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生贄の主殺人事件⑫(立ち上がれ)

 心美が、殺された……? 何を言ってるんだ詩乃は、動揺して幻覚を見ているんじゃないか? のり子は一瞬、現実から目を背けていた。しかし、すぐに我に返った。電話の先で詩乃が号泣しているのだ、何を自分は逃げていたのか。


「詩乃!! 救急車は?」

「呼んだよぉ……でも、もう心美は……」

「今からすぐ行くから!! 場所教えて!!」


 のり子はすぐに家を飛び出し、詩乃に教えてもらった場所に急いだ、幸い、走れば5分くらいの距離だ。可能性は低いかもしれない、だけど一縷の望みにかけたい……のり子は心美がまだ生きているかもしれない可能性にかけ、全力で走った。


「詩乃!!」

「あ、のり子……のり子ぉぉ!!!!」


 指定の場所に着くと、詩乃が大粒の涙を目に浮かべながらのり子に抱きついてきた。あまりに深い悲しみに押し潰されそうな絶望的な表情、そこには普段の大人しくも芯の強い姿は全くなかった。


「詩乃、心美は?」

「……あそこ」


 詩乃が指さした方向を見ると、のり子の学園の制服を着た少女が左胸付近を赤く染めた状態でぐったりと壁に寄りかかっていた。間違いなく……心美だ。


「心美……?」


 のり子は今にも爆発しそうなほど心臓をバクバクさせながら、心美のもとに近づいて行った。生きているかもしれない、そんな一縷の望みがもうすぐ絶たれる……のり子の心の中は恐怖が溢れ出していた。


 のり子はそっと心美に触れた。冷たい……息も、していない。今この瞬間、完全に望みは絶たれた。心美は、死んだ……


「心美……どうして……」


 のり子の目からも大粒の涙が溢れ出た。今日の夕方に楽しく喋っていた友人が、明日元気になって笑顔を見せてくれると思っていた友人が、もうこの世にいない。どうして……のり子は力なく地面に膝をつき、両手をついた。深い悲しみとあまりに理不尽な現実に打ちのめされ、何も考えられず何も言えなかった。


「のり子……」


 そんなのり子の隣に詩乃が寄り添い、同じく膝をついた。こんな状況でものり子のことを気遣っているのだろうか。どこまで優しい子なんだろう、のり子は感動し思考が戻った。


「今日ね、調理部でクッキー作ったの。心美に食べてほしくて保健室に行ったんだけど、心美はもう帰ってて。『クッキー食べない?』ってメール送ったんだけど、返信なくて。電話も何度もしたんだけど、全然出なくて」


 詩乃は顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、のり子に語り始めた。喋るだけでも辛いだろうに……どこまでも優しく、強い子だ。


「普段はメールすぐ返してくれるし、電話もすぐ出るから、何だか心配になって。心美の下校のルートを辿ったら、心美が倒れてて……息、してなくて」

「詩乃……」

「ねえ、のり子……どうして心美が死なないといけないの? どうして心美が殺されないといけないの? あんな良い子が……」

「心美が何したっていうのよぉぉぉぉ!!!!!!」


 詩乃はのり子にすがりつき、体を震わせて、絶え間なく涙を流し続け、あまりに理不尽な現実に訴えるように大声で叫んだ。やり場のない怒りが、一気に放出されていく。


「詩乃……詩乃ぉ……」


 のり子は詩乃と抱き合ったまま、ただただ泣き続けた。そこには探偵の河澄のり子はいなかった。いたのは、大切な友人を失い悲しみのどん底に叩き落された、河澄のり子という一人の少女だった。


***


 その後、警察が到着し現場検証が行われた。詩乃は第一発見者として色々と質問されている。遅れて到着した今井刑事がのり子の姿を確認し、駆け寄った。


「のり子君!!」

「今井刑事……」

「今回の犠牲者、君の友達なんだって?」

「はい……第1発見者の子は、犠牲者の親友です」

「……何ということだ」


 今井刑事はあまりにもやりきれない話に、頭を抱えていた。多くの悲劇的な事件を見てきた彼だが、身近な人間の大切な人が殺されるということはいくら経験しても心が酷く痛むのは避けられない。そんな彼の優しさに、のり子は幾分か救われた気がした。


 今井刑事は他の警察官に話を聞いた後、詩乃のもとに向かった。まだ聞いていないことを聞くためだ、完全に衰弱している詩乃を気遣いながら彼は尋ねた。


「高原詩乃さん、だったね。辛いだろうけど……あと少し、聞いてもいいかな?」

「はい……」


 何点か話を聞き、今井刑事は詩乃に帰宅を促した。詩乃は頷き、ふらふらな状態で帰り始めた。それを見かねたのり子は思わず声をかけた。


「詩乃!! 送ってくよ」

「ごめん、のり子……ひとりに、して」


 詩乃はのり子の申し出を拒否し、帰っていった。ほおっておけば今にも消えてしまいそうなくらい小さな姿……のり子は心配で仕方がなかった。


「今は一人にさせてあげた方がいい、君の気持ちは分かるけどね」

「はい……」


 今井刑事がのり子の肩に手を置き、そっと呟いた。そこはのり子の倍以上の人生経験を積んだ大人だ、のり子は素直に従った。


「のり子君……辛かったらこの事件の捜査、降りても良いんだぞ。大切な友人を失って、心に大きな傷を負った状態では捜査どころではないだろう?」

「……いえ、私は降りません」

「しかし」

「辛いですよ、凄く辛いです。今すぐにでも家に帰って、ベッドで枕抱いて大声で泣きたいくらい。でも……出来ません、逃げることだけは」


 今井刑事の気遣いはありがたい。しかし、どれだけ辛くても捜査から降りることは出来ない、のり子ははっきりと拒否した。


「この事件の犯人は、絶対に私の手で捕まえないといけないんです。心美のためにも……詩乃のためにも……それが出来なかったら、私は何のために探偵をやっているんですか!!」

「のり子君……」


 謎を解くのは好きだ、それも確かに探偵をやっている理由ではある。しかし、大切な人達に囲まれて頼りにされるようになってから、のり子の中ではその人達の力になりたいという気持ちの方が大きくなっていった。それを今やらずに、いつやるというのだろうか。


「分かった、それだけの決意を止めることは出来ない。全面的に協力するよ」

「ありがとうございます……今井刑事」


 まだ幼い自分の考えを尊重し、辛い時は支えてくれる、今井刑事との出会いにのり子は心の底から感謝した。それからのり子は事件の詳細を聞き、一つお願いをした。


「心美の死体、調べてもいいですか?」

「ああ、普通はダメだが君は今回第二の発見者だ、許可するよ」


 のり子は今井刑事に頭を下げ、心美の死体を調べ始めた。もう心美の笑顔を見れない、声を聞けないと思うと、のり子の心は更に痛んだ。


「心美……ん、これは?」


 心美の顔を見ると、随分大きな涙の跡がある。急に襲われたわけだし、刃物で左胸を刺されたのだから、恐怖や痛み・苦しみで涙が出るのは不自然ではないが……


 のり子は心美の顔から一度目を逸らし、手元を見た。血がついている、刺されてから左胸を触ったのだろう。更に指先を見てみると……何かが血で書いてあるのを発見した。


「……ダイイングメッセージ?」

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