のり子達の日常:秘めた想いの行方
「はぁ……」
湯浅愛央は大学に向かう途中、何度もため息をついていた。最も、今日に限った話ではない。7月のあの日から……夏休みが終わった今までずっとだ。どれだけ考えても、どれだけ時が経っても、心の整理がつかないのである。
7月のあの日……大学の知り合いである牧野絵璃奈の栃木県那須高原にある別荘に愛央は同じ大学の仲間4人と遊びに行き、殺人事件に巻き込まれた。殺されたのはその仲間4人の中の根下組美と島松悠都の2人、犯人はやはりその仲間4人の中の1人である成本彰羅……動機は恋人である佐間奈津を殺されたから。
「奈津さん……」
奈津は愛央にとっても大切な人だった、家が近所で小さい頃から憧れていた人。高校は別になってしまったが、大学で再び一緒になり同じ時をまたすごせると思った矢先に起こった悲劇……当時は水難事故と警察は判断し、愛央は大きなショックを受け何度も泣いた。
最も、不審な点が何個かあったこともあり、愛央はあれは本当に事故だったのかと少し疑っていた。とはいえ、少々引っかかる程度のモノであり決定的な証拠があったわけではないので、段々と愛央もそれに関して考えることは少なくなっていた。
「……」
しかし、結果として愛央の疑惑は正解であり、奈津は水難事故ではなく組美と悠都によって殺されていた。偶然にもそれを知ってしまったために彰羅が今回は殺人を犯す結果となったが、もし彰羅ではなく自分が知ってしまっていたら……どうなっていたんだろうと愛央は何度も思い悩んだ。奈津を殺した組美と悠都が憎いのは、愛央も同じだからである。
「私も、彰羅さんと同じ道を歩んでいたかもしれないのかな。でも、私にそんな度胸があるとは、到底……」
基本、愛央が所属していたグループは組美と悠都の身勝手を彰羅が注意して収め、愛央は傍観してるという形が多い、言おうとしてもまず言えないのである。学年が一つ下というのもあるが、臆病な性格が災いしているのが大きい。そんな自分が彰羅と同じことが出来るとは、愛央としては到底思えないのである。
「愛央ちゃん」
「臨さん……こんにちは」
「元気ないね。まだ……引きずっているの?」
「はい……」
大学に着き、同じグループに所属している鹿沼臨に会った。彼女もどちらかといえば組美と悠都の身勝手を傍観していることが多いが、場合によっては注意することもできる。何も出来ないのは自分だけ……その事実が余計、愛央の負い目を深刻にしている。
「悩む気持ちはわかるけどさ、そろそろ整理を付けないとそれこそ彰羅君が心配すると思うよ」
「そうなんですけどね……」
「何も出来なかったって言うなら、それは私だって同じ……愛央ちゃん一人で背負うようなことじゃないよ」
臨は悲しそうな表情を浮かべた。彼女と奈津は高校時代から同級生で仲が良く、やはり奈津を大切に思っていたと愛央は聞いている。組美と悠都のことを憎く思っているのは彼女も同じ……それは愛央も分かっている。だが……
「臨さんはまだ普段から組美さんと悠都さんに言おうと頑張っていたじゃないですか。私は本当に何もしていない……」
「愛央ちゃんは年下だし、親の会社の規模の問題もあるでしょ?」
「……そんなの、言い訳になりませんよ」
愛央のグループの面々は全員、絵璃奈の父の会社と関わりがある会社の子息や息女であり、組美と悠都の会社はその中でも一番規模が大きい。要は親の会社の力の序列の問題ゆえに言いづらいこともあるのであり、年下なことも併せて彰羅や臨には事あるごとに愛央は励まされていた。それは愛央の誠実な人柄による部分も大きいのだが……そうやっていつも自分ばかり守られているのが、逆に彼女が自己嫌悪に陥る原因にもなっていた。
「年下って言っても私だってもう大学生で、親の会社の規模の問題は彰羅さんも臨さんも同じです。彰羅さんは私を真っすぐだって言ってくれましたけど……単に臆病なだけです」
「愛央ちゃん……まさかとは思うけど、自分が代わりに殺せばよかったとか思ってないよね?」
「そこまではさすがに……どんな理由があろうと、殺人はしてはいけないですし」
臨は真剣な目で愛央に尋ね、返事を聞いてホッとしていた。愛央とて殺人という手段を取ってしまった彰羅がやり方を間違えたということは分かっており、殺人を肯定するつもりはない。だが……
「……奈津さんのために何か行動を起こしたという事実だけは称賛されるべきと思っていますけど」
「……まあね」
臨もそれに関しては否定する気はないようだ。結局彰羅だけが泥を被った形であり、同じ事情であるはずの臨と愛央だけこうして平穏な日常に戻っている。これに関して悩んでいるのは、臨も同じなのだろう。
「どうしてずっと頑張ってきた彰羅さんが泥を被って、何もしていない私が得をしているんですか? 私が言うなんてどの口がって話ですけど……おかしいですよ」
「……それが法律、だとしか」
「……残酷ですね、法律って」
殺人という手段は間違っていたとはいえ、普段から勇気を出して組美と悠都と戦い、愛する人のために一人で行動を起こした彰羅がただ殺人者として裁かれるだけというのが愛央にとっては納得がいかなかった。
事情を知っている自分はせめて味方でいたい。いや、味方なんて言葉じゃ片付けられないか……愛央も自分の気持ちは自覚していた。だからこそ、彰羅が連行されていく時に自分の気持ちを伝えようとした。だが……彰羅は愛央が言い終わる前に姿を消した。気を、使ったのだろう……殺人者である自分ともう関わらない方が良いと。
「愛央ちゃんは……好きなんでしょ、彰羅君のこと」
「……はい。でも、彰羅さんは今でも奈津さんのことを」
「今は、ね。これからもずっと忘れないと思うよ。だけど今いる人を大切にしたいって気持ちもあるだろうし、少なくとも愛央ちゃんのことは大切に思ってると思うよ」
「……」
「恋愛は自由だよ、愛央ちゃん。資格があるかとか釣り合うかどうかとか、そんなの関係ない。奈津がいない今、彰羅君を一番支えることが出来るのは……」
「ちょっと……考えさせてください」
愛央は臨に挨拶をし、その場を離れた。臨がどこか言い悩んでいるように見えたのが気になったが、どう答えたらいいのか分からなくなってしまったので逃げてしまったのだ。本当に……どこまで自分は臆病なのだろうか。愛央は自分自身に呆れるしかなかった。
***
気分転換に飲み物でも買おうかと自動販売機に向かったところで、愛央は見知った顔を見つけた。正直……今は会いたくなかった。
「愛央ちゃん!?」
「お久しぶりです……絵璃奈さん」
「何飲みたい? おごるよ」
「そんな、悪いですよ」
「いいからいいから、気にしないで」
愛央は断ろうとしたが、絵璃奈の気さくな笑顔に押されて結局おごってもらうことになった。2人は飲み物を持って近くのベンチに座り、少し喉を潤したところで愛央が口を開いた。
「……恨んでいないんですか、私のこと」
「愛央ちゃんを恨む? どうして?」
「私達のグループがいつも迷惑かけてて。先日は瑠璃香さんを殺しかけて、亜璃栖ちゃんや絵璃奈さんにも悲しい思いをさせましたし」
「迷惑かけてたのは組美さんと悠都君でしょ。瑠璃香姉さんを殺しかけたのは彰羅君だし、実際は殺すのをためらって止めたわけで。何も感じないわけじゃないけど……愛央ちゃんを恨むことにはつながらないでしょ」
本当に素敵な人だ、愛央は改めて絵璃奈のことを尊敬した。とびきり綺麗で可愛くて、優しくてしっかりしていて……恨むどころかこちらを気遣ってくれて。自分とは大違いだ……愛央は改めて自分を情けなく思った。
「どうして……こんなに差があるんでしょうね」
「差って、何の差?」
「すべてです。女性としての魅力も、人としての器も、何もかも。ずっと上じゃないですか、絵璃奈さんの方が」
「それはさすがに自分を卑下しすぎだよ。愛央ちゃんは可愛いし、優しくていい子じゃない」
実際、愛央は世間一般的に見ても可愛い部類に入り、周囲の男性にも結構人気がある。人柄にしても誠実だと思っているのは彰羅と臨だけではない、絵璃奈もそう思っているからこそ愛央に対して気さくに話しかけてくるのだろう。
「私が優しい、ですか……絵璃奈さんだけじゃなく彰羅さんも臨さんも私を持ち上げてくれますけど、本当にただ私は臆病なだけで」
「……臆病でも、人のことを気遣えるのは優しさだよ、愛央ちゃん。自分のことを責めるのもね」
「絵璃奈さん?」
「強くなるってそんな簡単じゃないよ、だからみんな苦労するわけだし。愛央ちゃんは少なくとも……強くならなきゃとは思っているんでしょ?」
「……はい」
「なら良いじゃない。心意気はある、なら次は行動する、段階踏んで成長していけば」
……本当に、そういうところが敵わないんですよと愛央は思った。実際は思うばかりで行動できないのに、少しでも良い所を見つけて成長に結びつけようとしてくれる絵璃奈の導きが愛央にとっては眩しかった。
「……ありがとうございます。私、頑張ってみます。絵璃奈さんにも臨さんにもこれだけ気遣ってもらって、何もしないってことは出来ないですから」
「うん、頑張って。だからさ、彰羅君と比較して引け目を感じたりはしなくていいんだよ」
「え……?」
「言っていたでしょ、彼だけ泥を被って自分は情けなくて酷いって」
「それは……」
「まずそういう風に思わないこと、それじゃ逆に彼が報われないよ。愛央ちゃんが彼のこと好きなら猶更だよ、自分を不幸にしちゃダメ。彼が愛央ちゃんの不幸、望んでいると思う?」
……愛央はもう降参するしかなかった。この人のことを信じて進んでみよう、そうはっきりと思えた。
「はい……分かりました」
「うん、よろしい。それにね、あんまりグズグズしていると誰かさんに先越されちゃうかもよ?」
「え……まさか、絵璃奈さんも彰羅さんのことを!!??」
「違う違う、それはない。てか、私じゃなかったら誰かなんて……分かるよね?」
「あ……」
愛央は改めて、先程の違和感を思い出した。あれはそういう……
「ほら、頑張りなさい。お互い、正々堂々」
「……はい!!」
愛央は久しぶりに元気な声で返事をし、駆けていった。その耳に絵璃奈のため息交じりの声が入った気が愛央にはしたが……よく聞こえなかった。
「まったく……あの様子じゃ私に言われるまで気付いてなかったっぽいなあ。優しいけど、そういうことに関しては鈍感なのかなあ。頑張ってね……臨さんも」
正直なところ、未だに彰羅さんと比較して引け目を感じている自分はいる。これは急に変えることは出来ないだろうけど……少なくとも自分で自分を傷つけることはやめよう、それじゃ誰も幸せにならない。
少しずつでもいいから行動していく。辛くても、私の周りには素敵な人達がたくさんいるから……ちょっとは頼っても良いと思う。それで、自分が納得出来る自分になれたら……彰羅さんに気持ちを伝えよう。臨さん……負けないよ、愛央は晴れやかな顔で誓った。
~『のり子達の日常:秘めた想いの行方』 完~
読んでくださり、ありがとうございました。
今回は『青空別荘殺人事件』の後日談となります。
一時的に離れても、またいつか再び紡がれるであろう3人の物語、その準備段階と言ったところでしょうか。




