真夏の夜の純愛殺人事件②(素敵な高校生カップル)
電車を乗り継ぎ、のり子と織絵は海に着いた。のり子が住んでいる地域から手軽に行ける距離の場所としては結構有名な海水浴場であり、夏休みということもあって観光客で溢れていた。更衣室でのり子は水着に着替え、外で織絵を待っていた。
「まだかな、織絵ちゃん」
同じ女性なのだから、外で待ち合わせなどする必要はないのだが、織絵の希望でこういう形になった。彼女いわく『サプライズです!!』とのことらしいが……
「お待たせしました、のり子さん」
「……」
「どうしたんですか?」
織絵が言葉を失って固まっているのり子を不思議そうに見つめている。のり子は織絵の言葉でハッと我に返り、ため息をついて頭を抱えた。これじゃすみれをシスコンお姉ちゃんとからかえないなと思ったが、正直今はそんなことはどうでもよかった。
織絵はピンクのビキニを着ていた。色はワンピースと統一したのだろうが、それにしてもびっくりする程良く似合う。ピンク色といいワンピースといいビキニといい、どれも女の子らしい王道の可愛さを強調するものだが、それがどれもこれだけ似合うのは正直ズルいレベルである。同じ女として、嫉妬せざるを得ないとのり子は思ったのだった。
「あ、さては私に見とれてますね、新しく買ったんですよこれ」
「まあ、そういうことだね」
「……あの、のり子さん、今日はどうしたんですか? さっきもそうですけど、ちょっとは茶化してくれないとこう、調子が狂ってしまうといいますか」
「そりゃ、今日の織絵ちゃんの可愛さは茶化せるレベルじゃないからね」
「……じ、時間もないですし、早く泳ぎに行きましょう!!」
織絵は明らかに動揺した様子で顔を赤くし、顔を背けて海の方へ駆けて行った。サプライズでのり子を驚かせようとしたが、予想外のリアクションで逆にカウンターを喰らってしまったという感じだ。そういう反応すらも可愛いなとのり子は思いつつ、織絵を追って泳ぎに向かったのだった。
***
ようやく落ち着きを取り戻した織絵と一緒に泳いだり水を掛け合ったりして、のり子は海を楽しんだ。炎天下の快晴のもと、太陽のように明るく可愛い後輩が目の前ではしゃいでいる、まるで太陽が2個あるかのような眩しさをのり子は感じた。
目一杯泳ぎや水遊びを満喫した後、のり子と織絵は海岸線を2人でゆっくり歩いていた。『これだけ大きな海水浴場なんですから、探検しましょう!!』という織絵の提案である。先程からのり子はあることを思っていた……やたらと視線を感じると。
「さすがは織絵ちゃんだなあ」
多くの男性の視線が、織絵に集まっている。飛び抜けた可愛さと抜群のスタイルを持ち、しかも王道のピンク色のビキニを着ている、注目を集めないわけがない。更に凄いのはその視線が男性だけじゃなく女性からのも多いということだ、のり子は改めて織絵の天性のスター性の凄さを実感した。
のり子の仲間内で一番の美人と評判なのはすみれだが、そのすみれですら『人を惹きつける魅力に関しては、織絵には敵わない』と称賛する程である。最も、あのシスコンお姉ちゃんの言うことなだけに贔屓も随分あるだろうけど、あながち間違いではないだろう。少なくとも、今まで会った人で織絵ちゃん以上のスター性を持つ人を私は知らない。
「どうしたんですかのり子さん、私のことジロジロ見て」
「やっぱり織絵ちゃんは凄いなって思って、みんな織絵ちゃんのこと見てるし」
「うーん……でものり子さんのこと見ている人も、結構いますよ」
「へ? いやいや、いないでしょ、そんな人」
「いますよ、のり子さん美人だし今日の白ビキニもとても似合っていますし。もう、お姉ちゃんが度々『のり子は自分のことを過小評価しすぎだ』って言っていますけど、その通りですね」
織絵はそう言って、頬を膨らませた。のり子を慕っている織絵としては、例え本人であっても否定してほしくないのだろう。それに一番視線を集めているのは確かに織絵だが、のり子を見ている人も男女問わず多いのは事実である。
のり子としては今日の水着は特に意識して選んだつもりはないのだが、のり子レベルの可愛さに王道の白ビキニが合わされば、注目を集めるのは当然だ。のり子が自分の女の子らしさに自信を持てないのは周囲の人も分かってはおり、そういう奥ゆかしさものり子の魅力ではあるのだが、さすがにそろそろ自覚してほしいという周囲の人の思いもあるのだ。
「そんなものなのかねえ」
「そうですよ。行き過ぎた謙遜は罪ですよ、のり子さん」
別に謙遜しているわけじゃないんだけどなあ思いつつ、そうやって自分の魅力をとことん信じてくれる後輩がいることにのり子は嬉しさを感じてもいた。
***
正午を過ぎ、のり子と織絵は近くにあるレストランに来ていた。大きなレストランだが立地条件の良さもあって、店内はかなり混雑していた。これはテーブルに相席も覚悟しないといけない状況だとのり子は思ったが、幸いにも空いているテーブルに座ることが出来た。
「ラッキーでしたね、のり子さん」
「でもこの混み具合じゃ、後から来る人と一緒は避けられないと思うよ」
「むー……のり子さんと2人っきりが良いのに」
その気持ちは嬉しいけど、さすがにこの状況では仕方がないだろう。程無くして店員が来て、のり子と織絵は注文を告げた。
「かしこまりました。少々お待ちください」
男性店員は一礼し、去っていった。今時の派手な大学生といった印象だったが、接客そのものはそれなりに洗練されていた。顔も整っていたし、モテそうな男という感じだ。胸に着けていたネームプレートには【類瀬】と書かれていた。
「あ、のり子さん、今の店員さんに見惚れていませんでしたか?」
「そんなことないけど」
「もう、駄目ですよ、私と2人っきりの旅行なのに」
織絵はジト目でのり子を見つめ、明らかにヤキモチを妬いている。実際のところ、のり子は織絵のことをとても大切に思っており、イケメンに会ったくらいで疎かに扱ったりなどは絶対にしないのだが、そこは複雑な乙女心である。
「あの、すいません、ここ相席良いですか?」
のり子が織絵のヤキモチに頭を抱えていた時、一人の女の子が声をかけてきた。高校生くらいだろうか、初々しさがあるところを見るに織絵ちゃんと同じ1年生かもしれない。同じく初々しさを感じさせる男の子と一緒だ。兄妹には見えない、カップルだろうか。
「もちろん良いですよ」
「助かります、どこも満席でしたから」
男の子は頭を下げ、お礼を言った。女の子も男の子も礼儀正しく、人の好さを感じさせる。のり子と2人っきりを望んでいた織絵も、特に悪い印象を抱いている様子はない。
「お二人は姉妹ですか?」
「いえ、同じ高校の先輩と後輩です。私の親友の妹でして」
「そうなんですか。私は夢井綾乃と言います、高校1年生で隣の彼とはクラスメイトでして」
とても可愛らしい子だ、のり子はそう思った。明るめの茶色のゆるふわセミロングヘアーに、水色のワンピースがとてもよく似合っている。クラスでアイドル扱いされても不思議じゃないくらいに顔が可愛いのに加え、笑顔がとても魅力的で所作の一つ一つが愛らしい。恵まれたルックスだけじゃなく、性格の良さがそれを彩っているのだろう。
「俺は緋川心也です。綾乃とはその……恋人同士でして」
親しみやすい男性だ、のり子はそう思った。多くの女性の注目の的、という程の飛び抜けたイケメンではないが、それなりに整った顔立ちに誠実な振舞い、それが逆に嫌味の無い格好良さを感じさせる。恋人として付き合っていくなら、こちらの方が長続きしそうだ。
「やっぱりそうだったんですね、とても仲が良さそうに見えたので。あ、私は絵波織絵、同じ高校1年生です」
「私は河澄のり子、高校2年生です」
「のり子さんに織絵ちゃん、ですね。お二人もとても仲が良さそうに見えますよ、親友の妹ってだけじゃ説明できないくらいに」
「そ、そうですか? ありがとうございます。実際、私にとってのり子さんはただのお姉ちゃんの友達って存在ではないので」
織絵は頬を赤らめ、嬉しそうに語った。織絵がのり子に姉の友達以上の好意を持っているのは周囲の人達にとっては明白だが、こうして第三者にそれを指摘されるのはまた違った喜びがあるのだろう。
「ふふ、のり子さんは幸せ者ですね、こんな可愛い子にこれだけ慕ってもらって」
「……まあ、私にはもったいないくらい織絵ちゃんは魅力的な子だと思いますけど」
「もったいないなんて、ご謙遜を。幸せ者なのは織絵ちゃんも同じです、のり子さんみたいな素敵な先輩がいるわけですから」
「す、素敵だなんてそんな」
「分かってますね、綾乃ちゃん!! そう、のり子さんは素敵な人なんです。なのに、当の本人はまるでその自覚がないのが困りもので」
織絵がドヤ顔でここぞとばかりに、のり子のことを称賛した。そう言われても、こんな華やかな2人の子に囲まれてしまっては、自信を持てという方が無理な話だ。しかし、既に『織絵ちゃん』『綾乃ちゃん』呼びか……この2人は相性が良いのかもしれない。
「そ、それを言うなら心也さんも幸せ者ですね。綾乃さんみたいな可愛い子が彼女で」
「……まあ、確かに俺にはもったいないくらい魅力的な子だと思いますよ、綾乃は」
「も、もう心也君ってば。私だって心也君みたいにカッコいい男の子が彼氏なんて、それこそ幸せ者というか……」
のり子が思わず話を心也に逸らした結果、綾乃と心也はお互いに顔を赤らめて黙ってしまった。何というか、初々しいというか甘酸っぱいというか……青春だなあ。
「な、何だか私達、同じようなこと言っていますね」
「そ、そうだね。案外、似た者同士なのかも」
織絵と綾乃の言葉に、4人全員が揃って笑ってしまった。綾乃ちゃんの言う通り、私達4人はどこか似ているのかもしれない。4人のコップが空に近くなっているのを見計らってか、女性の店員が水を注ぎにやってきた。
「水、入れますか?」
「あ、はい、お願いします」
「失礼します。それでは」
4人分水を注ぎ終え、女性店員は去っていった。真面目な優等生といった印象を受ける、大学生くらいの年齢の子だった。派手さはないが顔は整っており、隠れファンがそれなりにいそうである。胸に着けていたネームプレートには【月島】と書かれていた。
「そういえば、綾乃ちゃんと心也君が恋人同士になったきっかけは何なの?」
「えっと、中学2年生の夏休みなんだけどね。私と心也君はクラスメイトで元々仲が良くて、私の方から思い切って夏祭りに誘ったの。そこで、私が告白してOK貰って……」
「というか、綾乃が誘わなかったら俺の方から誘おうと思っていたし。俺としても、願ったり叶ったりという感じで」
「まさに相思相愛だね!!」
綾乃と心也の甘酸っぱいエピソードに、織絵が満面の笑みではしゃいでいる。既に心也のことも『心也君』呼びであり、敬語も無くなっている。そんな楽しそうな織絵を、のり子は微笑ましい思いで見つめていた。
「受験も2人で一緒の高校に行こうって話になって、一緒に勉強して合格して。今回は高校生になって初めての夏休みってことで、一緒に旅行に行こうってことになったの」
「実は……明日が俺達が恋人同士になって2周年の日なんだ」
「それじゃもしかして、それに合わせて日程を組んで旅行を?」
「そ……そういうことです」
「う……羨ましい!! まさに理想のカップル!!」
のり子の質問に綾乃が恥ずかしそうに答え、織絵がそれを体を震わせて絶賛した。カップル2人の話も確かに甘酸っぱくて素敵だったが、織絵がここまで恋愛話が大好きなのはのり子としても驚きだった。まあ、このカップル2人と気が合うからというのもあるのだろうが。
「あの、この後ですけど、一緒に行動しませんか? 気が合いそうですし、のり子さんと織絵ちゃんの話も聞きたいですから」
「もちろん、構いませんよ。心也さんと織絵ちゃんが良ければ」
「俺は全く問題ありません」
「私ももちろん、問題ありませんよ!!」
思わぬ縁で、素敵な高校生カップルと一緒にのり子と織絵は行動することになった。彼女達の幸せ一杯なところを見ると、こちらも心が満たされる気がする。織絵との旅行一日目、のり子は彼女達みたいに幸せな思い出をたくさん作りたいと満面の笑みを浮かべたのだった。




