青空別荘殺人事件⑥(瑠璃香の負傷と第2の殺人)
瑠璃香さんが襲われた……? どういうことだ、なぜ瑠璃香さんが。のり子の頭は混乱状態だったが、すぐに頭を左右に勢いよく振り冷静さを取り戻した。今はそんな理由などどうでもいい、すべきことは……瑠璃香さんを救うことだ!!
「亜璃栖ちゃん、瑠璃香さんの状態は?」
「ひっく……息はあります、気絶しているだけで」
「すぐに救急車を呼んで!! それと、場所を教えて」
「は、はい」
のり子はいりすと一緒に亜璃栖が指定した場所にすぐに向かった。瑠璃香は確かに頭から血を流して倒れていたが、幸いにもその傷は浅い、命に別状はないだろう。
「ひっく、瑠璃香お姉ちゃん……やだよお、死んじゃヤダぁ」
「大丈夫だよ亜璃栖ちゃん、傷は浅いから助かるよ」
「ほ、本当ですか?」
「こんなことで嘘ついたりしないよ」
亜璃栖は大粒の涙を流し、泣きじゃくっていた。のり子が命の心配はないと告げたことで幾分落ち着いたが、大好きな姉が襲われて怪我を負ったことは変わりがない。いりすが優しい顔で亜璃栖をそっと抱きしめた。
「亜璃栖ちゃん、のり子先輩は名探偵だから安心していいよ、瑠璃香さんは助かるの」
「いりす、さん……」
「でも、辛さがなくなるわけじゃないよね……だから、泣きたかったら私の胸の中で幾らでも泣いていいよ。我慢する必要はない」
「……う、うわああああん!!!! 瑠璃香お姉ちゃん、瑠璃香お姉ちゃん!!!!」
亜璃栖はダムが決壊したように、いりすの胸の中で泣き続けた。社長令嬢として凛とした態度を取り続けていたが、まだ中学生なのだ。大好きな姉を失うかもしれないという事態に直面して、落ち着けという方が無理である。年相応に泣きじゃくる亜璃栖を優しく抱きしめているいりすの顔が、やがて憎しみに満ちた顔へと変わった。
「のり子先輩……私、犯人を許せません。亜璃栖ちゃんをこんなに悲しませるなんて」
「……私も同感だよ」
のり子といりすにとって亜璃栖は今や可愛い妹のようなものであり、瑠璃香はその妹を優しく見守るお姉さんだ。その2人を悲しませ、傷つけた犯人へ2人は怒りの炎を燃やし、絶対に犯人の正体を見破る決心をしたのだった。
***
その後、救急車が到着し瑠璃香は病院に運ばれていった。別荘にいる人達が現場である庭に次々と集まり、亜璃栖に状況を聞いていた。
「亜璃栖、大丈夫?」
「うん……もう大丈夫だよ、絵璃奈お姉ちゃん。のり子さんといりすさんが一緒にいてくれたから」
「のり子さん、いりすさん、本当に……本当に、ありがとうございます。お二人には助けられっぱなしですね」
たくさん泣いたからか、亜璃栖はかなり落ち着いたようだ。そんな亜璃栖を見て、絵璃奈も安心していた。本当は自分も辛くて仕方がないだろうに……気丈に振舞う絵璃奈を見て、立派な人だとのり子は改めて思った。
「瑠璃香お嬢様を守ることが出来なかっただけではなく、亜璃栖お嬢様の心のケアものり子様といりす様に頼ることになってしまうとは……この二ノ瀬璃人、自分のあまりの情けなさに恥ずかしくて仕方がございません」
「璃人さんが気に病む必要はありませんよ、誰だってこんなことは予想できなかったんですから」
「そうですよ、のり子先輩の言う通りです。それに、亜璃栖ちゃんはみんなで支えるんですから、一人で抱え込まないでください」
「おお、なんとお優しい……感動で涙が止まりませぬ」
璃人が号泣している一方で、のり子は集まっている面子を確認していた。絵璃奈さんに璃人さん、彰羅さんに臨さんに愛央さん……一人足りない?
「璃人さん、悠都さんは?」
「部屋に何度も電話したのですが、出なかったのです。私自身、早く事態を把握しないといけないと思って焦っておりまして、まだ部屋に行っていないのです」
「……今から行きましょう!!」
単に寝ているだけかもしれないが、のり子は何か嫌な予感がした。全員を引き連れて悠都の部屋に向かい、部屋のドアを開けた瞬間、のり子の目は大きく見開かれた。
「悠都さん……」
部屋の中央に、悠都は倒れていた。その胸にはナイフが刺さっており、周囲は血に染まっていた。死んでいるのは誰の目から見ても明らかだった。
「ど、どういうことですか? 瑠璃香さんに続いて悠都さんまで……この短時間で」
「……」
いりすの言う通り、この短時間に2人が襲われたのはどういうことなのか。のり子は目の前の事態に困惑しつつ、冷静さを失わないように尽力しながら警察の到着を待った。
***
「えー、犠牲者は島松悠都さん。死因は左胸を刺されたことによる失血死、死亡推定時刻は21:00~22:00の間ですね」
警察が到着し、現場検証が終わり高根沢刑事が結果を報告している。しかし、死亡推定時刻は21:00~22:00か……のり子は高根沢刑事に気になることを伝えた。
「高根沢刑事、瑠璃香さんが襲われた件は先程話しましたよね」
「ああ、幸い軽傷で済んで今は病院で治療中だが」
「亜璃栖ちゃんが言うには、瑠璃香さんが外の庭の倉庫に物を取りに行ったのが23:00以降で、倒れている瑠璃香さんを発見したのがそれ以降ですから、悠都さんが先に殺されていたということになりますが」
「まあ、そういうことだ。亜璃栖さん、時刻は間違いないですか?」
「は、はい、璃人さんもその場にいたので間違いありません」
「亜璃栖お嬢様がおっしゃっていることに、嘘はございませんよ」
亜璃栖いわく、元々璃人が必要なモノを外の庭の倉庫に取りに行こうとしたのだが、瑠璃香が『璃人さんも忙しいから、自分が代わりに行く』と言い出し、それをたまたま通りがかった亜璃栖が見ていたらしい。その後、瑠璃香がなかなか戻ってこないので正面玄関から様子を見に行ったら頭から血を流して倒れている瑠璃香を発見したと。
「なるほど。それでは、今回も悠都さんの死亡推定時刻のアリバイを聞かせていただきますよ」
結果、その時刻は相部屋ののり子といりす以外、全員にアリバイがなかった。昨日あんなことがあっただけに夕食後騒いだりする空気ではなく、全員自分の部屋に戻ったためだ。のり子が臨と愛央に話を聞きに行ったのが22:00以降なので、その時点で悠都は殺されていたことになる。
「ふむ、となるとのり子さんといりすさん以外全員に犯行は可能だったということになりますな」
「高根沢刑事、瑠璃香さんを襲った際に犯人が使った凶器は見つかったんですか?」
「また君か、まあ良いが……木の棒だよ、おそらく庭に落ちていたものだろうね。それで彼女の頭を殴ったんだ、傷口とも一致した」
「木の棒ですか……殺傷能力が低いものを犯人は選んだんですね」
「まあ、それと亜璃栖さんがたまたま様子を見に来たから犯人が逃げて、瑠璃香さんは助かったんだろうが」
のり子の質問に高根沢刑事は渋い顔をしながらも、答えてくれた。この後警察からいくつか質問があってから解散となり、のり子といりすは自分の部屋に戻った。
***
「それにしても、本当にどうして瑠璃香さんが……のり子先輩、どこに行くんです?」
「彰羅さんのところだよ。まだ話、聞けてないでしょ?」
「そ、そうですね」
動揺したままのいりすを連れて、のり子は彰羅の部屋に向かった。彰羅も多少落ち着かない様子だったが、快く部屋の中に案内してくれた。
「それで、話というのは」
「臨さんと愛央さんから既に話は聞いています……佐間奈津さんのことです」
「……そうか」
「あまり驚かないんですね」
「そうじゃないかと思っていたんでね、組美と悠都が殺されたんじゃ」
例によっていりすがのり子が探偵であることと、先日の大規模連続殺人を解決したことを説明した。彰羅は少し戸惑ったが、すぐに話し始めた。
「事故のことは聞いているのか?」
「はい、大枠は。臨さんと愛央さんにとって、奈津さんは大切な存在だったとも」
「ああ、元々誰にでも好かれる子だったが、あの2人にとっては特別だったからな。そもそもが、奈津がいたからこのグループに入ったようなものだし」
やはりそういう経緯があったのか。のり子は納得し、更に気になることを尋ねた。
「彰羅さんはどうして組美さんと悠都さんと一緒にいたんですか? 失礼ながら、仲はあまり良いようには見えませんでしたが」
「……俺達全員、絵璃奈さんの父上の会社と関わりがある会社の子息や息女だということは聞いているかな? 組美と悠都の会社は、その中でも一番大きいんだよ」
なるほど、親の会社の力の序列の問題か。となると、気に入らなくても関係を続けないといけないのも分からなくはない。のり子は世知辛い話だと感じた。
「だから、奈津さんが亡くなっても臨さんと愛央さんはこのグループに居続けているんですね」
「ああ、俺もそうだ。情けない話ではあるがな」
いりすの言葉に、彰羅は自虐的な笑みを浮かべた。この辺りは当事者じゃないと分からない事情や感情があるのだろうが……のり子は更に気になることを聞いた。
「彰羅さんにとって奈津さんは、どういう存在でしたか?」
「……仲は良かったよ、正直惹かれてもいた。ただ彼女はとにかく多くの人に愛されていたからね、まあ一方的な片想いって奴だ」
「分かりました、ありがとうございます。ちなみに、仮にですが……奈津さんの死が事故じゃなかったとしたら、どう思います?」
「……許せないな、決して。臨も愛央ちゃんも、その可能性を多少なりとも疑っているからこそ、組美と悠都と関係を続けていたっていうのもあったと思う」
落ち着いた印象のある彼の表情が、やはり一転して憎悪に満ちたものに変わった。のり子は今回も何も喋らず、会釈をして彼の部屋を出た。
「のり子先輩、やはり今回の事件の動機は」
「ほぼ間違いなく、奈津さんの死に絡むことだろうね」
「やっぱり。犯人は誰なんでしょう、あの3人の中の」
やはりいりすちゃんは犯人は彰羅さん・臨さん・愛央さんの中の誰かだと思っているか……のり子は心苦しく思いつつも、冷徹にそれについて指摘した。
「……3人じゃないよ、いりすちゃん。亜璃栖ちゃんも、絵璃奈さんも、璃人さんも、容疑者の一人だし」
「ええ!! そ、そんなこと絶対にありえませんよ、だって瑠璃香さんが襲われているんですよ」
「でも、結果的に瑠璃香さんは軽傷で助かっているでしょ。まして凶器は庭に転がっていた木の棒で、殺傷能力は低いわけだし」
「そ、それは衝動的な犯行だったからじゃないですか? 動機的に瑠璃香さんが襲われるのは変ですし、おそらく何かアクシデントがあって」
「もちろんそう考えるのが妥当だろうけど……絵璃奈さんが奈津さんと親しかったという事実を考えると、違う可能性も出てくるの」
「違う可能性、ですか?」
悲しい可能性ではあるが……あの三姉妹と璃人さんが相手のことを大切に思っているからこそ、あり得る話だとのり子は思った。
「亜璃栖ちゃんが犯人だと絵璃奈さんか瑠璃香さんが気付いたから、2人でお芝居をして亜璃栖ちゃんを犯人候補から外そうとしたとか……絵璃奈さんが犯人だと亜璃栖ちゃんか瑠璃香さんが気付いたから、2人でお芝居をして絵璃奈さんを犯人候補から外そうとしたとか、ね。さすがに仲のいい姉妹同士が殺し合うなんて誰も思わないわけだし」
「た、確かにそうすれば亜璃栖ちゃんや絵璃奈さんは犯人候補から外れるでしょうし、璃人さんにも同じことが言えますけど……だからといって!!」
いりすはやりきれない気持ちを晴らすかのように、のり子に強い口調で反論した。普段素直ないりすちゃんにしては珍しいが……それだけいりすちゃんの中であの4人が大切な存在になっているということなのだろう。のり子の心はキリリと痛んだが、それでも……
「可能性がある以上、私は目を逸らすわけにはいかない。それが……探偵なの」
「……分かっています。そんなのり子先輩だからこそ、多くの人達を救ってこれたんだって。子供なのは……私の方だって」
私だって子供だ。それでも……進む足は緩めない。真相の為にも、大切な人達の為にも。




