生贄の主殺人事件⑲(鍵を握る人物)
のり子が教室に入ると、昨日とは違ったベクトルの重さと暗さがあった。心美の死を悲しんでいる人は相変わらず多い。助かったとはいえ織絵が瀕死の重傷を負ったことに心を痛めている人もたくさんいる、織絵は学年は違うとはいえこのクラスのマスコットのような存在だったからだ。
一方で犯人が判明し自殺した(ということになっている)ことで、昨日までの溢れんばかりの不安感は随分和らいでいた。ただその犯人が同じ学園の生徒であり、同じ学年の三咲だったことはかなりショックだったようで、どこか疑心暗鬼のような雰囲気もないとは言えなかった。
「のり子……おはよう」
「おはよう、さくら」
「織絵ちゃんの件、本当にびっくりした……でも、助かって本当に良かった!!」
さくらとしても、織絵が瀕死の重傷を負ったのは事実なので心から喜ぶことは出来ないのだろう。しかし、昨日心美を失っただけに今度は助かってよかったという思いが抑えられないのか、久しぶりに笑顔を見せてくれた。のり子にとってさくらの笑顔は心の支えだ、のり子の顔にも自然と笑顔が浮かんだ。
「さくらもお見舞い行ってあげなよ、織絵ちゃん喜ぶよ」
「うん。でも……まさか三咲が犯人だったなんて」
「……」
「特別仲が良かったわけじゃないけど、少なくとも殺人なんてするような子じゃなかったと思うの。心美を殺したことは絶対に許せないし憎いけど……何かやりきれない感じ」
さくらものり子やすみれと同じく、1年生の時三咲と同じクラスだっただけに、似たような思いを抱いていた。三咲の破壊願望のことを知っているのり子と違い、さくらはそのことを知らないだけにその思いはより複雑なのだろう。
「何はともあれ、事件は終わったからさ、時間が解決してくれることもあると思う」
「そうだね……ありがとう、のり子」
さくらはのり子に軽く会釈し、自分の席に戻っていった。周囲を見渡すと、詩乃がいた。やっと登校できるくらいまで精神が回復したのだろう、のり子は詩乃のもとに向かった。
「詩乃、おはよう」
「あ……のり子、おはよう。色々と……ありがとね、本当に感謝してる」
「ううん、学園に来てくれて嬉しいよ。言ったけど、頼れるところはどんどん頼ってね、私にも他の人にもさ」
「うん……そういえば、織絵ちゃん助かって本当に良かった。心美のことがあるだけに、もうこれ以上はって思ってたから……」
「そう、だね……」
親友を失った詩乃だけに、その思いは人一倍強いのだろう。詩乃の笑顔が見れただけで、のり子は心も体も満たされた気分になった。
「でも、まさか犯人が同じ学園の同じ学年の子だったとはね……榎音三咲、だっけ?」
「うん、1年生の時同じクラスだったんだけど、詩乃は会ったことない?」
「特には。正直物凄く憎いよ……それこそ殺したいくらい、心美を返せって言いたい」
「詩乃……」
「でも、もう死んじゃったんだよね……何かズルいな、勝ち逃げされたみたいで。どこに怒りをぶつければいいのって、思うよ」
優しく温和な詩乃がここまで黒い感情と殺意を見せるのは初めてだ。でも、こればっかりは仕方がないことだ。言葉ではどうにもならない、それこそ時間が解決するしかないだろう。
「殺人の動機も結局分からず終いなんでしょ? 何だか消化不良な感じ」
「うん……」
【いけにえのぬし】と【えのおとみさき】というワードを完成させるために、それを含む頭文字と語尾を名前に持つ子を選定した、という動機も、警察に頼んで伏せてもらっている。すみれと織絵ちゃんといりすちゃんには状況もあって話したけど……さすがに今これを公にするのは混乱を招きかねないし。
「ごめんねのり子、何だかさっきから怖いことばっかり言って」
「ううん、仕方のないことだよ……私だって同じ立場だったらそうなるだろうし」
「ありがとう。でも、もう大丈夫。ちゃんと前を向いていくからさ」
「詩乃……分かった」
やっぱり詩乃は強い子だ、改めてそう思いのり子は自分の席に戻った。【いけにえのぬし】と【えのおとみさき】、先程思い出したワード2つのことを頭の片隅に置きながら、のり子は萌希の席に目を向けた。萌希もやはり辛そうな顔をしている、この雰囲気が落ち着くのはまだまだ時間がかかるか……!?
「これは……まさか!?」
のり子は急いでペンを取り出し、紙に【えのおとみさき】と書き、それを並び替えた。その結果……
【みのさとおえき】
「【お】を【も】に変えたら……蓑里萌希!?」
一文字違うとはいえ、ほとんど萌希の名前だ。これは偶然なのか……そう片付けるのは簡単だが、何か意味があるのかもしれない。のり子は紙をポケットにしまい、授業を受ける準備を始めた。
***
昼休みになり、のり子は図書室に向かった。先程の件について調べるためだ、そのためには静かで資料が揃っている図書室が最適だろう。
もし並び替えて完全に萌希の名前にするには、【お】を【も】にする必要がある。織絵を除いた6人の犠牲者のうち、語尾が【お】なのは塩部珠緒だけだ。頭文字は【し】だから、合わせると頭文字が【し】で語尾が【も】か……学年は塩部珠緒と同じと仮定すると3年生。
「う~ん……クラスはバラバラだから分からないなあ。どうやって調べれば」
「調べるって、何を?」
「あ……萌希」
萌希は図書委員だ、今日の昼休みはおそらく当番なのだろう。丁度いい、萌希に聞いてみよう。まあ、案件が案件なだけにあまり詳しいことを話すわけにはいかないけど。
「ちょっと用事がある子がいて、どのクラスなのか分からないの。名前もうろ覚えだから、名簿みたいのってないかなって」
「細かい個人情報はさすがに見れないけど、名前・クラス・出席番号くらいならまとめてあるのが見れるよ」
「ちょっとそれ、見せてくれない?」
「うん、待ってて」
そう言って萌希は名簿を持ってきてくれた。持つべきものは真面目な友達である、のり子は3年生に絞って頭文字が【し】で語尾が【も】の子を調べた。すると……一人いた。
「3年F組、清水美雲か……」
***
3年F組に向かいながら、のり子は並び替えたらほとんど萌希の名前になる件について考えていた。名前は変えられないだけにほぼ一致したのは偶然だろうし、一連の連続殺人の犯人の一人が三咲なのは事実だ。でも、何も関係ないとは思えない。
例えばだけど……黒幕が三咲に共犯の誘いをしてそれを断られたら、三咲を殺して代わりに萌希を誘うつもりだったとしたら? 犯人は事前にターゲットについて調べてから犯行に及んでいる、となると清水実雲について何かアクションを起こしているかもしれない。そんなことを考えていたら3年F組に着き、のり子はドアを開けて美雲を呼んだ。
「すいません、清水美雲さんいらっしゃいますか?」
「はい、私ですけど、あなたは?」
「2年C組の河澄のり子です」
「ああ……分かりました、今行きます」
クラスメイトの塩部珠緒が殺されただけあって、クラスの雰囲気は暗かった。ただでさえ上級生のクラスに行くのは少し緊張するだけに話しづらかったが、美雲はすぐに来てくれた。
「色々とお辛いとは存じております、そんな中すいません」
「気にしないで、あなたもクラスメイトを殺されたんでしょう?」
「はい……大切な友人でした」
「……あなたのことは時々耳にするわ、とても頼りになって慕ってる人も多いとか」
「大袈裟ですよ……」
結局心美を救うことは出来なかったのだ、どうしてそんなことを胸を張って言えるのだろうか……のり子は下を向いて項垂れた。
「何か聞きたいことがあるのでしょう? 私にできることなら、力になるわ」
「ありがとうございます、では」
のり子は顔を上げ、美雲に質問を始めた。下を向いている暇など……ない。




