青空別荘殺人事件④(亜璃栖への疑惑)
のり子はすぐにいりすを起こし、亜璃栖と一緒に組美の部屋に向かった。到着すると、亜璃栖が先程と変わらず青い顔で告げた。
「あ、あれです……」
亜璃栖が指さした先では、組美がベッドで寝ていた。ただ、寝ているのではなく死んでいると即座に分かるのは……組美の首にアイスピックが刺さっているからだった。
「の、のり子先輩……」
いりすがのり子にしがみつき、亜璃栖同様青い顔をして震えている。おそらく死体を見たことがないのだろう。
「亜璃栖ちゃん、瑠璃香さんと絵璃奈さんに伝えて。あと、警察を呼んで」
「わ、分かりました」
亜璃栖は瑠璃香と絵璃奈を呼びに行った。のり子はいりすにそこにいるように伝え、ゆっくり組美の死体に近づいた。
「他に特に外傷はないし、首への一撃が致命傷ね。服が多少濡れているのは……このミネラルウォーターか、寝ながら飲んでてこぼしたか寝落ちしてこぼしたか」
「のり子先輩……すいません、私何も出来なくて」
「気にしないで、誰だって死体を前にして何も感じないなんてないんだから」
特に争った形跡もないし、寝ているところを襲われたと考えるのが妥当か。あとは警察が来て調べないことには始まらないと思い、のり子はいりすを気遣いながら警察の到着を待った。
***
「栃木県警の高根沢です、よろしくお願いします」
「この別荘の管理人の二ノ瀬璃人でございます、ご足労ありがとうございます」
「ここはあの牧野家の別荘と聞いていますが、お父様とお母様は?」
「父と母は海外出張中です。連絡はしましたが、なにせ海外ですからすぐに戻ってくることは難しいとのことです」
警察が到着し、璃人と瑠璃香が対応している。ホールに関係者全員が集まり、皆落ち着かない様子だ。特に亜璃栖は死体を間近で見たためか、ガクガクと震えている。中学生の身であまりに辛い体験だ、のり子もいりすも心配そうに見つめている。
「犠牲者は根下組美さん。死因は首をアイスピックで刺されたことですが、調べた結果アイスピックには毒が塗ってありました」
「ど、毒ですか!?」
「ええ、アイスピックを使ったのはおそらく返り血を浴びないためでしょう。アイスピックのような細いモノで刺した場合、それが栓のような役割を果たして抜かない限り出血を抑えることが出来ますからね。毒を塗ったのは確実に仕留めるためでしょう」
高根沢刑事の説明に瑠璃香が驚きの声をあげた。アイスピックに毒が塗ってあったのか……凶器の選定の理由といい、彼の見解は妥当だとのり子は感じた。
「死亡推定時刻は昨晩22:00~23:00の間。第一発見者の牧野亜璃栖さんの話によると、部屋の鍵はかかっていなかったとのことですが」
「は、はい。昨日組美さんは眠いから部屋に帰ると言っていたので、部屋に戻って鍵をかけずにそのまま寝てしまったんじゃないかと」
「なるほど。二ノ瀬璃人さん、昨晩22:00~23:00の間はここにいる人達以外の人が出入りはしましたか?」
「いえ、昨日は夕食が済んだ20:00以降は屋敷内はすべて施錠いたしましたし、誰かが訪ねてくることもございませんでした。入口と裏口には防犯カメラが設置してあるので確認しましたが、怪しい者の出入りは特には」
「ふむ、となると外部の者の犯行は考えにくい。犯人は……この中にいるということですな」
この場に集まった全員が驚きの表情を浮かべた。気持ちは分かるが、確かに状況からして犯人はこの中の誰かに間違いはないだろう。密室ではないことを考えると、重要になってくるのはやはりアリバイか……のり子は証言を聞き逃さないように気を引き締めた。
「つきましては、みなさんの昨晩22:00~23:00のアリバイを調べさせていただきます。まずは……成本彰羅さん、お願いします」
「俺はその時間はずっと談話室で飲み会に参加していたよ。そちらの亜璃栖さんと絵璃奈さんと瑠璃香さんと一緒だった、あと河澄さんと朝福さんともね。21:30くらいに一度トイレに立ったけど15分くらいだったし、22:00~23:00の間はずっと談話室にいたよ」
「牧野瑠璃香さんに牧野絵璃奈さん、それは本当ですか?」
高根沢刑事が瑠璃香と絵璃奈に尋ねた。まあ亜璃栖ちゃんは中学生だし、私もいりすちゃんも高校生だ、この2人に聞くのは妥当だろう。
「はい、私は19:30くらいから彼のグループと一緒に談話室で飲み会に参加していましたが、彼が席を立ったのはトイレの時だけです。時刻も間違いありません」
「私は元々亜璃栖とそちらの河澄のり子さんと朝福いりすさんと20:15くらいからもう一つの談話室でお喋りしていたんですが、20:45くらいに瑠璃香姉さんがいる談話室に移動して飲み会に参加したんです。そこからは瑠璃香姉さんは飲み会が終わる23:30くらいまで一度も席を外していません。といっても、私は22:00~23:00の間に一度トイレで15分程席を外したので、その間のことは分かりませんが」
「ふむ、そのトイレの15分間の瑠璃香さんの所在を証明できる方は?」
「私といりすちゃんは20:45~23:30の間、ずっと談話室で飲み会に参加していて一度も席を外していません。瑠璃香さんは確かにずっといましたよ」
「はい、間違いありません」
「ふむ、となると成本彰羅さんと牧野瑠璃香さんのアリバイは成立ですな。それと、河澄のり子さんと朝福いりすさんもね」
高根沢刑事の言う通り、彰羅さんと瑠璃香さんはアリバイ成立だ。絵璃奈さんは……残念ながら不成立か、のり子は一度ため息をついた。
「それでは、次は……鹿沼臨さん、お願いします」
「私はその時間はずっと自分の部屋にいました。なので、残念ですがアリバイはありません」
「なるほど。ちなみに、犠牲者の根下組美さんとは大学の友人と聞きましたが」
「はい、悠都君と彰羅君と愛央ちゃんもです。今回は5人で同じく大学の友人の絵璃奈さんにお願いして、ここにバカンスに来たんです」
となると、臨さんはアリバイ不成立か。動機面を考えても、彰羅さんや愛央さんと同じで組美さんのわがままに付き合わされていた感じだから、何かあったとしても不思議じゃない。
「分かりました。次は……湯浅愛央さん、お願いします」
「私も臨さんと同じでずっと自分の部屋にいたので、アリバイはありません」
「ふむ、君と鹿沼臨さんは飲み会に参加していなかったのですか?」
「いえ、最初は参加していたんですけど、20:45くらいに絵璃奈さん達が合流してからちょっとしたトラブルがありまして。それで気まずくなってしまって、私と臨さんは自分の部屋に戻ったんです」
「ほう、トラブルとな。具体的に教えていただけませんか?」
亜璃栖がその言葉に反応し、不安そうな顔をした。これは……正直良くない流れだとのり子は思った。
「組美さんがそちらの亜璃栖さんにしつこく絡んで、それを亜璃栖さんが大声をあげて拒否したんです。まあ、死んだ人のことを悪く言うのは気が引けますけど、組美さんの普段の行いを考えると亜璃栖さんの気持ちも分からないわけじゃないですが」
「なるほど。牧野亜璃栖さん、それは間違いないですか?」
「は、はい……ついカッとなってしまいまして。すいません」
「ちなみに、昨晩22:00~23:00のアリバイは?」
「談話室で飲み会に参加していましたけど……その件が頭から離れなくて、頭を冷やそうと思いまして顔を洗いに洗面所に行きました。20分くらいだと思うんですが」
やはりそうか。つまり、その間亜璃栖ちゃんはアリバイがない。となると……これはまずい。
「20分ですか。璃人さん、談話室と組美さんの部屋はどのくらいで往復できますか?」
「急げば6分くらいで往復できるかと」
「ふむ、ちなみに組美さんの部屋と亜璃栖さんの部屋は?」
「……4分ほどで往復できます」
「となると、20分あれば十分ですな……亜璃栖さん、あなたが犯行を行うには」
高根沢刑事が亜璃栖の方を向き、疑惑の目を向けた。亜璃栖は再び顔を青くし、ガタガタと震えながら答えた。
「そ、そんな。私、殺してなんかいません」
「ですけど、直前に組美さんとトラブルになったんですよね。愛央さんが言うには、今回だけの話ではなさそうですし」
「そういえば、前回この別荘に来た時も組美に結構反抗的だったしな、亜璃栖ちゃん」
高根沢刑事の追及に、悠都が追い打ちをかける。アリバイがなく動機面も十分、正直かなり分が悪い状況だとのり子は感じた。
「そんな……亜璃栖ちゃんが殺人なんてするわけが」
「違います……私、やってません……ひっく」
いりすが懸命に亜璃栖をかばい、亜璃栖は泣きながら否定している。現状では言えることは少ないが……これだけは言えるとのり子は確信した。
「高根沢刑事、亜璃栖ちゃんが衝動的にやったというのはありえませんよ」
「何だと!? 何を根拠にそんなことを」
「アイスピックに毒が塗ってあったことですよ。アイスピック自体は簡単に調達できますが、毒はそうはいかない」
「た、確かにそうだが」
「その時点で衝動的な殺人ではないんですよ。そもそもただ殺すだけなら毒なんて必要ないし、返り血の心配なんて衝動的な殺人ではするものじゃない。これは明らかに計画的な殺人です」
「の、のり子さん……」
高根沢刑事が悔しそうな表情を浮かべている一方で、亜璃栖は目を丸くしてのり子を見つめていた。先程まで流れていた涙はほぼ止まったようだ、のり子は安心した。
「……確かに現時点で決め打ちは出来ないですな。残りの人のアリバイを聞くとしましょう。島松悠都さん、お願いできますかな」
「はぁ、分かったよ。俺は19:30くらいからずっと談話室で飲み会に参加していたけど、21:15くらいに組美と一緒に抜けて自分の部屋に戻ったんだ。そこからずっと部屋にいたよ」
「となると、アリバイはないということですな」
「しょうがねえだろうが。まったく、俺も飲み会に最後まで参加していればよかったぜ」
あなたがいたら飲み会は気まずいままだっただろうから、抜けて正解だったですよとのり子は心の中で思った。
「最後は……二ノ瀬璃人さん、お願いします」
「私は夕食の片づけや明日の準備、戸締り等をしていましたので、アリバイはございません」
「まあ、管理人ですから仕方がないですな」
これで全員のアリバイが判明したか。アリバイが成立したのは、いりすちゃんと瑠璃香さんと彰羅さん。他の人はアリバイがないので、犯行は可能か……のり子は情報を頭の中で整理しつつ、一度深呼吸をした。
***
「のり子さん、本当に……本当にありがとうございます!!」
「ううん、亜璃栖ちゃんの元気が戻って何よりだよ」
「私からもお礼申し上げます。亜璃栖から話は聞いていましたが、本当に凄い探偵さんなんですね」
警察の聞き込みが終わって解散した後、亜璃栖が深々と頭を下げ、のり子に感謝してきた。絵璃奈も亜璃栖のピンチを救ってくれたのり子に敬意を示しているようだ。のり子は少し照れ臭くなり、頬をかいた。
「それだけお若いのに本当に素晴らしいことです。二度も亜璃栖を助けてくださり、どれだけ感謝したらいいのか」
「いやいや、大袈裟ですって」
「そんなことないですよ、のり子先輩。それだけのり子先輩は凄い人なんです、そろそろ自覚しましょうよ」
瑠璃香も最大限の感謝を示しており、いりすものり子の活躍が誇らしいようだ。褒めてくれること自体は嬉しいが……のり子は諸手を挙げて喜ぶわけにはいかなかった。
***
「いやー、でも本当に良かったですねのり子先輩、亜璃栖ちゃんが犯人じゃなくて」
「……そうとは言い切れないよ」
「え?」
牧野三姉妹と別れ、自分の部屋に戻る途中いりすが嬉々としてのり子に話しかけてきたが、のり子の予想外の言葉にいりすは目を丸くした。
「ど、どういうことですか? だってさっき、亜璃栖ちゃんは犯人じゃないって」
「私は亜璃栖ちゃんが衝動的にやったわけじゃないって言っただけだよ、亜璃栖ちゃんが犯人じゃないとは言ってない」
「た、確かにそうですけど」
「亜璃栖ちゃんにアリバイがないのは確かだし、動機もある。飲み会の時のトラブルだけじゃない、亜璃栖ちゃん言ってたでしょ、『あの人達、嫌い』って。それに亜璃栖ちゃんはまだ幼いから感情に流されてしまうところがあるって、瑠璃香さんも言ってたわけで」
そう、計画的犯行という意味では、残念ながら亜璃栖ちゃんは現時点で一番の容疑者であることは疑いようがないのだ。いりすは認めたくはない一方で、のり子の言うことも一理あると思っていそうな複雑な表情を浮かべていた。
「で、でも亜璃栖ちゃんは殺人なんて出来る子じゃ」
「忘れたのいりすちゃん、亜璃栖ちゃんはいりすちゃんが解決した盗難未遂事件の犯人なんだよ。もちろん殺人と盗難は違うけど、その時もお姉さん達のためにやったわけでしょ」
「そ、そんな……」
「組美さんに激昂したのも、瑠璃香さんと絵璃奈さんに迷惑をかける存在だから。私だって亜璃栖ちゃんが犯人だなんて思いたくないけど……探偵である以上、感情に流されるわけにはいかないの」
いりすの悲しそうな顔に心を痛めながらも、のり子は亜璃栖を犯人候補のリストに入れ、本格的に捜査を開始したのだった。




