鮮血の花嫁殺人事件③(血染めのドレス)
のり子とすみれは談話室にいた編集長と三空を急いで呼びに行き、撮影室に急いだ。編集長も三空も何が起きているのか理解できないという感じだった。
「愛衣ちゃん、雪奈ちゃんは!?」
「へ、編集長……あ、あれ」
撮影室に着くと、愛衣が地面にへたり込んでガタガタと震えていた。彼女が指さす方向を見た瞬間、全員の目が見開かれ顔色が真っ青に変わった。
「雪奈ちゃん……」
「ひっ……」
そこには純白のウエディングドレスを真っ赤な血で染めた、雪奈の死体が横たわっていた。幸せの象徴であるウエディングドレスと鮮血は、アンマッチゆえか異様な美しさがあった。
「の、のり子……」
「……」
すみれが震えながら、のり子の肩に寄り添ってきた。おそらく死体を目の当たりにするのが初めてなのだろう。先日の事件で瀕死の重傷を負った織絵に遭遇したとはいえ、あの時は悲しみと織絵を助けたい一心で必死だっただけに状況が違う。のり子はすみれにそっと呟いた。
「すみれ、大丈夫。私が……何とかする」
「……うん」
すみれの晴れの舞台を鮮血で染めた犯人に、のり子は怒りの炎を燃やしたのだった。
***
しばらくして警察が到着し、現場検証が行われた。その中に見慣れた顔を見つけ、のり子は少し安心して話しかけた。
「今井刑事!!」
「の、のり子君!? それにすみれ君まで。どうしたんだ、こんなところで」
「実はですね……私もすみれも読者モデルにスカウトされてしまいまして」
「ど、読者モデル!?」
今井刑事もまさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったのだろう、素っ頓狂な声を上げて驚いていた。
「で、話を受けるか迷っていたら見学してみてはどうかって勧められまして。スタジオに来てみたら、こんなことに」
「なるほどねえ、だからのり子君はそんな深層のお嬢様みたいな服装をしているわけか」
「へ……!? いやいや、これはその、違うんです!!」
のり子は今の自分の服装に気づき、今井刑事同様素っ頓狂な声をあげてしまった。愛衣の『のり子ちゃんにもっとお嬢様っぽい服、着せてあげたい♪』的な悪ノリに押されて色々そういう服を着せられて、元の服に着替えるのを忘れていたのだ。
「はっはっは、そんな恥ずかしがらなくても良いだろ、よく似合っているぞ」
「でしょ? のり子は可愛いっていつも言ってるんですけど、なかなか信じてくれなくて」
「ううう……今井刑事もすみれも、あまり見ないでください」
「のり子君、君はもっと自分に自信を持つべきだ。世間的に見ても、君は間違いなく可愛いぞ」
「い、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。殺人事件ですよ、殺人事件!!」
「あ、誤魔化した」
こういういじられ役は普段はすみれのはずなんだが、なぜ今回は私が……のり子は頭を抱えたが、良い意味でリラックスできたのかもしれない……多分。
***
「えっと、現場検証の結果ですが、犠牲者の春好雪奈さんの死因は左胸をナイフで刺されたことによる失血死。死亡推定時刻は15:00~16:00の間ですね」
気を取り直して……今井刑事により、撮影室に集まった全員に現場検証の結果が報告された。やはり殺人か……のり子がそう思った時、愛衣が手を挙げた。
「あの、刑事さん。雪奈ちゃんは殺されたんですか?」
「ええ、凶器が死体に刺さっていませんでしたからね。死人が自分で凶器を抜けるはずがないでしょ、その凶器も部屋のゴミ箱から見つかりましたし。指紋は拭き取られていましたけどね」
「そうですか……」
「何か?」
「いえ、私とすみれちゃんが撮影室に行って雪奈ちゃんが倒れているのを見た時、部屋に鍵がかかっていたんですよ」
「何ですって!?」
部屋に鍵……ということは、事件当時この部屋は密室だったということか。しかし、今井刑事の言う通り死体に凶器が刺さっていない以上、これは殺人だ。のり子もそう思っていたのだが……
「最初は楽屋に行ったんですけど雪奈ちゃんがいなくて、撮影室に行くって書き置きがあったんで撮影室に向かったんです。これなんですが」
「ふむ、手書きですな」
「これは雪奈ちゃんの字ですよ、刑事さん」
編集長が今井刑事にそう伝えた。三空さんも他のスタッフも頷いているし、犯人が偽装したというのはなさそうだ、のり子は頷いた。
「それで、撮影室に着いたんですけどノックしても返事がなくて、鍵もかかっていて。私がドアの下から覗いたら誰かが倒れていたんで、すみれちゃんと一緒にドアをぶち破ったんです」
「はい。それで部屋に入ったら雪奈さんがウエディングドレスを着て血まみれで倒れていて……愛衣さんに編集長を呼んでくるよう言われたんで、楽屋と談話室に向かいました」
「なるほど、つまり事件当時ここは密室だったから自殺じゃないかと」
「はい。この部屋に他に出口はありませんし、窓も僅かしか開きません。とても人間が通れる幅じゃないですよ」
確かに愛衣さんの言う通りだが、一方で凶器のことを考えるとこれは絶対に殺人だ。だが待てよ、そもそも鍵は事件当時どこにあったんだ。のり子はこのスタジオの管理人に尋ねた。
「管理人さん、この部屋の鍵って何個あるんですか?」
「私が持っている分が1つと、三空さんに渡した2つの合計2つですが」
「三空さん、そうなんですか?」
「は、はい。正確には1つは編集長に事件が起こる前に渡しましたが」
「三空ちゃんの言う通りだよ」
今井刑事からの問いに三空が答え、編集長も同意した。そういえば、そんなことを撮影室に案内される前に三空さんが言っていた気がする、のり子は納得して頷いた。
「管理人さん、このスタジオに防犯カメラは?」
「入口と裏口と管理人室の3つです。私は死亡推定時刻はずっと管理人室にいました、それは防犯カメラを見てくだされば分かるかと」
「なるほど、後で確認させていただきますが、それが本当ならあなたは犯人ではなさそうですね。となると、六川潤さんに白崎三空さん、あなた達なら犯行が可能だったということになりますが」
「そ、そんな。編集長とアシスタントである私が鍵を持つなんて普通じゃないですか」
「そもそも、そんな状況で密室殺人なんかしたら自分が犯人だって言ってるようなものですよ。そんなことするわけない」
「まあ、確かにそうですが」
編集長の言っていることは最もだ、心理的に考えてもこの状況でこの2人が現場を密室にする理由はない。そう見せかけて、容疑を逃れようとしている可能性もあるが……
「何はともあれ、あなた方2人に犯行が可能だったのは変わりありません。死亡推定時刻の15:00~16:00のアリバイを教えていただきませんか?」
「……私は談話室で編集長とずっと打ち合わせをしていました。途中でトイレで20分ほど抜けましたが」
「ほう、20分ですか。失礼ながら、少し長い気もしますが」
「お腹の具合が悪くなったんですよ。最近忙しかったですから、疲れじゃないかと」
「ふむ。つまりその間はアリバイはないと。裏を返せば潤さん、あなたもその間アリバイがないということになりますが」
「そんな、三空ちゃんがお腹を壊すのをどうやって計算しろっていうんですか」
「それ自体は彼女の飲み物に下剤を入れるとか、色々やり方はありますよ」
今井刑事の言う通りだ。トイレに行ったということ自体三空さんの嘘かもしれないし、本当だとしたらそう編集長が仕向けるのは難しくない、のり子は可能性の一つとして考えた。
「管理人さん、撮影室から雪奈さんの楽屋と談話室に行くのにどのくらい時間がかかりますか?」
「そうですね、楽屋は2,3分で談話室は5分といったところかと。」
「となると、20分もあれば犯行を行って戻ってくるのは十分に可能ですな」
「なるほど、その2人なら動機も十分だしね」
今井刑事の言葉に対し、それまで沈黙を守っていた冬夢が口を開いた。不快に思ったのか、三空が冬夢をキッと睨んで反論した。
「どういう意味ですか、冬夢さん」
「三空さん、あなた元々私と雪奈と同じ専属モデルオーディション受けて不合格になったじゃない。で、今は日陰のアシスタントの身、雪奈を恨んでいたんじゃないの?」
「何言ってるんですか、そんな昔のことを今更。それに、今はアシスタントの仕事に誇りを持っています、殺したりなんかするわけがないです」
「どうだか。で、編集長は新しいモデル候補の子にお熱でそれを雪奈は不快に思っていた。口論になって、思わず殺しちゃったんじゃないの?」
「冗談じゃない、それは今後のことを考えてだと言っただろ。すみれちゃんやのり子ちゃんが逸材なのは確かだが、経験がまだ足りないことくらい俺だって分かっているさ」
なるほど、三空さんと専属モデル2人との間にはそんな事情があったのか。冬夢さんの言うことは言い方こそ乱暴だけど、内容的には一定の説得力がある、殺人の動機としてはあり得るだろう。のり子がそう思ってると、健土が口を開いた。
「うーん、とはいっても犯行が可能なのが三空ちゃんと編集長だけだってことは確かだしなあ」
「あら健土さん、あなただって犯人の可能性はあるわよ」
「何だと、どういうことだ? 俺は鍵持ってないんだぞ」
「三空さんか編集長と共犯だったらあり得るでしょ、こっそり鍵の貸し借りすれば可能だし。知ってるのよ、モデル変わってくれないかなって健土さんが言ってたの」
共犯か、確かにそれも可能性としてはあり得る。雪奈さんと冬夢さんのわがままにスタッフ全員辟易していたのは確かのようだから動機面も問題ない、のり子は頷いた。
「仮にそうだとしても、そのくらいで殺したりなんかするかよ。大体、それなら安伸だって同じだろうが」
「まあ、そうね。安伸さんも私と雪奈に不満持っていたみたいだし」
「……それを言うなら冬夢ちゃんだって同じ。雪奈ちゃんが死ねば、専属モデルの座を独り占め出来る」
「なっ!? 私がそんなことするわけないでしょ、疑惑だけでもモデルとしてのイメージに傷がつくのよ」
「はいはい、みなさんお静かに。確かに共犯説もないとは言えませんので、潤さんと三空さん以外の方々にも、死亡推定時刻のアリバイを聞かせて頂きますよ」
今井刑事がその場を収めた。編集長と三空さんのどちらかなのか、他の人との共犯なのかは分からないが、まずは全員のアリバイを知る必要がある。のり子は気を引き締め、証言に耳を傾けるのだった。




