前よりも風桜家は明るなって、ええ選択をした思た。主人が病気で亡くなってもこの家がやっていけたのは、朋美の明るさあってのことや思う。それだけに……遺書に書いたったことが、えらい信じられへんのです」

「ウチも信じられへんし。朋美ちゃんにおとんのことを聞ぃたことありますけど、むっちゃ明るく嬉しそうに話していて……虐待なんて、むっちゃ想像できまへん」


 奏芽の苦悩に、涼葉も同意した。やはりこの事件は自殺ではない……のり子は改めて確信し、奏芽に尋ねた。


「奏芽さん、お聞きしたいことがあるのですが……昨晩この家にいた人達で、何か気になることがある人はいますか?」

「……節奈はん、でっしゃろか」

「節奈さん、ですか? 長い付き合いのご近所さんなんですよね」

「昔から色々お世話になってますし、主人亡くなってから心の支えになってくれたりしてますさかい、ウチとしては感謝しかあらへんのですけど……」


 奏芽はどこか不安げな表情を浮かべ、俯いた。言うのを躊躇っているようにのり子には見えたが、顔をあげて口を開いた。


「近所の人達の噂を聞いたことあるんです。ウチの傷ついた心に付け込んで、朋美と夜美にも優しゅうして将来財産のおこぼれを貰おうとしてるんとちがうかって」

「そんな……」

「もちろんあくまで噂にすぎしまへんし、ろくに付き合いもあらへん人達の戯言よりウチは節奈はんを信じてます。ですけど……時にお金は人を変えてまいます、不安ゼロなわけとちがうんです……」


***


 奏芽に挨拶をして部屋を出て、のり子達は次の部屋に向かっていた。涼葉は先程の話が不安なのか、のり子に尋ねてきた。


「ねえのり子ちゃん、さっきの話、ただの噂やんな。節奈さんがそないなことするわけが」

「……そうは言い切れない」

「せ、せやけど!!」

「私達は節奈さんのことを何も知らない。それに、時にお金は人を変えてしまうっていうのは……間違いではない。朋美ちゃんを殺して、奏芽さんと夜美さんの心に更に取り入るという可能性を、完全に否定は出来ない」

「……」


 今まで色々な事件を目の当たりにしてきたのり子だからこそ、分かること……涼葉もその辺りは理解しているのだろう。その後はお互い無言になり、次の部屋に着いた。


「すいません夜美さん、ちょっと良いですか?」

「……ええわぁ」


 夜美は言葉少なに、のり子達を部屋に招いた。和風な朋美の部屋とは対照的に、今時の女の子の部屋と言った感じだ。大学生らしく、講義に使うであろうプリントや本が置いてある。整理が行き届いているとは正直言い難い、朋美の部屋とはここも対照的だ。


「朋美ちゃんの部屋と、随分印象が違いますね」

「あの子は真面目やったさかいな。おかんに似て和の文化好きやったし、姉妹といってもウチとはまるで違うたわぁ」

「でも、仲は良かったですよね。朋美ちゃんは夜美さんに懐いていて、夜美さんは何だかんだで朋美ちゃんを大切にしていた」

「……ウチは元々一人っ子で、家は風桜家っちゅうおっきな家で、なんか知らへんうちにおっきなものを背負わされとったような感じやった。周りはお金持ちでええなって言うけど、正直邪魔くさいだけで、むしろ周りの子が羨ましかった」


 のり子の言葉に対し、夜美は普段のどこか気だるそうな雰囲気とは違い、昔を懐かしむ様な顔をしていた。お金はあれば便利だが、得るのは恩恵だけじゃない。風桜家という大きな看板の重み……奏芽さんの心配は当たっていたということか。


「おとんもおかんも優しかったさかい不満はなかったけど、いつか一人どすべてを背負うていかなあかん思うと憂鬱やった。そないな時に、あの子来て……」

「夜美さん……」

「真っすぐで明るおして、誰からも愛されて……眩しいなって思た。どっか斜に構えてるみたいなウチとは、全く正反対で……可愛ない、わけがなかった」

「……」

「あほやんな、ウチ……もっと素直に可愛がっとったらよかった。そうしたら悩みやら相談してくれたかもしれへんのに……自殺なんか、しいひんかったかもしれへんのに」


 夜美は後悔の言葉を連ね、俯いて涙を流した。自身の置かれた境遇を恨み、いつの間にか素直に物事を受け入れることが出来なっていたのかもしれない。そんな時に新しく出来た、どこまでも真っすぐな妹……


 彼女の真っすぐな気持ちをそのまま受けいれていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない……そんな後悔の念に、詩乃も言葉少なに夜美を見つめるしかなかった。


「朋美ちゃんにとって夜美さんは、ええお姉さんやったと思とります。ほななきゃ、あないに懐いたりしまへんで」

「涼葉はん……」

「ご自身を責めへんどぉくれやす。朋美ちゃんが好きな、【おねえ】やったんですさかい」

「……おおきに」


 斜に構えてはいたかもしれないが、夜美さんの優しさは確かに朋美ちゃんに届いていた、だからこそ朋美ちゃんもあれだけ懐いていたんだろう。柔らかな微笑みを浮かべた後、のり子は夜美に尋ねた。


「夜美さん、お聞きしたいことがあるのですが……昨晩この家にいた人達で、何か気になることがある人はいますか?」

「……莉愛さん、かな」

「莉愛さん? 温和で気遣い上手で、朋美ちゃんにも優しかった印象がありますが」

「確かに傍目にはそうなんやけど、時々朋美にえらい厳しい目ぇ向ける時があってん。それこそ、敵意を感じるみたいな」

「敵意……」

「元々莉愛はんは10年位前、つまり朋美がこの家に来る5年くらい前からこの家の家政婦をやっとって、風桜家にえらい愛着を持ってんねん。そやさかい、法的には家族であるとはいえ、血ぃ繋がってへん朋美を風桜家の一員として認めてへんのかもしれへん」


***


 夜美に挨拶をして部屋を出て、のり子達は次の部屋に向かっていた。詩乃は先程の話が気になるのか、のり子に尋ねてきた。


「ねえのり子。さっきの話、どう思う?」

「……あり得ないことはない」

「愛着か……大きな力になるけど、盲目的な愛着は時に人を傷つける」

「もし莉愛さんに莉愛さんだけの基準とルールがあるのであれば……それを満たさず反している朋美ちゃんを排除して、元の風桜家を取り戻すっていうのはあり得る」


 盲目的な愛着……詩乃が言った言葉に、のり子は重みを感じた。悪意とは言い切れないからこそ、逆に厄介な感情……その可能性を考えながら歩き、次の部屋に着いた。


「すいません莉愛さん、ちょっと良いですか?」

「はい、のり子様。何の御用やろう?」


 莉愛は相変わらず温和で丁寧な態度で、部屋に招き入れてくれた。部屋は必要最低限のモノが置いてあり、他はあまり目立ったものがないどこか殺風景な感じだった。一方で整理整頓と清掃はまさに完璧、そこはさすが敏腕家政婦の莉愛である。


「何というか……さすがは莉愛さんですね、自分の部屋まで完璧な手入れとは」

「ウチはこれしか出来やしまへんさかい。気の緩みが生まれへんために、まず自室からです」

「私も莉愛さんみたいな家政婦が欲しいですよ。朋美ちゃんも、絶賛していました」

「……ウチは家族ちゃいますけど、風桜家の人達を一番長う近うで見てきた人間です。歴史あるおっきな家ゆえの悩みちゅうのんは確かにあり、旦那様も奥様も夜美様もそれに苦しんできました」


 家政婦というのはそういう存在なのだろう、一歩引いた場所からではあるが一番長く近くで物事を見守る存在。そういう存在だからこそ分かること、話せることがあるのかもしれない。


「ですけど、そないな悩みを溢れる明るさと前向きさで癒しとったのんが……朋美様でした。あら天性のモノやろう、欲しがっても手に入らへん宝物。いわば、この家を照らす太陽のような存在。それが朋美様であり、素直に尊敬しました。風桜家はいけると、思た」

「……」

「その考えは……甘かったのですなぁ。朋美様が太陽として皆様を照らしてるとして、その朋美様を照らす存在も必要やちゅうこと失念しとった。風桜家の看板を背負うとらんと、近くにいれる存在であるうちこそがすべきやったのに……情けない限りです」


 ……もしそれが本音であれば、本当に立派な人だ。先程の夜美の話があるだけにそのまま受け入れるわけにはいかないが、ここまで自分を抑えて他人のために尽くせる人がいるだろうか。他人の幸せを願い行動する、人として一番重要なことだ。


「風桜家の看板を背負っていないのに、そこまで考えて頑張れる莉愛さんが、情けないわけないじゃないですか」

「詩乃様?」

「まばゆい光を照らすばかりが、人の支えではないです。目立たなくても、そっと傍で優しい光を照らしてくれる存在も人には必要です。それが莉愛さんであり、莉愛さんにしかできないことなんです」

「……」

「莉愛さんは、確かに朋美ちゃんを照らしていました。だからこそ、あれだけ胸を張って莉愛さんのことを話していたんだと思いますよ」

「詩乃様は、ほんまにお優しい方ですなぁ。朋美様と詩乃様一緒に京の街を歩くとこを、ウチも見たかったです」


 莉愛はそう言い、優しく微笑んだ。そっと傍で優しい光を照らしてくれる、か……それはまさに詩乃のことだとのり子は思った。だからこそ、説得力もあるのだろう。莉愛と同じく優しい微笑みを浮かべた後、のり子は莉愛に尋ねた。


「莉愛さん、お聞きしたいことがあるのですが……昨晩この家にいた人達で、何か気になることがある人はいますか?」

「……ほんまはこんなんを言うたらあかんのですけど……奥様です」

「奏芽さん!? それはどういうことですか?」

「私自身、奥様には何の不満もおへんですし、尊敬もしとります。ですけど……以前、旦那様との不穏な会話を聞いてまいまして」


―――


「奏芽、朋美はどうだ?」

「ええ、えらい明るおして前向きなええ子で、家にも馴染んできてるみたいです」

「そのこっちゃあらへん。例の……こっちゃ」

「……正直、厳しいかと」


 奏芽は明るい顔から一転、残念そうな声のトーンで俯き加減に答えた。


「そうか……やっぱし、排除するしかあらへんのやろうか」

「そないな!! 私達には責任があるんや、なんぼ冷徹にならなあかん時もあるとはいえ」

「……あんたがそう言うならもう少し様子を見よう。ウチとて、出来たらしたないのやさかい……そやけど、いざとなったら、分かってるな?」

「……はい、覚悟は出来とります」


―――


「朋美ちゃんを……排除?」

「朋美様をあれだけ可愛がってる奥様が、そんなんをするわけがあらへん思うんですけど……どないしてもあの会話が頭から離れへんのです」


***


 莉愛に挨拶をして部屋を出て、のり子達は次の部屋に向かっていた。涼葉は青い顔で、のり子に尋ねてきた。


「ねえのり子ちゃん、絶対にあり得へんわなあ。奏芽さんが朋美ちゃんを……排除やなんて」

「でも、実際に莉愛さんはその会話を聞いているんだよ?」

「せ、せやけど……母親が娘をいてこます(殺す)なんて!!」

「でも、養子なんだよ。それに奏芽さんは風桜家の今の実質的な当主、冷徹にならないといけない時が……あるのかもしれない」


 奏芽さんが朋美ちゃんに向ける優しい笑みと、失った時の計り知れない悲しみ……それを目にしているのり子も信じられない話だが……それのどこまでが本当なのだろうか。

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