のり子達の日常:大和撫子の夏休み
「あ……暑い」
高原詩乃は自宅の畳の上で、大の字になって寝ころんでいた。年頃の女の子であり、周囲からは和風美人な大和撫子と評判な彼女なだけに、はしたないと言われても仕方がないが、状況が状況なだけに詩乃はそんなことを気にしてはいられなかった。
その状況とは、近年益々暑さが増す日本の夏における一番恐ろしいアクシデントのうちの一つ……エアコンが壊れたのだ。当然業者に修理の依頼はしたが、この季節当然同じ依頼をしている家は多く、修理は明日になるとのこと。そして、今日は無情にも猛暑日……
「……ここまで暑いと、扇風機も意味ないよね」
扇風機は少々の暑さなら涼しいが、ある一定の暑さを超えると通用しなくなる、いわば【温風機】と化してしまうのだ。詩乃の家は和風であり、基本伝統的な日本家屋は夏の暑さに対応した造りになっていると言われるが……それで凌げる程今の日本の夏の暑さは甘くない。
「……水風呂にでも入ろう」
無い袖は振れない、今あるもので暑さを何とかしないといけないのである。詩乃は風呂場に行き、浴槽に水を張った。幸い、お湯に比べれば水を張るのは時間はかからない。脱衣所で服を脱ぎ、詩乃は水に浸かった。汗が引き、冷たさが心地いい。
「はぁ……生き返る」
詩乃は水を顔にかけ、自身の長い黒髪を手でいじった。友人にも美容院の店員にも綺麗な黒髪だと褒められることが多く、詩乃自身もこれに関しては割と自信を持っていたりする。母親も綺麗な黒髪をしており、そこは遺伝に感謝である(今日は母親は留守にしている)。
チラッと胸の辺りにも目を向ける。世間的には大きい部類に入る詩乃の胸、萌希が度々羨むが詩乃自身はそんなに意識したことはない。母親も結構大きく、これもまた遺伝なのだろうが……これに関しては何とも感想に困るというのが詩乃の本音だ。
「さてと、そろそろ出ようかな」
浴槽から出て、タオルで体と髪を拭いた。せっかくなので髪を結って、両耳を出した、これで少しは首元も涼しくなるだろう。キッチンに行き、グラスに氷と麦茶を入れて一気に飲み干した。この時期はグラス一杯の麦茶を飲み干すなど、それこそ一瞬である。
「ふぅ……美味しい。何で夏に飲む冷やした麦茶ってこんなに美味しいんだろう」
日本の夏の飲み物と言えば麦茶、と言われるくらい麦茶は日本の夏の必需品である。話によると、原料である大麦が初夏が収穫の時期であり、体を冷やしてくれる上にミネラルが豊富なのが美味しい秘訣らしいが……詩乃はもう一杯作った氷麦茶を持って扇風機のある部屋に戻ろうとしてふと思い出した。
「あ、そういえば冷蔵庫にスイカと水羊羹があったっけ」
冷蔵庫からそれらを取り出して氷麦茶と一緒にお盆に載せ、扇風機のある部屋に戻り木製のテーブルに置いた。スイカにちょこっと塩を振るのも忘れない、手に持ってかじるとサクッという心地いい音とともに程よい甘さと食感の良さが体に沁みる。
「日本の夏だなあ……」
部屋に設置してある風鈴の音を聞き、床の間と障子を眺め、団扇で扇ぎながら詩乃はしみじみと思った。両親が和の文化が好きであり、その影響を受けてきたので詩乃自身も和風なことを好むのだが、決して洋風文化に抵抗があるわけではなく、むしろ好きである。
ただ、どちらの方がより好きなのかと言われると和風だ、と答えるだろう。和風と洋風、どちらもそれぞれの良さがあり、そこは好みの問題である。詩乃は趣があって落ち着く和風の方が性に合う、そういうことだ。爪楊枝で水羊羹を一つ取り、口に運んだ。
「……ちょっとは落ち着いたかな」
時間帯的に夕方に近づいてきたからというのもあるが、暑さ対策を色々としたのが功を奏したのだろう。畳の上に再び横になったが、先程よりも心地よく休めている気がする。そっと目を閉じ、詩乃は蝉の鳴き声をBGMに眠りについた。
***
数時間程寝て、詩乃は目を覚ました。外は夕焼けに包まれており、すっかり夕方だ。暑さも大分和らいだが、そこは真夏なのでまだそれなりの暑さはある。ふと耳を澄ますと、太鼓の音が聞こえた。そういえば、今日は近所で夏祭りがあると聞いている。
「……行ってみようかな」
せっかくだからと思い、詩乃は箪笥から浴衣を取り出し、慣れた手つきで着替えた。お祭りと言えばやはり浴衣だ、昔も今もそれぞれの良さがあるが伝統的な日本文化というのは先人が積み重ねた歴史があるだけに、一つ一つに確かな根拠が詰まった魅力があると詩乃は思っている。
もちろん、今の良さも新しい技術や環境のもとに考えられた新しい考えが詰まっていて新鮮だ。要は両方の良さを尊重し、ハイブリッドな良いモノを作っていけばいいのである。そして、時にはどちらかに比重を置いて楽しむのもまた一興だ。
「準備完了、それじゃ行きますか」
玄関で下駄を履き、詩乃はお祭りに向かった。それ程遠くないので、程無くして会場に着いた。さすがに夏休みのお祭り、結構多くの人がいる。ただ身動きが取れないほどではない、このくらいなら雰囲気を楽しめる範囲だろう。
「出店も結構あるなあ、せっかくだし何か買おうかな」
「あ、詩乃ちゃーん!!」
声がした方向に振り向くと、萌希の姿があった。手を振りながら、こちらに近づいてくる。
「萌希も来てたんだ」
「うん、せっかくだしね。それにしても詩乃ちゃん……浴衣似合ってるね、さすが我が学園が誇る大和撫子」
「また大袈裟な」
「そんなことないよ、正直嫉妬するくらいよく似合ってるし。さっきから詩乃ちゃんを振り返って見てる男の子、かなりいるの気付かない?」
「そ、そうなの?」
詩乃自身は自覚はないが、実際萌希の言う通りである。和風美人な大和撫子と評判の詩乃が浴衣を着ているのだ、注目を浴びないわけがない。のり子の仲間内で一番の美人と評判のすみれの普段の注目度と比較しても、遜色ない程である。
「そういう萌希も、さっきから男の子が結構チラチラ見ているような気がするんだけど」
「えー、私に注目する男の子なんていないよ」
萌希はそう言うが、実際詩乃の言う通り萌希を見ている男の子は結構いる。本人が地味と思い込んでるがゆえに自信が持てないだけで、それこそ三つ編みをほどいて意識して着飾れば、それこそ今の詩乃に負けないくらいの注目を浴びることも可能なのだが……
「もっと自分に自信持っていいと思うんだけどねえ……まあ、いいや。せっかくだし、一緒に回らない?」
「うん、もちろん良いよ!!」
眩しい萌希の笑顔に釣られ、詩乃も思わず笑顔になった。気の置けない友人と夏祭りを回る、詩乃の心も自然と高揚してきた。
「ふふ……」
「どうしたの、詩乃ちゃん」
「ううん、何でもない。何だか……良いなって」
エアコンが壊れるというアクシデントに見舞われた今日だが、何だかんだで良い一日になりそうだ。派手じゃなくても、特別じゃなくても良い。平凡で穏やかで微笑ましい、そんな日常がこれからも続いていきますように……詩乃はそう願った。
~『のり子達の日常:大和撫子の夏休み』 完~
読んでくださりありがとうございました。日本の風流な夏、良いですよね。
これに加え、『青空別荘殺人事件』の登場人物の名前の秘密について今回は語っていきます。
①牧野亜璃栖、牧野絵璃奈、牧野瑠璃香、二ノ瀬璃人
全員名前に『璃』が付きます、亜璃栖との関係性を表現しています。
②根下組美、島松悠都
前者の頭文字・真ん中の文字・語尾を合わせると『ねたみ(妬み)』、後者の頭文字・真ん中の文字・語尾を合わせると『しつと(嫉妬)』となります。
③成本彰羅、鹿沼臨、湯浅愛央
3人の語尾を合わせると、『あおぞら(青空)』になります。
③佐間奈津
『サマー(夏)』、そのままですね。
みなさん、どのくらいお分かりになりましたか?




