青空別荘殺人事件③(暗雲)
のり子といりすは牧野三姉妹の案内で、別荘内の軽い説明をしてもらった。亜璃栖いわく、青空と自然によく映えるので青空別荘と呼ばれているらしいが……思わずため息をつき、2人が思ったことは……
「ひ、広い!!」
「ご、豪華!!」
「だ、大丈夫ですかお二人とも、頭を抱えて」
「いや、一体部屋何個あるのよ……」
「あれもこれも……一体買ったら何円になるんだろう?」
亜璃栖がオーバーリアクション気味なのり子といりすを心配しているが、こればっかりは仕方がない。一般市民には、この豪邸は眩しすぎるのだ……数々の事件を解決してきたのり子の頭脳も混乱状態である。
「はい、着きましたよ、こちらがのり子さんといりすさんの部屋です。ご希望通り、相部屋にしました」
「あ、ありがとうございます。早速荷物を置いて……」
「どうしたんですか、のり子先輩、早く入って……」
「あのー……お二人ともどうしたんですか?」
「だ、大丈夫です。理解が追い付かないだけですので」
「はい……高級ホテルの部屋でしょうか?」
絵璃奈も呆然としているのり子といりすを心配してくれるが、本当にこればっかりは仕方がない。いりすの言う通り、どう見ても高級ホテルの部屋である。
「こちらに冷蔵庫とテレビがありますので、ご自由にお使いください。エアコンのリモコンはこちらですけど、使わなくても十分に涼しいですよ」
「ベ、ベッドもお洒落ですねえ……上の網棚に花も飾ってあるんですか」
「亜璃栖が花が好きなので、各部屋に飾ってあるんです。世話が大変なので、さすがにイミテーションですが」
「そういえば、亜璃栖ちゃん髪留めにも花が付いてるもんね」
「お、お恥ずかしい限りです」
瑠璃香の説明にのり子が目を丸くし、いりすが相槌を打ち、亜璃栖が恥ずかしくなり頬を赤らめた。こういうストレートな女の子らしさが亜璃栖ちゃんには本当によく似合う、絵本から飛び出してきた少女という表現はまさに亜璃栖ちゃんにぴったりだとのり子は思った。
***
部屋に荷物を置き、のり子といりすは牧野三姉妹と別荘の外に繰り出した。天然のクーラーと言える程の快適な気温に美味しい空気、雄大な自然に2人の心も自然と踊った。
「……綺麗な花畑」
「私のお気に入りの場所なんですよ」
「癒されますねー、匂いも良いですし」
「こっちも素敵ですよ、いりすさん」
「わ、本当だ」
絵本から飛び出してきたような少女と、白いワンピースと麦わら帽子の夏の少女が花畑で戯れている。思わず絵画に描きたくなるような素晴らしい光景だとのり子は思い、スマホで動画を自然と撮っていた。
「気持ちよさそうな川ですね、風景も素晴らしいですし」
「実際に川に入るともっと気持ちいいですよ、深いところもあるのでお気をつけて」
「のり子せんぱーい、冷たくて気持ちいいですよ♪」
絵璃奈の注意に頷き、いりすが白いワンピースを持ち上げて、川の中を歩いて楽しんでいる。うーん、実に絵になる。のり子は花畑の時と同様に、スマホで動画を撮っている。
「のり子先輩、さっきから私ばっかり動画で撮りすぎですよ」
「いやー、あまりにいりすちゃんが可愛くて絵になるからさ」
「か、可愛いって……私なんか撮っても絵になるわけが」
「ふふ、そんなことないですよ。のり子さんの気持ち、分かります」
のり子の言葉に絵璃奈もクスリと笑って相槌を打った。お世辞でも何でもなく、今のいりすちゃんは誰から見ても非常に魅力的な女の子だとのり子は思った。
「美味しいですね、この牛乳」
「那須の牛乳は有名ですからね」
「牛乳は良く飲みますけど、那須の牛乳はやっぱり特別なんですか?」
「まあ、北海道を除けば生乳生産量1位ですからね、栃木は。那須はその中心地です」
瑠璃香の話を聞き、いりすの目が輝きだした。何だろう……どこか萌希を思い出すようなこの光景は。のり子は首をひねった。
「そ、それじゃ那須の牛乳をたくさん飲めば私の胸も大きくなりますかね!?」
「ど、どうでしょう、それは」
「瑠璃香さんの胸を見る限り、可能性はあるんじゃないかと思うんですよ!!」
「た、多分関係ないと思いますよ。私は瑠璃香姉さん程大きくないですし」
「いりすさん……残念ですけど可能性はないです、私もたくさん飲んでますから」
「……ごめんなさい」
亜璃栖の達観したような顔に、いりすが申し訳なさそうに頭を下げた。とはいえ、亜璃栖は小さいがまだ中学生であり、絵璃奈も瑠璃香ほどではないにせよ、そこそこ大きい方である。いりすちゃんも萌希と同じ悩みを抱えているんだなあと、のり子はしみじみ思った。
その後も色々と回り、夕方になったので別荘に戻ってのり子といりすは部屋でくつろいでいた。それなりに歩いたので、のり子はベッドに身を任せ思いっきり伸びをした。
「うーん、楽しかった。大満足!!」
「本当ですね。那須高原、素敵な場所です」
「夕食まであと1時間くらいかかるみたいだから、ちょっとゆっくりしようかな」
「ですね、疲れを取りましょう」
そう言ってクスリと笑ったいりすを見て、改めていりすと織絵の違いをのり子は感じた。2人ともとびっきり可愛い後輩だが、持ち前の天真爛漫さとスター性で人を明るく元気にしてくれる織絵ちゃんに対し、その素直さと親しみやすさで人を和ませ安心させてくれるのがいりすちゃんなのだ。
その特性上どうしても織絵ちゃんの方が派手で目立つので見劣りしてしまうといりすちゃんは思ってしまうんだろうけど、どちらも同じくらい魅力的だし、だからこそこの2人に関わる人たちはみんな笑顔になるのだろう。歩いた疲れを取りたいのり子にとって、体も心も癒してくれるいりすの存在はとてもありがたかった。良い後輩を持ったなと。
***
夕食の時間になり、のり子といりすは食堂に向かった。目の前には色とりどりの料理が並んでいて、どれも美味しそうだ。牧野三姉妹いわく、すべて璃人が作ったらしい。多才な方だとのり子は感心した。
「お、美味しいこの牛肉!!」
「那須の和牛は絶品ですからね。デザートに栃木名物の苺もありますよ」
「うーん、甘くて美味しい!! さすがは苺王国栃木」
のり子が那須和牛に舌鼓を打ち、いりすは苺を美味しそうにひょいひょい口にしている。亜璃栖も説明しつつ味を楽しんでいるようだ。
「のり子さんもいりすさんも気に入ってくださって何よりです」
「本当に色々とありがとうございます、こんなに至れり尽くせりして下さって」
「いえいえ、こちらも楽しいですし、お気になさらずに」
亜璃栖ちゃんも絵璃奈さんも瑠璃香さんも温かくて本当に良い人だ。偶然から生まれた素晴らしい縁に感謝しつつ、のり子といりすは夕食を楽しんだ。
夕食が終わり、のり子といりすは談話室で亜璃栖と絵璃奈とお喋りを楽しんでいた。昼間は色々な場所を回りながらでその場所についての話が中心だったので、日常の他愛もない話を時間を気にせず楽しめるのは実に有意義だった。
「そういえば、瑠璃香さんはどこに?」
「……瑠璃香お姉ちゃんは絵璃奈お姉ちゃんの大学の人達の相手をしています。談話室はもう一つあるので」
「ああ、あの人達の……」
のり子が瑠璃香の所在を聞くと、亜璃栖は先程までの笑顔から曇った表情で告げた。いりすの言うあの人達のせいだろう。
「先程も話しましたけど、そういう関係ですので。夕食も璃人さんが気を利かせて時間を別にしてくれたんです」
「そうだったんですか……」
絵璃奈の顔も曇った。のり子が相槌を打つと、絵璃奈はため息をついて続けた。
「瑠璃香姉さんは社会人で父の会社で働いているので、向こうもやっぱり瑠璃香姉さんと話したがるんです。まだ幼い亜璃栖はともかく私は大学生なので力になりたいんですけど、やっぱりまだ未熟で……お恥ずかしい限りです」
「瑠璃香お姉ちゃんも気を使って一人で相手してくれてるんです」
「そんな……」
亜璃栖と絵璃奈のやりきれない様子に、いりすも心を痛めているようだ。確かにあの大学生5人組は奈良旅館のクレーマー連中と違って、倫理に反したことをしているわけではない。しかしやはり空気が読めないというか、相手の気持ちを考えて行動する姿勢が足りない。亜璃栖ちゃんと絵璃奈さんの様子からして、それなりに長い期間そうなんだろうな。のり子の心もキリリと痛み、頭を抱えた。
「私、やっぱり行ってきます。瑠璃香姉さん一人に5人相手にさせるのはさすがに」
「私も行くよ、絵璃奈お姉ちゃん」
「ありがとう亜璃栖。でもあなたはやっぱりまだ幼いし、のり子さんといりすさんの話し相手がいなくなってしまうでしょ?」
「でも……」
「それなら、私達も行きます、なら問題ないですよね?」
「のり子先輩の言う通りです」
「……ありがとうございます。申し訳ないですが、お願いします」
亜璃栖ちゃんと絵璃奈さんにこれ以上悲しい顔をさせるわけにはいかない。のり子といりすは亜璃栖と絵璃奈と一緒に瑠璃香がいる談話室に向かった。程無くして着くと中では瑠璃香が大学生5人組の相手をしていた。さすがに社会人だけあって凛として落ち着いた態度だが、少々疲れが顔色から感じられた。
「瑠璃香姉さん、私も参加するわ」
「絵璃奈……それに亜璃栖とのり子さんといりすさんまで」
「お、絵璃奈さんも来てくれたんですね。一緒に飲みましょう」
「はい、分かりました」
悠都の飲みの誘いを受け、絵璃奈は椅子に座り相手を始めた。談話室は酒とつまみに溢れ、悠都と組美が中心となって盛り上がっている。彰羅は静かに飲みながら時々琉璃香と話し、臨と愛央は一歩引いた形で見つめている感じだ。何となくこの5人組の特徴がのり子は掴めた気がした。少なくとも、彰羅さんと臨さんと愛央さんは良識はある方なのだろう。
「亜璃栖ちゃーん、せっかくだし一緒に盛り上がろうよ、ジュースもあるからさ」
「いえ、今日は色々なところを歩いて少々疲れていますので、遠慮させていただきます」
「つれないこと言わないでさ。可愛い亜璃栖ちゃんとお話ししたいのよ」
「……やめてください!!」
しつこく誘ってくる組美に、亜璃栖が大きな声を上げた。その場にいた全員が驚き、談話室は一瞬静寂に包まれた。
「もうこれ以上、瑠璃香お姉ちゃんと絵璃奈お姉ちゃんに迷惑かけないでください。瑠璃香お姉ちゃんも絵璃奈お姉ちゃんも……会社の道具じゃないんです!!」
「亜璃栖……」
瑠璃香が亜璃栖の気丈な態度に驚いていた。普段大人しい印象があるだけに、のり子もこれには驚くしかなかった。
「な……なによ、ちょっと一緒に楽しもうって言っただけじゃない」
「そうだよ、いくら牧野家の令嬢とはいえ調子に乗ってるんじゃないのか?」
「やめとけ悠都、さすがにそれは言いがかりだぞ。組美も飲みすぎだ、今日は他にもお客さんがいるんだし空気読め」
「……分かったわよ、全く」
「そうやって点数稼ぎか、彰羅?」
「何だと!!」
悠都の言葉に、彰羅が怒りを露わにした。さすがに黙っていられなくなったのか、沈黙を守っていた臨と愛央が間に入った。
「ちょっと、悠都君も彰羅君も落ち着いて。他の人達の前だよ」
「みなさん本当にすいません。悠都さんも組美さんもお酒が入ると悪ノリしてしまうところがありまして」
臨が2人を仲裁し、愛央が牧野三姉妹とのり子といりすに謝った。やっぱり悠都さんと組美さんのわがままに彰羅さんと臨さんと愛央さんが振り回されてる形か、とのり子は思った。
「……すいません、大声出してしまいまして」
「亜璃栖、気にしないで。気持ちは嬉しかったから」
亜璃栖が謝り、絵璃奈はそんな亜璃栖に大学生5人組に聞こえないようにそっと耳打ちした。この騒ぎで気まずくなったのか、臨と愛央は部屋に戻った。
***
その後、飲み会は続いたがさすがに先程の騒ぎの影響で盛り上がりにくくなり、静かに時がすぎていった。そんな中、一番多く飲んでいた組美が席を立った。
「何か眠くなってきたから、部屋戻るわ」
「飲みすぎだって言ったのに、更に飲むからだぞ」
「うるさいわね、あんたのせいでしょ彰羅」
「はぁ……さっさと寝て頭冷やせ。ほら、水」
「俺も部屋戻るわ。何かシラケちまったし」
組美に続いて、悠都も席を立った。これでこの場に残った大学生5人組は彰羅だけになり、彰羅はのり子達に改めて謝ってきた。
「仲間が迷惑かけてすいません。あの2人には何度も言ってるんですが、聞かなくて」
「お気になさらないでください。彰羅さんはいつも間に入ってくれるじゃないですか」
「……それでもあの2人とずっとつるんでいるんですから、俺も同罪ですよ」
「私は違うと思いますよ。臨さんと愛央さんも」
瑠璃香さんも絵璃奈さんも、彰羅さんに対しては自然な表情で話しているように見える。絵璃奈さんの話だと、臨さんと愛央さんに対してもそうなのだろう。要は悪印象を抱いているのは悠都さんと組美さんに対してだけということか、あの2人が中心になって仕切っているから全体がそう見えてしまうだけで。のり子は事情が少し分かった気がした。
その後は彰羅を交えて飲み会が続き、先程までの気まずい雰囲気はなくなり和やかに会話は進んだ。亜璃栖だけは先程大声をあげた件のせいなのか、終始静かにしていたのが気になったが……日付が変わる時刻が近づいたところでお開きになり、のり子といりすは部屋に戻った。
「何だか色々と疲れましたね……のり子先輩」
「うん……亜璃栖ちゃん、大丈夫かな」
「さっきのこと、気にしてるっぽかったですからね」
「明日、亜璃栖ちゃんとまた一緒に遊んで気晴らしさせてあげようか」
「そうですね、それが良いと思います」
お金持ちというのは恵まれているように見えて、辛い面もあるんだとのり子は実感した。まして亜璃栖はまだ中学生の身、自分一人で解決できないことも多いだけにのり子としては色々と心配なのだ。そんな亜璃栖を明日は元気づけてあげようと決心し、のり子は眠りについた。
***
「のり子さん!! いりすさん!! 大変なんです、開けてください!!」
翌朝、のり子といりすの部屋のドアを誰かが懸命に叩いていた。声からして亜璃栖ちゃんだろうか……のり子は目をこすりながらドアの鍵を開けた。
「亜璃栖ちゃん、どうしたの朝早くから」
「のり子さん……お願いです、助けてください」
亜璃栖は青い顔をして、涙目でのり子に助けを求めてきた。これはただ事じゃない……のり子は気を引き締め、亜璃栖に尋ねた。
「落ち着いて亜璃栖ちゃん、何があったの?」
「組美さんが……組美さんが、部屋で死んでいるんです!!」
その瞬間、のり子の眠気はすべて吹き飛んだ。




