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のり子達の日常:代理名探偵

「あ、そろそろ帰らないと。明日も来るね、織絵」

「うん、ありがといりす」

「明日は何か持ってきてほしいモノある?」

「そうだなあ、あのお気に入りの推理漫画持ってきて」

「分かった。それじゃ、お大事に」


 織絵に挨拶し、いりすは病室を出た。いりすが通っている波後学園の生徒ばかりが狙われた恐ろしい連続殺人が解決してからというもの、いりすは毎日織絵のもとを訪れていた。あの事件で、織絵も命を狙われ、瀕死の重傷を負った……あの時はいりすも織絵が死んでしまうのではないかという悲しみと不安で押し潰されそうだった。


「もう、あんな思いはしたくないな……」


 幸い、探偵をしている頼れる先輩であるのり子と、織絵の姉のすみれのおかげで織絵は一命をとりとめた。二人にはどれだけ感謝をしても足りない、一生をかけて恩を返していこうといりすは思っている。ところで、織絵のお見舞いに毎日来ると決まって同じことを言われるのだ、やることがないと。


 命が助かったとはいえ瀕死の重傷を負ったのだ、だいぶ快復はしてきているとはいえひょいひょい動けるほどではない。なので基本ベッドの上、暇なのも当然だろう。というわけで、いりすは毎回暇潰しのためのものを持ってきている。明日はあの漫画か……


「あ、そういえば明日って織絵が好きなアーティストのクリアファイルがあのコンビニで配布開始されるんだった。織絵も欲しがってたっけ」


 対象商品を数個買うとクリアファイルがもらえる、コンビニでよく見かけるキャンペーンの形だ。最近はその辺りのルールが厳しくなったのか、開始時刻まで決められている。朝早くだから、今日は早めに寝て明日織絵に持っていってあげようといりすは思った。


***


「はぁ、はぁ……急がないと」


 失敗した、といりすは思いながら対象のコンビニにいりすは向かって走っていた。織絵が欲しがっているクリアファイルを手に入れるためだが、起きる予定の時刻を大幅にオーバーしてしまったのだ。ちゃんと目覚ましのアラームはセットしたはずなのだが。


「着いた!! えっと、クリアファイルは……ない!?」


 遅かった……人気のアーティストのだから争奪戦になるだろうということはいりすも予想していた。一人1枚までという制約があるので、一人がまとめてというのはないのだが……やはり出遅れが響いた形だ。


「はぁ……もう、私の馬鹿馬鹿!!」


 いりすはドジを踏んだ自分を責め、肩を落とした。何も買わないのもあれだし、お菓子でも買おうかとカタログ置き場を通り過ぎてお菓子コーナーに向かうと、クリアファイル置き場に一人の男性店員がやってきて、驚きの表情を浮かべた。


「あれ、おかしいなあ、数が合わない」


 いりすはその声を聞き、声の主の方に振り返った。もう一人の女性店員と話しているようだが。


「さっきまで確かに4枚あったよね、その後来たお客さんは3人なのに」

「あの~、何かあったんですか?」


 いりすは困っている店員さん2人に声をかけ、事情を聞いた。今回は争奪戦が予想されるので、一人1枚までを徹底することを本部から厳命されたという。そのために、お客さんが持ってきた枚数をしっかり数え、ちょくちょく残り枚数を目視で確認していたのだという。


「とりあえず、クリアファイルを持ってきたお客様3人を呼んできます、幸いまだ店内にいるようなので」


 男性店員がその3人を呼んできた。一人目は大学生、二人目は高校生、三人目は中学生とのこと。3人とも買い物袋以外はバッグのようなものは持っておらず、事情を話してクリアファイルの枚数を確認したところ、ちゃんと1枚だけだった。


「こちらの3人より前に買ったお客さんが2枚持って行ったとかはないんですか?」

「それはないですよ、先程も言いましたが買ったお客様の人数と持ってきた枚数、売場の残数はちょくちょく確認してましたし。本部から送られてきた枚数が10枚、4枚になった時点で持ってきたお客様は6人、ちゃんと合っていたんです」

「う~ん、じゃあそちらの3人に聞いてみるとか? 何かわかるかもしれませんし」


 いりすは女性店員にそう提案し、話を聞くことになった。3人とも協力的な方だったのは幸いである。まずは3人の中で一番早く買った大学生だ、クリアファイルを取った時の残数も答えてもらうことになっている。


「クリアファイルの残数なんて覚えてないな、ただでさえ薄くてペラペラなんだから。俺自身は特に興味ないけど、妹がファンなんだよ、このアーティストの」


 名前は、生井大士(なまい だいし)。まあ、確かに客がいちいちクリアファイルの枚数を厳密に数えたりはしないか。しかし妹のためね……どっかのシスコンお姉ちゃんをいりすは思い出した。


「クリアファイルの残数ねえ、手に入れるのに必死だから頭になかったわ。そりゃファンだから何枚も欲しいけど、ルールだから1枚で我慢したし」


 次の高校生の名前は、外間心紺(ほかま ここん)。やっぱりファンというのはそういうものなのか、織絵も実際に使う用と観賞用が欲しいって言ってたし。


「クリアファイルの残数ですか、私が最後でしたから1枚ですね。争奪戦になると思ってましたから、ギリギリ間に合ってホッとしましたけど」


 最後の中学生の名前は、牧野亜璃栖(まきの ありす)。何だか自分に名前が似てるなといりすは思ったが……ギリギリで間に合わなかったのは自分だよ!! と心の中でつっこんだ。


「ねえ店員さん、3人とも持ってるクリアファイルの枚数は1枚なわけだし、帰っていいかな?」

「そうよ、他の客が万引きした可能性もあるわけだし」

「店員さんの数え間違いってこともあるんじゃないですか?」


 3人とも帰りたがっているようだ。実際持っているのは1枚なわけだし、気持ちは分かるが……いりすは自分じゃ解決は難しいと判断し、あの人に相談することにした。


「すいません、電話してくるので少し待っててください。その間、店員さんは防犯カメラで万引きがないかチェックしていてください」

「は、はい、分かりました」


 いりすは男性店員にそう伝えると、店の外に出てのり子に電話をかけた。いりすはのり子に事の顛末を説明し、助力をお願いした。


「なるほどねえ、クリアファイルの盗難かあ。で、3人とも持っているのは1枚だけと」

「そうなんですよ。のり子先輩、力を貸してください、やっぱり私じゃ無理ですよお」

「いりすちゃん、ちょっと調べてほしいことがあるんだけど、その店で防犯カメラの死角になる場所をすべて教えてくれる?」

「は、はい、分かりました」


 いりすは店内に入り、防犯カメラの位置を調べた。さすがに大雑把になってしまうが、死角になる位置に何が置いてあるか、いりすはすべてのり子に伝えた。


「ふむ……いりすちゃん、、もう一つ調べてもらっていい?」

「はい、何でしょう」

「店員さんに防犯カメラで、容疑者3人がクリアファイルを手に取ってレジに持ってくる前にどの売場に寄ったか調べてもらって」

「分かりました」


 いりすは再び店内に入り、女性店員にのり子に言われたことを調べてもらった。


「えっと、生井さんが雑誌売場、外間さんが文具売場、牧野さんがカタログ売場ですね」


 いりすはそのことをのり子に伝えた、偶然にも3つとも防犯カメラの死角になる売場の様だが。


「なるほど……分かったよいりすちゃん、犯人が」

「ええ!!??」


***


 いりすは三度店内に入り、関係者を集めた。


「みなさん、犯人が分かりましたよ」

「ほ、本当ですか!?」


 男性店員が素っ頓狂な声をあげる。まあ、たまたまいた女子高生がそんなことを言えばびっくりするのも当然だが。


「でも、全員1枚しかクリアファイルは持ってないじゃないか。買い物袋以外にバッグとか持ってるわけじゃないし、服の中に隠してるとでもいうのか?」

「そんなところに隠してなんかいませんよ。そもそも、犯人は今所持していませんし」

「ど、どういうことなの!? 3人とも買ってから店を出てないんでしょ?」

「一時的に店内に隠したんですよ。みなさん、ちょっとこちらに来てください」


 大士と心紺が不思議そうに首をひねる。いりすは全員をある売り場に案内した。


「ここは……カタログ置き場ですか?」

「そう、季節ごとのギフトのカタログとかサービスのチラシとかが置いてある場所だけど、よく見るとここって防犯カメラの死角になってるんです」


 亜璃栖は言われてみればという顔を浮かべた。防犯カメラも数に限りがある、店内のすべてを全くの死角なしに映すのは無理なのだろう。


「クリアファイルって大抵A4くらいの大きさですよね。で、カタログも大抵そのくらい。つまり、隠すのに丁度いいんですよ……ほら、こんな風に」


 いりすは積んであるギフトのカタログの中から一冊を取り出し、その中に例のクリアファイルが挟んであるのを全員に見せた。


「そうか……カタログに挟んだ状態で今持っていこうとすると、レジでもしかしてと思われたり、さっきみたいに所持品検査をされたら言い訳がきかない」

「はい、つまりこの場はカタログに挟んだ状態で帰って、今日の他の時間帯にまた店に来て何かを買った後にカタログごと回収して堂々と退店すればいい。ギフトのカタログは無料だから黙って持っていっても何も問題ないし、そもそもそんなに減るようなものじゃないから、下の方のカタログに挟んでおけば他の人に持っていかれる危険もないですしね」

「確かに……防犯カメラの死角になるという意味では雑誌売場や文具売場も同じですけど、カタログと違って有料の商品ですから、雑誌やノートに隠すことが出来たとしても黙って持っていこうとしたら店員に呼び止められますからね。カタログ売場はあまりお客様が寄らないからこそ、隠しやすいってのもありますし」


 店員2人はポカーンと口を開けていた、まさに盲点を突かれたという感じだろう。


「つまり犯人はクリアファイルを手に取った後、カタログ置き場に近づいた人物。カタログ置き場自体は死角でも、周辺の売場は映っているわけですから特定は可能です。店員さん、いましたよね、該当する人」

「は、はい、一人だけ……」


 女性店員はそう呟くと、ある人物に目線を向けた。


「……え?」

「犯人はあなたですよ……牧野亜璃栖さん!!」


 いりすは亜璃栖を指さし、大士と心紺は目を丸くして驚いた。


「そ、そんな、カタログ置き場に近づいただけで犯人だなんて」

「それだけじゃないよ、このクリアファイルの指紋を調べればわかる。無作為にとるものだから他の人の指紋も付いてると思うけど、重ねて置いてある以上付いたとしても一部分だけのはず。亜璃栖さん、もしあなたの指紋が全体にべったり付いていたら……言い訳できないよ、今日初めて売場に置かれたものなんだから」


 指紋のことは当然、のり子に指示された。いりすが心の中でのり子に感謝していると、亜璃栖は観念したように膝をついた。


「うう……すいません、私がやりました」

「亜璃栖ちゃん、どうしてこんなことをしたの? 今日初めて会った身で言うのもなんだけど、君は悪い子には見えない」

「私……お姉ちゃんが二人いるんです。二人ともこのアーティストの大ファンで、今回のキャンペーンを楽しみにしていたんですが……昨晩、下のお姉ちゃんが高熱を出して寝込んでしまって。上のお姉ちゃんは看病で手が離せなくて、私一人しか来れなくなってしまったんです」


 なるほど、クリアファイルは一人1枚だからお姉ちゃん2人の分を確保出来ない。下のお姉ちゃんが快復するのを待っていたら、争奪戦必至のものだから間に合わない、か。


「この店と同じチェーンのコンビニはこの辺りにはありませんから、回って集めることもできませんし。どうすればいいかって思ったら、今回のやり方を偶然思いついて……必要な対象商品は後日改めて買いに来る予定だったんです」

「亜璃栖ちゃん、君がお姉ちゃん思いなのは分かるけど……たとえ後日買いに来たとしても、これは明らかなルール違反であり泥棒だよ?」

「はい……すいませんでした!!」


***


「なるほど、そんなことがあったんだ。いりす、大活躍だったじゃない!!」

「推理はすべてのり子先輩にしてもらったんだけどね、やっぱり私じゃ無理だよ」


 いりすは病室で織絵と今日あった出来事について話していた。いりすは改めて、のり子の偉大さを実感したのだった。


「でも、何だかちょっと亜璃栖ちゃんも可哀想だね」

「まあ、その後店のオーナーが来て、結果として店外には持ち出していないわけだし、しっかり反省しているから今回のことは不問にするらしいしさ」


 基本的には良い子だから、今後の心配はないだろう。いりすは気持ちを切り替え、鞄からあるものを取り出した。


「で、織絵、これプレゼント」

「あ、例のクリアファイル!!」

「実はね、事件解決のお礼として貰ったの」


 事件に巻き込まれた形だが、結果的にクリアファイルを手に入れることが出来たのでいいかといりすは思ったのだった。


「ありがとう、いりす。これで観賞用も揃ったよ」

「ん……観賞用? ということは、もう1枚あるの?」

「うん、お姉ちゃんが持ってきてくれたの」

「でも、この辺りにあの店と同じチェーンのコンビニないし、どうやって……!?」


 いりすは事件解決後に、あの店の店員が言っていたことを思い出した。あれだけの争奪戦になったわけだし、最初に手に入れた客はどんな人なんだろうという話をいりすが振ったら、店員はこう答えたのだ。


『ウェーブのかかった、茶色のロングヘアの綺麗な女の子でしたよ。高校生くらいだと思うんですけど、妹さんがこのアーティストのファンだからって言っていましたね』


 いりすが呆れた顔でそれを伝えると、織絵も同じような顔をした。


「それって、もしかして……」

「うん……」

「……」

「……」


 織絵もいりすも頭を抱え、いりすはあのシスコンお姉ちゃんのことを頭に思い浮かべて呟いた。


「ねえ織絵……さすがに自重した方が良いって言うべきじゃないかな?」

「言ってるんだけどね……」


             ~『のり子達の日常:代理名探偵』 完~

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