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京都涙雨殺人事件④(自殺か他殺か)

 茶の間は昨晩の明るく温かい雰囲気とは対照的に、重苦しく暗い雰囲気で満たされていた。声はほとんど聞こえない、微かに聞こえるのは泣き声だけだ。それも当然だろう、昨晩の雰囲気は朋美の天真爛漫さに引っ張られる形で作られたものだ。


 その朋美の突然の死……誰からも愛される彼女の命が失われたのだから、この場にいるすべての者の心から明るさが失われたのも道理だった。もうすぐのり子が呼んだ警察が到着する、軽い現場検証を終えたのり子は警察の捜査結果と合わせて判断しようと思った。


「お待たせしました、京都府警の宮津(みやづ)です」

「あ、お疲れ様で……す?」


 ようやく担当刑事と思われる人が到着し、挨拶しようとしたのり子は彼を見て思わず首を捻った。別に奇抜な格好をしているわけじゃない、服装も普通で顔はどちらかといえばイケメンだ。問題なのは……なぜか彼が草餅を片手に持って食べていることである。


 まあ、刑事は忙しい仕事だからゆっくり食事を取れない時もあるし、疲れた時の糖分補給は重要だから分からないこともないのだが……普通人前で食べるだろうか。それ以外に関しては至極真っ当っぽい人なだけに……まあ、この重苦しい雰囲気で神経を張り詰めていただけに、拍子抜けしてある意味リラックスできた(?)とのり子は自分に言い聞かせた。


***


 警察の現場検証が終わり、宮津刑事が結果報告を始めた。見たところ年齢は30歳前半くらいか、その若さで現場責任者なのは大したものだし実際理知的な感じだ。奈良でお世話になった50代で落ち着いた雰囲気の五條刑事に対し、こちらは中性的な顔をしたインテリな雰囲気だ。美も知も持ち合わせているわけで、まあモテるだろう……草餅は気になるが。


「現場検証の結果ですが、亡くなった風桜朋美はんの死因は左胸をナイフで刺したことによる失血死。死亡推定時刻は23:00~24:00のあいさ(間)ですなぁ」

「あの……刑事はん。朋美はやっぱし……自殺なんでっしゃろか?」

「現場の状況から見て、そう考えるのんが妥当やろうな。奥はん、部屋の入口の鍵は1本だけと伺うてますが、合鍵を作ったりは?」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにした奏芽が宮津刑事に尋ね、彼がそれについて詳細を聞くと奏芽はゆっくり首を横に振った。


「無理ですなぁ。あの鍵は特別製で、複製はまず出来やしまへん。元々あの部屋客人を迎えるための部屋やさかい鍵を付けたのであって、今は朋美の部屋ですさかい鍵を使う機会はほとんどのうて、ほんでも全く問題あらしまへんどしたさかい」

「となると、ほぼ自殺で決まりやろう。部屋の鍵は入口も窓もすべてかかっとって、1本だけある入口の鍵は朋美はんの手の中にあった。まして遺書も見つかってるわけですさかいね、筆跡鑑定もしたけど間違いなく朋美はんの筆跡でした」


 まあ、宮津刑事の言うことは妥当だろう。部屋は密室で複製不可能の唯一の鍵は朋美ちゃんの手の中、そして本人の筆跡の遺書も見つかっているわけだ、普通に考えれば疑う余地はない。しかし……のり子はどこか釈然としなかった。


「宮津刑事、まだそうは言い切れないと思いますよ」

「なんやと、どないなこっちゃ?」

「朋美ちゃんと昨日約束したんですよ、明日は一緒に京都観光をしようって。こちらの詩乃とお揃いで浴衣を着て、京の街を歩きたいって、朋美ちゃん言っていたんです。それなのに、自殺なんてすると思いますか?」

「ふむ、確かに一理あるな。ただ事実として現場は密室で、本人の筆跡の遺書も見つかっているんや。内容的にも、特に不自然な点はなかったしな」

「それは……そうですが」


 遺書の内容を既に把握しているのり子としては、宮津刑事の言っていることに頷くしかなかった。明日の約束をしたから、だけでは覆せないのである。


「刑事はん、朋美の遺書……何て書いたったんですか?」

「ほな、読み上げるとしよう」


『私は実の母を事故で亡くし、その後一人で育ててくれた父も病気で亡くしました。親戚の人達からは冷たくされ、結果として父の親友だった今の父に養子として貰われました。


もう立ち直ったと周りには言っていましたが、実際は未だに引きずっていました。今の母や姉は優しくしてくれましたが、今の父には陰で虐待を受けていました。私を悲しみから救ってくれた人からのその仕打ちは、傷が癒えない私の心を更に傷付けました。


今の父も病気で亡くなりましたが、私の心の傷は癒えず、更に財産相続という重圧も重なりました。もう限界です、心が壊れてしまう前に命を絶つことにします。お母さん、お姉さん、それに私に優しくしてくれた人達……本当にごめんなさい』


 遺書の内容を聞いた夜美は信じられないといった感じの表情を浮かべ、宮津刑事に尋ねた。


「おとんが虐待……そないなあほな」

「なんかの間違いです!! 主人が虐待やなんて、朋美をあれだけ可愛がっとったのに」


 夜美にとっても奏芽にとっても、その内容は到底信じられるものではなかったようだ。宮津刑事は二人の気持ちを汲んだうえで、冷静に話した。


「お二人の気持ちは分かる。ですけど、お二人ともおとんのこと四六時中見張っとったわけとちがうやろう? 陰で何しとったか、そらおとんと朋美はんしか分からしまへんし、その2人亡くなってもうた今は確かめようがあらへんのです」

「……そんなん、そんなん!!」

「夜美……」


 宮津刑事の話を聞いても夜美は納得できない様子であり、声を荒げた。奏芽は幾分落ち着いている……というより、無理矢理自分の気持ちを抑えようとしているようにのり子には見えた。のり子は心を痛めつつも、奏芽に気になることを聞いた。


「奏芽さん、財産相続とありましたけど、具体的にはどういう風に相続するのですか?」

「ウチも主人も朋美と夜美以外の親族には全員既に先立たれてまして、朋美と夜美はまだ若いさかい現状ではウチが風桜家のすべての財産を持ってます。ですけどウチも病気がちなところがあって、いつまで生きれるか分からしまへん。2人独り立ち出来るまで成長したら1/4ずつを2人に相続させ、ウチが亡くなったらすべての財産を2人で半分ずつ相続させる予定です」

「それは、既に朋美ちゃんに話したのですか?」

「はい、夜美にも。まだ先の話やけど、ウチの身に何があるか分からしまへんさかい」

「風桜家の財産となったら、半分でも相当なもんや。まだ先の話とはいえ、高校一年生の朋美はんにとっては重すぎるかもしれんな」


 一般家庭生まれであるのり子にとって、風桜家のような大きな家の財産相続というのは今一つピンと来ない。ただ、相当な重圧がかかるだろうというのは想像できる。もし本当に遺書に書いてある事情が朋美ちゃんにあったとしたら……追い打ちをかけても無理もないか。


「朋美様の身の回りのお世話をしてる身としては、遺書に書いたることについてお話を伺うたことはおへんですけど(ございませんが)……お優しい方ですさかい、心配かけまいと誰にも相談できひんかったのかもしれしまへん。もっとウチが気にかけとったら」

「せやったら僕だっておんなじさ。勉強を教えるだけちゃうくて、時には雑談もしとったわけで……もっと朋美ちゃんの心の機微に気づくべきやった」


 莉愛と正忠ががっくりと肩を落とし、後悔の念に駆られている。夜美さんや奏芽さんとはまた違った視点で身近にいた存在なだけに、思うところがあるのだろう。


「俺は……何やっとったんや。意地ばっかり張って、俺のことだけ考えて……なんも朋美ちゃんの力になれてへんかったやん」

「人生の先輩として、情けない限りやわ。かんにんえ奏芽はん……ウチなんも出来んと」

「みなさん、ご自身を責めへんどぉくれやす。悪いのんはすべてウチ……母であるウチの不徳の致すところです」

「そらウチだっておんなじやで、おかん。ウチは朋美の姉なんやさかい……」


 同じく後悔の念に駆られている卓巳と節奈に、奏芽がそっと話しかけた。一人ですべてを背負うとしている奏芽を、夜美が止めた。本当に朋美ちゃんは多くの人達に愛されていたんだなとのり子は改めて実感した。だからこそ……救えなかった自分が許せなかった。


「ちゅうわけですさかい、基本は自殺の線で捜査を進めるけど、念のため死亡推定時刻のみなさんのアリバイも伺うときたい思う」


 その後、宮津刑事によって関係者全員の昨晩23:00~24:00のアリバイが検証された。夜美と奏芽に住み込みで働いている莉愛はもちろんのこと、客人として招かれた正忠と卓巳、節奈も昨晩はこの家に泊まったようだ。


 とはいえ時刻が時刻なだけに、結果として3人同じ部屋に泊まっていたのり子・詩乃・涼葉以外には全員アリバイがなかった。警察の聞き込みはこれで終了し、宮津刑事は部下とともに帰っていったが……帰り際にまた草餅を食べていた。いや、一仕事終えて疲れたからかもしれないが……常備しているのだろうか、あの人は。


***


 のり子達は自分達の部屋に戻り、3人とも言葉少なに座っていた。本来なら今日は京都観光の続きに行く予定だったのだが……とてもそんな気にはなれなかった。特に涼葉の落ち込み様は尋常ではない。


 姉のように慕っていた夕香梨が殺人事件の犯人として逮捕されて、良い友達だった朋美が亡くなっては当然か。どこか心美を失った時の詩乃のようだ……その詩乃は気持ちが分かるのだろう、心配そうな顔で涼葉を見つめている。


「本当だったら、今日は京都観光の続きだったんだよね……涼葉、今日はどこに行くつもりだったの?」

「……金色に輝く寺。金箔が乗っかったソフトクリームも食べられんで」

「定番だね。中学の修学旅行でも、あそこは鮮烈に覚えてる。池に映る金色が綺麗で」

「あと、銀の名前が付く寺。冷やした鰻のお茶漬けが近くで食べられんで」

「私はそっちの寺の方が好きだな。金色の方に比べて派手さはないけど、庭園を含めた風流さは圧巻だよ、完成の域に達してる」


 少しでも場の空気を明るくしようと、のり子は涼葉に話を振った。金色に輝く寺か……あれは本当に美しい、それが映る池も含めて超一流の芸術品だ。詩乃はそれよりも銀の名前が付く寺の方が好きなのか、わびさびを好む大和撫子な詩乃らしい。


「ほんで、お稲荷さんみたいな名前の大社。赤い鳥居が千本あるみたいに言われてて、抹茶のパフェも美味しいわ」

「あれ、確か山頂まで行って戻ってくるのに50分くらいかかるんだっけ? 私はきついな」

「締めは、三十三の間がありそうなお堂。1000体の観音像は圧巻やで」

「あれは凄いよね、昔の人達の知恵と根気はやっぱり侮れないなあ」


 赤い鳥居が無数にあってそれが連なっているのは絶景だけど、50分もかけて往復するのはやっぱりハードワークだよなあ……観音像が1000体ねえ、詩乃の言う通り昔の人達の知恵と根気は今のような発達した技術とはまた違った凄さがあるなあ。


「結構たくさん回る予定だったんだね、根性がいりそうだけど楽しそう」

「せやな……回れたら楽しかったやろうなあ……朋美ちゃんと」

「……」

「どうしてウチの大切な人はいなくなってまうんやろ……夕香梨さんはウチの為に殺人犯として捕まって、朋美ちゃんはせっかく仲良ぉなれたのに死んでもて……ウチが、頼りないからなんやろか? ウチがもっとしっかりしてたら、夕香梨さんに心配かけることものうて、朋美ちゃんの相談にも乗れて……全部ウチのせいで」

「違う!!」


 思考がどんどんマイナスになり、自分を責め始めた涼葉にのり子は思わず大声をあげた。涼葉は目を丸くし、のり子を見つめた。


「の、のり子ちゃん!?」

「夕香梨さんの件は涼葉は被害者でしょ、何も悪くない」

「せ、せやけど……」

「それに……私は今回の事件、自殺だなんて思ってない。これは他殺、朋美ちゃんは……殺されたの」

「朋美ちゃんが……殺された!?」


 涼葉はのり子の言葉に、心底驚いたような表情を見せた。状況からすれば、その反応は当然と言える。だが……のり子は確信を持っていた。


「言ったでしょ、次の日に一緒に出掛ける約束してるのに自殺はおかしいって」

「せやけど、そら朋美ちゃんが前から家族とか財産のことで悩んでたからで」

「なら最初から私達を呼ばないし、最後の思い出作りなら今日一緒に京都観光行ってから自殺するはずでしょ?」

「確かに……何だかどっちつかずのタイミングというか」


 詩乃も不思議に感じ始めたようだ。そう、仮に深い事情があったとしても昨日自殺するのはあまりにタイミングが不自然なのだ。


「ほな、部屋が密室なのと朋美ちゃんの筆跡の遺書は?」

「それはまだ分からない。だから……私が解き明かす!!」

「のり子……」


 のり子はそう言い、窓の外を見た。涙雨……涼葉が言うように悲しみの涙が化して降ると思われる雨だとすれば、のり子には朋美の悲しみの涙に見えた。でも、それは自殺したからじゃない、殺されたからだ。


 誰からも愛され、この家を明るく照らしていた朋美ちゃんの命を奪った犯人を私は絶対に許さない。彼女の光に照らされていた人達が再び前を向けるように、彼女自身を悲しみから救えるように……


「朋美ちゃん……私に、任せて」

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