青空別荘殺人事件①(社長令嬢のお誘い)
「もうそろそろ夏休みか……」
授業が終わり、帰り支度をしながらのり子は窓の外を見ながら呟いた。7月になり、本格的な暑さを迎え、蝉の鳴き声も聞こえるようになった。半袖の制服でも汗ばむこの頃、授業を受けるのも楽じゃないが、もうすぐ夏休みだと思うと少し気が楽になる。
「すみれは夏休み、予定とかあるの?」
「まだ決めてないけど、多分家族でどこか行くと思うよ」
「ふーん……織絵ちゃんとバカンスねえ」
「な、何よ。家族でって言ったでしょ、お父さんもお母さんも一緒よ」
「いや、誰も2人きりとか言ってないし」
そんな反応ではバレバレなのだが……。まあ確かに両親も一緒に行くんだろうが、このシスコンお姉ちゃんのことだ、絶対に織絵ちゃんと2人っきりの時間は作るだろう。間違いない、賭けても良い。
「まったくのり子は……私、先に帰るね」
「一緒に帰らないの?」
「織絵と約束があるのよ、今日部活休みらしいから」
「なるほど、バカンスの予定を立てると」
「だから違うって!! はぁ……また明日ね」
すみれは頭を抱えて、教室を出て行った。のり子にとってすみれいじりは日課のようなものなので、これでノルマ消化という感じである。まあ、それものり子とすみれがそれだけ仲が良いからこそのじゃれ合いのようなものだが。
「詩乃は調理部だし、萌希は図書委員か……帰りに本屋で推理小説でも探そうかな」
のり子は鞄を持ち、教室を出た。最近は今井刑事からの捜査協力も特にないし、ゆっくり出来る時はゆっくりしたいと思ったのだ。廊下を歩いていると、見知った顔を見つけた。
「あ、こんにちは、のり子先輩。今、帰りですか?」
「そうだよ。いりすちゃんも?」
「はい、今日は部活休みですし。織絵と帰ろうかなって思ったんですけど、すみれ先輩と約束があるらしいんですよ」
「そういえば、すみれがそんなこと言ってたな。それじゃ、私と一緒に帰る?」
「はい、もちろんです!!」
こうしてのり子はいりすと一緒に帰ることになり、色々とお喋りしながら廊下を歩いた。ふと思ったことがあり、のり子はいりすに尋ねた。
「そういえば、いりすちゃんと2人で帰るのって初めて?」
「言われてみるとそうですね」
元々のり子がいりすと知り合ったのも、織絵を通してである。織絵といりすは親友なので一緒にいることが多く、のり子が一緒に帰るにしても織絵とセットなのが常だったのだ。
「だからかな、話していて何だか凄く新鮮な感じがするんだよね。いりすちゃんは素直で明るいから、話していて気持ちいいっていうか」
「もう、大袈裟ですね。そういうのは織絵で慣れてるんじゃないですか?」
「うーん、でも織絵ちゃんといりすちゃんは似ているようでタイプは違うと思うし」
「まあ、違いますよね。織絵はとにかく目立ちますもん。生まれながらのスターと言いますか、アイドルと言いますか」
「あれは正直、圧倒されるね。特別な才能と言わざるを得ない」
「そんな織絵の傍にいると、やっぱり自分は見劣りしちゃうなって思うんですよ。もちろん織絵は何にも悪くないんですけど、ちょっと嫉妬しちゃうこともありまして」
正直なところ、いりすちゃんは自分のことを過小評価しすぎではないかとのり子は思っている。確かに織絵ちゃんのような人を惹きつける天性のスター性はないけど、ショートの黒髪が似合う抜群の美少女で、性格も素直で明るく友達想い。もし織絵ちゃんがいなければ、それこそ1年生でアイドル扱いされても何ら不思議はない。
「いりすちゃんは十分魅力的な女の子だよ。織絵ちゃんは織絵ちゃんだし、いりすちゃんはいりすちゃん、比べる必要はないと思うけどね」
「ふふ、ありがとうございます。やっぱりのり子先輩は優しくて頼りになりますね」
「褒めすぎだって。それにしても本当に暑いね。何というか、避暑地でゆっくりすごしたいなって思うよ」
「確かにそうですね。といっても、そういうところって旅費も宿泊費も高いでしょうし、高校生の身では手が出せないと言いますか」
「だよねえ……バイトでもしてお金貯めようかな」
「その間に夏休み終わっちゃいそうですね……」
のり子といりすが自分達の財力の無さを嘆きながら校舎を出ると、校門に一人の小さな女の子が佇んでいるのをのり子は見つけた。中学生くらいだろうか、セミロングのストレートの黒髪が綺麗で少し大きめの花の髪留めもよく似合っている。あどけない印象だが、正直かなり可愛い。ジュニアアイドルだと言われても、納得できるほどだ。
「あれ……もしかして、亜璃栖ちゃん?」
「あ、いりすさん!! お待ちしてました」
いりすがその女の子に気付き、名前で呼んだ。彼女もいりすのことを名前で呼んだのを見ると、2人は知り合いのようだが……のり子はいりすに尋ねた。
「いりすちゃん、知り合い?」
「はい。以前、コンビニで起きた盗難未遂事件でのり子先輩に助力をお願いしたことがあるじゃないですか。その時の、その……犯人と言いますか」
「ああ、あの事件の」
そういえば以前、いりすちゃんに依頼された記憶がある。犯人は中学生の女の子で、急な病気で来れなくなったお姉さんのための犯行であって、決して悪い子じゃない。外に持ち出す前だったし、反省の色も見えるということで、店のオーナーも許してくれたとのり子は聞いた。その中学生の女の子が、この子なのか。
「その節は本当に申し訳ございませんでした……色々な人にご迷惑をおかけしまして」
「ううん、気にしないで。ちなみに、事件の謎を解いたのは本当はこの先輩だから」
「え……いりすさんじゃないんですか?」
「私はそんな推理力ないよ。河澄のり子先輩っていうんだけど、本物の探偵で色々な事件を解決している凄い人なの。あの時ものり子先輩が解いて、私はそれを代わりに伝えただけ」
「そうだったんですか……初めまして、のり子さん。私、牧野亜璃栖と申します。その、本当にありがとうございました」
「いやいや。解いたのは私だけど、現場で頑張ったのはいりすちゃんだから、いりすちゃんを褒めてあげて」
これはのり子の本音である。謎を解いたのはのり子だが、この子の心に寄り添ったり他の人達を説得したのはいりすなのだ。真相を代わりに伝えただけ、では決してない。
「いりすさんものり子さんも、本当に立派な方です。今日お待ちしていたのは、その件のお礼をしたいと思いまして」
「お礼なんて大袈裟だよ」
「いえ、こちらの気が済みませんので。お姉ちゃん達に相談したんですが、うちの別荘に遊びに来ませんか?」
「べ、別荘!?」
いりすが【別荘】というワードを聞き、素っ頓狂な声をあげた。まあ、当然だろう……
「はい。栃木県の那須高原にあるんですが、とても良い所ですよ。今度の週末は丁度3連休ですから、いかがでしょうか?」
「那須高原と言えば、確かに避暑地として有名だけど……」
別荘ってそんな簡単に持てるものなのだろうか……しかも有名な避暑地に。のり子は亜璃栖に恐る恐る聞いてみた。
「ねえ、亜璃栖ちゃんの家ってもしかして……お金持ち?」
「確かお父さんがどこかの会社の社長さんだって聞いてますけど」
「あ、亜璃栖ちゃんって社長令嬢だったんだ……」
いりすが目を丸くして驚いている。確かに育ちが良さそうな感じはしたけど、まさかそんな良いとこのお嬢さんだったとは……のり子もただただ驚くしかなかった。
「でも良いのかな、そんな凄いところに招待してもらって」
「はい、それだけお二人に感謝しているので。もちろんお金はすべてこちらが持ちます」
「のり子先輩……これって渡りに船じゃないですか?」
「ま、まあ、確かにそうだけど」
旅費も宿泊費も高くて、高校生の身では手が出せないと先程まで言っていたのだから、まさに渡りに船である。向こうも望んでいるみたいだし、ここは甘えてしまって良いのかもしれない、のり子はそう思った。
「じゃあ、お願いしても良いかな?」
「ありがとうございます。お二人の連絡先、教えていただいてもよろしいですか?」
のり子といりすは亜璃栖と連絡先を交換し、詳しいことはまた後日連絡すると亜璃栖から伝えられた。亜璃栖は深々と会釈をし、帰っていった。
「何だか凄いことになっちゃいましたけど……結果的にはラッキーでしたね」
「うん、週末が……楽しみだね」
今まで2人っきりで遊ぶことがなかったいりすと一緒の旅行……のり子は心が躍る気分で週末を待ったのだった。
***
旅行当日、待ち合わせの場所でのり子はいりすを待っていた。結構早めに来たので待つ形になっているが、そろそろ来るだろう。そう思っていると、向こうから知った声が聞こえた。
「のり子せんぱーい!!」
「あ、いりすちゃん、こっちこっち……!?」
声がする方に振り向き、手を振った直後……のり子は目を大きく見開いて驚いた。
「どうしたんですか、のり子先輩。じっと私を見て」
「あ、いや……いつもと違う感じの服装だからさ」
「ふふ、せっかくの避暑地でのバカンスですからね、ちょっと頑張っちゃいました♪」
いりすは白いワンピースに麦わら帽子を被っていた。その姿はまさに夏のお嬢様と言った感じだ。織絵ちゃんの傍にいると見劣りするといりすちゃんは言っていたけど、今のいりすちゃんを見てそんなことを言う人は誰もいないだろうな。それだけ今の彼女は輝いており、目が離せないとのり子は心の底からそう思ったのだった。
「うーん、こりゃ雑誌の表紙に載せたくなる可愛さだね」
「ええ!? 何言ってるんですかのり子先輩、私なんかがそんなの無理に決まって」
「いやいや、本気で。読者モデルとかなれるんじゃないかな」
「も、もう、からかわないでくださいよ~」
冗談抜きで、今のいりすちゃんを【スエジリ】の編集長に見せたら目を輝かせて読者モデルにスカウトするのではないか、のり子はそう思ったのだった。
「いりすさん、のり子さん、お待たせしました」
「あ、おはよう亜璃栖ちゃん。えっと、そちらの方は?」
「別荘の管理人の二ノ瀬璃人さんです。車で連れて行ってくれますので」
「初めまして、二ノ瀬璃人でございます。亜璃栖お嬢様を助けてくださり、誠にありがとうございました」
「い、いえ、お気になさらずに」
「そのお礼として、最高のおもてなしをお約束いたします。さあ、車へどうぞ」
「は、はぁ……」
別荘の管理人に、見るからに高級そうな車……いりすものり子も、別世界としか思えない光景にただただ戸惑うしかなかった。
「さあ、出発です!!」
亜璃栖の掛け声で、車は那須高原へ向かって走り出した。スタートから圧倒されてしまったが、のり子は初めて体験する世界にわくわくしていた。目を輝かせているいりすに思わず笑顔になり、これからの旅路に期待を膨らませるのであった。
読んでくださりありがとうございました、新シリーズスタートです。
朝福いりす、今回は彼女が中心の話となります。
牧野亜璃栖ちゃん、再登場です。詳しくは『のり子達の日常:代理名探偵』を読んでください。
それでは、今回も精一杯書かせていただきますので、よろしくお願いします。




