鮮血の花嫁殺人事件⑨(復讐鬼と暗躍)
「のり子ちゃん、悪い冗談はやめようよ。のり子ちゃんはやっぱり、無邪気に笑っている方が可愛いと思うな」
「……私だって本当はそうしたいです。愛衣さんが白いワンピース着せてくれた時、恥ずかしかったですけど嬉しくもあったんです。愛衣さんと可愛い服を着て、笑っていたいですよ」
「のり子……」
「ですけど、私は探偵です。捜査に私情は、挟めない。愛衣さんのことが好きだからこそ……私は真実から目を逸らすことは出来ないんです!!」
女の子らしさに自信が持てない私を可愛いと言ってくれて、素敵な服を着せてくれた愛衣さんのためにも……のり子は全力で彼女と向き合う決心を改めて固めた。
「そっか……なら、証明して見せて」
「分かりました。愛衣さん、あなたの取った手順はこうです。機嫌を悪くして楽屋に行った雪奈さんを様子を見てくると言って追いかけ、彼女にこう提案したんです。『今回のことはさすがに編集長が無神経だった。だから、懲らしめる意味で死んだふりをしないか』と」
「お、俺を懲らしめる?」
「ええ。雪奈さんは専属モデルである自分を差し置いて、すみれを褒める編集長が気に入らなかった。だから、こういう言い方をすればまず食いついてくるでしょうからね」
「うーん、確かに雪奈ちゃんの性格からすれば、まず乗っかるな」
「……間違いない」
のり子の説明に、健土も安伸も納得した。要は雪奈さんのわがままで自分本位な性格を利用したというわけだ、のり子は続けた。
「それで、みなさんのところに戻ってきて『取り付く島もないから、機嫌が直るまで待つしかない。それまで各人、自分の仕事を片付けよう』と提案した。まあ、これに関してはみなさんの反応を見る限り日常茶飯事っぽかったんで、問題なく通りました」
「そういえば、それを提案したのは愛衣さんでしたね」
「その通りです、三空さん。ここで重要なのは、一人一人別行動させてアリバイを無くし、自分だけは私とすみれと一緒に楽屋で衣装合わせをして完璧なアリバイを作ることですが、これに関しても普段から自然とそうなっていたんじゃないですか?」
「まあ、そうだな。俺はそういう時は基本三空ちゃんと打ち合わせしていたし、安伸が1人で集中したいのもいつものことだから、健土は自然と気を使っていたしな」
「その辺りは愛衣さんも織り込み済みだったんでしょう。あとは隙を見て三空さんの飲み物に下剤でも入れれば、三空さんはトイレに行って結果編集長と三空さんのアリバイもなくなる。あとは雪奈さんとあらかじめ決めておいた時刻まで私とすみれと一緒に楽屋で衣装合わせをしていれば、アリバイは完璧です」
愛衣は反論せず、じっと見守っている。推理の隙を突こうという魂胆なんだろうが……そうはいかない。
「あとは決めておいた時刻にすみれと一緒にまずは雪奈さんの楽屋に行って、雪奈さんの書き置きに従って撮影室に行き、すみれに鍵がかかっていることを確認させてドアの下から雪奈さんが倒れているのを確認してドアをぶち破り、雪奈さんが血まみれで倒れているのをすみれに確認させる。もちろん、血は血のウォールステッカーだけどね」
「愛衣さん……」
すみれはのり子の推理を聞けば聞くほど、悲しい顔になっていった。正直心苦しいが……こればっかりは仕方がない。
「あとは『編集長を呼んできて』とすみれを撮影室から遠ざけて、死んだふりのドッキリだと思っている雪奈さんを本当に刺殺。血にみせるだけなら血糊とか血のタトゥーという手もありますが、血糊は拭き取るのは困難で警察に調べられたら一発だし、タトゥーもすみれが編集長を呼んで戻ってくるのに大体10分くらいだから、剥がすのに時間が足りない。ステッカーなら簡単に取れますからね」
「ふむ、それに処理も簡単だしな。それこそ、ハサミで切ってトイレにでも流してしまえばいい」
「そういうことです、今井刑事。刺した凶器は紐を付けて離れたところから抜けば返り血を浴びることはないですし、紐と一緒にビニールにでも入れて撮影室のゴミ箱に捨てておいたんです。当然、手袋をして指紋が付かないようにね」
「血のウォールステッカーの処理は、死体を全員が発見してから警察の事情聴取の間辺りに行った感じか?」
「まあ、そうでしょうね。すみれが編集長を呼んで戻ってくる間の10分間の間でそれは難しいでしょうから、とりあえず丸めてポケットにでもしまっておいたんでしょう。あとは刺殺する際にアップしておいたベールを再びダウンし、腰を抜かしたみたいに床に倒れこんで、すみれと私と編集長と三空さんが駆けつけてくるのを待てばいい」
「あ、愛衣さん……」
すみれが悲しい顔で愛衣の顔を見つめ続ける。心苦しい顔を僅かに見せながらも、愛衣は冷静にのり子の推理に反論した。
「だからのり子ちゃん、それはあなたの推論でしょ。私がやったという証拠はないわけで」
「そうでもありませんよ。愛衣さん、あなたが犯人だからこそ、犯行現場を密室にする必要があったんです」
「どういうことだ?」
「このトリックを成立させるために必要だったからですよ。愛衣さんの計画では、罪は編集長か三空さんに被ってもらう予定だった。動機面を考えても、適任ですからね。そのために三空さんの飲み物に下剤を入れてトイレに行かせ、二人のアリバイを無くしたわけですが……ここで問題になってくるのが健土さんと安伸さんの存在です」
「お、俺?」
「……僕も?」
まさか自分に話が振られると思わなかったのか、健土と安伸は素っ頓狂な声を上げた。
「もし二人のうちどちらかが、三空さんがトイレを済ませた後から愛衣さんとすみれが撮影室に向かうまでの間に何らかの用事で撮影室に向かい、鍵が閉まっていなかったら?」
「あ、そうか。撮影室に入って死んだふりの準備中の雪奈ちゃんを見られたら台無しだし、準備中でなくても生きている状態を見られただけで、殺害はそれ以降ってことになる」
「そういうことです、編集長。せっかく三空さんに下剤を仕込んでトイレに行かせて編集長と三空さんのアリバイを無くしたのに、これではその意味がなくなる」
「だから鍵をかけたのね。基本雪奈ちゃんが機嫌を損ねている短い時間の話だから後で良いやってなるでしょうし、私や編集長に鍵を借りに行く可能性もあるけど、時間は稼げるからその間に対策を取れるわけだし」
「そういうことです、三空さん。その場合はスマホの着信やバイブ等で雪奈さんが愛衣さんにサインを送って、予定を早めて撮影室に向かうってところでしょう」
のり子は再び愛衣の方を向き、目をしっかり見据えて指摘した。
「愛衣さん、編集長にせよ三空さんにせよ密室にする理由はないんです、自分が疑われる状況を作るだけですからね。その必要があったのは愛衣さん、あなただけなんですよ」
「のり子ちゃん、たとえそうだとしても私がやったという証拠にはならないでしょ、そう見せかけて罪を逃れようとしているかもしれないし」
「そうですか。なら出しましょう、あなたが犯人だという……物的証拠を」
のり子の言葉に対し、愛衣はまだ冷静な態度を崩さない。そんなものあるわけないと思っているのかもしれないが……甘い。
「愛衣さん、先程血のウォールステッカーはトイレでハサミ辺りで切り刻んで流して捨てたって説明しましたよね。ハサミ自体は事前にトイレに仕込んでおいたんでしょうが、ステッカーを切り刻む場合どうしても手袋を外すことになる。切り刻んですべてトイレに流したつもりでしょうが……シールって結構ベタベタ貼りついたりして、気が付いたら残っていたりするんですよね」
「ま、まさか……」
「ええ、トイレの床に残っていましたよ。雪奈さんとあなたの指紋、そして……雪奈さんの血が付着しているステッカーの破片がね」
愛衣は初めて冷静さを失い、冷や汗をかいた表情を浮かべた。これが……とどめだ。
「雪奈さんを刺す時にステッカーは剥がしてから刺したんでしょうが、それでもすべての返り血を認識するのは難しい。手袋と一緒にポケットにしまっておいたせいで、手袋に付着した血が移ったのかもしれません。何にせよ、これをどう説明するんですか?」
のり子の指摘に対し、更に冷や汗をかき、沈黙を続けた愛衣だったが……やがて一つため息をつき、諦めの表情を浮かべ頭を抱えた。
「はぁ……まさかここまでやられちゃうなんて。完敗ね、私が……雪奈ちゃんと冬夢ちゃんを殺した犯人よ」
「どうして……愛衣さんみたいな優しい方が、どうして……」
すみれが遂に感情を抑えることが出来なくなり、涙を流した。愛衣はすみれを優しい笑顔で見つめ、そっと告げた。
「ごめんなさい、すみれちゃん。あなたを利用する形になってしまったのは、私にとって一番心苦しいことだったわ」
「動機は……やはり上渡真白さんのことですか?」
「ええ、真白は……私の妹よ」
「愛衣ちゃんが……真白ちゃんの姉!?」
「……」
編集長と三空が信じられないという表情で愛衣を見つめた。愛衣は昔を懐かしむように、静かに語り始めた。
「両親が離婚して名字が別になってしまったけど、私と真白はとても仲が良かったから、その後もちょくちょく会ってたの。真白は昔から私なんかと違って飛びぬけて可愛くてスター性があって透明そのもので……自慢の妹だったわ」
「……」
「真白は日本一のモデルになって、私が真白専属のスタイリストになって、2人で世の中の人達を魅了したい、それが私達の夢だった。真白は更に可愛くなって、私はスタイリストの勉強を続けて、ある時有名雑誌の専属モデルオーディションが開かれることを知ったの」
「それが……【スエジリ】のオーディションだったのか?」
「はい、編集長。真白は乗り気で、私も背中を押したわ。もちろんライバルは手強いだろうけど、身内贔屓抜きでも真白以上に可愛い子はいないと私は確信していた。真白は順調にオーディションを勝ち抜き、遂に合格を勝ち取った。私達の夢が叶う、真白の可愛さに世の中の人達が魅了される、あの時の私と真白はまさに天国にいる心地だった」
そこまで穏やかだった愛衣の顔が、突如絶望に満ちた顔に様変わりした。
「だけど、その翌日……真白は交通事故で亡くなった。天国から地獄に叩き落された気分だったわ……夢も希望も、宝石のように大切な妹も……私はすべて失ってしまった」
「愛衣さん……」
「警察は合格に浮かれてたことによる不注意と言っていたけど、私はおかしいと思ったの。だって真白は前日に『あまり浮かれてると危ないから、気を付けるね』って言ってたんだから。それにオーデイションの途中経過で、妨害行為を受けたって真白が言っていたことも気になった」
「妨害行為……まさか」
「ええ、春好雪奈と横石冬夢よ。といっても証拠がない以上訴えることは出来なかったけど、真白は合格したわけだし許そうと思った。だけど真白が交通事故で亡くなり、繰り上げでその2人が合格になったと聞いた時、私の中で恐ろしい可能性が浮かんだの」
「真白ちゃんは……その2人に交通事故に見せかけて殺された?」
同じオーディションを受けていた三空が、愛衣の話に真剣な目で受け答えした。愛衣は神妙な面持ちで、話を続けた。
「その時点では可能性でしかなかったから、私は真実を確かめるためにスタイリストとして【スエジリ】で2人の衣装を担当することにしたの。それからしばらく経って、忘れもしないあの日……私は物陰からすべてを聞いてしまった」
―――
「それにしても、あの上渡真白って子がいなくなったおかげで、私達今や人気モデルね冬夢」
「本当ね、雪奈。先輩の私達を差し置いてあんなに目立って、マジでウザかったわ。死んじゃったのはさすがに驚いたけど」
「そうそう、私達はちょっと怪我させてしばらくモデルの活動が出来ないようにしようとしただけなのにね」
「ま、それもあの子の運命だったんじゃない?」
「かもね、ちょっと可愛いからって調子に乗った天罰だったんだよ、きっと」
「「あはははは!!」」
―――
「その時、私の心の中に灼熱の復讐の炎が燃え上がったのを感じたわ。絶対に許さない……真白の夢を、希望を、人生を、すべてを奪ったあいつらを必ずぶっ殺してやるとね!!!!」
「……」
「のり子ちゃん、あなた今回の事件がウエディングドレス尽くしだったのはトリックの為だって言ったわよね。正解だけど、それだけじゃないわ」
「え?」
「あいつらが真白にしたのと同じように、天国から地獄へ叩き落すためよ。幸せの象徴である純白のウエディングドレスを着せた上で殺す、あいつらにぴったりの最期じゃない」
「愛衣さん……」
そこにはもう、のり子の知っている優しい愛衣はいなかった。そこにいたのは、大切な妹を奪われ復讐の鬼と化した悲しい殺人者だった。
「春好雪奈、あいつは本当は10回でも20回でも刺してやりたかった!! 純白のウエディングドレスを、あいつの鮮血で真っ赤に隅々まで汚してやりたかった!! でも、そうしたら時間もなくなっちゃうし、すみれちゃんにバレちゃうから、我慢するしかなかった」
「愛衣さん……お願い、もう」
「横石冬夢、あいつには私が真白の姉だってバラしてやったわ。あいつ、真っ青な顔してた。命乞いしてきたけど、無視してじわじわと窒息死させてやったわ。あいつの絶望顔を見るの、とても楽しかった」
「愛衣さん!! お願いです、もう……やめて」
すみれが泣き叫んで、愛衣を止めようとした。……楽しい? のり子は何か違和感を感じた。
「ふぅ……怖がらせちゃってごめんね、すみれちゃん。もうこれで私のすることは終わったわ。あなたも織絵ちゃんっていう可愛い妹がいるから、私の気持ち分かってくれると思うの」
「……愛衣さん、私は一度織絵を失いかけたことがあるんです」
「……え?」
「以前、私が通っている学園の生徒が次々と殺される、恐ろしい大規模殺人事件が起きたんです。その時、織絵も命を狙われて瀕死の重傷を負いました」
「大規模殺人事件……すみれちゃん、のり子ちゃん、まさか君達は波後学園の生徒か?」
「はい、そうです編集長」
あの事件は世間的にも大々的に報道されたため、のり子とすみれが通っている学園のことを知っている人は少なくないようだ。
「あの時は、言葉で言い表せないくらい悲しくて、辛くて、怖かった……織絵がいない人生なんて考えられなかったから。幸い織絵は一命をとりとめましたが、私は……犯人が憎くて憎くてたまらなかった。それこそ、殺してやりたいくらいに」
「すみれ……」
「ですから愛衣さん、あなたの気持ちは痛いくらいに分かります。織絵は助かりましたが、真白さんは死んでしまったわけですから、もっと辛いんだと思います。ですけど……」
「すみれちゃん?」
「どれだけ悲しくても、辛くても、憎くても……私は、犯人を殺しませんでした。『優しいお姉ちゃんが大好き』だって、織絵は言ってくれます。だから……」
すみれは泣きながら、織絵を失いかけた時のことを飾ることなく話した。妹を宝石のように大切に思う姉同士だからこそ、分かること、伝わることがあるのだろう。
「……そうね。私はもう、真白が大好きなお姉ちゃんではなくなってしまったのかもしれない」
愛衣は悲しそうな目で、血に染まった自分の手を見た。そんな愛衣に、のり子は静かに話しかけた。
「愛衣さん、私が自分の女の子らしさに自信を持てなかった時に、嬉々として可愛い服を色々と着せてくださいましたよね。あれは……演技だったんですか?」
「のり子ちゃん……」
「すみれに素敵な純白のウエディングドレスを着せてくれた時に見せた笑顔も、演技だったんですか? 少なくとも私は……そう思いません。素敵な服を着て笑顔になってほしい、愛衣さんにはそんな人の幸せを願う優しさがある、私は……そう思うんです」
「……演技じゃ、ないわ」
愛衣は嘘偽りない、真っすぐな瞳でのり子の質問に真摯に答えた。
「のり子ちゃんとすみれちゃんを見た時、どこか真白を思い出したの。可愛くて、優しくて、透明で……私の選んだ服を着て喜んでほしい、そう思ったら止まらなくなってた」
「……」
「2人が私の選んだ服を着て雑誌の表紙を飾って、世の中の人達を魅了する……それが叶わなかったのが、唯一の心残りよ」
のり子の瞳から一筋の涙が流れた。復讐の鬼と化しても……のり子にとっては愛衣は今でも、自分の女の子としての幸せを願ってくれる優しい女性だった。
「さよなら、のり子ちゃん、すみれちゃん。ごめんなさい……ありがとう」
「愛衣さん……」
「愛衣さん……ひぐっ」
こうして、純白のウエディングドレスを鮮血に染めた悲しい事件は、静かに幕を閉じた。しかし、のり子にはまだ解決しないといけない謎が残っていた。
「愛衣さん、数点聞きたいことがあるんですが、よろしいですか?」
「良いけど、どうしたの?」
「今回、編集長と三空さんに罪を擦り付けようとしたのは……真白さんの死について真摯に向き合ってくれなかったからですか?」
「……2人が悪くないのは分かっていたわ、詳しい事情も知らなかったわけだし。でも……」
「愛衣ちゃん、本当にごめん。不自然だとは思っていたんだけど、証拠もない状況であれ以上踏み込んで【スエジリ】を混乱させるわけにはいなかった」
「私も……愛着があるからといっても、同じくオーディションを受けてあの2人の不穏な動きを知っていながら、結果としてアシスタントであの2人をサポートする形になってしまって、本当にすいません」
編集長も三空さんも真白さんのことを高く評価し、彼女の死を悲しんでいたことは愛衣さんも知っていただろう。だけど、妹を失った悲しみと怒りが……冷静な判断を阻害してしまった。のり子はやりきれない思いでいっぱいだった。
「なるほど、分かりました。それともう一つですが……」
「?」
「今回の事件の計画を立てたのは……本当にあなたですか?」




