のり子達の日常:新しい出会いの予感
昼休みになり、詩乃は悩んでいた、お昼ご飯どうしようかと。普段、弁当を自分で作ってくることがそれなりにある詩乃だが、今日はない。となると購買でパンを買うか、食堂で食べるか……そのくらいしか選択肢はないのだが、そもそも何を食べたいのか思いつかない。
「……無難に和風定食でも食べようかな」
詩乃は席を立ち、食堂に向かった。学園の生徒が次々と殺されたあの凄惨な大規模連続殺人が解決してから数週間が経ち、詩乃の心もそれなりに落ち着いてきた。とはいえ、元通りというわけではない。やはり詩乃にとって心美の存在は大きすぎた……
「……調理部のみんなにも心配かけちゃってるな」
詩乃と心美の仲の良さは、詩乃が所属している調理部の部員の誰もが知っていた。それだけに、心美が連続殺人事件の犠牲者になった時は調理部総出で詩乃のことを支えた、それは今でも同じである。良い仲間を持ったものだ、詩乃は改めてそう感じた。
「新作の定食か…試してもいいんだけど、また今度かな」
食堂に着き、券売機の前で悩んだ。心美と一緒に来た時は、好奇心旺盛な心美が積極的に頼んでおかずを交換したりしたものだ。その相手がいない現実は既に受け入れることは出来ているが……やはりどうしても思い出してしまう、ゆえにこういう時でも積極的になれない。詩乃は和風定食のボタンを押し、定食を受け取ってから空いている席を探した。
「あ、詩乃ちゃん、こっち空いてるよ!!」
「萌希……じゃあ、お邪魔するね」
「どうぞどうぞ。詩乃ちゃんは和風定食なんだ、イメージ通りだね」
「そう?」
「うん、詩乃ちゃんって大和撫子な印象だし。可愛くて長い黒髪が綺麗で胸も大きいし……はぁ、どうしてこうもスペックに差があるのかなあ」
そう言われてもなあと詩乃は困惑した。詩乃自身、別に自分が美人だとは思っていないし、そもそも萌希も世間一般的に言えば普通に可愛い部類だ。どうしてそこまで自己評価が低いのかと不思議に思うくらいである。
「そういえば、詩乃ちゃんあまりお弁当作ってこなくなったよね。どうしたの?」
「……何だかスランプっぽいの、納得いく味にできないっていうか」
「……そっか」
事情を察したのか、萌希が言葉少なに頷いた。心美が亡くなってから、詩乃と萌希は以前以上に一緒にいることが多くなった。それゆえに色々と分かることも多くなったのだろう。詩乃のスランプの理由、それは間違いなく心美を失ったことだ。
料理は心の鏡、よく言われることだ。心が乱れていると料理まで乱れる、それは類稀なる料理上手である詩乃も同じである。立ち直ったとはいえ、半ば強引に自分に言い聞かせている面もある。しっかり料理と向き合えていないのだから、上手くいくわけがない。
「ねえ詩乃ちゃん、前の週末に私、のり子ちゃんと一緒に奈良旅行に行ってきたでしょ」
「うん、色々あったって聞いたけど」
「まあ、そうだけど……その時に会った文通相手の吉野涼葉ちゃんの話、まだしてなかったよね?」
「うん。萌希の文通相手かあ……」
萌希いわく、先日の週末にのり子と2人で奈良旅行に行った時に泊まった旅館で連続殺人事件に巻き込まれたらしい。まあ、それはのり子が解決したらしいが。
さすがだなあ、のり子。前々から鋭すぎるとは思ってたから、本物の探偵だって聞かされた時もそんなに驚かなかったけど、改めて本当なんだなあって。
「この写真の子がそうなの、可愛いでしょ。私が泊った旅館の一人娘で、仲居もしてるの」
「確かに。素朴でたくさんの人に愛されそうな感じだね」
イメージとしては織絵ちゃんに近いな、それが詩乃の涼葉に対する第一印象だった。こんな可愛くて愛され体質っぽい子が仲居をしている旅館、是非行ってみたいものだと詩乃は思った。
「詩乃ちゃんのことも文通でちょくちょく話すんだよ、凄く料理が上手な和風美人だって」
「いや、設定盛らなくていいから」
「盛ってないよ、もう。詩乃ちゃんの写真見せたりもしたんだけど、振袖の着物とか似合うだろうから着てみてほしいって涼葉ちゃん言っていたし」
「振袖の着物ねえ、まあ興味がないわけじゃないけど」
詩乃とて女の子だ、可愛い服は好きだし、親の影響なのか和風の服には特に興味がある。日本古来の文化の聖地である奈良で振袖の着物を着て歩く、正直かなり魅力的な話だ。
「涼葉ちゃんも旅館の一人娘だから、料理も結構上手なの。だから、詩乃ちゃんの料理にも凄く興味持ってたよ」
「……私の料理に興味、か」
詩乃が料理をしていて常々思うこと、それはやはり料理は美味しそうに食べてくれるのが一番嬉しいということだ。その点で心美は一番詩乃の料理を喜んで美味しそうに食べてくれていた。涼葉は、どうなんだろう……詩乃の中で涼葉への興味が高まった。
「……涼葉ちゃんもね、お姉さんみたいに慕ってた人が事件の犯人だったってことで落ち込んでるの。まして動機が涼葉ちゃんを守るためだったから、余計ね」
「……そっか」
「だからね、今度は涼葉ちゃんを招待してあげたいの。その時は、詩乃ちゃんも協力してくれないかな」
「招待……分かった、協力するよ」
自分の料理に興味を持ってくれて、形は違えど大切な人のことで落ち込んでいる涼葉のことが詩乃には他人とは思えなかった。もし萌希がそういう機会を設けてくれるのであればぜひ参加したい、詩乃はそう思った。
「……良かった、やっとちゃんと笑ってくれたね」
「萌希?」
「詩乃ちゃん、あの事件があってからまともに笑ったの見たことないなって思って。笑っても、どこか無理しているような感じがしたの」
「……」
「だから、ちょっと安心したかな。のり子ちゃんが言ってたよ、人は人と出会うことで変われるって」
「のり子が?」
思えば、心美が殺されて絶望のどん底にいた私を、何とか立ち上がって前を向くことが出来るまで導いてくれたのものり子だった。のり子との出会いによって私はそのように変わることが出来たのなら……涼葉と出会うことでまた何か変わることが出来るんだろうか。
「……分かった、楽しみにしてるよ」
「あ、でもあまり仲良くなりすぎてもダメだよ。ただでさえ涼葉ちゃん、人たらしなところがあって、のり子ちゃんともすっかり仲良くなって、私との時間が減ってるんだから」
「……もしかして萌希って、結構嫉妬深い?」
「そ、そんなことないよ」
「ふふ、どうだか」
自分でも久しぶりに本当の意味で笑ったなと感じつつ、のり子と萌希の優しさに改めて詩乃は感謝したのだった。
***
「お、美味しい!!」
「そう? 良かった」
「これだよこれ、詩乃の料理の味。最近は何だか精彩を欠いてる感じだったけど」
「そこはまあ……心配かけてごめんねって感じで」
あれから詩乃はスランプを脱した。調理部の部員にも明確に分かる程、料理の味は詩乃本来の実力に戻ったのだ。
「……仕方がないよ、事情が事情だったしね。でも、その様子だともう大丈夫ってことかな?」
「完全にってわけじゃないけど、料理に影響しない程度までには」
「良かった。詩乃の美味しい料理食べれないの寂しかったんだよね、私なんかじゃ全然敵わない領域だし」
「また大袈裟な」
「調理部の次期部長最有力候補が何言ってるの。これからもお互い頑張って料理作ろうね、もちろん味見もさせて」
「あんたは私の味見ばっかりしてないで、自分の腕を上げなさい」
調理部の子達ともまた楽しく話せるようになったなと詩乃は思った。涼葉に会える時が来たら、その時は私にとって最高の料理をご馳走したい。そのために早く勘を取り戻さないといけないなと詩乃は思った。
過去を変えることは出来ないけど、新しい未来を築いていくことは出来る。もし今の私の大切な人達の中に涼葉が加わったら、そこに更に魅力的な未来が待ち受けているのだろうか。詩乃は新しい出会いに期待を抱きながら、笑顔で料理を作り続けるのだった。
~のり子達の日常:新しい出会いの予感 完~




