奈良旅館殺人事件①(文通相手)
「う~ん、週末どうしようかな」
昼休みに、のり子は週末の予定を考えていた。来週は月曜日が祝日なため、3連休なのだ。のり子は休みの日は家ですごすことが多い、推理小説を読んだりドラマを観たりするのが好きだ。今井刑事からの依頼で外出することもあるがそこは女子高生、今井刑事もどうしても無理な場合以外は、年頃の女の子のプライベートには極力干渉しないようにしている。
「さすがに3連休を家でダラダラすごすだけっていうのも……」
「ちょっといいかな、のり子ちゃん」
「あ、萌希、どうしたの?」
「週末の予定、どうなってる?」
「今のところは特にはないかな」
萌希は図書委員であり、のり子以上にインドア派である。週末も静かに過ごすのだろうというイメージがあるが。
「じゃあさ、一緒に奈良に行かない?」
「な、奈良!? どうしたの、急に」
「実はね、文通してるお友達の吉野涼葉ちゃんに会いに行くことになったの。前に奈良に行った時に泊まった旅館の一人娘で、そこで仲良くなって」
PCやスマホがこれだけ発達した世の中で文通というのも、何とも趣があって萌希らしい。萌希のそういう素朴なところは、一緒にいてホッとするものだ。
「だったら、私行ったらお邪魔じゃないかな?」
「全然そんなことないよ。むしろ涼葉ちゃん、のり子ちゃんに会いたがってるんだよね、文通でちょくちょくのり子ちゃんのこと書いてるから」
「そ、そうなんだ」
自分が探偵だということは、今は親しい友人にだけは伝えてある。学園の生徒が次々と殺されたあの恐ろしい大規模な連続殺人から数週間が経ち、周りもそれなりに落ち着いてきた。萌希も友人が本物の探偵ということが分かり、話も弾むのだろう。
「のり子ちゃんは奈良、行ったことある?」
「ないけど」
「良いところだよ、せっかくの3連休なんだから行こうよ」
「まあ、特に予定もないし……分かった、行くよ」
「やった!! じゃあ、軽く予定立てよう」
萌希は両手で軽くガッツポーズをした。三つ編みを揺らしながら小柄な体で表現する様は、小動物みたいで可愛らしい。週末は萌希と旅行か……良い週末になりそうだ。
***
待ちに待った週末、新幹線で京都に行き、通常の電車を乗り継いであっという間に奈良に着いた。ちなみに、すみれ・詩乃・織絵ちゃん・いりすちゃんは予定があるので来れないとのこと。今回は萌希と二人きりというわけだ。
「へえ、駅周辺はそれなりに現代風なんだね」
「日本を代表する古都といっても、やっぱり令和の世の中だからね、京都もそうだよ」
「私は来たことないからさ、案内お願いできるかな萌希」
「任せておいて!!」
萌希によると今日は萌希の文通相手の旅館に泊まることになっているので、夕方までは奈良を案内してくれるらしい、実に楽しみだ。
「やっぱり古代の中心地だね、有名な寺や神社がたくさん」
「凄く趣があって風流でしょ、それに落ち着くし」
「そうだね、最近は何だか慌ただしかったから……こういうのも良いかも」
のり子はそっと目を閉じ、深呼吸をした。寺や神社が持つ不思議な雰囲気と空気、それらが疲れた心を優しく癒してくれたような気がした。
「話には聞いていたけど……本当に鹿が多いね」
「1000頭以上いるって話だよ。ほら、横断歩道を渡ることもあるの」
「な、なかなか面白い光景ね」
「ほらのり子ちゃん、鹿せんべい」
「ありがと。ふふふ、召し上がれ」
あっちこっちで見かける野生の鹿の姿に、のり子は思わず笑顔を浮かべた。鹿せんべいを美味しそうに食べる鹿を、のり子は優しく見つめた。
「この辺りは古い家屋が多いね」
「改築して飲食店とか雑貨屋さんになった店も結構あるんだよ。江戸時代から明治時代にかけての雰囲気そのままの町屋もあるから、昔の生活様式を見ることもできるし」
「本とかネットで見ることはあったけど、実際に建物に入って直接見るとやっぱりグッとくるものがあるよね」
「でしょ? 手軽に見れるのも良いけど、やっぱり足を運んで実際に見るのは格別だよ」
どこかノスタルジックな街並みをゆっくり歩き、タイムスリップしたような感覚を味わうのも非常に趣深い。のり子の写真を撮る手も、自然と進むのだった。
***
「へえ、このお粥美味しいね」
「お茶で炊いたお粥なんだよ、1200年前から食べられているんだって」
「漬物にも合うし、さらさら食べれて朝御飯に良さそう」
「こっちの柿の葉で包んだ押し寿司も美味しいよ」
「うん、生臭みがなくて凄く食べやすい」
和室で和の美味を味わう。何というか、日本人の幸せだなあとのり子は思った。洋食は派手でパワーがあるところが長所だが、やはり時にはこういう静かで落ち着いた幸せをくれる和食が欲しくなるものだ。
「ふう、美味しかった」
「お粗末様でした」
「萌希……ありがとね。奈良、すごく楽しめてるよ」
「それは何よりだよ、誘ってよかった」
もちろん奈良自体の魅力も素晴らしいが、萌希の案内が丁寧だというのも大きい。こういう細やかな心遣いがあるからこそ、萌希はクラスでも好かれているのだろう。
「……実はね、のり子ちゃんに奈良を楽しんでほしいっていうのと同じくらい、心を休めてほしかったの」
「え?」
「最近、色々あったでしょ……そんな中でのり子ちゃんは一人で凄く頑張ってくれて、私もみんなも凄く助かった」
「みんなの力のおかげだよ、私一人じゃ絶対に無理だったし」
実際、一人だったら途中で心が折れて潰れていたと思う。本当に良い友達や人生の先輩に恵まれたものだ、のり子は改めてそう感じた。
「でも、やっぱりのり子ちゃん一人に頼りきりだった面もたくさんあったと思うんだ。体は時が経って回復したと思うけど……心はまだ疲弊したままなんじゃないかって。だから、奈良で癒されてほしかったの、ここは凄く趣があって落ち着くから」
「萌希……ありがとう、凄く嬉しい」
萌希の心遣いが身に沁みる。確かにこの地は都会とは違った魅力がある、心を休めるのに実に適した地だと思う。来て、良かった。
***
「日が暮れてきたけど、そろそろ萌希の文通相手の旅館に行く頃かな?」
「そうだね、じゃ行こうか」
奈良の色々な名所を巡り、グルメを担当し、のり子は満足な気分で溢れていた。いよいよ萌希の文通相手に会えるのか、楽しみだ。
「吉野涼葉さんだっけ、どんな子なの?」
「私とのり子ちゃんと同じ高校2年生の子だよ。お母さん思いの可愛くてとても良い子だから、のり子ちゃんもきっと気に入ると思う」
萌希とそんなことを話しながら歩き、旅館に着いた。扉を開け、萌希が挨拶をする。
「すいません、予約した蓑里萌希ですけど」
すぐに奥からスタッフが元気な声でやってきた、高校生くらいの女の子だ。
「おいでやす。あ、萌希ちゃん!!」
「涼葉ちゃん、久しぶり!!」
萌希がスタッフの女の子と両手を繋いで、嬉しそうに話している。この子が萌希の文通相手なのだろう。
「萌希ちゃん、そちらの方がせんど(何度も)言うてた、河澄のり子さん?」
「そうだよ、私のお友達で凄く頼りになる探偵さん」
スタッフの女の子はそう言うと襟を正して畏まり、のり子に元気よく挨拶をした。
「初めまして、うちは萌希ちゃんのお友達の吉野涼葉です、よろしゅう頼んます!!」
読んでくださりありがとうございました、新シリーズスタートです。
今回の事件の舞台は奈良です、良い所ですよね奈良。
蓑里萌希、今回は彼女が中心の話となります。
それでは、今回も精一杯書かせていただきますので、よろしくお願いします。




