奈良旅館殺人事件⑧(アリバイの牙城)
のり子と萌希は急いで五條刑事のもとに向かった。今日の夜には奈良を出発しないといけない、時間が……ないのだ。
「五條刑事、今すぐ関係者を全員集めてください!!」
「どうしたんや。なんぼ君の頼みでも、急にそないなことは」
「事件の真相が……分かったんです」
「何やて!! そらほんまか」
「はい」
のり子は真剣な面持ちで五條刑事の目を見つめた。女子高生が刑事にこんなお願いをするなんて普通はあり得ない、断られて当然だ。しかし……のり子にはこうするしかない。
「……分かった」
「本当ですか!?」
「普通なら断るところや。しかし、君の探偵としての洞察力や真っすぐな心をウチは見てきた。それに、刑事として事件を解決したいっちゅう気持ちもある。せやさかい……特別や」
「ありがとうございます!!」
「のり子ちゃん……良かった」
萌希が満面の笑みで微笑んだ。最初は探偵としての捜査を認めてくれなかった五條刑事が、今はこうして協力してくれている、それが嬉しいのだろう。そして、それを自分のことのように喜んでくれる萌希の優しさが、のり子には何より嬉しかった。
***
食堂兼談話室に関係者が全員集まった。さて……いよいよか、のり子は改めて心の準備をした。
「刑事さん、急に皆さんを集めてどないしましたん。事件の件でなんか進展でも?」
「ええ、分かったんですわ。この事件の……真相が」
全員が五條刑事の言葉に驚き、一気に騒がしくなる。
「だ、誰なんだ犯人は!! 早く教えろよ」
「それについては、こちらの河澄のり子さんが説明してくれます」
「……はぁ? 警察は女子高生に推理ごっこでもさせようってのか!!」
麻事が呆れて怒りを露わにする。まあ、これはもう仕方がない。迷惑4人組の1人とかは関係なく、世間一般的に不思議に思うのは当然だ、のり子にとっては慣れたものである。
「のり子さんは女子高生やけど、過去に警察の捜査に関わって貢献した実績があんねん。先日の波後学園の生徒が次々と殺された事件を解決したのも、彼女なんやで」
「え……ニュースでも報道された、あの大事件をか?」
「マジかよ……」
由介と麻事が信じられないという目でのり子を見た。のり子にとってはもう思い出したくもないトラウマだが、大量殺人事件だっただけにメディアでの扱いも大きかったことが皮肉なことにのり子の実績に信憑性を持たせることになったのである。
「ウチが責任を持ちます。やからみなさん、彼女の話を聞いたってやまへんか?」
「五條刑事……」
「色々思うことはあったけど……良い人だね」
萌希の言葉に、のり子も心の底から同意した。これだけ信じてくれて無様な真似は出来ない。
「……分かったよ。誰でもいいから教えてくれ、事件の真相をよ」
「ありがとうございます、由介さん。今回の事件の一番の焦点は、奏子さんの死亡推定時刻です。警察の調べだと、21:30~22:30の間となるわけですが」
「正確には22:05~22:30でしょ、22:05に涼葉ちゃんがジュースを持っていって受け答えしてたんだから」
「ええ、そうですね夕香梨さん。で、その後22:15に奏子さんにメールで呼び出された由介さんが一番の容疑者になった」
「だから、俺はやってないって!!」
「嘘おっしゃい!! あなた以外、誰がやったっていうのよ」
由介の反論に、夕香梨が喰ってかかる。まあ、状況からしてそう思うのは当然だろう。
「由介さんが犯人かどうかは置いておくとして、奏子さんがメールで呼んだと仮定すると不自然な点があるんですよ」
「不自然な点?」
「連絡手段にメールを使ったことですよ、五條刑事。奏子さんは待たされるのが何より嫌いだった、なのにメールというすぐに気づくかどうかわからない手段をなぜ使ったのか」
「た、確かに奏子はすぐに呼び出したい時は決まって電話を使っていたな」
「つまり、メールを送ったのは奏子さんではない、別の誰かってことになる」
これは早々に萌希にも伝えた疑問点だ。いつも奴隷のように扱われていた由介さんなだけに、その辺りの事情は私以上に分かっているだろう。のり子がそう思っていると、由介が口を挟んできた。
「じゃあ犯人は麻事しかいねえじゃねえか。奏子と結託して俺をからかうために、お前がメールを送って俺が帰った後に奏子を殺したんだろ。音美もあいつは俺が奏子殺しの犯人だと思ってるから、お前なら部屋に入れただろうしなあ」
「ふざけんな!! メール使っただけで俺が犯人とか」
「麻事さんの言う通りですよ、由介さん」
「……何だと?」
「奏子さんと麻事さんが結託していたとしても、別にメールを使う必要はない、奏子さんが電話すればいいだけの話なんです」
「た、確かにそうだが……じゃあ何だっていうんだよ」
由介はわけがわからないという顔で困惑している。まあ、当然の反応だろう。
「それに答える前に、もう一つ不自然な点を指摘しましょう。涼葉さん、21:55頃に奏子さんからジュースを持ってこいっていう内線電話を受けたよね?」
「う、うん」
「それをちょっとスピーカーで流してくれないかな?」
「分かった」
涼葉がフロントの内線電話を操作し、奏子と涼葉の会話が流れる。萌希や夕香梨はやはり怒りを露わにし、菜葉も静かだが怒っている様子が見受けられる。
「これがどうしたんだ?」
「会話が終わってからの間ですよ、五條刑事。よく聞くと、涼葉さんが注文を受けて了承してから、妙な間がありますよね」
『は、はい、分かりました、只今。……ほんなら、失礼します』
「た、確かに奏子さんも涼葉ちゃんも何秒間か何も喋ってない」
「奏子さんの性格からして用件を伝えたらさっさと切るだろうし、そうしたら涼葉さんも最後に失礼しますとは言わない。つまり、奏子さんが切らずにずっと黙っているから挨拶してこちらから切ったんでしょ、涼葉さん」
「う、うん。接客の基本として向こうが切るのを待たないといけないんだけど、奏子さんが一向に切る様子がないからそうしたの」
「それはおかしいな。あいつはいつも言いたいこと言ったら、こちらのことなんか考えずに乱暴に切るってのに」
「わざわざメール使ったり、電話をなかなか切らなかったり。奏子の奴、一体どうしたってんだ?」
奏子のことをよく知っている由介と麻事が、その不自然さに頭を抱えている。
「つまり、こういうことです。メールは他の人が【打たざるを得なかった】、電話は切ることが【出来なかった】」
「どういうこと、のり子ちゃん。それじゃまるで奏子さんがメールも電話も出来ない状態みたいな……って、まさか!!??」
「そう、つまり……21:55に涼葉さんへのジュースの注文電話が来た時点で、奏子さんは既に死んでいたんです」
「な……何だって!!!!????」
食堂兼談話室にのり子以外の全員の驚きの声が響いた。まあ、事件の根本をひっくり返すような説なのだから当然だが。
「そもそも奏子さんの死亡推定時刻は元々21:30~22:30です、十分チャンスはあるわけで」
「あ、あり得ねえよ!! 俺が部屋に行った時、奏子と会話したんだぞ、俺の反論にも答えていたし」
「じゃあ聞きますけど由介さん、奏子さんが動いているところ見ました?」
「い、いや、見てねえけど。ベッドで寝たままだったな」
「涼葉さんも同じじゃない?」
「う、うん。確かに奏子さんはベッドにいたけど、動いたのを見たわけじゃ」
そういうことだ、由介さんにしても涼葉さんにしても奏子さんが生きているのを【目】で確かめたわけじゃない、【耳】で確かめただけに過ぎないのだ。のり子は続けた。
「それを裏付ける証拠として涼葉さん、ジュースを持っていった時に入口のところでそこに置くようにって言われたんだよね?」
「う、うん。ほんまはテーブルの上に置こうかって思たんやけど」
「そう、普通はそうするよね、そっちの方がずっとベッドに近いわけだし。だけど、そうされては困る事情があった」
「なるほど……テーブルに置こうとすると自然とベッドに近づくことになって、そのはずみに奏子さんの様子がおかしいことに気付かれてまうかもしれへん」
「そういうことです、菜葉さん」
菜葉はのり子の推理に感服していた。もし触られでもしたら、一発で死んでいるとバレてしまう。そうしたら、すべてが台無しだ。
「それともう一つ、奏子さんのベッドの布団には穴が開いていなかったって言っていましたよね、五條刑事」
「ああ、せや。つまり、刺した後布団を死体にかけたってことになるが」
「それもおかしい話なんですよ。別に厚手の布団じゃないんだから布団の上から刺せば良い話だし、偶然奏子さんが布団をまくっていたとしても布団をかけ直す必要性がない。犯人からすれば、一刻も早く部屋から出ないと目撃される危険があるんですから」
「ど、どういうことなの?」
「つまりこういうことですよ夕香梨さん。多少の手間をかけても布団を死体にかけておかないと、奏子さんが死んでいることが涼葉さんや由介さんにバレてしまう可能性があるからです。手足が動いていなかったり、刺した左胸の部分が赤く染まっていればね」
夕香梨は目を丸くして驚いた。とりあえず顔を見せて声を出しておけば、パッと見は生きているように見える、それで十分なのだ。
「でものり子ちゃん、確かに不自然な点はたくさんあるし奏子さんが動いていたのを見た人はいないけど、奏子さんが実際に喋って受け答えしてたのは事実でしょ?」
「声だけなら何とでもなるよ。例えば以前奏子さんがこの旅館に泊まりに来た時の奏子さんの台詞を録音しておいて、部屋のどこかに隠しておいた無線スピーカーから遠隔操作でそれを流せば、まるで奏子さんが生きているように見せることが出来るというわけ」
「た、確かに以前奏子さんが来た時に同じような台詞を言うとったような……」
「お、俺も昔言われたことがあるような気が……」
「うむ、今の時代遠隔操作で色々なことが出来るからな、そのくらい造作もないやろ」
涼葉も由介も五條刑事も納得して頷いていた。まして涼葉さんはさっさとジュースを置いて立ち去りたいわけだし、由介さんは奏子さんの横暴で怒っていたわけだから、過去に聞いたことがあるかなんてその場では考えもしないだろう。のり子がそう思っていると、麻事が疑問をぶつけてきた。
「で、でもよう、いくら遠隔操作で流せるって言っても相手に合わせてそんなにタイミングよく流せるものなのか?」
「簡単ですよ、盗聴器で聴いていたんです」
「盗聴器だと!?」
「おそらく部屋のドア付近に仕掛けておいたんでしょう。それで音声を拾い、合わせて遠隔操作で奏子さんの声を流せば、まるで生きている人間同士が会話してるように見える」
「なるほどな、無線スピーカーも盗聴器もみんなが寝静まった後に回収したらええ話やからな」
「そういうことです、五條刑事」
麻事は呆気にとられたような顔をしていた。五條刑事もさすがだ、要所要所でサポートしてくれる、何だかんだで優秀な刑事なのだろう。
「でものり子ちゃん、それじゃ全員にアリバイがなくなっちゃうってことだよね。これじゃ犯人を絞ることが出来ないんじゃ」
「そんなことはないよ。今回のトリックは死亡推定時刻を22:05~22:30に錯覚させて、その時間にアリバイのない由介さんと麻事さんに罪を着せるのが目的。つまり逆説的に言えば、犯人は死亡推定時刻において21:30~22:05にアリバイがなく、22:05~22:30にアリバイがある人物ということになる」
「え……それってまさか」
萌希がのり子の説明を聞き、青い顔をした。のり子も痛いくらいその気持ちは分かる、しかし……真実から目を背けるわけにはいかない。
「奏子さんと音美さんを殺害した犯人は……あなたです!!」




