奈良旅館殺人事件⑤(涼葉への疑惑)
「ほな、まずは原崎音美さん、お願いできまっか?」
「ったく。私は一人でずっと部屋にいたわよ、スマホいじってたわ」
「それを証明できるものは?」
「ないわよ!! 仕方がないでしょ、一人でいたんだから」
となると、音美さんはアリバイはなしか。動機の面でも奏子さんの死をあまり悲しんでいるように見えないことから、何か一悶着あってというのは十分考えられる。
「分かりました。次は、沢野麻事さん」
「俺も同じだよ、ずっと部屋で一人でスマホのゲームやってた」
「つまり、証明できるものはないと?」
「……残念だけどな」
麻事さんもアリバイはなし、と。動機の面でも男性陣2人はまるで召使いみたいに扱われて不満を抱いていたのは見ていても分かった、十分あり得るだろう。
「ほな、最後に坂上由介さんやけど……ウチとしては一番聞きたいのは自分なんですわ」
「ど、どういうことだよ」
「奏子さんのスマホに残っとったんでっせ、22:15にあんたにメールを送った記録が」
「!?」
「まあ、奏子さんが送ったんか、他の人が奏子さんのスマホをつこて送ったのかは分かりまへんがね」
これは重要な証拠だ。確かに誰が送ったのかは分からないだけに五條刑事は死亡推定時刻が22:15以降だと断定しなかったのだろうが、涼葉さんの証言とボイスレコーダーの記録から22:05以降だというのは判明している。
「だとすると由介はすぐに行ったでしょうね、奏子のところに」
「どういうことでっか?」
「あの子、待たされるのが大嫌いなのよ。だから由介、いつもスマホはチェックしてたわ」
「そうなんでっか、由介さん?」
「……ああそうだよ。奏子から用があるからすぐ来いってメールがあったから、すぐに奏子の部屋に行ったよ」
待たされるのが嫌いね……何ともあの奏子さんらしいとのり子は思った。召使いみたいと言ったが、これじゃまるで奴隷だ。
「だけど、行ったら『やっぱりいいわ』とか言いだしやがってよ。何だよそれって言ったら『うるさいわね、さっさと帰りなさい』とか言って……何なんだよ全くって感じで」
「まあ、奏子だしなあ。大方食堂でそちらの女性に注意されたのを根に持って、由介に八つ当たりしたってところだろ」
麻事は夕香梨の方を見ながら、呆れた口調で言った。夕香梨は不機嫌そうな顔でキッと麻事を見た、そりゃマナー違反を注意したのに自分のせいにされてはたまらないだろう。
「じゃ、犯人は由介で決まりじゃない。それでカッとして殺しちゃったんでしょ」
「ふざけんな!! そりゃ奏子のわがままには心底ムカついてたけどよ、さすがに殺しまではしねえって」
「でも、死亡推定時刻と一致するじゃん。状況から見てもそうとしか思えないぞ」
確かにそうだが、アリバイがないのは音美さんも麻事さんも同じだ、由介さんがやったと断定はできない。
「大体な、奏子にムカついてたのは音美も麻事も同じだろうが。俺が帰った後、奏子の部屋に行って殺したんじゃねえのか?」
「なっ……奏子が由介にメール送ることを予測なんか出来るわけないじゃない!!」
「分からねえぞ。例えば奏子と結託して俺をからかおうって名目でメール送らせたかもしれないだろ、それなら音美も麻事も犯行は可能だ」
「由介、お前!!」
迷惑4人組、今は一人減って迷惑3人組が仲間割れを始めた。この程度の仲だとは思っていたが……のり子は呆れるしかなかった。
「はいはい、喧嘩は後でお願いします!! 音美さん、由介さん、麻事さん、詳しい話を聞かして頂いてよろしいかな。アリバイがなくて動機があるのは、自分らだけなんやから」
「チッ……分かったわよ」
「犯人にされちゃたまんねえからな、何でも話すよ」
「何で俺まで……」
「他の方々はとりあえず解散で構いまへん。また後でお話を聞くかもしれまへんから、旅館の中にはいてください」
そう言い、迷惑3人組は五條刑事に連れられて消えていった。3人ともアリバイ無しで動機もあるか、パッと見は実に単純な事件だが……
***
「何だかとんでもないことになっちゃったね、のり子ちゃん」
「うん……」
「どうしたの、のり子ちゃん、そんなに考え込んで。もうここからは警察の仕事だし、のり子ちゃんがそこまで考えなくても」
「本当にそうなのかな?」
「えっ、どういうこと?」
「本当に犯人はあの3人の中の誰かなのかってこと」
萌希は目を大きく見開いて、驚きの表情を浮かべた。先程までの流れを考えると、当然の反応だが。
「な、何言ってるののり子ちゃん。アリバイがないのはあの人達だけだし、動機も十分だったじゃない」
「確かにそうなんだけど、どうも不自然な点があるのよ」
「不自然な点?」
「奏子さんがメールで由介さんを呼び出した件あるでしょ。奏子さんは待たされるのが大嫌いだって音美さんが言っていたけど……だったら何で電話しなかったのかなって」
「あ……確かに、そっちの方が確実に気づくもんね」
そうなのだ、メールは場合によっては気付かないことがある、電話の方が確実だ。奏子さんが待たされるのが大嫌いなら、それこそ電話を使うだろう。
「つまり、メールにせざるを得なかった……それはつまり、メールを送ったのは奏子さんではなく他の人ってことになる。
「でも、あの3人組以外はアリバイがあるんだよ。メールだって、たまたまそういう気分だったのかもしれないし」
「何にせよ、調べることがたくさんある。行くよ、萌希」
「う、うん」
のり子は涼葉のもとに向かった。まずはこの旅館のことを知らないことには始まらない、涼葉さん自身も奏子さんから電話を受けているだけに聞くこともあるし。
「部屋割り?」
「うん、この旅館全体の構造もね」
「分かった。えっと、この旅館は3階建てで、1階に客室とフロント・食堂兼談話室・大浴場があって、2階は客室だけ、3階がウチとおかんとおとんの居住スペースになっとるん」
「ふむふむ」
「客室はのり子さん・萌希ちゃん・夕香梨さんが2階で、奏子さん・音美さん・由介さん・麻事さんが1階やで」
あの迷惑4人組全員が1階で、それ以外は2階か……随分綺麗に分かれている感じだが。
「その配置、迷惑4人組の希望だったり?」
「そういうわけとちゃうけど、あの輩朝も夜も関係なくほたえる(騒ぐ)から、他のお客様の迷惑になれへんように他の人は別の階にすることが多いかな」
「まったくもう……そんなことまで涼葉ちゃんに迷惑かけるなんて!!」
萌希がもう我慢できないという感じで怒りを露わにしている。本当に、気持ちは分かりすぎるくらいに分かるが……
「全体の見取り図とかある?」
「うん、これ」
「う~ん……基本、客室は長方形の形で配置されている感じだね、階段からぐるっと回る形か」
「トイレは客室の他に、各階に一つずつ共同のがあんねん」
「分かった、ありがとう。あとさ、奏子さんからの電話と部屋に行った時の会話の録音、もう一度聞かせてくれないかな?」
「分かった」
録音された音声を聴くと、奏子が一方的に強い口調で涼葉に命令している様子が再び見受けられる。正直甚だ不愉快だが……
「確かジュースはグラスに入れて、お盆に乗せて持って行ったんだよね?」
「せやで、のり子さんと萌希ちゃんも飲んだあの旅館特製ジュース」
「あれ、美味しかったよね~」
「ふふ、おおきに」
確かにあのミックスフルーツジュースは美味しかった。推理に煮詰まったら、あとでまた注文するとしよう。
「ジュースは置いておくように言われたんだよね?」
「うん。ほんまはテーブルの上に置こうかなって思 たんやけど、入口のところでそこって言われたし、あまり部屋の中に入って怒られるのも嫌やから入口の近くに置いておいたの」
「……ありがとう涼葉さん、聞きたいことは以上だから。忙しい中ごめんね」
「ううん、気にせんとって」
***
涼葉に挨拶をして別れ、のり子と萌希は次の人物のもとに向かっていた。
「ねえ、のり子ちゃん」
「何、萌希」
「もしかして……涼葉ちゃんのこと、疑ってない?」
「……可能性はあると思ってる」
「そんな!! 涼葉ちゃんが犯人なわけ」
私だって、そんなことは思いたくない。昨日初めて会ったとはいっても、涼葉さんはもう既に大切な友達だ、それだけ良い子だと思っている。だけど……のり子は辛い表情を浮かべながら言った。
「アリバイはともかく、動機の面でいえば十分あり得る。萌希も分かってるでしょ?」
「そ、それは……」
今まで多大なカスハラを受け、心を傷つけられただけじゃなく旅館の経営まで悪化させられた。自分だけじゃなく、家族全員の敵……優しい涼葉さんだからこそ、というのはあり得ないことではない。
「でも、涼葉ちゃんが人殺しなんて」
「忘れたの、萌希。うちの学園の生徒がたくさん殺された、あの連続殺人事件。黒幕と、それに操られたもう一人の犯人は誰だった?」
「うう……」
もう思い出したくもない、あの凄惨な大事件。結果として、どちらも私の友人だった……。萌希も本当は分かっているのだろう、だけど、私以上に涼葉さんとの付き合いが長いだけに割り切ることが出来ない。でも……私は探偵だ、のり子は冷徹な心を再認識し言った。
「捜査に私情は……挟めない!!」




