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河澄のり子のこころ旅~心の闇との戦い~  作者: ここグラ
真夏の夜の純愛殺人事件
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真夏の夜の純愛殺人事件③(地獄への入口)

「うーん、美味しかったですねえ、のり子さん」

「そうだね。距離も近いし、夕食もここで良いかも」


 昼食を終え、織絵は満足そうに笑顔を浮かべた。確かにこのレストランの料理は美味しいけど、素敵な高校生カップルと話が弾んだのも満足度を高めてくれたのだろう。笑顔は最高のスパイスとはよく言ったものだ。


「それじゃ、遊びに行きましょうか。使った紙ナプキンとかは良いのかな、このままで」

「それでしたら、私が処理しておきますよ」

「えっと、あなたは?」


 綾乃がテーブルの上のゴミの処理をどうしようか悩んでいると、一人の男性が声をかけた。年齢は20代後半くらいだろうか、着ている服を見るに何かの業者の様だが。


「私はゴミ回収業者の者です。どちらにせよ回収するわけですから、手間が省けますし」

「それでしたら、お願いします」

「かしこまりました。それでは失礼して」


 その男性はテーブルの上のゴミを慣れた手つきで回収し、去っていった。対応は丁寧だったし、これまたなかなかのイケメンだ。胸に着けていたネームプレートには【米緒(よねお)】と書かれていた。


「気が利く人だね、これだけ混んでいるんだからゴミの回収も大変だろうに」

「ああやって縁の下の力持ちで頑張ってくれてる人がいるから、私達はこうやって楽しめるんだよね、感謝しないと」

「うーん、綾乃ちゃんのそういう考え、素晴らしい!!」


 心也と綾乃が先程の業者を褒め、織絵がその姿勢を絶賛した。確かにゴミ処理は人が集まる場所では大切であり、切実な問題だ。汚れるだけに基本やりたがる人は少ないし、のり子も綾乃の考えに感心していた。


「ご利用ありがとうございました。こちら当店で使えるクーポンです、よろしければどうぞ」

「ありがとうございました」


 のり子達は会計を済まし、店を出た。元々夕食もここを利用しと思っていただけに、クーポンを貰えたのはありがたかった。レジを担当してくれた店員の態度もよく、ネームプレートには【前城(まえしろ)】と書かれていた。気持ちよくこの後遊べそうだとのり子は思った。


***


 再び海に戻り、のり子と織絵は綾乃と心也と一緒に遊んでいた。4人になると出来ることも増える、2人ペアでチームを分けてビーチバレーをすることにした。振り分けはもちろんのり子と織絵、綾乃と心也である。


「よっし、1点!!」

「織絵ちゃん、動き良いね」

「これでも運動部だからね!!」


 織絵はそう言って、胸を張った。どちらかといえばインドア系なのり子にとって、バドミントン部に所属している織絵の存在は大きい。


「むむ、心也君、負けてられないよ」

「よし、これからだ!!」


 綾乃の声援に心也が発奮し、反撃してきた。何だかんだで心也は男の子、織絵に負けないほどの動きを見せ、ゲームは白熱し僅差でのり子・織絵ペアの勝ちに終わった。


「あ、綾乃ちゃん、泳ぐの早いね」

「ふふん、水泳は割と得意なんだよね」

「こ、ここは運動部の意地、負けられない!!」

「あはは、私だって負ける気はさらさらないから」


 ビーチバレーの後は、再び海で泳ぐことにした。織絵と綾乃は水遊びと泳ぎを楽しんでいる、すっかり仲良しだ。のり子と心也はそれを砂浜に座って見つめていた。


「織絵ちゃんがエネルギッシュなのは分かっていたけど、綾乃ちゃんも結構活発だね、おしとやかな印象があるけど」

「綾乃は好きなことになると、結構無邪気にはしゃぐ方なんですよ」

「そういうところも素朴で可愛いね。何というか、恋のライバル多かったんじゃない?」

「まあ、確かにクラスでもかなりモテてましたからね、綾乃は。それだけに、俺を選んでくれたのは本当に感謝してもしきれないと言いますか」


 のり子も今はすっかり綾乃と心也と打ち解け、敬語も無くなっている。この2人といると本当に気持ちが良い、どこまでも真っすぐな心に癒される気がするのだ。


「心也君はカッコいいし優しいし、綾乃ちゃんが選んだのも不思議じゃないと思うけどな」

「そ、そうですか? 俺としては、織絵ちゃんがのり子さんを慕っているのも不思議じゃないと思いますが」

「そんなものかね。私の高校は女子高だけど、織絵ちゃん女性にもモテモテなんだよ?」

「まあ、あれだけ飛び抜けて可愛くて性格もよければ当然でしょうね。ですけど、こうして話していてものり子さんは魅力的な方だと感じますよ。同じ目線で常に自分より相手のことを考えてくれていると言いますか。言うのは簡単ですけど、なかなか出来ないことです」

「そ、そう言われると恥ずかしくなってくるような」

「綾乃が俺を選んでくれたのは不思議じゃないと言ってくれたのはのり子さんですよ」


 これはまた手痛いカウンターを喰らったとのり子は思った。一方で心也と話してみて、なぜ綾乃が心也を選んだのか、のり子は分かった気がした。カッコいいだけじゃなく、相手の本質をしっかり見て真っすぐ向き合える心、これもまたなかなか持てるものじゃない。


「ちょっとのり子さん、心也君と随分仲良さそうに見えるんですけど?」

「いや、別に世間話してただけだよ。織絵ちゃんは可愛いとか」

「むー、可愛いって言えば何でも許されるわけじゃないですからね」


 織絵は泳ぐのをやめ、頬を膨らませてヤキモチを妬いていた。とはいえ別に本気で怒っているわけではない、一種のじゃれ合いのようなものである。


「心也君もだよ、のり子さんと随分楽しそうに喋ってるみたいだけど?」

「いや、ちょっと綾乃のことを話してただけだよ。綾乃はモテるとか」

「……ほ、褒めて誤魔化そうとしてない?」


 綾乃も頬を膨らませてヤキモチを妬いているが、これもどう見ても本気で怒ってはいない。やはりじゃれ合いの一種である。


「大丈夫だよ綾乃ちゃん、本当に何もないから」

「そ、そうですか?」

「心配しなくても、心也君は綾乃ちゃん一筋だよ」

「……それは信じてますけど」


 のり子が綾乃に近づき、ヒソヒソ声で伝え、綾乃は目を丸くし頬を真っ赤に染めた。何というか、心也が綾乃を選んだ理由ものり子は分かった気がした。この子は可愛さの塊だ、見た目だけじゃなく心も。一緒にいて穏やかで温かい気持ちにさせてくれる、惹かれるわけだ。


***


 その後、のり子達4人は日が暮れるまで思いっきり遊び、夕食を取るために昼食を取ったレストランに再び来ていた。


「それにしても織絵ちゃんって本当に華やかだよね、初めて見た時もそこだけキラキラしているような感じだったし」

「もう、大袈裟だよ綾乃ちゃん」

「いや、それは違うよ織絵ちゃん。織絵ちゃんのスター性の凄さはみんな認めてるし」

「のり子さんまで。お姉ちゃんが大袈裟に言ってるんじゃないですか?」

「織絵ちゃんのお姉さんって、どんな人なの?」

「まあ、美人で優しくて自慢の姉なんだけど……過保護すぎるのが問題で」


 綾乃からの質問に、織絵は頭を抱えて答えた。事情を知っているのり子は、うんうんと頭を何度も縦に振った。


「うーん、でも織絵ちゃんみたいな可愛い妹がいたら、私も猫可愛がりしちゃうかも」

「どこに行ってもモテモテだろうから、悪い虫が付かないか心配になるしなあ」

「私としては、心也君が織絵ちゃんに浮気しないかの方が心配なんだけど?」

「いや、のり子さんの時もそうだけど、しないって」

「ふふ、分かってる、冗談だよ」


 食事をしながら4人で談笑していた時、近くのテーブルで2人組が物騒な話をしているのをのり子は聞いた。


「ねえ、3日前にこの町で殺人事件が起きたんだって」

「えー、何だか怖い」

「殺されたのは20代前半くらいの女性でね、全身数十か所を滅多刺しにされてたんだって」

「うーん……今日は早めにホテルに戻ろうよ」


 殺人事件……しかも3日前にこの町でか。詳細が分からないだけに何とも言えないけど、手口的に通り魔の犯行っぽいな。


「物騒な話だな」

「……何だか怖いよ、心也君」

「綾乃……」


 綾乃と心也にも聞こえたのだろう、顔を青くして震えている綾乃を心也は心配そうに見つめていた。


「綾乃ちゃん、心配しないで。私達にはのり子さんがいるから」

「織絵ちゃん……?」

「のり子さんはとても頼りになるんだよ。それに心也君もいるんだし、大丈夫」

「……そうだね」


 織絵の言葉で、綾乃に再び笑顔が戻った。さすがにのり子が探偵だということは織絵も話さなかった、こればっかりは軽はずみに話せることではないからだ。


「頼りにしてくれるのは嬉しいけど、早めにホテルに戻った方が良いのは確かだと思うよ。私も女だから、凶器持った犯人には勝てないし」

「……そうですね。綾乃ちゃん、泊まるホテルはどこ?」

「Bホテルだよ」

「なら、途中まで4人一緒に行けそうだね」


 のり子と織絵が泊るAホテルと、綾乃と心也が泊るBホテルはそれなりに近くにある。途中で通る森林公園までは4人一緒に行けるだろう、のり子は少しホッとした。


***


「それじゃ、また明日ね、綾乃ちゃん」

「うん、明日も一緒に遊ぼう、織絵ちゃん」


 のり子達4人は森林公園の途中まで無事に来ることが出来た。ここからは道が分かれることになる、織絵と綾乃は改めて明日もまた会う約束をした。


「あ、そういえば日付が変わったら2人が恋人同士になってから2周年になるんだったね」

「そうですね。今夜は2人でお祝いしようと思っています」


 ふと思い出したので、のり子は綾乃に話を振り、綾乃は恥ずかしそうに答えた。うーん、これは明日は話のネタに困らなそうだな。


「わお!! それじゃ、明日は4人でお祝いするとして、今夜は2人で楽しんでね♪」

「な、何だか面白がってないかな、織絵ちゃん。でもまあ……ありがとう」


 織絵は少し小悪魔チックに心也に話を振り、心也は少し困った顔をしたが、すぐに穏やかな顔になってお礼を言った。明日が楽しみだ、のり子はそう思い2人に別れを告げた。


***


 のり子と織絵はホテルに着き、部屋で休んでいた。今日は楽しい思い出ばかりだった、明日も非常に楽しみなのだが……のり子はどこか胸の奥に不安を感じていた。


「どうしたんですか、のり子さん。何だか元気ないですけど」

「……ちょっとね」


 この嫌な感じの正体……そうか、思い出した。数か月前に起きた恐ろしい大規模連続殺人事件で、詩乃から電話がかかってきた時と似ている。あの時、のり子は泣きじゃくる詩乃から心美が殺されたことを伝えられ、急いで現場に行ったが無情にも心美は死んでいた。


 あの時のことは、今でものり子のトラウマになっている。どうして今になって再び、あの嫌な感覚が……のり子の頭の中は嫌な予感で満たされていた、その時だった。


ピリリリリ!!!!


 静寂を破るように、のり子のスマホの着信音が鳴り響いた。あの時と同じ……のり子は画面を覗き込んだ。


「心也君?」


 レストランで4人で夕食を取った時、電話番号を交換したのだが……のり子はスマホを手に取り、通話ボタンを押した。


「もしもし?」

「のり子さん!!?? お願いです、すぐに来てください!!」


 声を聞くだけでも、心也が相当に動揺しているのが分かる。これは……ただごとじゃない。


「何があったの?」

「綾乃が……綾乃がいないんです!!」

「綾乃ちゃんがいない……どういうこと!?」

「ホテルに帰る途中に綾乃がトイレに行きたくなって、森林公園のトイレの前で俺が見張っていたんです。そうしたら後頭部を誰かに殴られて、気を失って……意識が戻ってすぐにトイレと周辺を探したんですけど、綾乃はどこにもいなくて」


 綾乃ちゃんが行方不明……しかも心也君が後頭部を殴られて気絶した後に。のり子の顔はどんどん青くなっていき、最悪の可能性が頭に浮かんだ。


「電話はしたの? ホテルに戻っているとかは?」

「電話は何度もしたんですけど、通じなくて。ホテルにも問い合わせたんですけど、いないそうです」

「……分かった、今すぐ行く。心也君は森林公園に向かって」

「分かりました」


 のり子は電話を切った。会話を聞いていた織絵が、のり子と同じく顔を真っ青にして聞いてきた。


「のり子さん、綾乃ちゃんがいないって……」

「織絵ちゃん、すぐに森林公園に行くよ、綾乃ちゃんを探すの!!」

「は、はい!!」


 のり子と織絵は急いで森林公園に行き、心也と合流した。二手に分かれて探すことになり、東方面はのり子と織絵、西方面は心也が担当することになった。森林公園内に綾乃を探す声が響き渡った。


 この森林公園はそれなりに大きく、道も複数方面に分かれているために夜の暗闇もあって捜索は難航していた。急がなければいけない……分かれ道に差し掛かり、織絵がのり子に提案した。


「のり子さん、私はこっちを探します。のり子さんは向こうをお願いします」


 手分けすれば確かに効率は良い、時は一刻を争うわけだし理には適っている。だけど……それは織絵ちゃんを一人にすることになる。のり子の探偵としての直感が、危険信号を告げた。


「ダメ!!」

「ど、どうしてですか? そっちの方が効率が」

「織絵ちゃんを一人には出来ない。お願い、従って!!」

「わ……分かりました」


 一人にしているという意味では心也君もそうだけど、犯人は心也君を気絶させただけであり、それ以上の危害は加えなかった。なら、おそらく大丈夫だろう。


「のり子さん、もしかしてこれってさっきレストランで聞いた3日前に起きた殺人事件と何か関係が……」

「……それは分からない」


 織絵が不安に溢れた声でのり子に尋ねてきた。織絵も分かっているのだろう、もし関係があるのであればそれがそういう意味を持つのか……まだ何も分からない以上、曖昧な返答をのり子はするしかなかった。その時、のり子の持つ懐中電灯の光が何かを照らした。


「……」

「のり子さん?」

「ちょっとここにいて、織絵ちゃん。何かあったらすぐに声をあげて」

「は、はい」


 織絵をその場に残し、のり子は懐中電灯で照らした場所に静かに歩いて行った。その場所は……広範囲に渡って真っ赤に染まっていた。


「これは……血!? しかも凄い出血量」


 ここまでの出血量となると、頸動脈を切り裂くか数十回程滅多刺しにしない限り不可能だ。……数十回滅多刺し? まさか……まさか……のり子の顔が更に青くなった時、何かを前方に確認した。


「……人?」


 誰かが地面に倒れている、周辺は血の海状態だ。のり子の心臓は今にも破裂してしまいそうな程バクバクし、冷や汗が滝のように流れている。のり子は震える手に持った懐中電灯で、その人物の全身を恐る恐る照らした。


「!!!!」


 のり子の目はこれ以上ない程大きく見開かれ、手から懐中電灯が落ちた。地面に落ちた懐中電灯が照らした人物は……間違いなく、綾乃だった。可愛らしい水色のワンピースは血で完全に真っ赤に染まり、死んでいるのは誰の目から見ても明らかだった……


「綾乃ちゃん……そんな……そんな」

「のり子さん!!」

「織絵ちゃん……?」


 のり子が大粒の涙を流して悲しんでいると、織絵が様子を見に来た。のり子はすぐに織絵を抱きしめ、綾乃の死体を見せないようにした。


「の、のり子さん!?」

「織絵ちゃん、ダメ!! 見ちゃ……ダメ」


 織絵は最初こそ戸惑っていたが、すぐに冷静さを取り戻し、のり子の警告を振り切って綾乃の死体に目を向けた。そして……のり子以上に顔を真っ青にし、目を大きく見開いた。


「綾乃、ちゃん……?」

「……」

「嘘……嘘……こんなこと……こんなこと……」


 織絵の目からは大粒の涙が溢れて流れ、止まらなかった。体はガタガタと震え、巨大な悲しみを抑えていたダムはすぐに決壊した。


「いや……いやああああ!!!!」


 織絵は天まで届くほどの大きな悲鳴をあげた。そして、あまりの悲しみに耐えられなくなったのか、気を失ってその場に倒れた。


「織絵ちゃん!!?? しっかりして、織絵ちゃん!!!!」


 のり子は織絵を抱きかかえ、名前を呼び続けた。こうして、幸せに満ち溢れた一人の少女の命は、真夏の夜に儚く消えたのだった……

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