京都涙雨殺人事件②(和風文化と風桜朋美)
~のり子視点~
京都旅行当日、のり子と詩乃は新幹線で京都駅に向かい、涼葉との待ち合わせの場所に着いた。約束の時間まではまだ時間があるのだが、既に涼葉は到着していた。真面目な涼葉らしいなとのり子は微笑みを浮かべた。
「涼葉」
「あ、のり子ちゃん。それに詩乃ちゃんも」
「テレビ電話で挨拶はしたけど、直接会うのはこれが初めてだね。初めまして、高原詩乃です。よろしくね、涼葉」
「こちらこそ、よろしゅう詩乃ちゃん。せやかて……テレビ電話で見た時もべっぴんさんって思うたけど、ほんまもんはもっと綺麗やな」
「ありがと。涼葉も画面で見た時から可愛いなって思ってたけど、本物はもっと可愛いよ」
「あはは、お世辞でも嬉しいわ」
お世辞でも何でもなく、涼葉は世間的に見てもかなり可愛い部類に入る。少し濃いめの茶色のツーサイドアップのミディアムヘアーが良く似合い、顔や所作は少し子供っぽいが素直な性格と相まって彼女の愛され体質を彩っている。実際、涼葉目当てで旅館に来る客も決して少なくない。
「……心の整理ついたって聞いたけど、夕香梨さんにはあの後会ったりは」
「……いっぺん、面会に行ってん。元気そうやった。ほんまはもっと会いたいけど、あまり頼りすぎるのもなって思うて」
「今は……一人で考える時間も必要だと思うよ、夕香梨さんには。罪を償って戻ってきたら、思いっきり甘えれば良いんじゃないかな」
「うん……」
楽しい旅行であまりこういう話をすべきではないと分かっていたが、のり子としては聞かずにはいられなかった。涼葉を守るために殺人を犯した、涼葉のお姉さん的な存在の早瀬夕香梨、彼女と涼葉の仲は今も良好の様だ。いつかまた気兼ねなく会える時が来てほしいと、のり子は心から願った。
「さて、湿っぽい話はここまで、旅行を楽しもう。涼葉、案内お願いね」
「うん、任して」
「それにしても、前に萌希に聞いたことあったけど、京都駅周辺は結構都会的なんだね」
「京都は日本古来の文化の聖地だけど、一方で現代的な便利さもしっかり備えているから。観光も名所と名所との距離が結構近くて、コンパクトで回りやすいんだよ」
「詩乃ちゃんの言う通りやな。日本を代表する観光地なだけあって名所は無数にあるさけ、全部回ろうとしたら時間はかかるけど、ある程度絞っていけば割とスムーズに回れるで」
今回は二泊三日と決して長期滞在ではないだけに、のり子としてはありがたい話だった。名所と便利さを両方兼ね揃えていることから、観光地としてだけじゃなく住むのにも結構適している場所と言える。詩乃は大和撫子だから、将来的にはそういうことも考えていたりするのかも。
「何だか有意義な旅行になりそうで、楽しみだな」
「萌希も来れたら良かったんだけどねえ」
「うーん、ちょっと萌希ちゃんに申し訳ないかも」
詩乃と涼葉の言葉を聞き、のり子の脳裏に萌希の顔が思い浮かんだ。そう……当初は萌希も旅行に参加する予定だったのだが、前日に急に外せない家の用事が入ってしまい、行けなくなってしまったのだ。
―――
「こ……こんなことは許されない」
「どうする萌希、延期する?」
「ううん……やっと涼葉ちゃんと休みの予定合わせることが出来たわけだし、これ逃したらいつになるか分からないから……行ってきていいよ」
「ごめんね、萌希」
「気にしないで、思いっきり楽しんできていいから。あ……でも、2人とも涼葉ちゃんと仲良くなりすぎないようにね」
―――
「やっぱり萌希ってさ、結構嫉妬深いよね」
「何だか最近、萌希のイメージが崩れてきているような気が……」
「萌希ちゃん、実は結構感情豊かやんな」
詩乃の鋭い指摘にのり子は同意し、頭を抱えた。前はもっと真面目で大人しいイメージがあったのだが……素を出してくれるほど仲良くなったと言えるかもしれないけど。
「まあ、今回は萌希の分も京都観光、楽しむとしよう」
「そうだね。それじゃ、行こうか」
「うん。まずは定番のコースを回るで」
***
「京都を代表する名所と言ったら、やっぱりここだよね」
「舞台は相変わらず高くて迫力あるなあ、観光客もやっぱり多い」
「海外の人も多いやろ?」
水が清らかそうな寺、のり子も修学旅行で来た場所だ。最も、当時と違って今回は自分の意思で自由に回れるので、色々と見ることが出来る。詩乃も雰囲気を堪能しているようだ。
「寺の近くの道は観光客用の店がたくさんあるね。京都土産の定番の、薄い生地にあんこを入れた和菓子の店が多いけど」
「作りたてのを食べれる店もあんねん。お茶も飲めるし、入ってみる?」
「そうだね」
涼葉に紹介された店にのり子は入り、作り立ての和菓子とお茶を持って椅子に座った。和菓子を齧り、お茶を飲み、一息ついた。本当に、このひと時は日本人として格別だなあ。作り立てを食べれるのは良い体験をしたし、お土産に一つ買っていくか。
「漬物を売っている店も結構あるね。確か京都って野菜が凄く美味しいんだっけ?」
「そうだよ、うちも結構通販で買ったりするし。試食してみる?」
「お……美味しい。これ、毎食御飯のお供に食べたいかも」
「種類もたくさんあるよ。色々な種類が小分けで入ってるセットが私としてはお勧めかな」
「これもお土産で買うの、決定」
「もう、のり子ってば、荷物いくらあっても足りないよ」
今度は詩乃の紹介でのり子は漬物を試食し、大いに気に入ってやはりお土産として購入した。詩乃もよく通販で買うのか、確かに詩乃の家の食卓にいつも並んでそうなイメージがあるなあ。
「そういえば、さっきから着物とか浴衣着ている人が多いね。さすがは京都」
「京都は着物レンタル屋さんが結構あってね、気軽に着物や浴衣を楽しめるの」
「あ、せや。せっかくやし、詩乃ちゃんの着物姿見たいな」
「……せっかく京都来たんだし、着てみるとしますか」
「丁度あっこに店があるし、行ってみよう」
のり子達は着物レンタル屋に入り、詩乃は着替えるために奥に行った。和風美人な大和撫子の詩乃の着物姿か、楽しみだなあ。
「お待たせ」
「……」
のり子は詩乃を見て、言葉を失った。絶対に似合うだろうとは思っていたけど……正直予想以上だ。赤がベースの花柄の王道デザインの振袖、それを完璧に着こなしている詩乃はあまりに眩しくて、目が離せなかった。
「あの、のり子?」
「あ……ごめん。何というか、似合いすぎて言葉失ってた。うん、凄く可愛いし綺麗」
「あ、ありがと」
「いやー、ウチも長年ここで色々な方に着物や浴衣を着てもろうてますけど、ここまで似合う方は滅多にいてはりまへんよ。ほんま、理想の大和撫子やね」
店員さんの言っていることは決して大げさではない。少なくとも、これ程着物が似合う女性を私は知らない。
「ほんまにもう、似合いすぎだよ詩乃ちゃん。ウチも仕事柄、よう着物着るけどや、正直勝てる気がせぇへんもん」
「さすがに大袈裟じゃないかな、涼葉」
「そないなことあれへんで。詩乃ちゃんさ、将来京都に住んで京べっぴんコンテストとか出てみたら? 絶対優勝できるで」
「そらおもろおすなぁ。お客様ならきっといける、ウチ保証しますえ」
「い、いや、いきなりそんなこと言われても」
「詩乃が京都にねえ……」
のり子としても、そういう可能性はあるんじゃないかと思っていたし、ここ京都はまさに詩乃が輝ける地だ。ただ、先日疲れていたからとはいえ詩乃をお嫁さんに欲しいと公言していたのり子としては、今の詩乃の眩しい姿を見ると余計他の人に渡したくない、他の地に行ってほしくないと思ってしまうのが正直なところである。
その後、のり子と涼葉は着物姿の詩乃を連れて引き続き周辺を散策した。その間、周囲の目は詩乃にくぎ付けだった。着物を着た理想の大和撫子が歩いているのだ、注目を集めないわけがない。今の詩乃のスター性は、それこそ織絵ちゃん級だろう。
「ここが坂が八つあるみたいな名前の神社に続く坂だね、確か年数が名前に付いてるとか」
「せやな。伝統的建造物群保存地区に指定されていて、ここから五重塔も見えるわ」
「さっきの寺から歩いていける距離で、助かるかも」
水が清らかそうな寺を出て、のり子達は目的地の神社に行くために有名な坂を通った。ここでも詩乃は注目の的だ、古き良き建物が連なっている場所にあまりにマッチしすぎである。涼葉の説明も的確で助かるし、詩乃の言うこともよく分かる、観光客に優しい造りだ。
「ここは花を見るのに適していそうな小路の通りだね、石畳が趣があって良いなあ」
「夕方から夜にかけて、舞妓さんが歩いていることがあるの」
「せやけどね、舞妓さんは忙しいから、呼び止めたり勝手に撮影したりしちゃあかんで」
「なるほどねえ」
目的地の神社に行った後、のり子達は花を見るのに適していそうな小路の通りに向かった。詩乃が舞妓さんのことを話し、涼葉が注意事項を付け足してくれた。舞妓さんは京都のシンボルみたいなイメージがあるけど、そこはマナーを守って迷惑をかけないようにしないといけないな。
あれこれ歩いていたせいで忘れていたが、昼食を取っていなかったということでのり子達は近くの定食屋に入った。ちりめんじゃこがまぶしてある御飯に、漬物と湯葉の刺身が中心の和風定食だ。シンプルだが、美味でホッとする感じでのり子としては大満足だった。
「ここは名前に白が付く川の橋だね。やっぱり石畳で、それ以外も凄く趣がある感じ」
「ここも伝統的建造物群保存地区に指定されていて、映画とかテレビの撮影でも結構使われるの」
「撮影ね……今の詩乃を主演女優にして、撮ってみたい気がするなあ」
「あ、それええかも。今の詩乃ちゃんなら、女優さんとしても通用すると思うし」
「いや、無理だから」
昼食後、のり子達はこの辺りの地域で最も絵になる場所として有名な橋周辺に向かった。映画やテレビでよく使われるというのも納得の見事な場所であり、のり子は写真を撮る手が止まらなかった。その後、詩乃を主演女優にという悪ノリが始まり、詩乃は無理だと言っていたが、十分に通用するだろう。
***
「ふぅ~、堪能したなあ」
「私も。知識としてはそこそこ持ってる自信あったけど、やっぱり実際に見て初めて知ったり感じたりすることはたくさんあるね」
「和風文化ってそういうもんやからね。パッと見の派手さやパワーっちゅうより、そこから滲み出る雰囲気っちゅうか繊細さっちゅうか調和っちゅうか、そういうのを肌で感じるのがええの」
今日の予定を一通りこなし、のり子達は今日回った場所の感想に花を咲かせていた。のり子はもちろん、ある程度京都についての知識を持っている詩乃も新たな発見に大満足の様だ。涼葉の説明もまさに納得できるものだった、和風文化で心が落ち着く理由はそこだろう。
「まあ、その一方で華やかさもしっかり持ってるのがさすが京都というか」
「長い歴史の積み重ねは偉大だね」
長い歴史の積み重ね、何だかんだでそれは大きい。もちろん技術が発達した現代だからこその良さもある、だが先人達が長きにわたって積み重ねたからこそ出来ることも確かにあるのだ。
先程まで詩乃を彩っていた素敵な振袖の着物、それも先人達が積み重ねた繊細な技術と心が成せるモノなのだろう。ちなみに、着物はレンタル屋さんに返却済である。のり子達は涼葉の案内で、今日泊まらせてもらう風桜家に向かっていた。
「着いた、ここやで」
「話には聞いていたけど……大きいね」
「さすがは京都でも名の通った家、雰囲気もあるね」
伝統的な日本家屋であり、その大きさと雰囲気は歴史を感じさせる。こんな立派な家にお世話になれるとは……涼葉の愛され体質に感謝しないといけないな。インターホンを鳴らすと、着物姿の20代後半くらいの女性が出迎えてくれた。
「お久しぶりやで、莉愛さん」
「ご無沙汰しとります、涼葉様。朋美様からお話は伺うとります。そちらは事前に伺うとりました、お連れの方でっか?」
「はい、ウチのお友達ののり子ちゃんと詩乃ちゃんやで。萌希ちゃんは残念やけど、来れんくなってしもて」
「なるほど。のり子様、詩乃様。申し遅れましたがウチ、この家で家政婦をしとる、鍋島莉愛と申します。よろしゅうおたのもうします」
「河澄のり子です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「高原詩乃です。よろしくお願いします」
莉愛は恭しく頭を下げて、のり子と詩乃に挨拶をした。礼儀正しく温和そうな人だ、この人が身の回りの世話をしてくれるなら、快適に過ごせるだろう。落ち着いた色と柄の着物がよく似合っており、はんなりとした京美人と言って差し支えない。
「莉愛はん、お客様?」
「はい、奥様。本日お泊りになられる、朋美様のご友人方です」
「お久しぶりやで、奏芽さん」
「また来てくれて嬉しいわ、涼葉ちゃん。朋美も喜んどったわよ、また会えるって」
莉愛に続いて、これまた着物を着た50代くらいの年配の女性が出迎えてくれた。莉愛さんが奥様と言っていることを考えると、朋美ちゃんの母親だろう。
「そちらのお二方は、涼葉ちゃんのお友達やろか? 朋美が3人来るって言うとったけど」
「初めまして、私涼葉さんの友達の河澄のり子と申します」
「同じく、高原詩乃と申します。もう一人来るはずだった子は、残念ですが急用で来れなくなってしまって」
「まあ、そら残念。そやけど、ぎょうさんのお友達来てくれて嬉しいわ。ウチ、朋美の母の奏芽と申します。莉愛はん、朋美を呼んできてくれへんかしら?」
「はい、かしこまりました奥様」
そう言い、莉愛は廊下の奥に消えていった。奏芽さんか、人当たりの良い優しそうな人だ。涼葉が言うには朋美ちゃんは素直でとても良い子らしいが、この人に育てられたのなら納得できるな。古風なデザインの着物がよく似合っており、色っぽさを感じさせる美しい大人の女性といった感じである。
「お待たせ~!!」
「朋美ちゃん、久しぶり!!」
「また来てくれておおきに、涼葉ちゃん。今日はゆっくりしていってな」
廊下の奥から莉愛と一緒に、高校生くらいの女の子が元気に走ってきて、涼葉と両手で握手し、再会を喜んでいる。この子が朋美ちゃんなのだろう。莉愛さんや奏芽さんと比べると快活なイメージが強いが、涼葉の言う通り明るく素直そうな子だ。すぐに仲良くなれそうな感じがするとのり子は思った。
「えっと、そちらの人達が、涼葉ちゃんのお友達?」
「うん、のり子ちゃんと詩乃ちゃん。もう一人の萌希ちゃんって子は、来れんなってもうて」
「そうなんや。初めまして、朋美です。今日は来てくださって、おおきに」
「いえ、こちらこそ泊めてくださりありがとうございます。河澄のり子です」
「高原詩乃です。よろしくお願いします、朋美さん」
朋美は背筋を伸ばし、深々と挨拶してくれた。気さくながら、礼儀正しさも持ち合わせている。奏芽さんの教育の賜物ともいえるが、根が良い子なのだろう。
「ウチは高校一年生で年下なんで、敬語は必要あらへんで、朋美でええ。それにしても……涼葉ちゃんが美人はんなんは分かっとったけど、のり子はんと詩乃はんも美人はんだなあ、なんか壮観やなあ」
「朋美ちゃんも十分可愛いと思うけど」
「もう、涼葉ちゃんったら、ウチなんか全然やわぁ」
朋美はそう言うが、涼葉の言う通りだ。派手さはないけど、サラサラのショートボブの黒髪が良く似合う美少女で、あどけない雰囲気も手伝って多くの人に愛されていそうな感じがする。印象で言えば、いりすちゃんだろうか。男子にもモテるだろう。
「夕飯までもう少しかかるさかい、それまでお友達と遊んどき、朋美」
「うん、ありがとおかん。そうや、おねえも紹介したいさかい、こっちに来て」
「お姉さんいるんだ、朋美ちゃん」
「夜美さんって言うたってな、朋美ちゃんの3個上の大学1年生やねん」
「こっちやわぁ。おねえ、今日泊まるウチの友達、来たわぁ」
「もう、朋美ったら。ウチの部屋にわざわざ来んでも、夕食の時に会うやろうに」
明るい茶色のロングボブの髪を揺らし、少し呆れ気味な年上の女性、この人が朋美ちゃんのお姉さんの夜美さんか。清純そうな朋美ちゃんと違って、ちょっと派手めな今時の子って感じだけど……そこは朋美ちゃんのお姉さん、美人だな。
「まだ夕食まで時間あるさかい、それまで一緒に遊ぶねん。そやさかい、おねえも来て」
「しゃあないわな。涼葉ちゃんは知ってるさかいええとして……そちらのお二人はん。ウチ、朋美の姉の夜美です、よろしゅう」
「初めまして、河澄のり子です。よろしくお願いします」
「高原詩乃です、よろしくお願いします」
人懐っこい朋美ちゃんと違って、少し落ち着いた印象があるけど……朋美ちゃんと仲は良さそうだなとのり子は思った。正反対なのが、逆にバランスがとれていて良いのかもしれない。姉妹2人で話しながら歩いていく様子を見て、のり子は微笑みを浮かべた。
礼儀正しく温和な莉愛、包容力があり優しそうな奏芽、仲の良い姉妹である朋美と夜美。魅力的な人達に囲まれた風桜家での夜、きっと良い夜になるだろうとのり子は大きな期待を寄せたのだった。




