鮮血の花嫁殺人事件①(モデルのスカウト)
「綺麗……」
店頭の純白のウエディングドレスを見て、のり子は呟いた。6月、季節は梅雨、雨の日が多くて憂鬱だが、一方でジューンブライドと呼ばれる幸せに溢れたシーズンでもある。まだ高校生ののり子には早い話ではあるが、のり子とて女の子、花嫁衣装には憧れている。
「本当に綺麗ね、のり子に似合いそう」
「いや、すみれに言われると気後れするというか、自信が持てないというか」
「何言ってるの、のり子は普通に可愛いじゃない、純粋なイメージにぴったりだし」
「すみれが普通じゃないくらいに可愛いからであってね…」
すみれはのり子の友人の中で一番の美人であり、スタイルも抜群だ。仲間内ではシスコンお姉ちゃんとしていじられているが、黙っていれば世の男性からすれば才色兼備の高嶺の花である。休日にこうして一緒にショッピングに来ても、すみれのことを振り返って見る男性は少なくない。
「織絵といいのり子といい、ちょっと持ち上げすぎじゃないかしらねえ、私のこと」
「そんなことないよ。実際、モデルって言われても納得できるくらいすみれは美人であって」
「あの、すいません」
「えっと、私ですか?」
40代くらいの男性がすみれに話しかけてきた。すみれが男性から声をかけられるのは珍しいことではないが、今回は随分歳が離れている。
「申し遅れました。私、女性雑誌【スエジリ】の編集長の六川潤です」
「【スエジリ】って……あの雪奈さんがモデルをしている?」
「ええ、そうです、彼女はうちの専属モデルですね」
スエジリといえば、それなりに有名な女性雑誌だ。すみれも前に学園で読んでいた気がする。
「その編集長さんが、私に何の用でしょうか?」
「実はですね、あなたにうちの読者モデルになってほしいと思いまして」
「わ、私がですか!?」
「ええ。それだけ美人でスタイルもよくて華もある、うちの雑誌にぴったりだと思いまして」
すみれよ、これが世間のあなたに対する正当な評価だぞ。持ち上げすぎとかじゃなく、実際すみれの美貌はモデル級なのだ、のり子は心の中ですみれにツッコミを入れた。
「ですけど、専属モデルさんいらっしゃるんですよね?」
「モデルと言っても一人だけじゃない。雑誌の特集によって人選を変えることもありますし、ずっと出来る仕事でもない、後継者を育てる必要もあるわけですよ」
「凄いじゃんすみれ、読者モデルに抜擢なんて。まあ、すみれなら特に驚きもないけど」
「でも、私にそんな大役出来るとは……急な話ですし」
すみれは確かに凄い美人だが、だからといって高飛車なところがあるわけではない。むしろ礼儀正しい真面目な性格なだけに、即答は出来ないのだろう。
「こちらとしても即決してほしいとは言いません。丁度今日、撮影のための下見にスタジオに行くことになっているので、それに同行して雰囲気を経験してからでも」
「ですが……」
「ふむ……そちらのお嬢さんもなかなか良いモノをお持ちだ。派手さはないですが、素朴な可愛さがある。どうですか、2人一緒に来るというのは。1人よりも気楽だと思いますし」
「ふえっ!? わ、私もですか?」
思わぬところから射撃が来て、のり子は思わず妙な声を出して驚いてしまった。すみれなら納得だけど、まさか私までとは……すみれを連れて行く口実に見えなくもないけど。
「のり子、分かったでしょ、あなたは十分に可愛いって」
「う……」
先程すみれに心の中でツッコミを入れたのり子だったが、逆にすみれからカウンターを受けてしまったようだ。私が可愛いねえ……のり子は今一つ実感を持てなかった。
***
「ここがスタジオです。実際の撮影は週明けですので、今日は当日にスムーズにできるように準備や確認に来てるんですよ」
「もう他の人達は来ているんですか?」
「ええ。あまり待たせるのもあれですので、少々急ぎましょう」
「き、緊張する……」
何だか流れで来てしまったが……妙に緊張する、推理する時とはまた違った雰囲気というか。冷静に対応しているすみれは凄いなあと、のり子は感心した。
「おはよう、遅くなってごめんね」
「あ、おはようございます編集長。えっと、そちらの方々は?」
「読者モデル候補の子達だよ、今日はちょっと見学にね」
「そうなんですか。初めまして、私はアシスタントの白崎三空です、よろしくお願いします」
綺麗な方だ、この方が専属モデルだと言われても納得できる。この方レベルでモデルじゃないとか……やはり私は場違いなんじゃないかとのり子は思った。
「彼女は以前うちのモデルオーディションに参加してくれてこともあってね、その縁で今はアシスタントをしてくれている。真面目で有能な子だから、頼りにしてくれていい」
「初めまして、絵波すみれです、よろしくお願いします」
「は、初めまして、河澄のり子です、よろしくお願いします」
なるほど、モデル候補だった方なのか、それならこの美貌も納得だ。人当たりも良さそうな感じだし、のり子は少しホッとした。
「ふふ、可愛い子達ですね。素直そうですし、良い人材見つけましたね編集長」
「だろ? まだ了承をもらったわけじゃないんだけど、入ってほしいものだね」
「はい。あ、編集長、これ楽屋と撮影室の鍵です。2セットあるんで、私と編集長が持つ形で良いですか?」
「そうだね。じゃ、撮影室に行こうか」
編集長と三空に連れられ、のり子とすみれは撮影室に向かった。ドアを開けると、そこには華やかな空間が広がっていた。打ち合わせをしていた人達がこちらに気付いた。
「おはようございます、編集長。そちらの方々は?」
「ああ、読者モデルの候補の子達だよ」
「へえ、新しい風ですか、良いですね。初めまして、私はスタイリストの小雨愛衣、よろしく」
「絵波すみれです、よろしくお願いします」
「か、河澄のり子です、よろしくお願いします」
この方もなかなか綺麗な方だ。この方がコーディネートしてくれた服を着るのか……のり子はちょっと楽しみになった。
「すみれちゃんにのり子ちゃんだね。俺はヘアメイクの占部健土、よろしくな」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
お洒落な感じの方だ。もし読者モデルになったら、この人にメイクしてもらうことになるんだろうか……のり子は少しドキドキした。
「……カメラマンの日比安伸です、よろしく」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
ちょっと無口な印象の方だ。この方が撮った写真が雑誌に載るのか……のり子はちょっと恥ずかしくなってきた。
「読者モデルねえ……初めまして、モデルの春好雪奈です、よろしく」
「あなたが雪奈さん……雑誌でよく拝見いたします」
「そ、ありがと」
この方が、スエジリの専属モデルの春好雪奈さんか。純白のウエディングドレスに包まれている姿はさすがにモデル、思わず見とれてしまうほど綺麗だ。ちょっと不愛想な気もするが……
「同じくモデルの横石冬夢よ。まあ、よろしく」
「冬夢さんもいつも雑誌で拝見させていただいています」
「ふん、どうも」
この方も専属モデルの横石冬夢さんか、ファッションにそれほど詳しいわけではないのり子でも名前くらいは聞いたことがある。私服だが、そこはさすがにセンスを感じさせるし、雪奈さんに負けないくらいの凄い美人だ。やはり少し不愛想な印象を受けるが……
「2人はうちに入るか迷っていてね、今日見学してもらって判断してもらおうというわけ。そうだすみれちゃん、8月号は真夏の花嫁特集なんだが、試しにウエディングドレス着てみるかい?」
「え……私がですか?」
「見るだけじゃなく、実際に着た方が分かるだろうしさ。愛衣ちゃん、健土、よろしく」
「分かりました」
「了解です!! さあすみれちゃん、こっちに」
「は、はい……」
雰囲気に流される形ですみれは連れていかれてしまった。しばらく経ってすみれが戻ってきたが……のり子は目を見開き言葉を失った。純白のウエディングドレスを着たすみれはまさに別次元の美しさであり、普段見慣れているのり子ですら見惚れてしまった。
「すみれちゃん、綺麗……」
「うん、やっぱり俺の目に狂いはなかった」
「素晴らしいですね。まだ10代ですから、伸びしろもありますし」
三空も編集長も愛衣も、手放しにすみれを褒めている。プロの目から見てもこうなのか、すみれの凄さを改めて実感するとともに、親友としてのり子は誇りに思った。
「女子高生でこの可愛さと美しさはちょっとズルいレベルだね。それに、雪奈ちゃんや冬夢ちゃんにはない初々しさみたいのがあるっていうか」
「……良い後継者になってくれそう」
健土と安伸もすみれを褒めていたら、突然ガラスの割れる音がして、全員がそちらに振り向いた。おそらくガラスのコップが落ちて割れたのだろうが……そこには明らかに不機嫌な雪奈の姿があった。状況からして、おそらく彼女が地面にたたきつけて割ったのだろう。
「編集長、私ちょっと疲れちゃったんで楽屋で休んでます。これの掃除、お願いしますね」
そう言うと、雪奈は編集長の返事も聞かずにウエディングドレス姿で部屋を出て行ってしまった。のり子とすみれ以外の人達は、『またか』という感じで呆れていた。
「やれやれ、雪奈ちゃんのわがままにも困ったものだ」
「ああなっちゃうと、しばらくは戻ってこないんですよねえ」
「わ、私何か悪いことしたかな?」
「いや、してないと思うよ」
困惑してるすみれに、そっとのり子が呟いた。華やかな空間だと思ったが……綺麗な花だけじゃなく棘もある、のり子はそう感じたのだった。
読んでくださりありがとうございました、新シリーズスタートです。
今回のテーマはジューンブライドということで、花嫁。純白のウエディングドレス、綺麗ですよね。
絵波すみれ、今回は彼女が中心の話となります。
それでは、今回も精一杯書かせていただきますので、よろしくお願いします。




