鮮血の花嫁殺人事件⑥(スエジリの過去)
編集長は談話室にいた。書類を見てあれこれ頭を抱えているようだが……こちらに気付き、いつもの気さくな笑顔をのり子達に向けてくれた。
「やあ、どうしたんだい2人とも、刑事さんと一緒に」
「実はですね、とある人について話を伺いたいと思いまして」
「とある人、ですか?」
「……上渡真白さんです」
その名前を聞いた途端、編集長の目が大きく見開かれ、明らかに動揺している顔になった。やはり今回の事件の根底にあるのは……
「……のり子ちゃん、その件は決して軽はずみに話せるものじゃないんだ、分かるね?」
「私は本気です。今まで隠していましたが……私は本物の探偵なんです」
「本物の、探偵……のり子ちゃんが?」
「潤さん、彼女の言っていることは本当です。私は今まで色々な事件で彼女の力を借りてきました、彼女の力無しでは解決できなかったであろう事件もあります」
「編集長、私ものり子に大切な人を救ってもらったんです」
こういう時に本職の刑事である今井刑事の存在は頼りになる、すみれの言葉も心がこもっていて非常にありがたい。編集長は少し考え、ため息をついて少し笑みを浮かべた。
「分かった、信じるよ。そこまで3人に真剣な目で見られちゃね」
「ありがとうございます、編集長」
「真白ちゃんのこと、どこまで知ってる?」
「以前【スエジリ】の専属モデルオーディションを受けた子で、凄い才能の持ち主で合格間違いなしって言われて実際合格しましたけど、その翌日に交通事故で亡くなったって愛衣さんから聞きました。その結果、雪奈さんと冬夢さんが繰り上げ合格したとか」
「なるほど、まあ大枠はそれで合ってるよ。元々オーディションの合格枠は2人って参加者に告知してたんだ、ただし該当者がいない場合は1人や0人もあり得るってね」
まあ、雑誌の表紙を飾る存在だから、その辺りは妥協できないのだろう。しかし、そうなると気になることがある、のり子は編集長に尋ねた。
「愛衣さんの話だと最初は合格は真白さんだけだったって聞いたんですが、それって雪奈さんや冬夢さんが力不足だったってことですか?」
「うーん、そういうことじゃなくてね。知ってるとは思うけど、あの2人はわがままだが実力は確かだ。だけど、真白ちゃんの実力と才能がずば抜けていたから、相対的に見てどうしてもあの2人が見劣りしてしまったんだ」
「話は聞いてはいますけど、そんなに凄かったんですか、真白さんって」
「そりゃもう、人前で輝いたり愛されるために生まれてきたような子だったし。特にその名の通り白系統の服が抜群に似合ってね、その透明感は天使と言っても過言じゃなかったよ」
すみれが目を丸くして驚いた。愛衣が織絵みたいな子と言っていたので、のり子としても想像しやすかった。そういえば、織絵ちゃんも白系統の服がびっくりする程よく似合っていたなあ、のり子は織絵のことを想像しつつ続けた。
「なるほど、それだけ圧倒的な実力と才能があっただけに相対的に真白さんだけ合格にせざるを得なかった。ですけど、それを告知した翌日に彼女は交通事故で亡くなった……」
「……あれは本当に痛ましい出来事でした。警察の話では、合格で浮かれていたことによる不注意が原因だとか」
「その結果、最終審査に残っていた雪奈さんと冬夢さんが繰り上げで合格になったと」
「それしか選択肢はなかったからね、何度も言うけどあの2人は実力はあるわけだから」
確かにそんな状況になれば、雪奈さんと冬夢さんが繰り上げで合格になるのは当然だ。一見何の不自然さもないが……逆に言えば【出来すぎ】だとも言える、とのり子は感じた。
「編集長、これはあくまで私の憶測でしかありませんが……真白さんが亡くなったのは本当に事故だったんでしょうか?」
「どういうことだ? 事故じゃないってことは……まさか!?」
「真白さんは自殺したか……殺された可能性もあるんじゃないかってことです」
「馬鹿な、あれは事故だって警察も言っていた。合格翌日に自殺なんてありえないし、まして殺されたなんて……」
と言いつつ、編集長はどこか真っ向から否定できないような歯切れの悪さを見せていた。一番事情を知っている彼だ、何かしら思うところがあるのだろう。
「もちろん先程も言いましたが、これは私の憶測でしかありません。ですが、そう考えると色々説明がつくんです。あの2人が殺されたこと、白系統の服が抜群に似合っていた真白さんを思わせるようなウエディングドレス尽くしの事件。偶然と言えばそれまでですが」
「……残念だけど、俺が知っているのはここまでだよ。もっと知りたければ、三空ちゃんに聞くといい。彼女は真白ちゃんと同じオーディションを受けていたからね」
「ありがとうございました、編集長」
***
三空のところに向かう途中、すみれがのり子に先程の件で話しかけてきた。多分考えていることは、のり子と同じだろう。
「ねえのり子……編集長が犯人の可能性、あるかな?」
「……あるだろうね。真白さんについて一番よく知ってるのは彼だし、実はすべての事情を知っていて復讐のために雪奈さんと冬夢さんを殺したというのはあり得る話だよ」
「うむ、相当に彼女に惚れ込んでいたみたいだからな。彼には雪奈さん殺しの際のアリバイもないし」
「で、でもそれだけで犯人扱いするのは」
「もちろん、あくまで可能性の話だよ。だから、三空さんに話を聞きに行くんじゃない」
三空が仕事をしている部屋に着き、のり子はドアをノックした。三空が顔を出し、快く部屋に迎え入れてくれた。
「それでのり子ちゃん、すみれちゃん、私に何の用? 刑事さんも一緒みたいだけど」
「……上渡真白さんについて、お聞きしたいことがありまして」
「!?」
三空は編集長と同じく、目を大きく見開き動揺の表情を浮かべた。今井刑事がそんな三空の前に一歩立ち、静かに告げた。
「潤さんからも既に伺っております。彼が三空さんにも聞けとおっしゃっていたので」
「……分かりました。のり子ちゃんとすみれちゃんにも話したってことは、何かしらの事情があるんだと思いますし」
「編集長にも話しましたが……私は本物の探偵なんです、信じられないかもしれませんが」
「ううん、私は信じるわ。高校生にしては殺人事件が起きても冷静すぎるし、それに……そういう嘘をつく子じゃないしね、のり子ちゃんは」
「……ありがとうございます」
改めて、三空の優しさにのり子は感謝した。【スエジリ】が雪奈さんと冬夢さんのわがままに振り回されてもやっていけているのは、編集長と三空さんの能力と人柄によるところが大きいのだろうとのり子は思った。
「といっても、大体のことは編集長に聞いただろうし、私が話せることは多くないけど」
「三空さん、真白さんと同じ専属モデルオーディション受けていたんですよね。どんな方でした?」
「……もし天使がいるとしたら、あの子じゃないかって思うくらい純粋な子だったわ。見た目や雰囲気だけじゃなく、性格も透明そのものだった。とても私が勝てる相手じゃなかった」
「三空さんから見てもそうだったんですか?」
「誰から見てもそうだったと思うわ、雪奈ちゃんや冬夢ちゃんから見てもね」
「三空さんは……何か知っているんですか?」
同じオーディションを受けた身だからこそ、分かることもあるんじゃないかと思う。三空は一度深呼吸をし、ゆっくり話し始めた。
「……私はね、雪奈ちゃんと冬夢ちゃんに妨害を受けたの」
「何ですって!?」
「真白ちゃんには勝てないけど、合格枠は2人だったから残り1人に入れる可能性はあると思ったの。雪奈ちゃんと冬夢ちゃんは実力者だけど、当時の私は勝てる自信はあった」
「……」
「だけど2人に妨害を受けて、体調を崩して……実力を発揮できずに私は不合格になった。正直、あの時はあの2人をかなり恨んだわね」
「ならどうして、それを編集長に言わなかったんですか?」
「証拠がなかったのよ、その辺りを残さないようにあの2人は巧妙にやっていた」
まさかそんなことがあったとは……そんな2人と一緒の職場でアシスタントとしてやっていくのは、相当に辛かっただろう。いくら【スエジリ】に愛着があるからって……
「だから、真白ちゃんももしかしたらあの2人に妨害を受けていたかもしれないわね。それでも合格しちゃったんだから、いかに真白ちゃんの実力と才能がずば抜けていたかってことだけど」
「……三空さんは、真白さんが亡くなったのは事故だと思っていますか?」
「……分からないわ、その時は私は既にオーディションを不合格になっていたんだもの。だけど」
「だけど?」
「真白ちゃんのことは誰もが絶賛していた。編集長や私はもちろんだけど、愛衣さんも健土君も安伸君も、みんな。モデルとしてだけじゃなく、人間としても異性としても惚れ込んでいたかもしれない。だから……真白ちゃんの死にあの2人が関わっていたとしたら、誰もがあの2人を恨んで殺したとしても不思議じゃない」
「三空さん……」
『それは私も同じことよ』、三空がそう言っているようにのり子は感じたのだった。




