のり子達の日常:輝く空に想いを
「うーん、もう少し自然な表情に出来ないかな?」
「……すいません」
有名女性雑誌【スエジリ】の編集長である六川潤の指摘を受け、専属モデルの白崎三空は心底申し訳なさそうな表情を浮かべた。雑誌の撮影における表情作りが上手くいかないのだが、そもそも彼女は先日までアシスタントをしていたのであって、モデルの仕事はかなり長い間していない。ブランクを考えれば仕方がないのだが……
「三空ちゃんの実力はこんなものじゃないと思うんだけどねえ。何というか、表情が硬い感じがするな」
「……集中できてないし、空回りしてる」
ヘアメイクの占部健土とカメラマンの日比安伸は、どこかもどかしい表情を浮かべている。健土も安伸も三空とはそれなりに長い付き合いだ、三空のことはよく分かっているだけにそういう表情になってしまうのだろう。
「少し休憩にしようか、三空ちゃん。今はアシスタントと兼任してるから疲れが溜まっているのかもしれないし」
「……すいません」
三空の口から出てくるのは謝罪の言葉ばかりだった。急遽務めることになった専属モデル、プレッシャーもあるし、人材不足でアシスタントの仕事も兼任しているゆえの疲れも確かにあるのだろう。しかし、上手くいかない一番の原因は……彼女の心に負い目があることだ。
どうして急遽彼女が専属モデルを務めることになったのか、それは先日【スエジリ】を巡る連続殺人事件が起き、専属モデルである春好雪奈と横石冬夢が殺されたからである。犯人はスタイリストの小雨愛衣、動機は最愛の妹である上渡真白を殺されたから。結果、専属モデルがいなくなり、かつて【スエジリ】の専属モデルオーディションを受けたことがある三空が抜擢されたのだが……
「私じゃ……無理なのかな」
自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながら、三空はため息をついた。彼女自身も自身の不調の原因は分かっている、しかし……どうにもならないのだ。元々専属モデルの後継者は次代のモデル候補としてスカウトされ、見学に来ていたのり子とすみれに潤は依頼していた。しかし、2人が断りすみれが三空を指名し、のり子も潤も同意したからというのが実情だ。もちろん、無理矢理ではなく三空も同意したのだが……
「愛衣さんはどう思ってるんだろう……今の私を」
あの事件で、愛衣は潤か三空に罪を擦り付けようとした。理由は真白の死に真摯に向き合ってくれなかったから。とはいえ、愛衣も2人が詳しい事情を知らなかったゆえに悪くないのは分かっており、それは三空も愛衣から伝えられた。
妹を失った悲しみと怒りで冷静な判断が出来なかったからだが、それでも雪奈と冬夢から妨害を受けた身でありながら【スエジリ】への愛着からアシスタントとなり、2人のサポートをするような形になってしまった自身に三空は責任を感じてしまうのだ。
「三空ちゃん、ここ良いかい?」
「編集長……はい」
悩んでいる三空の隣に潤が座り、缶コーヒーの蓋を開けて一口飲んだ。ふっと息をつき、三空に尋ねた。
「……もしかして、愛衣ちゃんのことで悩んでいるのか?」
「……気づいていたんですか?」
「健土と安伸がいたから、さっきは言えなかったけどね。まあ、あの2人も薄々気づいてはいるだろうけど」
「……すいません」
「本当、さっきから謝ってばかりだね。まあ……気持ちは分からないことはないけど」
潤とて三空と同じ理由で愛衣に罪を擦り付けられそうになった身だ、同じ悩みを抱えているだろう。それなのにこうして隣で話を聞いてくれる、三空は自身の弱さが情けなくなり、黙っているのは失礼だと感じ本音を話した。
「……本来なら、愛衣さんが望んでいたようにのり子ちゃんとすみれちゃんが専属モデルを務めるべきだったと思うんです。もちろん決めるのはのり子ちゃんとすみれちゃんですから断ったのは仕方がないことですけど、代わりに私がやるべきではなかったのかなと」
「でも、それはのり子ちゃんとすみれちゃんが望んだことだろ?」
「確かにそうですし、あの時は了承しましたけど……改めて考えると、愛衣さんはどう思ってるんだろうって感じるんです」
「愛衣ちゃんは、三空ちゃんは悪くないって分かっているって言っていただろう?」
「ですけど……客観的に見て今回の件で一番得をしたのは私じゃないですか。結果的に、夢だった【スエジリ】の専属モデルの座を手に入れて……愛衣さんは殺人犯として手を汚したのに、私は棚ぼたみたいな形で得をして。なのに……夢が叶って喜んでいる自分が僅かに心の中にいるんです、それが恥ずかしくて許せなくて」
他人の不幸によってもたらされた偶然によって結果的に夢が叶った、これを僅かでも喜んでしまう自分は本当に情けない人間だと三空は思った。そんな自分が果たして専属モデルとして脚光を浴びていいのか……悩む三空に潤は優しい微笑みを浮かべながら呟いた。
「そのことで自分を責めて、悩む三空ちゃんが悪い子なわけないと思うけどな」
「……編集長?」
「人間である以上、自分のことを考えるのは当然だし、夢が叶えば嬉しいのは自然なことだ。それが他人の代償によるものだとしても、申し訳ないという気持ちをしっかり持つことが出来れば良いんじゃないかな?」
「そう、なんでしょうか……」
「……実は今回の件で、俺は編集長を辞めようかと考えたこともあったんだ」
「ええ!!??」
潤の思わぬ発言に、三空は大声をあげて驚いた。
「ど、どういうことですか!?」
「俺が真白ちゃんの死の件に真摯に向き合って対処していれば、あんなことにはならなかったんじゃないかって思ってね。こんな俺が、果たして編集長を続けていいのかって」
「……」
「で、悩んだ末に思ったんだ。辞めることでじゃなく……発展させていくことで、責任を取りたいとね。身勝手な考えかもしれないけど」
「編集長……」
「愛衣ちゃんが俺と三空ちゃんのことを本当の意味でどう思っているかは分からないよ。だけど少なくとも俺は……愛衣ちゃんに胸を張って『大丈夫だよ』って言える【スエジリ】を作っていきたい。そのためには三空ちゃん、君の力が必要なんだ」
愛衣さんに胸を張って『大丈夫だよ』と言える【スエジリ】……確かにそれは自分達で作っていきたいと、三空は思った。
「オーディションの時は体調不良もあって三空ちゃんの凄さが分からなかったけど、アシスタントとしてずっと傍で支えてくれて、今は十二分に分かっているつもりだ。三空ちゃん、君は代役でも何でもなく……立派な【スエジリ】の専属モデルだよ」
潤は真っすぐに三空の目を見つめて、飾らずにそう言った。三空は胸が熱くなり、瞳から涙がこぼれた。アシスタントとして頑張ってきたことは無駄じゃなかった、三空は今自信を持ってそう思えたのだった。
「もう……最初はのり子ちゃんとすみれちゃんを専属モデルの後継者に指名したのに」
「そ、それはすまなかった。アシスタントの三空ちゃんとして、身近になりすぎたからさ」
「ふふ、分かっていますよ。その……ありがとうございます」
この人が編集長でよかった、三空は心の底からそう思ったのだった。
***
その後、撮影が再開され、先程までの不調が嘘のように三空の表情は明るく自然なものとなり、撮影は滞りなく終了した。
「お疲れ様、三空ちゃん。凄く良かったよ」
「ありがとうございます。本当にすいません、ご迷惑おかけして」
「いやいや、気にしないで。後半はこれぞ三空ちゃんって感じで、文句のつけようがなかったし」
「……凄く輝いてた、迷いがなくなった感じ」
潤が三空に労りの言葉をかけ、健土と安伸が三空を絶賛した。安伸が撮った写真を4人で見返し、全員が大満足という表情を浮かべた。
「編集長、この写真があれば今までの【スエジリ】で一番の雑誌が作れるんじゃないですか?」
「……今までの写真で間違いなく最高傑作、自信ある」
「そうだね。事件の影響で【スエジリ】も楽じゃないけど、これで盛り返していきたいところだ」
「はい、頑張っていきましょう」
愛衣さんがどう思っているかとか、今の自分が正しいかとか、正直分からない。だけど、例え身勝手であっても……前に進んで道を切り開いていきたい。そしていつか胸を張って『大丈夫』と言える時が来たら……また愛衣さんに会いたいと、三空は笑顔で思ったのだった。
~『のり子達の日常:輝く空に想いを』 完~
読んでくださり、ありがとうございました。
今回は『鮮血の花嫁殺人事件』の後日談となります。
三空を専属モデルに据えての新生【スエジリ】、個人的に書いておきたかったので形にいたしました。




