生贄の主殺人事件⑰(犯人の追跡)
「織絵!! 織絵!!」
「ちょっとお姉ちゃん、痛いよ」
「良かった……本当に良かったよお……」
「もう、どっちがお姉ちゃんなんだか」
すみれは花が咲いたような満面の笑みを浮かべ、織絵に抱きついて子供のようにひたすら泣いた。普段のお姉ちゃんぶってるところは全くない、今のすみれは大切な妹の命が助かったことをただただ喜ぶ一人の少女だった。
「織絵!!」
「いりす、ごめんね心配かけて」
「ううん、織絵は何も悪くないじゃない。本当に……助かってよかった。織絵が死んじゃったりしたら、私……私……ひぐっ」
「ありがとう、いりす……そんなに私のこと大切に思ってくれて」
いりすは織絵の手を両手で握り、織絵の体温を感じられるのを喜ぶように号泣し続けた。お互いのことを真に大切に思い合うその姿は、まさに親友だった。
「もう大丈夫ですよ、みなさんの真心が届いたんでしょうね」
「本当にありがとうございました、先生」
のり子は織絵の命を救ってくれた医師に深々とお辞儀をし、嬉し涙を流しながら満面の笑みですみれと織絵といりすを見守っていた。今度は失わずに済んだ……のり子は大切な人の命が確かに目の前にあることに、深い深い喜びを感じていた。
***
のり子は、すみれと織絵といりすと他愛のない会話を楽しんでいた。こんな当たり前で平凡なことを楽しめるのも、すべては織絵の命が助かったからこそ。すみれと織絵といりすが笑い合っている光景を、のり子は優しい笑顔で見つめていた。
「まあ、今回は仕方がないけど、やっぱりお姉ちゃんはもうちょっと過保護なところをね」
「い、良いじゃないの別に。その、言葉で表現できないくらい嬉しいんだから……」
「あ、遂に開き直りましたね、すみれ先輩。私はそれでいいと思いますよ、ふふ」
全く、このシスコンお姉ちゃんはと笑顔で呆れながら、のり子は一つの決心をした。探偵であることを……伝えよう。周囲の人達を危険に晒さないために今まで隠してきたけど……その結果、周囲の人達を守ることが出来ただろうか? 答えはノーだ。
だったら、伝えることで思い切り動くことが出来、多くの協力を仰ぐことが出来る方が良いのではないか、そう思ったのだ。織絵の命ものり子一人の力では救うことはできなかった、多くの人の協力があってこそだったのだから。
「ねえ、ちょっといいかな?」
「何、のり子?」
「みんなに今まで隠してたことがあるんだけど……実は私、本物の探偵なの」
「……やっぱり」
「え?」
すみれの意外な反応に、のり子は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
「うすうすそうなんじゃないかとは思ってたの。ただ謎解きが好きなだけにしては、ちょっと鋭すぎだし落ち着きすぎだなって」
「凄く頼りになるなって思ってましたけど、それにしても頼りになりすぎだなって思いまして、のり子さんは」
「何か事情があって言えないんじゃないかって思ってたんです。ですから、こうして言ってくださってとても嬉しいですよ」
「そ、そうなんだ……」
のり子は何だか拍子抜けしてしまった。この様子だと、さくらと詩乃と萌希も同じだろう。結局、私の独り相撲だったというわけか。
「……改めて本当にありがとう、のり子。織絵が狙われているってのり子が教えてくれなかったら、織絵は多分……」
「のり子さんは命の恩人です!! このご恩は、一生かけて返しますね」
「織絵を救ってくださって本当にありがとうございます、のり子先輩。どれだけ感謝しても足りません」
自分の大切な人達からこれだけ感謝され、のり子はちょっと照れくさくなり、指で頬をかいた。探偵をしていて良かった、この時程そう感じた時はないとのり子は思ったのだった。
「ありがとう……みんな。もう探偵だって伝えちゃったから遠慮なく聞かせてもらうけど、良いかな織絵ちゃん」
「はい、どんどん聞いてください!!」
「織絵ちゃんを殺そうとした人、この人で間違いない?」
のり子はスマホの画面に三咲の写真を映し、織絵に見せた。ほぼ間違いないと思うが、念のための最終確認だ。
「……はい、間違いありません、この人です!!」
「……確定か」
「これ、三咲!? まさか……本当なの、のり子?」
「うん、犯人からのメッセージと今までの犠牲者の繋がりを調べたら、三咲が犯人だって」
のり子は一連の事件の犯人の【生贄の主】と今までの犠牲者の繋がりについて説明した。さすがに、生贄=サクリファイスがいりすのフルネームと一致することは伏せておいたが。ちなみに、すみれと三咲は1年生の時のり子やさくらと同じクラスだったため、顔見知りだ。
「はぁ……まさかあの三咲がねえ。にわかには信じがたいけど……でも、もしそんな動機で心美を殺して織絵に瀕死の重傷を負わせたとしたら……絶対に許せない!! 三咲であっても」
「のり子先輩、この人前に話した花壇を荒らしていた人ですよ!! あの人が織絵を……織絵を!!」
すみれといりすは三咲へ激しい憎悪を示した。のり子も当然同じ思いだが……それとは別にのり子は解けていない謎について、織絵に再度聞いた。
「織絵ちゃん、三咲の体に怪我とかあったか覚えてる?」
「怪我、ですか? う~ん……覚えてないですね、あの時はあまりの恐怖でそういうこと気にしている余裕なかったですし」
「まあ、それは仕方がないか」
「どういうこと、のり子? 怪我なんて」
「心美が殺された時にね、こんなダイイングメッセージを残したのよ」
のり子はダイイングメッセージが映った写真を、すみれと織絵といりすに見せた。現状で、これと三咲の繋がりが判明しないのが、のり子はどうもひっかかっているのだ。
「【ケガニン】か……よく分からないけど、私も考えてみるわ」
「のり子先輩、私も考えてみます」
三人寄れば文殊の知恵、何か思い浮かぶかもしれない。今織絵に聞きたいことは聞き終えたので、のり子は帰ることにした。事件の謎でまだ解けていないところがあるし、すみれと織絵の姉妹水入らずの時間をお邪魔したくないというのもあった。
「ありがとう。それじゃ、私はこれで帰るね」
「あ、私もこれで失礼します」
「のり子もいりすちゃんも、まだ織絵と話し足りないんじゃない?」
「私は大丈夫。それに、まだ調べないといけないこともあるしさ」
「そーです、気にしないでください、すみれ先輩。ふふふ」
「な、何よその笑い、気になるわね」
いりすちゃんも気遣い上手だなと思った一方で、実は小悪魔属性も持っているんじゃないかとのり子はちょっとびっくりしたのだった。
「のり子さん、いりす、また来てくださいね~!!」
「うん、また来るよ織絵ちゃん」
「またね、織絵」
織絵にも挨拶を済ませ、のり子といりすは帰路についた。いりすは改めてのり子にお礼を言い、別れた。のり子はその後、電話で今井刑事に織絵の命が助かったことと、織絵の証言から犯人は三咲に間違いないことを報告し、現在警察は三咲を追っているが消息が掴めていないことを聞いた。
「三咲が消息不明……どういうことなんだろう?」
あり得るとすれば織絵ちゃんを殺し損ねたことを知り、織絵ちゃんの証言から自分が犯人だとバレることを恐れて逃亡したというところだろうけど……どうして殺し損ねたと分かったんだろう? 可能性としては織絵ちゃんを刺した後、思った以上に早くすみれが駆けつけて咄嗟に隠れ、すみれの口から織絵ちゃんがまだ生きてると聞いたといったところだろうけど。
それに織絵ちゃんを1年E組で襲ったことも疑問が残る。今までは下校途中の人通りが少ない場所で殺していたのに、なぜ今回に限って学園の教室で襲ったのか。それに織絵ちゃんがすみれと合流する前に1年E組に寄ったのは偶然のはずだ、偶然に賭けたのかそれとも計算ずくだったのか……
「この事件……まだ終わっていない」
のり子は未だに残る事件の謎について考えつつ、色々なことに奔走した今日の疲れを癒すため、眠りについた。
***
早朝にのり子のスマホの着信音が鳴った。最近はこの時間の着信音は悪いモーニングコールばかりなので、正直悪い予感しかしないが……のり子は画面を覗き込んだ
「今井刑事……はい、もしもし」
「のり子君、大変なことが起きたぞ!!」
「……何ですか?」
「榎音三咲が……自殺した」
その瞬間、のり子は持っていたスマホを床に落とした。




