表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/160

青空別荘殺人事件⑩(夏に咲く絆)

「奈津が水難事故で亡くなったあの日、俺はどうしても外せない用事が出来て奈津と一緒に川に行けなくなってしまったんだ。最初は次の日にでもと思ったんだが、組美と悠都が代わりに一緒に行ってやるって言いだしてな」

「臨さんや愛央さんに頼むことは考えなかったんですか?」

「臨と愛央ちゃんは一緒に他の場所に行ってしまった後でね。さっきも言ったが俺と奈津が付き合っているのは周りには秘密な以上、変に断って関係を疑われるのもまずいし、かといって1人で行かせるのも心配だったから仕方がなく頼むことにしたんだ。結果として、それが俺と奈津の今生の別れになってしまったんだがな……」


 そう言った彰羅の表情には後悔の念が溢れていた。どうしてあの時、選択を間違ってしまったのか……そういう気持ちがのり子にはひしひしと伝わってきた。


「組美と悠都が言うには、目を離した隙にいなくなって、見つけた時には既に遠くに流されていて手遅れだったらしい。何でちゃんと見ていてくれなかったんだって2人を責めたい気持ちもあったけど、そこは奈津の不注意もあったわけだから我慢するしかなかった」

「……」

「それから1年近くが経って、またこの別荘への旅行の話が持ち上がったんだ。あんなことがあったとはいえ、この地やこの別荘自体は居心地が良かったからね。俺としても奈津を失った悲しみからまだ立ち直れていなかったから、良い機会だとも思ったよ。だけど忘れもしないあの日……俺は組美と悠都が2人で話しているのを偶然聞いてしまったんだ」


―――


「今年もまたあの別荘に行けるのは楽しみだけど……やっぱ思い出しちゃうわよね、奈津のこと。確かにやたらモテるあの子を妬んでたけどさ」

「俺もあいつのこと気に入ってたのに、彰羅と付き合ってるって知ってふざけんなって思ったのは確かだけどよ……まさかあんなことになっちまうとはな」

「ちょっと川の中に突き飛ばしてびしょ濡れにしてやるくらいのつもりだったのに、そこがたまたま深い場所で、慌てたせいで足つってそのまま流されて溺れ死んじゃうなんてね」

「大体だな組美、お前が良い薬よってしばらく目を離したのが原因だろうが」

「何よ悠都、あんただって奈津が叫んでたの私が指摘したら、少し懲らしめたいからほっとけって言ったじゃない」

「まあ、そうだけどよ。何にせよあれは事故だったんだ、今更気にすることじゃない」

「そうね。夏の時期によくある水難事故、あの子も運が悪かった、それだけよ」


―――


「何が今更気にすることじゃないだ……運が悪かっただ……すべてお前達の悪意が生み出した結果じゃないか。俺は……あいつらをその場でぶっ殺してやりたい衝動を抑えるのに必死だった」


 彰羅の目には、すべてを焼き尽くしてしまいそうな炎に満ちていた。愛する人を理不尽に奪われ、復讐の炎が着火した人の目。それはのり子にとって恐ろしくもあり……悲しくもあった。


「奈津が、組美さんと悠都君に殺された……」

「もしかしてとは思ったけど……本当だったなんて」

「……その日から俺は、あの2人を殺す計画を立て始めたんだ。奈津が死んだこの地で、あいつらにふさわしい最期を用意するためにね!!」


 臨と愛央は顔を真っ青にして、心底驚いているようだった。彰羅はそんな2人を悲しそうな目で見つめつつ、あの2人への復讐心を心の底から叫んだ。


「……あとはのり子さん、君が言った通りだよ」

「彰羅さん……」

「これで俺がするべきことは終わったよ、後悔はしていない。あいつらの身勝手で理不尽に命を奪われた、奈津の仇を討てたんだからね」

「……ふざけないでください!!!!」


 突然、亜璃栖が大声で叫んだ。その場にいる全員がそれに驚き、亜璃栖に目を向けた。


「彰羅さん、確かにあなたは奈津さんの命を奪った組美さんと悠都さんへの憎しみから罪を犯してしまったのかもしれません。ですけど……瑠璃香お姉ちゃんを殺そうとしたのはそれとは何の関係もない。ただ、あなたが罪を逃れたいからじゃないですか」

「亜璃栖ちゃん……」


 いりすが激昂している亜璃栖を悲しそうな顔で見つめている。亜璃栖は大粒の涙を流しながら、更に彰羅に向かって言い放った。


「あなたが組美さんと悠都さんを身勝手だと言うなら、私にとってはあなただって身勝手です。あなたとその2人の……一体何が違うっていうんですか!!!!」


 泣きじゃくる亜璃栖に瑠璃香が近づき、優しい顔でそっと抱きしめた。


「ありがとう亜璃栖……私のために怒ってくれて。でも……もういいのよ」

「瑠璃香お姉ちゃん……ひっく」


 瑠璃香の胸の中で泣き続ける亜璃栖を優しく見つめていた絵璃奈は、その目を強く意思を感じさせるものへと変えて彰羅に向けた。


「彰羅さん、私はあなたは組美さんや悠都さんと違って良識のある方だと思っています。奈津さんが好きになるのも分かる気がします。ですけど……瑠璃香姉さんを殺そうとしたことは許せません。それがどれだけ亜璃栖と私を悲しませたか……自覚してください!!」


 絵璃奈の強く、怒りに満ちた声に彰羅は目を丸くし、そして……悲しみに満ちた表情を浮かべた。


「……そう、だな。今の俺は、組美や悠都のことをとやかく言う資格はないのかもしれない」

「のり子先輩……」

「……」


 こうして、爽やかな夏の高原の水の中に消えた一人の少女の命が発端となった事件は幕を閉じた。悲しみが連鎖するという、やりきれない結末を残して……


***


「彰羅さん」

「……何だい?」


 警察に連行されていく彰羅を呼び止め、のり子はただ一つ解決していない疑問点を彰羅にぶつけた。


「瑠璃香さんから聞きました。あなたが瑠璃香さんを殴ってから、30秒くらい経ってから亜璃栖ちゃんの声が聞こえて、更に10秒くらい経ってから亜璃栖ちゃんが来たそうですね。そして、あなたが瑠璃香さんを殴った回数は1回だけ」

「それが何か?」

「おかしいんですよ、30秒もあったのに1回しか殴っていないなんて。ただでさえ凶器は咄嗟に用意した木の棒で殺傷能力は低いんです、それだけの時間があれば何度も殴るのが普通でしょう?」

「……」

「彰羅さん、あなたは……瑠璃香さんを殺すのをためらったんじゃないですか? 放置すればトリックがバレてしまう可能性があるとはいえ、何の関係もない人を殺してしまうことに抵抗を感じて」

「!?」


 亜璃栖がのり子の言葉に驚き、目を丸くした。彰羅も僅かに驚いたような素振りを見せたが、すぐに冷静な表情に戻った。


「どうだろうな……焦っていたから冷静な判断が出来なかったのかもしれないし、どちらにせよ瑠璃香さんを傷つけたことに変わりはない」

「あの、彰羅さん……」

「亜璃栖ちゃん……本当に申し訳なかった」


 亜璃栖が何か言おうとしたのを遮るように、彰羅は亜璃栖に謝罪した。


「彰羅君!!」

「臨……」


 改めて警察に連れられてこの場を出ていこうとする彰羅を、今度は臨が呼び止めた。


「やり方は確かに間違っていたけど……君の奈津のことを大切に思う心は本物だったと思う。だから……ありがとう。罪を償ったら……戻ってきてほしいの」

「……」

「彰羅さん!!」

「愛央ちゃん……」

「いつも組美さんと悠都さんのことは彰羅さんに頼りっきりで、結局今回も彰羅さん一人が泥を被る形になってしまって……私、本当にそんな自分が情けなくて、酷いと思ってて」


 奈津さんを殺した組美さんと悠都さんのことが憎いのは臨さんも愛央さんも同じなだけに辛いのだろう、のり子の心はキリリと痛んだ。しかし、彰は愛央に優しい笑みを浮かべた。


「……俺は自分が犯人だとバレたくないから、関係ない人を殺そうとした愚かな人間さ。そんなのは俺だけで良い、愛央ちゃんは真っすぐなままでいてくれ」

「彰羅さん……私……私、あなたのことが!!」

「……行きましょう」


 愛央の言葉を遮るように、彰羅は高根沢刑事の部下の警察官に連れられてこの場を去った。臨と愛央は大粒の涙を浮かべ、その姿を見送った。


***


 その後、のり子といりすは高根沢刑事に呼び止められた。最初の頃の刺々しい感じはまったくなくなり、完全に2人のことを認めているようだ。


「のり子さん、いりすさん、今回は本当にありがとう。2人の協力がなければ、事件を解決できたかどうか」

「いえ、こちらこそ捜査の協力ありがとうございました。高校生の身である私の頼みを色々聞いてくださって」

「……そういう謙虚なところも君の長所なんだろうな。今後困ったことがあったら遠慮せず相談してほしい。今回の恩返しもしたいし、君のような力こそ今後の栃木県警には必要だと思うからな」

「ありがとうございます」


 やはり高根沢刑事は立派な刑事だ。今後、何かあった時には相談に乗ってもらおう、のり子は心強い味方を得ることが出来たと感じた。


「さすがですねえ、のり子先輩。それに引きかえ、私はただ見てるだけで……」

「いや、そんなことはないぞ、いりすさんは立派にのり子さんを支えていたじゃないか。良いコンビだと思うぞ」

「そ、そうなんですか?」

「はっはっは、また会いたいものだな、2人には」


 照れるいりすを尻目に、高根沢刑事は去っていった。入れ替わるように牧野三姉妹と璃人がやってきて、のり子といりすに深々と頭を下げた。


「のり子さん、いりすさん、今回は本当に……本当にありがとうございました。どれだけ感謝しても足りないくらいです」

「ありがとう、亜璃栖ちゃん。気持ちの整理は……つきそう?」


 のり子は亜璃栖の心が気になり、気遣いの言葉を述べた。亜璃栖は少し考え、口を開いた。


「……正直、今はまだ無理です。ですけど、彰羅さんが本当に瑠璃香お姉ちゃんを殺すのをためらったのなら……ただ一方的に憎むようなことはしたくないと思っています。奈津さんを殺されて、深く傷ついたことは事実なわけですし」

「……そっか」


 今回の事件で、亜璃栖ちゃんの弱いところだけじゃなく、強いところも知ることが出来た。だから……おそらく大丈夫だろう。優しい姉2人と、璃人さんもいるのだから。


「のり子さん、いりすさん、私からもお礼を言わせてください。あなた方は亜璃栖だけじゃない、私も瑠璃香姉さんも璃人さんも救ってくださったんです」

「そんな、大袈裟ですよ」

「そんなことはありません。私だけじゃなく、これは4人の総意です」


 戸惑っているのり子に対し、絵璃奈は素敵な笑みを浮かべながら、そう断言した。大袈裟だとは思うが、そう言ってくれること自体は悪い気分はしないとのり子は思い、恥ずかしくなって頬をかいた。


「のり子先輩は分かりますけど、私はそんなお礼を言われるようなことは何も」

「いいえ、亜璃栖を傍で支えてくれていたじゃないですか。のり子さんもいりすさんがいることで安心していたようですし、それはとても素晴らしいことですよ」

「そ、そんなことは……」


 謙遜するいりすに、瑠璃香が優しい微笑みを浮かべながら自信を持つよう指摘した。


「胸を張ってください、いりす様。お二人には私からも多大なる感謝を申し上げます。今後は牧野家の総力をあげて、お二人を支えていきたいと思っております」


 璃人が丁寧な仕草で、のり子といりすに感謝の意を述べた。しかし、牧野家の総力をあげてね……しれっと凄いことを言ってるんじゃないだろうか。


「のり子さん、いりすさん、これからも末永くお付き合いをよろしくお願いします」

「いつでも遊びに来てください、歓迎いたします」

「何かありましたら遠慮なくお声掛けください、お力になりますから」


 亜璃栖に絵璃奈、瑠璃香の温かい言葉にのり子といりすは感謝の意を述べた。今後も良い付き合いを続けていきたい、のり子といりすはそう思ったのだった。


***


 璃人に車で送ってもらい、のり子といりすは自分達が住んでいる地に戻ってきた。美しい夕陽を眺めながら2人は帰路についていた。


「それにしても、色々なことがありましたけど楽しい旅行でしたね、のり子先輩」

「そうだね、また機会があったら行きたいかな」

「……臨さんと愛央さんは大丈夫なんでしょうか?」

「……心の整理をするのに時間が必要だと思うけど、大丈夫だと思うよ。二人とも奈津さんのことも彰羅さんのことも大切に思ってるみたいだし、支え合っていけるんじゃないかな」

「そう、ですね」


 いつか彰羅さんが罪を償い終えて戻ってきた時、温かく迎えて3人でまた関係を始めてほしい、のり子もいりすもそう願った。


「……あの、のり子先輩」

「何?」

「私は……亜璃栖ちゃんを支えることが出来たんでしょうか? それに、のり子先輩を安心させることも」


 いりすはどこか不安そうに、のり子に尋ねた。高根沢刑事や瑠璃香さんが言っていたことに、まだ自信が持てないのだろう。そんなの……答えは決まっている。


「いりすちゃんは立派に亜璃栖ちゃんを支えていたし、私を安心させてくれたよ。いりすちゃんは素直で親しみやすくて、和むし安心するの、それが魅力なんだと私は思うな」

「!? あ……ありがとうございます、そんな風に言われたのは初めてなんで、その……嬉しいです」

「みんなそう思ってると思うよ。だからさ、もっと自信を持って。いりすちゃんは……素敵な女の子なんだから」

「も、もう。そんなこと言われると……勘違いしちゃうじゃないですか」


 いりすはこれ以上ない程の満面の笑みを浮かべ、その頬を赤く染めていた。その姿は言葉で表せないくらい美しくて可愛くて……この先どんなことがあったとしても、この可愛い後輩の笑顔を守っていきたい、のり子は心の底からそう思ったのだった。


                 ~『青空別荘殺人事件 完』~

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


これにて『青空別荘殺人事件』は完結です。この後はショートエピソードを挟み、次の事件に移ります。


今後ののり子の活躍も見守ってくださると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ