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生贄の主殺人事件⑭(暗闇)

 詩乃の部屋は電気がついておらず、真っ暗だった。几帳面な詩乃らしくなくベッドの布団は乱れたままで、詩乃自身も綺麗な黒髪はボサボサで服装も制服のままでしわだらけだった。目は虚ろで、涙を一体どれだけ流したのか分からないほど顔はぐしゃぐしゃだった。


「詩乃、御飯食べてないんだって?」

「食べる気、起きない……」

「でもダメだよ食べないと、人間食べないと生きていけないんだし。詩乃も言ってたじゃない、辛い時は美味しいモノ食べると良いって、三大欲求は偉大だよ」

「あはは……そう言われちゃうと、食べるしかないかな」


 僅かではあるが、やっと詩乃が笑ってくれた。空元気でも何でもいい、今の詩乃には前向きな姿勢が必要だ。久しぶりに詩乃の笑顔を見ることが出来、のり子はホッとした。


「やっぱお母さんの料理は美味しいな、私も頑張ってるんだけどまだまだ全然敵う気がしないよ」

「詩乃の料理は十分すぎるほど美味しいじゃん、贅沢な悩みって奴だよそれは」

「ありがとう。でもね、やっぱり勝てないと思うの。お母さんの料理は美味しいだけじゃなくて、人を感動させるようなところがあって」


 人を感動させる、か。確かに詩乃のお母さんの料理はそういう域に達しているような気がする、人の心を本当の意味で大きく動かすというのはそれだけ難しいということか、のり子は詩乃のお母さんの偉大さを改めて実感した。


「料理って、やっぱり美味しそうに食べてくれるのが一番嬉しいの。みんな私の料理美味しいって言ってくれるけど、その中でも心美は特に美味しそうに食べてくれて……がっつきすぎだと思うこともあるけどね」

「あはは、心美らしいね」

「でも、飾りっ気のないそんな心美の食べっぷりが私は好きだった。お母さんにはまだまだ勝てないんだけどって私が愚痴こぼした時もね、言ってくれたの。『でも私は詩乃の料理の方が好きだな、私のこと考えてくれるって感じがして』って」


 それは心美の本音だろう。確かに腕だけなら詩乃のお母さんの方が上なんだろうが、心美の好みやその時の気分・体調とかを考慮するという点に関しては詩乃の方が上なのだから。


「それを聞いてね、私は心美に対しては人を感動させる料理を作れてるのかなって思えて。心美にとっては何気ない一言だったのかもしれないけど、私は凄く嬉しかった」

「そっか……」

「昨日もね、このクッキーを早く心美に食べてほしかったの。心美が笑顔で食べてる姿が見たいなって、怖い事件続きで落ち込んでる気持ちを少しでも晴らしてあげたいなって思って」


 のり子は詩乃が手に取ったクッキーを見た。詩乃自身がボロボロの状態で持ち帰ってきたせいで、ところどころが割れている。


「でも、これを食べてくれる人はもういないんだよね……心美が美味しそうに私の料理を食べてくれることも、もうない。心美の笑顔も見れない、声も聞けない、他愛のないことで喧嘩することも出来ない……私、どうしたらいいの?」


 詩乃はそう呟いて、一体何度目だろうか、大粒の涙を流した。耐えきれないほどの悲しみと行く先が見えない真っ暗闇の心の中で、詩乃は一人何も分からず立ち止まっている。のり子は床に散乱しているクッキーを一つ手に取り、口に運んだ。


「……のり子?」

「美味しいね、このクッキー」


 すっかり冷めてしまっているが、それでも十分すぎるほど美味しい。何より心がこもっている、クッキー自体は冷めていても心の温かさは十二分に伝わってくる。


「詩乃の料理を求めている人はたくさんいるよ、私だってそう。前も私が気持ちが落ち込んでる時に美味しいハンバーグ食べさせてくれたじゃん、あれ結構感動したんだよ」

「……」

「今すぐ前を向けとか、立ち上がれなんて言わないよ。いくらでも落ち込んでいいし、いくらでも泣いていいと思う。でもさ、一人じゃなくて他の人を頼ってよ。一人になりたい時は確かにあるけど、一人じゃ分からないこともあると思うんだ」

「のり子……でも」

「心美言ってたよ、詩乃は私の憧れだって。頼ってばかりだけど、いつか詩乃に頼られるようになりたいって。だからさ、思いっきり落ち込んで思いっきり泣いたら、少しずつ前を向いて立ち上がっていこうよ、心美の憧れでい続けるためにさ」

「心美がそんなことを……大袈裟だな心美は、私の方がよっぽど頼ってるのに」


 詩乃は驚き、そして僅かだが笑顔を浮かべ、涙を拭いた。嘘偽りない心美の本音、それが真っ暗闇の詩乃の心に小さな光を灯してくれたのかもしれない。


「分かった。今すぐは無理だけど、少しずつ頑張ってみる。お母さんにも話してみる」

「うん」

「のり子はやっぱり凄いよね……どうしてそんなに強くいられるの?」

「強くなんかないよ、私も。他の人に頼ってばかりだしね、結構泣き言ばっかり言ってるんだよ私」

「何か想像できないな、のり子のそんな姿」


 久しぶりに詩乃と笑顔で他愛のない会話をした気がする、おそらくもう大丈夫だろう。詩乃は優しいから、周りの人達も間違いなく力になってくれるはずだ。


「今日は本当にありがとう、のり子。今度手料理ご馳走するよ、リクエストあったら言ってね」

「ふふ、楽しみにしてるよ。あ、帰る前にちょっと聞いておきたいことがあるんだけど」

「何?」

「心美の死体を発見した時さ、何か変わったことなかった?」

「変わったことって言われてもなあ。あの時は私も凄く動揺してたから、あったとしても気付けなかっただろうし」


 まあ、それはそうか。まして周囲は暗かったのだ、細かいことに気づけという方が無理である。のり子は続けて、もう一つの質問をした。


「これが心美の指先の近くに血文字で書かれてたんだけど、何か分かる?」

「ち、血文字!? どうしてそんな写真持ってるの?」

「私とて第二発見者だしさ。色々警察に聞かれたから、その時にね」

「そ、そうなんだ。パッと見た感じ【ケガニン】だけど、【ン】が【ニ】の真下にあるのが気になるかな」


 そこはのり子も気になった点だ、他はちゃんと横に並んで書いてあるのに。まあ、ダイイングメッセージは死の間際の朦朧とした状態で書くものだから、綺麗にすべて横に並べて書く余裕なんてないのかもしれないが。


「そもそも、何で怪我人なんだろ。普通ダイイングメッセージって、犯人の名前を書くものじゃないの?」

「……確かに」


 言われてみればそうだ。犯人のことを知らないなら分かるが、状況から顔見知りの犯行なのが濃厚なのだ。となると、これは怪我人という意味ではない……?


「ありがとう詩乃、参考になったよ」

「どういたしまして。それにしても、のり子は探偵に向いてるって思ってたけど、今ののり子はまるで本当の探偵みたいだね」

「……今は本当かどうかなんてどうでもいいよ、みんなを守りたいだけ」


 探偵であることを隠しているから肯定できないというのもあるが、実際これはのり子の本音である。探偵であってもなくても大切な人達を守りたい、そのために全力を尽くしたいと。


「じゃあね詩乃、学園で会えるの楽しみにしてるよ」

「うん、またね」


 のり子は詩乃に挨拶をし、最後に詩乃の足を見た。すると……


(怪我が……ある!)


 パッと見で分かる、明確な怪我。昨日あれだけボロボロの状態で帰ったのだ、その途中で怪我をしても何ら不思議じゃないが……もしその前に負った怪我だとしたら? まだダイイングメッセージの意味が怪我人ではないと決まったわけではないのだ。


 それにさっき血文字を見せた時、ダイイングメッセージだって詩乃は言っていた。そうだって説明はしていないのに……まあ、指先の近くに血文字で書かれていたと聞けば、ダイイングメッセージだと思うのは当然かもしれないけど。


「そんなことは、ないと思うんだけど……」


 詩乃の家を出てから、のり子は一つの可能性を考えていた。詩乃の友人として、心美と詩乃の友情に疑いなど1ミリも持っていない。しかし、一方で探偵として捜査に私情は挟めない。詩乃は第一発見者、そして心美が流した大粒の涙に顔見知りの犯行説。


「詩乃が犯人だという可能性も……考えないといけない」


 親友を失い、耐えきれないほどの悲しみに押し潰されそうになり、それでも前を向こうと頑張っている詩乃を疑うなどあまりに非情だ。しかし、例え親族であっても親友であっても疑わないといけないのが探偵だ。のり子は冷徹な心を再確認し、自宅に急いだ。


「もう悲劇の連鎖は、終わらせないといけない!!」

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