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奈良旅館殺人事件③(頼れるお姉さん)

 涼葉と菜葉に部屋に案内してもらい、のり子と萌希はしばしくつろいだ。部屋はシンプルな内装だが、清掃や手直しが行き届いており、快適な空間だった。仲居である涼葉に感謝である。


「のり子ちゃん、そろそろお風呂行かない? 先に行った方が御飯美味しいよ」

「そうだね、行こうか」


 のり子と萌希は大浴場に向かった。今は部屋ごとに風呂が設置されているホテルや旅館が多いが、のり子は個人的にはこういう大浴場の方が好きだ。雰囲気があるし、疲れもしっかり取れる。風呂は旅行の楽しみの一つなだけに、そこはしっかり味わいたいのだ。


「むむ……のり子ちゃんって結構胸大きいよね」

「いや、別に私は普通くらいだと思うけど。てか、どこ見てるのよ」


 萌希と一緒に風呂につかりながら、萌希の嫉妬に満ちた視線にのり子は戸惑っていた。実際、のり子の胸の大きさは世間一般的には普通レベルである。のり子の知り合いでは一番大きいのがすみれで次が詩乃、織絵が普通くらいで、いりすと萌希が小さいといったところか。さくらは……結構大きい方だ、涼葉はのり子と同じくらいである。


「はぁ……私はいつまで経っても体が大きくならないなあ」

「萌希は今のままでも十分可愛いと思うけど」

「のり子ちゃん、それは大きい側だから言えることだよ」

「そう言われてもなあ」


 実際、萌希は世間一般的に言っても可愛い部類に入る。どちらかというと地味な印象だから本人も自信が持てないのかもしれないが、素朴で可愛いと言い換えることもできる。共学の学校にいたら、結構モテるんじゃないかとのり子は思った。


***


 萌希とそんな他愛もない会話をしながら風呂を楽しみ、出た後は涼葉のもとに向かった。食事について相談するためだ。ここでの食事は部屋で取るか、食堂兼談話室で取るか選択できるらしいので、その相談である。


「涼葉ちゃん、お風呂出たよ」

「どやった?」

「うん、とても快適で気持ちよかったよ」

「私も萌希と同感」

「ふふ、おおきに」


 涼葉は心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。人のために頑張れて、人の幸福を素直に喜べる、この子は接客業に向いてるなとのり子は思った。


「それで、食事なんだけど」

「あ~……今は食堂で取るのはよした方がええかも」


 涼葉は一転して困った顔を浮かべ、食堂の方に目線を向けた。やたらと騒がしいが……そこには例の迷惑客4人組がいた。うるさいだけじゃなく、態度や備品の扱い方も最悪だ。菜葉も慣れているのかあまり表情には出さないが、よくは思っていないようだ。


「またあの人達? もう、涼葉ちゃんに迷惑ばかりかけて!!」

「あれでもお客様やさかい、ややこくて(難しくて)……」


 萌希はいつ怒りが爆発してもおかしくないくらい怒っている。温厚な萌希をここまで怒らせるあの連中の身勝手さには呆れるしかない。


「ねえ涼葉さん、いくらお客様でもやっていいことと悪いことがあるよ。だから、今後は迷惑行為は録画とか録音しておいた方が良いと思う、何かに役立つかもしれないし」

「う~ん……分かった、そうする。夕食は部屋に持っていくから」

「いや、ここは私が一言ガツンと言ってくるよ」


 のり子としても涼葉は既に友人だ、こうまで友人を困らせる輩をそのままにしておきたくはなかった。


「ええ!? そんな、悪いで」

「ううん、私が納得いかないってのもあるからさ」

「だったら、ここはお姉さんに任せてくれないかな?」

「ゆ、夕香梨さん!?」


 のり子が連中のもとに行こうと気合を入れていたところを、夕香梨が止めた。涼葉はびっくりし、目を丸くした。


「君達はまだ学生だからナメられるかもしれないからさ、ここは大人の私に任せなさい」

「のり子ちゃん、夕香梨さんの言う通りだよ。私も凄く怒ってるけど、ここは夕香梨さんに任せた方が良いと思う」

「……それじゃあ、お願いします」

「了解、さてと……」


 夕香梨は気合を入れ、連中に向かっていった。冷静に見えるが、背後からは青い炎のごとく静かだが非常に熱い怒りが感じられた。


「ちょっといいかな、私達そろそろそこ使いたいんだけど」

「はあ!? 私達がまだ使ってんのよ、何勝手なこと言ってんの」

「勝手はどっちかしらねえ、周りのこと考えず長時間我が物顔で占拠してさ!!」

「な、なによ。こっちは客なのよ、お金出して泊ってるのよ」

「私もお金出して泊ってる客なんだけど? だったら同じ権利あるわよね」


 奏子に対し、夕香梨はまったく引かない、弁論では完全に夕香梨の方が上だ。所詮こういう輩は立場の違いを振りかざして迫力で押すことしかできない、それが通じない相手には勝てないのも当然である。


「奏子、分が悪いよ、ここは引いた方が良い」

「ちっ……分かったわよ音美。どけばいいんでしょ、どけば!!」

「分かってもらえて何より」

「由介、麻事、行くわよ!!」

「やっとか……はいはい、分かったよ」

「……悪かったな」


 女性2人に命令される形で、男性2人も去っていった。騒いでいたのはほとんど女性2人で男性2人は嫌々付き合ってる感じだったし、多少なりとも申し訳ないという気持ちも持ち合わせているようだ。悪ではあるが、男性2人の方はまだマシといったところか。


「お、おおきに夕香梨さん!!」

「いーのいーの。せっかくだし、萌希ちゃんとのり子ちゃんも一緒に夕食食べない?」

「はい、是非!!」

「それじゃ、よろしくお願いします」


 気さくで頼れるお姉さんだ。のり子としても、涼葉を助けてくれた人と夕食を共にできるのは嬉しい気持ちで一杯だった。


***


「先程は本当にありがとうございました、涼葉ちゃんを助けていただいて」

「気にしないで、私としてもあの連中にはずっと腹立ってたからさ」

「夕香梨さんはウチが困っとる時にいつも助けてくれるの。ほんまに、どれだけ感謝しても足りへんわ」

「そりゃ、大切な妹分が困ってたら助けるのはお姉ちゃんの役目だしね。のり子ちゃんも立派だったよ、あの連中に立ち向かおうとしたわけだし」

「ありがとうございます」


 のり子としては、立ち向かおうとはしたが実際夕香梨みたいに相手を弁論で圧倒し追い出すことが出来たかと言われると自信が持てない。人生経験の差と言えばそうかもしれないが……のり子は素直に夕香梨のことを尊敬した。


「ウチとしてもめっさ助かっとりまっせ、夕香梨さん。ほんまにありがとさん」

「もう、菜葉さんまで改まって。私がしたくてしてるんですから、気にしないでください」

「ふふふ。さ、こちらどうぞ、奈良名物の素麺と鮎でっせ」

「鮎って食べるの初めて」

「素麺も他とは違う美味しさがあるよ、のり子ちゃん」


 萌希の言う通り、素麺も鮎もとても美味しかった。ここは料理も美味しいようだ、改めて良い旅館だとのり子は思ったのだった。


***


 食事を終え、のり子と萌希は夕香梨とお喋りを楽しんでいた。涼葉は仲居の仕事があるが、それほど忙しくないのと菜葉が気を利かせて涼葉の分の仕事もこなしてくれていたため、涼葉もちょくちょく話に参加することが出来た。


「涼葉ちゃんとはもうそんなに長い付き合いなんですね」

「私が初めて奈良に旅行に来た時に泊まった旅館がここでね、その時に会って話して気が合うなあって思ったの。で、今は半分涼葉ちゃんに会うために奈良に来るみたいになって」

「ウチも予約表に夕香梨さんの名前があると、その日はやる気が倍増するねんなぁ」

「ふふ、良い関係ですねお二人とも」

「ありがと、のり子ちゃん。あ、仕事の関係でちょっとだけ抜けるから、その間は3人で楽しんでて」

「分かりました」


 そう言い、夕香梨さんは部屋に戻っていった。社会人として仕事もしっかりこなしていそうだ、立派な大人の女性と言ったところか。


「優しくて頼りになるお姉さんだね、夕香梨さん」

「うん。色々しんどいこともあるけど、この旅館がやっていけとるのは夕香梨さんのおかげだって思っとる」

「これからは私も力になれたら、嬉しいと思ってるよ」

「のり子さん……ほんまにありがとさん」

「もちろん、私もね」


 萌希が、抜け駆けはダメだよという顔をのり子に向けてくる。これだけ良い子なのだ、支えてあげたいとのり子は思ったのだった。


「あ、せや。二人とも、ミックスフルーツジュースはどう、この旅館特製の」

「あれ、そんなの前に来た時あったっけ?」

「ウチも経営苦しいから、オリジナル感出そうと思うて。今日から始めたん、美味しいで」

「それじゃ、頂こうかな。値段は?」

「500円やねん」

「あ、ちょっと高め」

「特製やから!!」


 涼葉が胸を張って出してくれたこの旅館特製ドリンクは、とても美味だった。


***


 程無くして夕香梨が戻ってきて、再び4人でお喋りを楽しみ始めた。のり子の学園での活躍も話のネタとして大いに盛り上がり、みんなのテンションが上がっていたところ、フロントの電話の着信音が鳴った。


「あ、私出るよおかん」

「お願いね、涼葉」

「えっと、奏子さんの部屋からか。はい、もしもし」


 奏子と言えば、あの迷惑4人組のリーダー格っぽい人か。また難癖をつけようというのだろうか。


「は、はい、分かりました、只今。……ほんなら、失礼します」

「何て言ってたの、あの迷惑な人」

「喉が乾いたから、ジュース持って来いって」

「今日あれだけ迷惑かけといて、どの口が言うのかねえ」

「しゃあやん(ない)ですよのり子さん、ルームサービスとして認められとることやから。ほな、行ってきます」


 涼葉はそう言い、お盆にジュースを載せて奏子の部屋に向かった。それとほぼ同時に夕香梨がトイレから戻ってきて、のり子は事情を説明した。


「はぁ……懲りないというかなんというか」

「涼葉ちゃんは良い子すぎると言いますか、そこを突かれている感がするんです」

「そうなのよねえ。正直者は馬鹿を見る、か……」

「何だか納得いかない話ですね……」


 世の中の理不尽さに3人が頭を抱えていると、涼葉が戻ってきた。お盆を持っていないので、お盆ごと置いてきたのだろうか。


「涼葉ちゃん、あの人何か言ってた?」

「部屋に入ってお持ちしましたって伝えたら、そこに置いとけって」

「予想はしていたけど、感謝の言葉も無しね……何だか本気で腹立ってきたんだけど」

「ゆ、夕香梨さん、抑えたってや、ウチは大丈夫やから」

「じゃ、その分涼葉さんとのお喋りを楽しむとしますか!!」


 のり子としても納得がいったわけではないし、いずれ何かしらのアクションを起こそうとは思っていた。それよりも今は涼葉の心を癒す方が先決だろう、改めてのり子達4人はお喋りを楽しんだ。


 それからしばらく経って解散し、のり子と萌希は部屋に戻った。あの迷惑連中4人には辟易したけど、涼葉さんも菜葉さんも夕香梨さんもとても良い人で交流を楽しめたし、奈良の魅力も満喫できたので良い一日だったとのり子は思った。今日あったことを思い浮かべながら、のり子は眠りについた。


***


「落ち着いて涼葉ちゃん!! 今からすぐに行くから」


 萌希の慌てたような声でのり子は目を覚ました。時計を見ると……もう朝のようだ。何かあったんだろうか?


「どうしたの、萌希」

「のり子ちゃん、今からすぐに涼葉ちゃんのところに行くよ!!」

「まさか……またあの迷惑連中が何かしてきたの?」

「……その連中の一人の奏子って人が、部屋で殺されたんだって」


 その瞬間、のり子の眠気は一気に吹っ飛んだ。

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