生贄の主殺人事件㉓(心の崩壊)
「殺人が楽しいって……ふざけないで!! 何の罪もない人達の命をあれだけ奪っておいて、よくそんな人の道を外れたこと言えるわね!!」
のり子の心の中は煮えたぎるような怒りで溢れていた。楽しいから心美を殺した? 楽しいから織絵ちゃんに瀕死の重傷を負わせた? もはや人間のやることではない、悪魔の所業だ。しかし、そんなのり子に対してさくらは冷めた瞳で尋ねた。
「じゃあ聞くけど、のり子にとって【楽しい】って何?」
「えっ? う~ん……家族とすごしたり、友達とすごしたり、自分の好きなことしたりとか?」
「なるほど。のり子、私にはね……それらがないの」
「えっ……」
さくらは今までの余裕綽々な雰囲気から、どこか無機質な雰囲気に変わった。さくらの言うことに耳を傾けないといけない、のり子は直感的にそう感じた。
「私は小さい頃から、これといって好きなことややりたいことがなかった。一方で才能にはそれなりに恵まれていたから、何でもそつなくこなせた。でもね、人間って嫉妬深いからさ、私の両親はそれをよく思わなかった」
「……」
「お父さんもお母さんも私のことを疎ましく思って、邪魔者扱いした。プライドだけは高かったからね、私が頑張れば頑張るほど妬んでそれはもう酷いことをされたよ」
「さくら……」
そういえば、さくらは自分の家族について話さないし会ったこともない、家にも行ったことがない。本人のイメージから優しい両親なんだろうと思っていたけど……
「で、学校でもそれは同じ。妬まれて随分イジメられたな、友達なんて誰もいなかった。のり子は中学からの私しか知らないから、想像もできないと思うけど」
「……」
「転機が訪れたのは小学校高学年の時だね。あの日もお父さんから酷いことされてて、お父さんは窓の近くでお酒をたくさん飲んでた。その時、私の頭の中で聞こえたんだよね……『やっちゃえ』って」
のり子はゾッとした。のり子自身、優しい両親に育てられただけになかなか想像できないが……妙に生々しい感覚に背筋が凍る思いだった。
「私はお父さんを窓から突き落として、お父さんは死んだ。酔っぱらっていたのもあるし、警察は事故死で片付けたけど、私はあの時の感覚が凄く印象的だった。心の底からわくわくして、ドキドキして、満たされて……思ったよ、これが生まれて初めて出会った【好きなこと】なんだって」
分からない……もはや理解できる領域ではなかった。想像もできない極限状態、幼いのり子の正義感で測れるものではない。
「その日から私は学校でこっそりバレないように、同じようなことを何回かした。凄く楽しかったし、面白かった。やっぱりこれだって思ったよ、私が【好きなこと】って」
「学校で、生徒を何度も事故死に見せかけて殺したっていうの……?」
「うん、殺人だって発覚してないけどね。まあ復讐の意味もあったと思うけど、基本的に昔から倫理観も希薄だったような気もするし、両親もあんな感じだから似ちゃったのかも」
「……」
「でもね、それも何だか段々物足りなくなってきたの。事故死じゃそれで終わりだからね、周りが続きに怯えたり警察や探偵と対決することもない。もっとこう、大規模な殺人事件を起こしてお祭り騒ぎを楽しみたかったの。そんな時に出会ったのが……のり子だった」
「え……私?」
唐突に自分の名前が出てきて、のり子は驚いた。さくらと初めて出会ったのは中学生の時だったけど……
「中学生になってからは小学生の時の知り合いもほとんどいなかったし、イジメはなくなったけど物足りなさは感じてたの。その点、のり子は凄く興味深かった。色々な謎を頑張って解いてたし、心も凄く綺麗で……こんな子と殺人事件の舞台で対決出来たらさぞかし楽しいって思ったな」
「まさかさくら……だから私が探偵として悩んでいる時に助けてくれたの?」
「そうだよ、探偵としてより成長してくれた方が対決した時楽しいでしょ?」
のり子は自分の中にある大切なモノがガラガラと崩れていくような感覚に襲われた。探偵としての自分の最大の転機だったさくらとの出会い、それが偽りだったと告げられ、のり子は放心状態で膝をつき、両腕を地面についた。
「のり子は私が期待した通りに成長してくれた。高校生になって良い友達にもたくさん恵まれたみたいだし、今しかないって思ったの。大規模な殺人事件を、起こすにはって」
「私が……私が探偵なんてやってるから……今回の事件が起きたっていうの? 私のせいで心美が死んで……私のせいで織絵ちゃんが瀕死の重傷を負って……いやああああ!!!!」
のり子はこの世の終わりのような表情を浮かべ、大粒の涙を流しながら悲鳴をあげた。大切な人達を守るために探偵をやってきたのに、結果自分のせいで大切な人達を失い傷つけることに……のり子の精神はもはや半壊していた。
「……全く、人の話はちゃんと聞かないとダメだよのり子。言ったでしょ、前から大規模な殺人事件を起こしたいって思ってたって。のり子に出会っても出会っていなくても、どっちみち起こしてはいたと思うよ」
「さく……ら?」
「凄く楽しかったよ、今回の殺人事件。人生でこんなに楽しかったのなんて、初めてかな。私はもう学園にはいられないけど、また楽しませてねのり子」
「……やめてよ」
「ん?」
「そんなの……さくらじゃない!!」
さくらに支えられ、さくらに励まされて探偵を頑張ってきた。そんなさくらに裏切られ、のり子は完全に心の支えを失った。もう……限界だった。
「さくらは、春の陽気みたいに優しくて穏やかで温和で……そんなさくらが大好きだった。もうやめてよ……これ以上、私のさくらを汚さないで……私のさくらを、否定しないでよおおおお!!!!」
のり子は小さい子供のように、ただただ泣いた。探偵としての自信も、自分を支えてきたものも、もう何もない。虚無の中で、のり子はもうすがるように泣くしかなかった……
「……のり子が知ってる星嶋さくらは、のり子の心の中だけの存在だよ。本物の星嶋さくらは、今のり子の目の前にいる私。逃げちゃダメだよ、のり子」
「ううう……」
「のり子にはたくさんの友達がいるんだから、私がいなくたって大丈夫。のり子がそんなんじゃ面白くないよ、立ち上がって前を向いて、また私と対決してくれないとさ」
「でも……でも……」
「のり子の知ってる星嶋さくらは確かに演技だけどさ……のり子と一緒にいて楽しかったのは本当だよ」
「!?」
のり子は目を見開いた。今一瞬だけ……見えたのだ。春の陽気のように優しく穏やかで温和な……のり子の大好きなさくらが。
「さく、ら……?」
「また会おうね、のり子。その時は、今より更に成長していると嬉しいな」
さくらはそう言い残し、去っていった。のり子にはもう、追う気力は1ミリも残っていなかった。精神は限界を超えて疲弊し、傷つき、そして今……ずっと支えてきてくれた親友は姿を消した。緊張の糸が切れ、目から大量の涙が溢れ出て、のり子は泣き叫んだ。
「ああああ!!!!」
その瞬間、のり子の意識は闇に落ちた。
***
「のり子!! のり子!!」
誰かの声で、のり子は目を覚ました。ここは……どこだろう? 目の前にいるのは……すみれ?
「すみ、れ?」
「良かった……丸一日寝てたんだよ、のり子。先生から命に別状はないって聞いてはいたけど、ずっと目を覚まさないから心配で」
「ここって……病院?」
「そう、のり子倒れたんだよ。強い精神的ショックによるものだって」
強い精神的ショック……のり子はすぐに状況を理解した。
「誰が運んでくれたの?」
「今井刑事って人だよ。のり子の知り合いの刑事って聞いた、後でまた来るみたいだよ」
「……何だか今回はお世話になりっぱなしだな、今井刑事には」
「その人から、事件の全貌を録音したデータ、聞かせてもらったよ。まさか……さくらが」
「……」
さくらはすみれにとっても大切な友人だ。そのさくらがまさか一連の連続殺人の黒幕だなんて、すみれにとっても大きなショックだろう。少なからず、心の傷を負ったと思う。
「ねえのり子、私も一歩間違えれば……さくらみたいになっていたのかな?」
「すみれ……?」
「私もさくらと同じで昔から何でもそつなくこなせる方だった、それを妬む人もいたよ。でも、私は優しい両親に育てられて、織絵がいて、良い友人にも恵まれて……もしその人達がいなかったら、今のさくらみたいに私はなっていたのかなって」
すみれの言いたいことは分かる。すみれにとって、さくらは【闇の自分】なのだ。そうならなかったのは人に恵まれたからであり、そうじゃなかったらという恐怖があるのだろう。
「私は……そうはならなかったと思うけどね」
「のり子……?」
「不遇な環境に置かれたからって、誰もが闇に落ちるわけじゃない。さくらは昔から倫理観が希薄だったって言ってたし、先天的なものもあると思う。さくらは心の闇に勝つことが出来なかったけど……すみれなら不遇な環境に置かれても勝てたと思うな」
「そっか……ありがとう」
「逆に、さくらがもし人に恵まれていれば……先天的な問題があったとしても、殺人までは犯すことはなかったんじゃないかとも、思うけどね」
「……」
そう考えると、胸が痛くなる。もちろん、さくらのしたことは絶対に許されないが……ある意味でさくらも被害者の一人と言えるのかもしれない。
「ねえ、すみれ」
「何?」
「私……探偵を続けて、良いのかな?」




