青空別荘殺人事件⑨(水に消えた少女)
「組美さんと悠都さんを殺した犯人は……あなたです、成本彰羅さん!!」
のり子は彰羅を指差し、大きな声で告げた。この場にいる全員が目を見開き、彰羅のことを見つめていた。
「あ、彰羅君が!?」
「組美さんと悠都さんを殺した……犯人?」
臨と愛央は信じられないという表情で、驚きの声をあげた。声こそあげなかったものの、絵璃奈もショックを隠せない様子だった。
「彰羅さん、あなたは21:30頃にトイレに立つ振りをして自分の部屋に例のアイスピックと氷の仕掛けを取りに行き、更に組美さんの部屋に行ってベッドの上の網棚にその仕掛けを設置したんです。談話室と組美さんの部屋は6分ほどで往復できますし、組美さんの部屋から彰羅さんの部屋も亜璃栖さんの部屋に近いこともあって4分程で往復できる。仕掛けを回収してただ設置するだけですから、合計15分程あれば十分というわけですよ」
「なるほど、あとは死亡推定時刻の22:00~23:00の間はずっと談話室にいればアリバイ成立ということか」
のり子の説明に高根沢刑事が相槌を入れた。彰羅は最初こそ戸惑っていたが、すぐに冷静な表情に戻った。
「のり子さん、さすがにメリットがどうだってだけで俺が犯人っていうのは乱暴じゃないかな。そもそも、トリックなんて元々なくてそのまま手でアイスピックを刺しただけかもしれないし」
「それはないですよ、だとしたらそもそも瑠璃香さんを襲う理由もないですし。あれは網棚に置いてある花の位置が変わっていることに気付かれたことで網棚に注目が集まり、氷を使った自動殺人装置がバレる恐れがあったからですからね」
「……」
「まあ、飲み会が終わってから翌朝亜璃栖ちゃんが組美さんの死体を発見するまでの間に花の位置を元に戻しておけば良かったんでしょうが、殺人が起こってしまえばそんな些細なことは気にしないとタカをくくっていたんでしょうね」
「だとしたら、どうして瑠璃香姉さんのあとをつけたのでしょう?」
「璃人さんの代わりに外の庭の倉庫に物を取りに行ったからですよ。倉庫に行くには組美さんの部屋の前を通ることになる、他の人ならともかく聡明で花が置かれた事情も熟知している瑠璃香さんだけに不安になったんでしょうね」
彰羅の反論をのり子はねじ伏せ、絵璃奈が抱いた疑問にもしっかりと答えてみせた。彰羅も想定外だったのか、驚いている。
「そもそも彰羅さん、あなたは飲み会の時点で他の人の行動を操作しているんですよ、実にさりげなくね」
「そ、そうだったんですか?」
「ええ、瑠璃香さん。まず私達のグループが彰羅さん達のグループに合流してから最初のうちは静かにしておく、そうすれば普段の行動からして悠都さんと組美さんが場を仕切りたがるのは予想できます。そうすればこの2人は瑠璃香さんと絵璃奈さんと亜璃栖さんに悪印象を抱かれているだけに、徐々に空気が悪くなるのは必然です」
「……分かる気がする。普段は彰羅君がその辺りの調整役をしてくれるんだけど、その彰羅君が黙ってしまうとああやってトラブルが起きちゃうのよねえ」
のり子の説明に、臨が頭を何度も縦に振って同意した。普段から一緒にいるだけに、あの2人のトラブルメーカーぶりも良く分かっているのだろう。
「まあ亜璃栖ちゃんが激昂したのは偶然だけど、要は空気が悪くなってあの2人が悪いという雰囲気が出てくればいいんです。あとはそれを指摘すれば身勝手なあの2人ですから反論してきて喧嘩になります、そうすれば大人しい臨さんと愛央さんは場の空気に耐えられなくなって部屋に戻りやすくなる。結果、臨さんと愛央さんのアリバイはなくなるわけで」
「……お恥ずかしい話ですが、その通りです。悠都さんと組美さんに面と向かって反論できるのは彰羅さんだけなので、つい頼ってしまうんです。ですから、それでも解決しなかった場合は逃げたくなってしまうと言いますか」
愛央も申し訳なさそうな表情でのり子の説明に同意した。まして愛央さんは後輩だ、臨さん以上に辛い立場なのだろう。
「あとはこっそり組美さんの飲み物に睡眠薬を入れれば、組美さんは眠くなって部屋に戻ることになり悠都さんも便乗して戻るというわけです。普段から組美さんはお酒を多く飲むようですし、喧嘩すれば性格上飲む量が増すのも普段から一緒にいれば予想できます。ゆえに眠くなったのはお酒のせいだと誰もが思うわけで、不自然とは感じません」
「そういえば彰羅さんは組美さんに飲みすぎだって度々指摘していましたけど、あれは眠くなった理由がお酒だって周囲に思い込ませる意図もあったり?」
「そういうことだね、いりすちゃん。あと、ミネラルウォーターを渡す口実を作るためでもあるよ」
「ミネラルウォーターを、ですか?」
「氷を使った自動殺人トリックの欠点は、現場に溶けた痕跡として水が残ってしまうこと。それをカモフラージュするために、彰羅さんはミネラルウォーターを渡したの。深酒した人の傍に水がこぼれていてミネラルウォーターの容器が置いてあれば、誰だって飲んでいたミネラルウォーターがこぼれたんだと思うからね」
「な、なるほど」
いりすは納得した表情で何度も頭を縦に振っていた。彰羅はずっと黙って話を聞いていたが、ようやく口を開いた。
「それは全部君の想像だろう? 俺がそのトリックを使ったという証拠にはならない」
「確かに、そのトリックを使った状況証拠はあっても物的証拠はありません。トリックがシンプルなだけに証拠が残りにくいですからね、むしろ最初からそれが狙いなんでしょう」
「だったら」
「ですけどね彰羅さん、あなたが犯人だという物的証拠はあるんですよ。瑠璃香さんを口封じのために殺そうとした、予定外の犯行のせいでね」
のり子の指摘に、彰羅は動揺を隠せなかった。これが最後のカードだ……のり子は気を引き締め、鍵を握る瑠璃香の方を向いた。
「瑠璃香さん、犯人はどの方向に逃げていったんですか?」
「亜璃栖が来た方向と反対側の方向です」
「亜璃栖ちゃん、どこから瑠璃香さんがいる場所に向かったの?」
「正面玄関ですけど」
「そう、普通はそうだよね。つまり正面玄関には当初倉庫に行くはずだった璃人さんと亜璃栖ちゃんがいた。たまたま彰羅さんは璃人さんと瑠璃香さんのやり取りを見ていたんだろうけど、璃人さんと亜璃栖ちゃんが壁になって正面玄関から瑠璃香さんを追うことが出来なかった」
彰羅の動揺が段々と色濃くなっていく。のり子はそれに追い打ちをかけた。
「じゃあどこから追うのかというと……自分の部屋の窓から出て追うしかない。そして当然逃げる時も自分の部屋の窓から戻るしかない、正面玄関に行ったら璃人さんか亜璃栖ちゃんがいるでしょうからね。実際、正面玄関の反対側は客室がある方向です」
「窓から……まさか!?」
「そういうことですよ、高根沢刑事。当然ですが靴は正面玄関に置いてあるので、靴を履かない状態で行くしかない。つまり……靴下に土や草がどうしても残ってしまうんです」
「じゃあ、まさか窓の枠にも部屋に入る時に足をかけた際の土や草が?」
「可能性はあるでしょうし、それ以外の部屋の中にも残っているかもしれないですね。靴下は洗ったんでしょうけど、洗剤で念入りに洗うわけではないだけにどうしても真っ白にすることは出来ないですし」
高根沢刑事の質問に答えつつ、のり子は彰羅の牙城を崩壊寸前まで崩していき、とどめの一撃を放った。
「さて彰羅さん、今からあなたの部屋に行って調べさせてもらいますけど、よろしいですよね? 当然ですけど別の場所で付いたなんて言い訳は通じないですよ、土や植物は場所によって違うのであって調べればどこのなんて警察にはすぐわかるんですから」
彰羅の動揺は最高潮に達し、しばらく沈黙すると……諦めの表情を浮かべてがっくりと頭を下げ、ため息をついた。
「参ったな……優秀な探偵とは聞いていたけど、まさかすべて看破されてしまうとはね。その通りだよ、組美と悠都を殺したのはこの俺だ」
「彰羅君……動機は、やっぱり奈津のこと?」
「ああ、俺と奈津は……恋人同士だったんだ」
臨と愛央は彰羅の発言に驚きを隠せなかった。この様子だと、2人はこのことを知らなかったんだろう。
「奈津と彰羅君が恋人同士……確かに仲は良かったけど、そんな素振り見せなかったから、分からなかったよ」
「そりゃ、周りにはバレないように隠していたからな。言うまでもないが、親の会社のパワーバランスを考えると組美と悠都が上だ。組美はモテる奈津に嫉妬していたし、悠都が奈津に気があるのも明らかだった。俺と奈津が付き合っていると知られて、嫌がらせを受ける可能性があったからな」
「……組美さんと悠都さんなら、あり得ますね」
臨と愛央と彰羅が明かした、辛い実情。親の会社のパワーバランスがこんなことにまで影響するというのも悲しい話だ。となると、奈津さんが死んだのももしかすると……のり子は背筋にゾッとするものを感じた。
「それでも俺と奈津は幸せだった、話せる時が来たらみんなに話そうって。だけど……その時が来ることもなく、奈津は水難事故で亡くなってしまった」
「……」
「悲しくて、悲しくて……心が壊れてしまいそうだった。どうして俺が付いていることが出来なかったのか、守ることが出来なかったのかって、自分を責めもしたよ。だけど……現実はもっと残酷で……悪意に満ちたものだった」
彰羅はそれまでの悲しそうな表情から一変し、憎しみに満ちた表情を浮かべながら告げた。
「奈津は……組美と悠都に殺されたんだ!!!!」




