真夏の夜の純愛殺人事件①(太陽との夏休み)
「みなさん元気そうで何よりです。残りの夏休みも、有意義なものにしてくださいね。それじゃ、また9月に会いましょう」
のり子の教室に担任の教師の声が響き渡り、彼女は教室を出て行った。今日は夏休みの登校日、要は様子見の日なのでホームルームだけで終わりである。有意義な夏休みね……のり子は今一つピンとこなかった。部活に燃えるとか、話題のイベントに参加するとか、そういう青春だの今時の女子高生だのといったことに疎いからである。
基本、のり子の休日というのは家で推理小説を読んだりサスペンスドラマを観たり、時々来る今井刑事からの依頼で事件の捜査に協力するといったところだ。夏休みだからといってそれが突然変わるわけもなく……とはいえのり子も年頃の女の子だ、他のクラスメイト達が楽しんでいることに興味がないわけではない。
「恋愛、か……」
クラスを見渡すと一番多く聞く話題は、やはりそれである。思春期の女の子の大好物であり、青春の象徴的存在。波後学園は女子高だが、近くに共学の学園もあり、夏休みとなれば出かけた先の男子とひと夏の恋、なんてのは定番だ。当然、のり子も興味はあるのだが……
「私には無縁のことだよね」
推理が恋人、と自虐的に言うことがあるくらいのり子は自分は恋愛に縁がないと思っている。とはいえ、実際はのり子は世間的に見てもかなり可愛い部類に入り、クラスでものり子の可愛さを羨む子は少なくない。
そもそも、有名雑誌【スエジリ】にすみれとともにモデルとしてスカウトされた経験もあるのだから、周囲からすればなぜのり子がそんなに自分に自信が持てないのか不思議なくらいである。その【スエジリ】で起きた殺人事件での経験により、以前よりは自身の女の子としての魅力に自信が持てるようにはなったのだが……根が深い問題である。
「さて、帰って新しい推理小説の続きでも読んで……ん?」
「はぁ……」
ふと目をすみれの方に移すと、大きなため息をついて頭を抱えている。このシスコンお姉ちゃんがこんなに悩むことと言えば、一つしかないだろう。
「どうしたのすみれ、織絵ちゃんと喧嘩でもした?」
「違うわよ」
「じゃ、織絵ちゃんが最近あまり構ってくれなくて寂しいとか?」
「それも違う。てか、どうして織絵のことだって決めつけるのよ」
「じゃ、違うの?」
いや、普通そう思うだろとのり子が心の中でツッコんでいると、詩乃がいつの間にか話に加わってきた。
「……違わないけどさ」
「ほら、やっぱり」
「……そんなに私って、織絵のことばかり考えているように見えるかなあ」
「うん、見える」
やはりいつの間にか話に加わっていた萌希が、全く迷いのない返事をした。のり子と詩乃もうんうんという感じで、頭を縦に振っていた。このシスコンお姉ちゃんが、何を今更という表情である。
「うぐぐ……」
「で、織絵ちゃんがどうしたの?」
「……本人に聞けばわかるわよ」
「え、本人って」
「こんにちはー、先輩方!!」
のり子がすみれの答えに首をかしげていると、教室の扉が開かれて一人の生徒が入ってきた。クラスの誰もが彼女に目を向けている、そんな天性のスター性を持つ子は一人しかいないだろう。
「こんにちは、織絵ちゃん。すみれが織絵ちゃんのことで悩んでるみたいだけど、何か知ってる?」
「あー、のり子さんのことでですね」
「私のこと?」
「はい。のり子さん……私と2人で海に行きませんか!!」
「……ええ!!??」
織絵の突然の爆弾発言に、のり子だけじゃなく教室にいる全員が目を丸くして驚いた。織絵はのり子のクラスのマスコットみたいなものだ、無理もない。
「海って……つまり旅行?」
「はい、今週末に2泊3泊辺りで」
「す、すみれも一緒とかじゃなくて?」
「違いますよ、私とのり子さんの2人っきりです!!」
「な、何でまた急にそんなこと」
のり子が状況を理解できずにいると、織絵は可愛らしく頬をぷくっと膨らませて、少し濃いめの茶色のゆるふわミディアムヘアーをいじりながら不満げに言った。
「のり子さん、先日いりすと2人っきりで旅行行ったじゃないですか。それから妙にいりすと仲良くないですか?」
「いや、あれは色々な事情が重なって2人で行くことになっただけで。それに、そんな特別に仲が良いわけでは」
「いいえ、明らかに以前より話す機会増えたじゃないですか。いりすも何だか前にも増して楽しそうですし」
のり子としては今一つ実感できないのだが……でも確かにあの旅行に行ってから、いりすちゃんと話すことが多くなった気がしないでもないなあ。
「いりすばっかりズルいですよ、私とも一緒に行ってください!!」
「いや、そう言われてもねえ」
「……それにですね」
「?」
それまでの嫉妬心を前面に出した態度とは一変して、織絵は他の人に聞こえないように小声で呟いた。
「命を救ってもらったお礼、まだしてないじゃないですか」
「……分かった、2人っきりで行こう」
「ちょ、のり子!!??」
すみれはのり子の返事が予想外だったのか、目を丸くして心底驚いたような声をあげた。だが、さすがにそういう理由では断ることは出来ない。数か月前に起きた大規模連続殺人事件で瀕死の重傷を負った織絵が助かった時の喜びは、今でものり子は忘れていない。
「決まりですね。詳しいことはまた後で話しましょう」
「了解」
「ふふ、楽しみですね。それじゃ、また」
そう言うと、織絵は太陽のような笑顔を浮かべて教室から出て行った。その姿を見送っていたのり子に、背後に炎が見えそうな程の怒りを浮かべたすみれが声をかけた。
「のーりーこー、どういうことなの?」
「いや、別に同性の先輩後輩が一緒に旅行行くだけじゃん。それに、理由が理由だし……すみれも分かってるでしょ?」
「……まあ、織絵の気持ちは分かるけどさ」
織絵ちゃんの命が助かった時、誰よりも喜んでいたのはすみれだっただけにその辺りは理解しているんだろうけど……一方で大切な妹が誰かと2人っきりで旅行というのはやはり面白くないんだろうなあ。
「のり子ってさあ、後輩に妙にモテるよね」
「だよね。何だかヒソヒソ話してたし、いりすちゃんとも仲いいみたいだし」
のり子のクラスメイトの大半が、のり子に嫉妬の炎を燃やしていた。織絵が人気が高いのは誰もが知っていることだが、いりすもその可愛らしさや素直さから実は結構人気がある。その2人に慕われていて、どちらとも2人っきりで旅行となればまさに両手に花で妬まれるのも当然である。
「いや、別に変なこと話してたわけじゃないからね。あくまで先輩後輩としての話で」
「どうだか」
織絵が他の人に聞こえないように小声で話していたのは、のり子が探偵だということはのり子と親しい一部の友人にしか伝えていないからだ。のり子が織絵の命を救ったことを伝えるということはそれが伝わってしまう可能性があるわけで、その辺りの事情は事前にすみれにも伝えられていただろう。
「何だか面白い展開になってきたね、詩乃ちゃん」
「うん、ちょっと興味あるかも。のり子、結果報告お願いね」
萌希と詩乃はニヤニヤしながら、のり子をからかっている。この2人ものり子が探偵であり、織絵の命を救ったことは知ってるだけに事情は理解しているのだろうが……のり子は思わずため息をついて頭を抱えたが、すみれに肩を強い力で掴まれ、思わず背筋が伸びた。
「のり子~、今回は許可するけど信じてるわよ。もちろん、変なことはしないって♪」
「は、はい……」
すみれの笑顔が怖くて、のり子は思わず敬語になってしまった。元々そんなことをするつもりはないんだが……このシスコンお姉ちゃんにも困ったものだとのり子は呆れるしかなかった。一方で、織絵との2人っきりの旅行を楽しみにしてる気持ちも確かにあった。
「楽しみだな……」
***
旅行当日、のり子は指定の場所で織絵を待っていた。少々ルーズなところがある織絵ちゃんだ、少しくらい遅れるかもとのり子は思っていたのだが、織絵はちゃんと時間通りやってきた。
「おはよう織絵ちゃん、それじゃ早速行こ……」
「どうしたんですかのり子さん、急に黙ってしまって」
織絵に指摘されてしまうほど明らかなリアクションだったが、それも仕方がないとのり子は思った。目の前の織絵はピンクのワンピースを着ており、目が離せない程輝いていたのだから。
「あ、さては私に見惚れちゃいましたね、結構気合入れてきましたし」
「まあ、そういうことかな」
「へ……あ、あの、そうやって本気のリアクションされてしまうと恥ずかしいと言いますか」
織絵は顔を赤くして、体をモジモジさせていた。服装もそうだけど、織絵ちゃんはとにかくこういう王道の女の子らしさがよく似合う。すみれに負けない抜群の可愛さ、このレベルの可愛さになると小細工をするよりも王道でどんどん押した方が効果的だ。
「すみれがシスコンになるのも無理ないか……」
「え、何ですか、よく聞こえなかったんですけど」
「何でもない。それじゃ、行こうか」
「あ、待ってくださいよー、のり子さん」
こんな素敵な子が自分を慕ってくれていることに、のり子は改めて感謝した。この子と楽しい時間を過ごしたい、楽しませてあげたいと心の底から思いつつ、のり子は軽い足取りで織絵とともに2人っきりの旅をスタートさせたのだった。
読んでくださりありがとうございました、新シリーズスタートです。
絵波織絵、今回は彼女が中心の話となります。
今回のテーマは『純愛』、一見ロマンティックに見えますが……
それでは、今回も精一杯書かせていただきますので、よろしくお願いします。




