生贄の主殺人事件㉔(旅の途中)
「探偵を続けて良いかって……良いに決まってるじゃない!! のり子が探偵として頑張ってくれて、どれだけ今回助かったことか」
「でも、私が探偵をしていたから今回の事件が……」
「何言ってるのよ。さくらも言ってたでしょ、のり子が探偵であってもなくても大規模な殺人事件は起こしていたって」
「でも、私が探偵をしていなかったら、心美と織絵ちゃんは……」
「のり子……」
謎を解くのが好きで始めた探偵、でもいつしかそれは大切な人達を守るためのものに形を変えていった。だけど、結果としてそのせいで心美が殺され織絵ちゃんが瀕死の重傷を負ったとしたら……自分が探偵をすることで周りが傷つくなら、辞めた方が良いのではないか、のり子はそう思い始めていた。
『刑事や探偵に関わるということは、危険とも関わるということだ』
結局、今井刑事の言うとおりになっちゃったな……
「違う……違うよ、のり子!!」
「すみれ?」
「今回の事件の犠牲者、のり子の知り合いの方がずっと少なかったじゃん。しかも名前が条件に合うかで選定されたんでしょ、のり子は関係ない」
「……でも」
「それに、のり子が探偵として頑張ったから織絵は一命をとりとめることが出来た。のり子が探偵じゃなかったら、さくらはもっと暴走して私や詩乃、萌希、いりすちゃんも殺されていたかもしれない……のり子がみんなを救ったんだよ」
「私がみんなを……救った?」
そう、なのだろうか……正直にわかには信じがたい。でも……そう思って、良いのだろうか? 探偵であることを、誇りに思って良いのだろうか? のり子の目から、一筋の涙が零れ落ちた。
「それにね、のり子」
「すみれ……」
***
のり子は病室で一人、考えていた。すみれは話が終わったので、帰宅した。今後自分はどうあるべきか、何と向かい合っていくべきか……その途中、病室のドアが開いた。
「のり子君」
「今井刑事……」
「体の具合はどうだ?」
「問題ないです。目立った外傷もないですし、すぐに退院できるかと」
「そうか……それは何よりだ」
今井刑事は安堵し、椅子に座った。どこか悲しそうな表情をしているようにも見えるが……
「今回の事件、色々と辛い思いをさせて本当にすまなかった。いくら難解な事件だったとはいえ、君に頼りすぎた」
「そんなことありませんよ、むしろ私が迷惑かけてばかりで」
「……君と星嶋さくらの会話を録音したデータが決め手となり、現在彼女を指名手配するように動いている。君の、おかげだ」
「いえ、それをすみれに聞かせていただき、助かりました」
「……」
「……」
のり子と今井刑事の間に沈黙が流れ、やがて今井刑事が口を開き始めた。
「のり子君……君は、探偵を辞めた方が良い」
「……え?」
「今回の事件で、君は色々なモノを失いすぎた。このままでは、君の心は本当に壊れてしまう、そうなる前に……」
「お気遣いありがとうございます。ですが……私は探偵を続けます」
「のり子君?」
のり子は今井刑事からの提案をはっきりと断った。そして、しっかりと前を見据えて語り始めた。
「確かに心の傷は深いですが……私を信じ、頼りにしてくれる大切な人達がたくさんいるんです。その人達の力にこれからもなりたいですし、それに……さくらと向かい合っていかないといけないので」
「……」
「すみれが言ってくれたんです、さくらを救えるのは……私だけだって」
―――
「のり子が探偵を辞めたら……誰がさくらを救えるの?」
「さくらを……救う?」
「さくら、言ってたよね。のり子の知ってるさくらは確かに演技だけど、のり子と一緒にいて楽しかったのは本当だって」
「あ……」
そういえばそうだ……あの時一瞬だけ、確かに見えたのだ。春の陽気のように優しく穏やかで温和な……私の大好きなさくらが。
「さくらは人としての心をほとんど失ってしまったのかもしれないけど……のり子のことが好きだって気持ちだけは、本物だと思う。だから、もしさくらを救うことが出来るとしたら……それはのり子だけだと思うの」
「私、だけ……」
「私は心美を殺して、織絵に瀕死の重傷を負わせたさくらが許せない。でも……それでも大切な友達なの。だから、取り戻してほしい、人としての……心を」
「すみれ、私は……」
―――
「私もすみれと同じです。さくらのことは許せないけど……それでも親友なんです。だから、もしさくらを救うことが出来るのが私だけだとしたら……私は探偵を続けないといけない。探偵としてさくらと向かい合い、人としての心を思い出させてあげないといけない」
「のり子君……」
「だから、これからもよろしくお願いします今井刑事。私ひとりじゃ、絶対に挫けちゃうと思うので」
「……分かった。むしろこっちから色々とお願いしてしまうことになるだろうが、これからもよろしくな」
今井刑事はそう言って、人生の先輩らしい頼りがいのある笑顔を見せた。のり子は改めて、今井刑事のそんな優しさに自分が支えられているんだと思った。
「のり子君、君は本当に強くなったな。心が、成長した」
「いえ、これからですよ。まだまだ、旅の途中です」
そう言って、のり子も屈託のない笑顔を見せたのだった。
***
~詩乃視点~
「何だか……寂しくなっちゃったね」
「詩乃ちゃん……」
詩乃は教室を見渡し、萌希に呟いた。ちょっと前までは、あれだけ賑やかだったのに、今は……
「のり子は強い精神的ショックで入院……さくらは連続殺人犯として逃亡中……心美はもうこの世にいない……織絵ちゃんは瀕死の重傷で入院……」
「……」
「どうして……こんなことになっちゃったんだろう。もし、時を巻き戻せるんだったら……」
詩乃はあまりに理不尽すぎる現実に、大粒の涙を流した。そんなことは不可能だと分かっているけど……そう思わずにはいられなかった。
「詩乃ちゃん、確かに失ったものは大きいけど……失わなかったものもあるよ」
「え……?」
「おはよう」
「のり子……?」
教室のドアが開き、のり子が入ってきた。
「もう、大丈夫なの?」
「うん、心配かけてごめんね」
「おはよう、詩乃、萌希」
「おはようございます、先輩方」
続いて、すみれが入ってきた。いりすも一緒だ、二人で登校してきたのだろうか。
「すみれ、織絵ちゃんは?」
「順調よ、もうしばらくしたら退院出来るって」
「良かったですねえ、すみれ先輩」
「ちょ、聞いてるのは詩乃でしょうが!!」
「いやいや、そんな満面の笑みで言われてもですねえ」
ああ、このシスコンお姉ちゃんは平常運転だ……詩乃は呆れながらもどこか安心した。
「も、もういりすちゃん、最近ちょっと意地悪になってない?」
「だって、面白いですし」
「ふふふ……織絵ちゃん、元気そうだったよ、昨日行ってきた時も」
―――
「織絵ちゃん」
「のり子、さん……」
「約束通り、来たよ。具合はどう?」
「……良かった」
「織絵ちゃん?」
「良かったです!!」
織絵は満面の笑みを浮かべ、大粒の涙を流しながらのり子に抱きついた。
「ちょ、痛いよ織絵ちゃん」
「そのくらい我慢してください。私、凄く心配だったんですよ。のり子さん、このまま消えちゃうんじゃないかって……どこかにいなくなっちゃうんじゃないかって……」
「……ごめんね、心配かけて。大丈夫、私はどこにもいかないよ織絵ちゃん」
「ううう……のり子さん!!!!」
可愛い妹との約束を守れて本当に良かった、のり子は心の底からそう思ったのだった。
―――
のり子やすみれやいりすの笑顔を見て、詩乃も思わずクスッと笑った。
「時を巻き戻すことは出来ないけど……詩乃ちゃんの幸せはちゃんとここにあるんじゃないかな?」
「萌希……うん、そうだね!!」
辛い現実に打ちのめされると、過去にすがりたくなるものだ。しかし……前を向いてしっかり周りを見つめれば、幸せはちゃんとある。それを見失わず日々を生きていきたい、詩乃は大切な友人達に囲まれながらそう思ったのだった。
***
~さくら視点~
「あはは、みんな楽しそう」
のり子達が楽しそうに話すところを、さくらは校門の外から見つめていた。
「今は休息の時かな。しっかり体と心を休めてね、のり子」
さくらは春の陽気のような笑顔を浮かべた後、凍てつくような悪魔の笑顔で呟き、学園をあとにした。
「また会おうね、のり子。生贄の血の匂いがする場所で」
~『生贄の主殺人事件』 完~
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
これにて『生贄の主殺人事件』は完結です。この後はショートエピソードを挟み、次の事件に移ります。
のり子のこころ旅は始まったばかりです、今後ののり子の活躍も見守ってくださると幸いです。




