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生贄の主殺人事件⑥(続く悲劇)

 翌日、今井刑事から再び電話がかかってきた。しかも同じく早朝に、である。のり子は嫌な予感しかしない中、通話ボタンを押した。


「もしもし、今井刑事。まさか……」

「……そのまさかだよ、のり子君。2人目の犠牲者が出た、しかもまた君の学校の生徒だ。今度は3年生の子だな」


 のり子の顔は再び真っ青になった。前回ほど慌てていないのは、3年生の子だと聞いたからだ。今井刑事ものり子のことを気遣って、先に言ってくれたのだろう。


「誰、ですか?」

沼井美琴(ぬまい みこと)。現場には今回も【生贄の主】と書かれたメモが残されていたようだ」


 おそらく連続殺人に発展する、のり子自身そう思っていたが出来ればそうなってほしくなかった。今回ばかりは推理が外れてほしい、そう思ったが……現実は非情だった。


「どうして……一昨日まではあんなに平和だったのに」


 のり子は突きつけられた現実を恨んだ。親しい友人と笑ってすごす毎日、派手ではないがささやかな幸せが楽しい日常、それはこんなにも簡単に崩れてしまうものなのかと。そして、悪夢は更に肥大化していくのだった……


***


「3人目の……犠牲者?」

「ああ、石堂渚紗(いしどう なぎさ)、1年生だ。君の……学校の生徒だよ」


 その更に翌日、またしても今井刑事から【生贄の主】の犠牲者の名前を告げられた。毎朝告げられる悪夢のモーニングコール、これ程目覚めが悪いモノもないだろう。


「……すいません、ちょっと待ってもらっていいですか? 一人に、させてください」

「分かった、また1時間後くらいに電話する」

「ご迷惑かけてすいません」

「気にすることはない。君はまだ幼い、こんな事件が立て続けに起こって平常心でいろという方が無茶だ」


 今井刑事の心遣いが、のり子の心に沁みる。精神的にまいっていたのり子にとって、この上ない清涼剤だ。彼からのモーニングコールは、非常に目覚めが良いモノだった。


***


 今井刑事から事件の概要を聞き、のり子は学園に向かった。第2、第3の殺人とも手口は第1の殺人と同じ、下校途中に襲われ左胸をナイフで一突きされての失血死だ。場所も犠牲者の下校ルートの途中の比較的人が少ない地点であり、時間帯もそれぞれ19:00~20:00に18:30~19:30とさほど変わらない。時間帯的に暗くなっているため、やはり目撃者はいないとか。そして


「やっぱり【生贄の主】のメモが残されている、か。一体何のための生贄なんだろう?」


 のり子としてはやはりそこが気になった。三咲が言っていた神への捧げものという線が薄くなった今、別の意味を考える必要がある。何せ証拠も目撃者も未だに見つからないのだ、切り口があるとすればそこだろう。


「それに……何だろう、さっきから感じるこの違和感」


 今井刑事から事件の概要を聞いてから、ずっとのり子の中で何かがひっかかっていた。警察の見解は変わらず通り魔殺人、状況からすれば妥当だろう。のり子もそう思っていたのだが……もやもやした思いは晴れないまま、学園に到着した。


「おはよ~」


 教室に到着したのり子だったが……もはやそこはお通夜会場の様だった。それはそうだろう、3日連続で同じ学園に通う生徒が殺害されているのだ、不安と悲しみの渦は教室全体を覆うまでになっていた。


「おはようのり子。聞くまでも……ないよね?」

「うん……また殺されたんでしょ、今度は1年生の子が」


 気遣い上手のさくらだが、今回ばかりは逆に支えが欲しいという感じで憔悴していた。人生経験豊かな今井刑事に励まされている自分はまだ恵まれているのかもしれない、のり子はそう感じたのだった。


「本当に何なのよ……もうヤダ、限界」

「心美、大丈夫? 辛いなら保健室行く? 付き合うよ」

「……ごめん、お願いできる?」


 辛そうな心美を連れて、詩乃は保健室に向かった。勝気な心美だが、実は案外打たれ弱く、その度に詩乃が支えている。詩乃は大人しいイメージだが、芯は割と強いのだ。


「大丈夫かな心美ちゃん……心配」

「まあ、詩乃がいれば大丈夫でしょ」


 何だかんだで、詩乃は心美の最大の理解者だ。萌希もそれもそうだねと少し安心したようで、何よりである。


「そうだのり子、ちょっと織絵のところに行ってくれないかな」

「織絵ちゃんのところに?」

「ほら、同じ1年生の子が殺されたじゃない。明るい織絵もさすがにちょっと落ち込んでるみたいでさ……のり子は頼りになるから、織絵も安心すると思うのよね」


 そういえば、1年生となると織絵ちゃんと同学年か……天真爛漫な織絵だが、さすがに3人も犠牲者が出て、自分と同じ学年の子まで殺されたとなればさすがに平常心ではいられないようだ。


「了解、任せてすみれ」

「ありがとうのり子、本当に」


 のり子にとっても織絵は妹みたいな存在だ。妹が落ち込んでいるとなれば、ほおっておくわけにはいかないのである。


***


 昼休みになり、のり子は織絵のいる1年E組に向かった。教室の中を覗き込んでみると、やはりというかなんというか……のり子の教室と同じような雰囲気だった。クラスメイトではないとはいえ、直近で殺されたのが1年生の子だというのが響いているのだろう、その暗さはのり子の教室以上かもしれない。


「えっと、織絵ちゃんは」

「あ、のり子先輩。織絵ですか?」

「うん、ちょっと話があって」


 のり子を出迎えてくれたのは朝福いりす(あさふく いりす)、織絵のクラスメイトだ。織絵と同じバドミントン部に所属しており、一番の仲良しである。織絵に用があって教室に行くと大抵一緒にいるので、のり子も自然と仲良くなった。黒髪のショートヘアが似合う、快活で素直な子である。


「話ですか、差し支えなければ教えてもらえませんか?」

「すみれから織絵ちゃんが落ち込んでるって聞いてさ、元気出させてあげてって言われたの。私としても織絵ちゃんが暗いのは嫌だし」

「あ~、なるほど、それは私からもお願いしたいです。ただでさえ教室の雰囲気暗いのに、織絵までそうだから真っ暗闇なんですよね……」


 のり子は納得した。天真爛漫な織絵は、クラスのムードメーカーだ。そんな織絵まで暗くなっているから、教室の雰囲気の暗さがより増してしまっているのだろう。


「すぐ呼んできます、ちょっと待っててください」

「ありがとう、いりすちゃん」


 いりすはそう告げて織絵を呼びに行った。織絵は机に座って下を向いていた、いつもは友達に囲まれて楽しく喋っているのに……いりすの声に気付き、のり子のところにやってきた。


「わざわざ来てくださってありがとうございます、のり子さん」

「気にしないで。すみれも私も心配だからさ」

「……すいません、ただでさえ普段から色々迷惑をかけているのに」

「何言ってるの、こっちも織絵ちゃんの明るさに助けられてるんだし、持ちつ持たれつだよ」


 これはのり子の本音だった、織絵ちゃんの笑顔や明るさは周りの人に元気を与えてくれる。落ち込んでいたり悩んでいたりしても、織絵ちゃんの笑顔を見るだけで何とかなりそうな気がしてくる。これは天性の才能だろう。


「……やっぱり凄いですねのり子さんは、私みたいなお子様とは違います」

「だから、卑下しないの。すみれもきっと怒るよ、そんなこと言ったら」

「ありがとうございます。私の話、聞いていただけますか?」

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