奈良旅館殺人事件⑥(第2の殺人)
のり子は次に菜葉のもとに向かった。この旅館の女将だから、涼葉では知らない内情も知っている可能性がある。
「すいません、お忙しいのに」
「いえ、気にせんとってください。ほんで、お話ちゅうのは?」
「あの迷惑4人組のことなんですけど……実際のところ、菜葉さんはどう思っていましたか?」
「……この際やから隠すことなく言わしてもらいまっけど、正直憎んでいました」
普段温和な菜葉なだけに、その怒りに満ちた顔は迫力があった。後ろで一つにまとめた黒髪が和の雰囲気を強調し、芯の強い女性を感じさせた。
「涼葉はあくまで時間がある時に仲居に入るっちゅう形やから、知れへんこともあると思いますけど……あの子が思ってる以上にあの連中の横暴ぶりは凄かったんや」
「菜葉さん……」
「ウチだけならまだ我慢できたで。やけど……夫が倒れ、涼葉も連中が来る度に辛そうな顔をしとります。もし涼葉にまでなんぞあったら……ウチは自分の感情を抑えられる自信がおまへん」
菜葉の重い言葉の一つ一つが心にのしかかる。この人は本当に夫と涼葉さんを愛しているのだろう、それだけに……のり子は菜葉が犯人である可能性を考えざるを得なかった。
「のり子さん、もしかして……ウチが犯人かもしれへんと思うていまへんか?」
「……可能性はあると思っています」
「の、のり子ちゃん!?」
「無理もおまへん。アリバイがあるとは言うても、そら涼葉の証言のみですねん。身内の証言は証拠能力が低いやからね」
聡明な方だ、実際のり子も同じことを思っていた。のり子自身、死亡推定時刻に菜葉がいたかどうかは曖昧だ。涼葉が菜葉が犯人だと気づき、かばっていると言われたらあり得ないとは断言できない。
「……あくまで可能性の話です、お気になさらずに。もう一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「何でしょう?」
「連中は、どのくらいのペースでこの旅館に来るのですか?」
「大体、月にいっぺんくらい数日泊まる感じやね。夕香梨さんもそれに合わして泊ることが割とありまっけど」
「それって偶然なんですか?」
「いえ、予約が入ったら夕香梨さんにこちらから連絡しとります。もちろん強制はしまへんし、申し訳ない気持ちはあるんやけど……やはり涼葉のことを考えると、夕香梨さんについ甘えて まうねん。母親として情けない限りや」
***
菜葉にお礼を言って別れ、のり子は次の人のもとに向かっていた。
「ねえのり子ちゃん、さすがに菜葉さんが犯人はないんじゃないかな。自分が犯人と思ってるんじゃないですかって言ってたし」
「いや、わざと自分に疑いを持たせて裏をかくって手もあるだけに断定はできないよ」
「そ、そんな……」
「あらゆる可能性を考えて、例え身内であったとしても疑わないといけない、それが探偵なんだよ萌希」
「……ごめんのり子ちゃん、私が甘かった」
萌希が謝る必要はない、人間であれば萌希のような考えになるのは当然だ、それは萌希の優しさからくるものなのだから。だが、探偵は優しさだけではやっていけない……優しさは人を救ってくれるが、優しさ【だけ】あればいいというわけではないのだ。目的の人物の部屋に着き、のり子はドアをノックして入れてもらった。
「いらっしゃい、のり子ちゃんに萌希ちゃん。何か用?」
「夕香梨さんに聞きたいことがありまして」
「何かしら?」
「どうして、あそこまで涼葉ちゃんを大切にしているんですか? ご近所とかならともかく、一か月に一回くらいの頻度で行く旅館の一人娘ですよね。いくら可愛くて気が合うからって」
可愛い妹分というのは分かる、涼葉さんはそういう守ってあげたくなるような魅力を持った子だから。だが、それにしても夕香梨さんの涼葉さんへの愛情は深すぎるとのり子は感じるのだ。
「の、のり子ちゃん、さすがそれは夕香梨さんに失礼というか」
「ううん、気にしないで、当然の質問だと思うし。私ね、一人っ子なの。だからきょうだいが欲しかったっていうのもあるし……正直、両親とうまくいってないのもあるかな」
「夕香梨さん……」
「一人暮らしだから両親と普段は顔合わせないで済むんだけどさ……たまに会っても喧嘩ばかり。あんな両親、こっちから願い下げなんだけど……やっぱり心のどこかで家族が欲しいって思いがあるんだ」
「……」
「だからだと思うんだけど、涼葉ちゃんのことが可愛くて可愛くて仕方がなくてね、この子のためならどんなことも頑張れると思えるの。菜葉さんもお母さんみたいな存在だと思ってる」
夕香梨さんの過剰ともいえる涼葉さんへの愛情にはそういう背景があったのか……自分を愛してくれる家族が誰もいない、そんな時にあれほど温かい家族と巡り合えば、その人達のために全力を尽くすと考えても不思議ではないか。少し茶色が入ったロングヘアと優しさに溢れた夕香梨さんの表情の組み合わせは、素直に美しいとのり子は感じた。
「そういうことだったんですか……教えてくださり、ありがとうございます。もう一つ質問、よろしいでしょうか?」
「いいわよ」
「菜葉さんからあの迷惑4人組からの予約が入ったら夕香梨さんに連絡を入れていたって聞いたんですけど、今回だけじゃなく今までもあんな風に涼葉さんや菜葉さんに暴言を吐いていたんですか?」
「そりゃもう、酷いモノだったわよ。何でもかんでもケチつけたり物を投げるなんて当たり前。身勝手な理由で態度が気に入らないだの、今回みたいに注文したものを持って行っても入ることすら許さずに入口に置いとけだのやりたい放題」
「……ねえのり子ちゃん、今すぐあの連中のところに行ってぶん殴りたいんだけど」
萌希の口からぶん殴りたいってワードを聞くのは初めてだが……正直同感だとのり子は思った。
「その度に涼葉ちゃんを守っていたわけですよね。連中の予定に合わせて旅行に行くって大変じゃないですか?」
「そうでもないわよ。一人暮らしだし、あくまで可能な場合だから行けないこともあったし。それで涼葉ちゃんを守れるなら、むしろこちらから頼みたいくらい」
「……本当にありがとうございます夕香梨さん、どれだけ感謝したらいいのか」
「ううん、好きでやってることだから。のり子ちゃんも萌希ちゃんも涼葉ちゃんにとって良いお友達だと思うから、これからもよろしくお願い」
「はい、分かりました」
***
夕香梨との話を終え、のり子と萌希は自室に向かっていた。聞いた情報を整理するためだが、その途中で五條刑事に会った。
「何や、君達か。どうしたんや、何や忙しかねんけど」
「ちょっと色々な人達に事件のことを聞いていたんです」
「……人前やから言わへんかったけどな、推理ごっこも大概にした方がええぞ、これはほんまもんの殺人事件やねんから」
「のり子ちゃんがしてるのは、推理ごっこなんかじゃありません!!」
「萌希?」
萌希が大声で反論し、キッと五條刑事を睨んだ。大人しい印象な萌希なだけに、五條刑事も少し驚いている。
「のり子ちゃんは、本物の探偵なんです。今まで色々な事件に関わってきましたし、先日起きたうちの学園の生徒がたくさん殺された大規模殺人事件を解決したのも、のり子ちゃんなんです!!」
「……もしかして君達は波後学園の生徒か?」
「はい、そうですけど」
「なるほどな、あの大規模殺人事件については聞ぃとんで。まさか解決したのが君とはね。確かに、今日関係者全員を集めて質問した時も随分鋭い子とは思うてんけど」
「ですから」
「やけど、やはり君は高校生や。推理力を疑ぉてるわけやないが、危険なことに首を突っ込まん方がええ。それだけほんまもんの事件はどこに危険があるか分からんのやからな」
……少なくとも彼はのり子が今まで出会った刑事の中でも理解のある方だろう。高校生だから信用ならないとかそういうのではなく、純粋に幼いゆえに危険だと警告してくれているのだから。
「ご忠告ありがとうございます。では、失礼します」
「ちょっと、のり子ちゃん!!」
「いいのよ萌希、彼は間違ったことは言ってないんだから」
「でも……何か悔しいよ、のり子ちゃんの凄さを分かってくれないなんて」
萌希の気持ちは嬉しいが、今はそんなことを気にしている場合ではない。少しでも真相に近づくために尽力しなければ……のり子はその後も考えに考えて奔走し、あっという間に一日は終わったのだった。
***
「ほ、本当なの涼葉ちゃん、それ」
萌希の慌てたような声で再びのり子は目を覚ました。昨日同様、時計を見るともう朝の様だが……
「……萌希?」
「のり子ちゃん、涼葉ちゃんのところに行くよ!!」
「……まさか」
「あの連中の一人の音美って人が、部屋で殺されたんだって」
それを聞いた瞬間、のり子は頭の中を瞬時に推理モードに切り替え、涼葉のもとに向かった。




