鮮血の花嫁殺人事件⑧(密室の牙城)
この中に犯人がいる、のり子がそう告げると撮影室はざわめきに包まれた。そんな中、健土が少し困惑したような表情で尋ねた。
「のり子ちゃん、君が思った以上に鋭いのは分かってるけど、これは本物の殺人事件なんだ。もう少し考えて発言した方が」
「健土さん、彼女は本物の探偵ですよ」
「何だって!?」
「今まで警察の捜査に大いに協力してくださっています、彼女のおかげで解決できた事件もあるんです。ですから、彼女の話を聞いてくれませんか?」
今井刑事がそう言うと、健土は編集長の方を見た。編集長も隣にいる三空も既にそのことを伝えられていることもあり、静かに頷いた。
「……分かりました。のり子ちゃん、君を信じるよ」
「……僕も真実を知りたい」
「のり子ちゃん、お願い」
健土だけでなく安伸も愛衣も頷いた、ありがたい話だ。この信頼を裏切るわけにはいかない、のり子は一度深呼吸をし、語り始めた。
「では、始めましょう。今回の事件の鍵となるのはやはり、雪奈さん殺しの際の密室です。ですが、密室殺人にしては不自然な点があるんです」
「不自然な点?」
「凶器が抜いてある点ですよ。密室殺人の最大のメリットは自殺に見せかけることが出来ることですが、この時点で自殺説は否定されるわけです」
「まあ、犠牲者が自分で凶器を抜けるわけがないしな」
編集長が納得という感じで頷いた。のり子はそれを確認し、話を進めた。
「その上、凶器を抜くということは返り血のリスクも負うわけで、そこまでして凶器を抜く理由なんてないんです。次の殺人にその凶器を使うのならともかく冬夢さん殺しは窒息死でしたし、痕跡が見つかるのが怖くて抜いたにしては部屋のゴミ箱に入れてあったわけでして」
「確かに、ちぐはぐな印象を受けるわね」
「ここから分かることですが、犯人はそれらのリスクを負ってでも凶器を【抜かざるを得なかった】ということです」
「どういうこと?」
「つまりは、刺した状態で死体を発見されると都合が悪かったってことですよ、三空さん」
三空は意味が分からないという表情をしていた。他の人達も似たような反応のようだ、のり子は続けた。
「凶器自体は部屋のゴミ箱に捨ててあったのだから、それを調べられることを恐れてはいない。となると考えられるのは……【刺すわけにはいかなかった】ということです」
「刺すわけにはいかなかったって……実際、雪奈ちゃんは刺殺されていたじゃない」
「じゃあ聞きますけど愛衣さん、最初にすみれと一緒に雪奈さんの死体を発見した時、凶器刺さっていましたか?」
「ううん、刺さってなかったけど」
「でしょ? それでもし、その後来た編集長や三空さんや私が発見した雪奈さんの死体に凶器が刺さっていたら、どう思いますか」
「それは……おかしいわね」
のり子の発言に、その場にいる全員が困惑していた。当然だ、ここが今回の事件の最大の分岐点なのだから。
「ちょっと待ってくれのり子ちゃん、そんなややこしいことするよりも最初から凶器を刺しっぱなしにすれば良いじゃないか。
「そう、まさに健土さんの言う通りなんです。しかしそれは出来なかった、なぜなら……愛衣さんとすみれが血まみれの雪奈さんを発見した時、凶器はまだ刺さっていなかったからです」
「……!!??」
普段、口数の少ない安伸ですら、のり子の発言に鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をしていた。証拠を調べてもらった今井刑事もトリックまでは告げられていないため、他の人達と同じ表情を浮かべていた。
「ちょ、ちょっとそれはないよ、のり子。だって私、愛衣さんと一緒に血まみれで倒れている雪奈さんを確かに見たのよ」
「じゃあ聞くけどすみれ、それが血だって近づいてちゃんと確認した?」
「……ううん、怖くて近づけなかったから、ちゃんとは」
「でしょ? 死体に近づきたいと思う人なんて基本いないし、あれだけ派手に左胸周辺が赤く染まっていれば誰でも血だって思うよね」
「じゃ、じゃあ愛衣ちゃんとすみれちゃんが見た赤い染みは何だったんだ?」
「血のウォールステッカーですよ」
のり子はそう言い、今井刑事から借りたタブレットの画面を見せた。
「血のウォールステッカーって……ハロウィンの装飾とかに使うものかい?」
「はい、編集長。色々種類があって中には刺殺された跡として十分に使えるものもありますし、それこそ自分で作ったり買ってきたものを加工することも出来ます」
「それを使って刺殺されたと偽装したってことは……まさか雪奈ちゃんは愛衣さんとすみれちゃんが発見した時は、まだ生きてた!?」
「そういうことです、三空さん。要は犯人とグルで死んだふりをしてみんなを驚かそうという魂胆だったんですよ。だから凶器が刺さっていなかった、死んだふりである以上本当に刺すわけにはいかないですからね」
「な、なるほど。つまり、この事件は元々密室殺人などではなかったというわけか」
「はい、雪奈さんが内側から鍵をかけた、ただそれだけのことだったんですよ」
今井刑事が『何ということだ……』と言いたそうな表情を浮かべ、頭を抱えた。まあ、事件の根本をひっくり返すことだから仕方がないが。
「でものり子ちゃん、やっぱり血と血のウォールステッカーは違うからしっかり見れば分かるし、愛衣ちゃんもすみれちゃんも倒れている雪奈ちゃんに近づく可能性がゼロとは言えないんじゃ」
「もちろんそういう可能性もあります、そのためにベールダウンされていたんですよ」
「ベールダウン……そうか、ベールで覆えばぼやけて見えにくくなるから、血のウォールステッカーだということがバレにくくなるってことか!!」
「はい。更に言えば、ウエディングドレスを一番ふわっとしてて膨らみのある【プリンセスライン】にしたのも意味があります」
「……そんなことにも意味が?」
健土も安伸も、すっかりのり子の推理に疑いを持たずに耳を傾けていた。のり子は少し安心し、話を続けた。
「このトリックを実行する上で一番危険なのが、雪奈さんが動いて死んでいないとバレてしまうことです。その点、【プリンセスライン】はスカート部分が非常に大きく膨らんでいるので、雪奈さんが多少動いてもスカートの膨らみのせいだと思わせることが出来ます」
「確かにな。ちなみに、ベールは雪奈ちゃんが目を動かしてしまった時に誤魔化すことが出来る効果もあったり?」
「そういうことです。更に言えばウエディングドレスは基本純白なので、血の赤が非常に目立つ関係で一目見て『刺殺された』と認識しやすいという長所もあります」
「確かに、他の色だと血の赤が目立たなくて、ただ倒れているだけって認識してしまうかもしれないわね。その場合は、愛衣さんもすみれちゃんも雪奈ちゃんのもとに駆け寄るだろうし」
「はい。つまり、今回雪奈さんをウエディングドレス姿で殺害したのは、①純白なので、血の赤が目立つ関係で【刺殺体】と瞬時に認識出来る ②ベールダウンすることで、雪奈さんの目の動きや血に偽装した血のウォールステッカーを隠ぺい出来る ③スカート部分が非常に大きく膨らんでいる【プリンセスライン】を着せることで、雪奈さんが多少動いてもスカートの膨らみのせいと思わせることが出来る という3つの意味があったんです」
のり子の推理に、全員が圧倒されていた。一方で編集長と三空さんの鋭さもさすがだと、のり子は感じたのだった。
「まさかそこまでの意味が隠されていたとは……単に犯人がウエディングドレスへ執着があるからだけだと思っていたが」
「まさに犯人がそう思い込むように誘導したんですよ、今井刑事。これを実行しただけでは、なぜベールダウンしたのかと疑問に思われるかもしれない。だから、冬夢さんにもベールを着せてウエディンググローブで窒息死させたんです」
「何ということだ……」
「ちょ、ちょっと待ってのり子。それじゃあ、雪奈さんは私がのり子と編集長と三空さんを呼びに行っている間に殺害されたってことだよね?」
「そういうこと。雪奈さんとしては犯人と一緒に死んだふりのドッキリを成功させて痛快だっただろうけど、まさかその後本当に殺されるとは夢にも思ってなかっただろうね」
すみれの顔が真っ青に染まっていく。すみれが何を思っているか、のり子には痛いほどよく分かる。辛いが……これが真実なのだ。
「じゃ、じゃあ犯人は……」
「そう、これを実行できるのは一人しかいない。すみれと一緒に最初に雪奈さんが倒れているのを発見し、編集長を呼んでくれとすみれを撮影室から遠ざけた人物……」
のり子はその人物がいる方向へ振り返り、しっかりと見つめながらその名を告げた。
「小雨愛衣さん!! 私とすみれ以外では一番強固なアリバイを持っていると思われていたあなたこそが、雪奈さんと冬夢さんを殺害した真犯人です」
のり子の指摘に対し、その場にいる全員が信じられないという表情を浮かべた。
「あ、愛衣ちゃんが……犯人!?」
「愛衣さんが……雪奈ちゃんと冬夢ちゃんを!?」
「う、嘘……」
編集長と三空はただただ驚き、健土と安伸も言葉を失っていた。すみれは……大きなショックを受けていた。モデルとしての才能を高く評価してくれて、素敵な服を嬉々として着せてくれた愛衣さんが犯人……そのショックは計り知れないだろう。のり子はすみれのことを思い、心を痛めながらも続けた。
「愛衣さん、あなたはスタイリストという立場を利用し、私とすみれに色々な服を着せるためと一緒に楽屋に行って同じ時間を過ごし、すみれと一緒に雪奈さんを呼びに行って倒れている雪奈さんを目撃させることで、完璧なアリバイを手にしたんです」
「あ、愛衣さん……私を利用したんですか?」
すみれの悲しそうな声と表情に、どこか心を痛めたような表情を愛衣は浮かべた。しかし、すぐに冷静な態度に戻った。
「そんなわけないでしょ、すみれちゃん。ねえのり子ちゃん、確かにあなたの推理は面白いけど、推測に過ぎないわ。鍵を持ってた編集長か三空ちゃんが犯人と考える方が自然じゃないかしら」
「愛衣さん……残念ですけど、既にあなたの牙城はすべて崩れているんです。今からそれを証明してみせます!!」
のり子は高らかに宣言し、愛衣はあくまで冷静な表情を崩さずにそれを受け止めた。事件の終幕は……もうすぐだ。




